37. マーシュとレイドの魔法講座
はっはっは。
まったく、マーシュくんはおかしな妄想をするなぁー(苦笑)
レイド、マーシュ、ベゼルの3人が訪れたのは、魔王城近くにある公園。
以前ベゼルがマーシュとエリスと一緒に遊んだ場所だ。ブランコやジャングルジムなど、豊富に遊具が取り揃えられている。
「よーし、じゃあ始めようか魔王様。『勇者ごっこ』!」
いつになく元気よくそう言うのは、魔法使いのマーシュ。どうやら、はやく『勇者ごっこ』をやりたくて仕方ない様子。
とはいうものの、彼自身『勇者ごっこ』に対する関心ははっきり言って無に等しい。只、憧れのリリと話をするきっかけが出来るのなら_____と、彼の頭の中はそれでいっぱいだった。
だがしかしベゼルが今したかったのは、実は『勇者ごっこ』ではないようで。
「え、マーシュ、魔法をみせてくれるんじゃなかったの?」
「へ? 魔法……?」
「さっき勇者もいってたじゃん。マーシュが魔法みせてくれるって。ね、勇者?」
どうやらベゼルは、先程のレイドとマーシュの会話を真に受けているようだ。
「んー、まあそうだな。この際それでもいいが……。どうする? マーシュ。ベゼルがお前の魔法見たいってよ」
レイドとベゼルの言葉にあてられ、マーシュは考え事を始める。
「魔法……でも『勇者ごっこ』が……いや待てよ……?」
ブツブツと呟きながら、彼は1人、妄想の世界に入り込んでいった。
_____もしこのまま魔王様に魔法を教えたりでもすれば_____
_______________
〜『マーシュの妄想』〜
「ええ!? マーシュくん、ベル様に魔法を教えてあげたの!?」
真っ白な背景が続く、何処とも分からぬ場所。驚いているのはリリだ。
「はい、リリさん。魔王様は僕が思った以上に物覚えが早くて、教えた魔法をすぐに使えるようになっていきましたよ。ほら。」
マーシュがぴっと伸ばした腕の先に見える、ベゼルの姿。あんな魔法からこんな魔法まで自由自在に使いこなし、リリに手を振っている。
「リリー! みてみて! マーシュのおかげでこんなことができるようになったんだよー!」
「まあ凄いわベル様! あんな魔法やこんな魔法まで……! これならもう、私の世話役としてのお役目は終了ですね!」
リリが手を軽く叩き、ベゼルの成長を喜ぶ。
「ええ。魔王様はもう、1人でも立派に生きて行けますよ。」
気づけば舞台は、夕焼けの見える海の浜辺。
マーシュも右手を腰に当て、2人一緒に黄昏れていた。
「ほんとに凄いわ、マーシュくん……」
そこで突然、リリが両手を後ろに隠しながら上目遣いでマーシュに尋ねる。
「ねえ、わたしにも教えて欲しい魔法があるの。聞いてくれる……?」
リリの目をしっかりと見つめ、マーシュはそれを快諾する。
「リリさんに、ですか? ええ、勿論……」
「本当に? 嬉しいわ……! それじゃあ早速だけど教えて欲しいの……」
恥ずかしそうに照れながら笑うリリ。そして彼女のぷるんと潤った唇が、艶やかに言葉を紡ぎ出す。それは____
「アナタの恋の、ま・ほ・う_______
_______________
「_______ふふふ、ふふふふ。これだ……!!」
怪しげに笑うマーシュ。何を企んでいるのかはレイドたちの知るところではない。
「なに1人でブツブツ言ってんだお前……?」
「うわーお! なんでもない! なんでもないよー、そうなんでもないなんでもない……」
見かねたレイドの横槍に妄想を中断され、慌てるマーシュ。コホンと咳払いをし先ほどの妄想を払拭すると、ようやくベゼルに言葉を返した。
「えーと、そうだね魔王様。魔法を見せてあげてもいいんだけど、それだけじゃ勿体無い。そうだ、折角だから僕が魔法を教えてあげようか?」
「魔法おしえてくれるの!? わぁい、おしえておしえてー!」
魔法を教えてもらえると知り、俄然喜ぶベゼル。だが、その後でマーシュがひとこと付け加えた。
「でも魔法を教えるためには、まずその『知識』がないとね。」
「ちしき?」
マーシュが言うには、魔法を覚えるには、その魔法を知ることが大事なのだという。
例えば火の魔法なら、その魔法の構造や性質などだ。
「でも、そんなのわかんないよ……」
ベゼルが眉を曲げて言うが、心配はない。
「この世界にはね、魔法ひとつひとつの情報を文字にして記した本_____『魔法書』っていうのがあるんだよ。」
「魔法書?」
「そう。魔法書1冊にひとつの魔法。つまり魔法の数だけ、魔法書が存在するんだ。魔法書を読むことで魔法を覚えられる_____ここまでは分かるね?」
「うん、分かる」
マーシュの話に一生懸命頷くベゼル。
「じゃあ魔法書がないと、魔法をおぼえられないの?」
「その通り。じゃあそこまで分かったところで、ひとつ実践をしてみようか。」
マーシュがそう言ってマントから取り出したのは、1冊の本。
