2. 泣き虫魔王様の日常
実はキャラクターの名前とか、結構適当に考えてます。
魔王が死んでから3年の月日が流れた____。
あれからというものベゼルはすっかり勇者に憧れてしまい、独自で編み出した遊び『勇者ごっこ』なるもので臣下の人狼『ウル太郎』と、魔王城の大庭園で遊んでいた。
「まてまてーーー! オオカミ人間め! 勇者ベゼル様が成敗してくれる!」
耳のように生える二本の小さなツノを覆うかのように、サラサラの黒髪がふわふわと風になびく。自慢の剣をブンブン振り回しながらベゼルはウル太郎と走り回っていた。
「これって勇者ごっこって言うより、鬼ごっこだと思うんだけどなぁ…」
上半身はオオカミ、下半身はヒトの姿をしたウル太郎は、四足歩行でベゼルから逃げ回る。その姿こそ奇妙だが、四足の方がウル太郎にとっては早い訳で、ベゼルをどんどん引き離して行った。
「まてーー!」
ベゼルはウル太郎を追いかけるも、その姿はどんどん小さくなっていく。
「ま、まって……!」
しかしウル太郎は一切の容赦をしない。遊びだという事も忘れ、ただ速さの限界を求めて走りつづけた。
「ううっ、待ってよ〜……」
1人になってしまったベゼルは、ついに大声で泣き出してしまった。剣を落とし、目を手で抑えながらその場にしゃがみ込む。
その泣き声で我に返ったウル太郎は、急いでベゼルの元へ戻って行った。
「泣かんでくださいよ……。すいませんでした、ベル様」
謝ってはいるが、その眠そうな垂れ目から反省の色は全く感じられない。
「あーっ、ウル太郎さん、またベル様泣かせましたね!」
ベゼルの泣き声に呼ばれるかの様に、花で区切られた通路から赤い髪のメイド『リリ』が声を荒げて小走りでやって来た。
「もう、子供相手に何やってるんですか」
メイド服の上からでも分かる、メロンでも入っているかの様な豊満な胸にベゼルを抱き寄せ、頭を撫でる。
「よしよしベル様、もう大丈夫ですよー」
「うえぇん、リリ〜……」
「すいませんリリさん。ほら自分、昔は陸上やってたもんで、つい走るのに夢中になっちゃって」
「これで今月3回目ですよ?『魔王様を泣かせたら死刑』って法律があるの、分かってますか?」
「分かってますって。今回もツケといてください」
______魔王ベゼル。本名は『ベゼルシフ・アーヴ6世』。通称ベル様。3年前に父親(先代魔王)が勇者によって殺され、その後を継ぎ魔王になる。魔界小学校に通う、元気いっぱいの男の子。
「あ、ベル様。泣き止みましたか?」
ベゼルがリリから離れる。ティッシュで鼻をかんで貰い、すっきりした。
「うん、もう大丈夫。ウル太郎遊ぼ!」
「えぇ〜、まだ遊ぶんですか……?」
ようやく遊びから解放されたと思っていたウル太郎は、がっくりと肩を落とした。
「あと自分、ウル太郎じゃなくてウェフルって名前なんですけど……」
「まあ、そんな事はどうでもいいじゃないですか」
リリが立ち上がり、服に着いたベゼルの涙やら鼻水やらをハンカチで拭く。
「いや結構大事ですよね、名前って」
呆れるウル太郎をお構いなしに、ベゼルが垂れ下がったウル太郎の手首の毛をぐいぐい引っ張る。
「ウル太郎はやくー」
「はいはい、分かりましたよ。で、次は何して遊ぶんですか?」
「勇者ごっこ!」
「今やりましたよね? 泣いてましたよね?」
「今度は別のやつだってば! ウル太郎とリリは僕の仲間だよ!」
「わ、私もですか?」
「うん、リリは魔法使いね!」
さっきの泣き顔はいつの間にか満点の笑顔に変わっていた。側に落とした剣をひょいと持ち、リリを巻き込んで花畑を駆け回り始める。取り残されたウル太郎が自分を指差して聞いた。
「自分は何の職業ですか?」
「馬車!」
「馬車ですか!? それ仲間じゃないですよ!」
ウル太郎の言葉にリリも同意する。
「そうですよベル様、馬じゃなくて狼ですから」
「そういう問題すか!?」
しかし言った所で話を聞くベゼルではない。ウル太郎は、やれやれというようにため息をついて花畑に入って行った。
「しょうがないすね。はいどうぞベル様、お乗りください」
ベゼルの前で背を向きしゃがみ、おんぶの体勢をとる。
「うん!」
ベゼルは剣をリリに預けると、ウル太郎におぶさった。寝心地の良さそうな、毛布の様にふかふかの背中に顔をうずめる。落ちないようにしっかりと掴まったのを確認し、ウル太郎は立ち上がった。
「よいしょっと……。それで、どこに行くんですか?」
「魔王城!」
ベゼルは元気いっぱいに答え、指先を前に出し進路を決定した。
「それここですよ!?」
「いいの! 僕勇者だもん!」
「なんですかそれ……。あーもう、わかりました。しっかり掴まってて下さいね」
ウル太郎は姿勢を少し低く下げ、地面を強く蹴った。
「それっ!」
風の様に速く走るウル太郎の背中で、ベゼルも思いっきり叫んだ。
「それーーーっ!!」
2人はそのまま、何週も庭園の周りを走り回るのだった。