「ほら魔王様、これが『魔法書』だよ。ほんとは貴重品なんだけど、特別にひとつあげる。」
「うわぁー! ありがとう!」
ベゼルはマーシュから魔法書を両手で受け取った。
自分の顔と同じくらいの大きさと、やたらと分厚いページ数。赤一色のその表紙には、真ん中に何か文字が記されている。
「えと……『フラニィ』?」
ベゼルはその文字を読み上げた。
「そう、フラニィ。炎魔法の最も初歩的な魔法さ。指先にほんの小さな火を灯す程度の魔法だけど……練習にはピッタリだね。」
そう言ってマーシュはお手本を見せるように、指先から炎を発生させる。
「あ! それがフラニィだね!」
ベゼルの言葉にマーシュは頷き、灯していた炎をフッと消した。
「魔王様もその本を読んで理解すれば、使えるようになるよ。」
マーシュは帽子のツバに触りながらそう言う。
だがしかし、ベゼルにとって納得いかない部分もあるようで……。
「でもマーシュ。こんなにたくさんのページを読んで、おぼえるのが簡単な魔法だなんて、なんだかおかしいね」
「……それは割に合わない、って事かい?」
「んー……うん。それなら、はじめっからもっとすごい魔法書をよんだ方がつよくなれるんじゃないのかなぁ」
ベゼルの言うことも一理ある。魔法書を読んで魔法を覚えられるのなら、強い魔法の魔法書を読めばそれで十分だ。もっと言えば、「初歩的な魔法」なんてものの存在価値すらない。
「それについては……」
マーシュが人差し指を立てて説明しようとする。だがそれは、レイドによって中断された。
「そうだよなぁ、ベゼル。何も弱い魔法を頑張って覚える必要なんてないもんなぁ」
さっきまで静かにしていたレイドが、ここぞとばかりにマーシュを押しのけて会話に入ってくる。
「でもな、それにも実は秘密があるんだ」
レイドの言葉に、ベゼルよりも先にマーシュが反応した。
「勇者、なにするんだよいきなり……! 今は僕が魔王様に教えてる番だぞ!」
「うるせ、俺にも喋らせやがれ」
どうやら、レイドは退屈していたみたいだ。そのまま言葉を続ける。
「どうせ日が暮れるまで一からページ読ませるつもりだろーが。それよりも、とっとと『召喚』させた方が手っ取り早いだろ」
「『召喚』は危ないだろ! わざわざ危険を冒すより、堅実にページを読んでいけば怪我をしないで済む!」
2人でなにやら言い争っている様子。どうやら、ベゼルにまだ説明していない、別の魔法の習得の仕方があるようだ。
「しょうかん? なあに、それ?」
ベゼルがキョトンとしながらレイドを見上げた。
興味を持ってしまったベゼルにやれやれと肩をすくめるマーシュ。それとは対照的に、レイドが説明を始めた。
「ベゼル、その魔法書の一番後ろのページ見てみろ」
「う、うん」
言われてベゼルが開いた最後のページ。
そこに記されていたのは、いわゆる『魔法陣』と呼ばれるもの。丸い円の中に複雑な記号や文字が散りばめられている。
「……?? ふしぎな絵がかいてあるよ。これがどうしたの?」
「その絵……魔法陣の中にはな、魔物が棲みついてるんだ」
「ま……まもの?」
ベゼルはレイドの話を恐る恐る聞く。
「地面でも壁でもなんでもいい。その魔法書を持って魔法陣を描くことで、魔法陣から魔物が出て来るんだ。で、そいつを倒せば魔法習得って訳だ」
ここでマーシュが口を挟む。
「魔王様、無理する事ないよ。魔法陣を描くのは最終手段なんだ。時間なんてたっぷりあるんだから、無闇に危険な事をする必要はないって!」
マーシュの必死の説得。どうやら彼は、ベゼルの身をいちばんに案じているようだ。
「それに、もしそれでケガなんかしたら、リリさんになんて言えば_____」
……前言撤回だ。彼がいちばんに身を案じているのは、どうやら自分自身のようだ。
「う、うん……まものと戦うのはこわいよぉ……」
マーシュの言葉を聞いて、弱気になるベゼル。だがレイドは、そんなベゼルの肩を掴んで励ました。
「大丈夫だ。いちばん簡単な魔法書に棲みついてる魔物なんだ。お前が勇気を持って立ち向かえば、きっと勝てる」
「でも……」
声を震わせるベゼル。思わずレイドからも視線を逸らしてしまう。
しかしそんなベゼルに勇気を与えたのは、他でもないレイドの次の言葉だった。
「勇者になるんだろ? これはその為の『試練』なんだぜ、ベゼル」
「しれん……」
この言葉が、彼を動かす。弱気で泣き虫、城のみんなからも甘やかされて育ってきた彼の、小さな心を。
「……うん。僕やってみる!」
レイドと目を合わせ、こくりと頷くベゼル。その言葉に、レイドはベゼルの頭をくしゃくしゃ撫でた。
「おし、よく言った! そんじゃあ始めるぞ!」
「おうー!」
気合い十分の2人。次回、ベゼルの初めての戦いが幕を開ける……!
「はぁ、やれやれ。ほんとにやるの……? もうケガしても知らないからね……」
呆れてそう呟くマーシュは、ただただため息を吐いていた。




