表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者魔王の日常冒険譚  作者: ゆーひら
【魔王生誕祭編】
21/122

19. 魔界缶蹴り③

 レイドは不敵に笑う。

 この缶蹴り____『魔王倒し』で残されたのは、ベゼルただ1人。リリの魔法で透明化してはいるものの、その居場所はレイドには完全に察知されていた。

「あとはお前だけだぜ、ガキ」

 姿が見えない筈なのに、レイドの指先はしっかりとベゼルを捉えている。一歩ずつ距離を近づけて行くレイドに対し、ベゼルは恐怖でその場を動く事が出来なかった。しかし、それと同時に_____

「……すごいや、カッコいい……」

______自らの感情が(たか)ぶっている事に、ベゼルは僅かながらに実感していた。


「ベル様……!」

 リリが小さく呟き、ベゼルを心配する。

 実は彼女にはこの『魔王倒し』をするにあたり、別の目的があった。

 一つは、先程の玉座の間での一触即発な雰囲気を沈静化させる事。そしてもう一つは、こちらが本当の目的なのだが、この遊びを通してベゼルとレイドの親交を深めることだ。

「これを機に、2人のわだかまりが解けてくれれば良いと思ったのですが……上手くいくでしょうか……」

「大丈夫よ、リリ」

 エリスがレイドたちに視線を向けながら、リリの側に寄る。

「ベル様の天使のような笑顔で、謝罪をしない生物はいないわ。もしあの勇者ァが可笑しな行動に出たら、私が即座にぶん殴って土下座させてミキサーにかけて料理してあげるから」

 途中から何かが乗り移ったように物騒な言葉を連発するエリス。

「いや、そこまでしなくていいですから!」

 さすがのリリも、彼女を静止させた。


「ここにいるのは分かってんだぜ」

 レイドは見えないベゼルの頭に触れ、紙袋を外す。それと同時にステルスの魔法が解け、驚くベゼルの姿が目に見えるようになる。

「……あ……」

 しかし先程の城門での一件もあってか、眼前に佇むレイドはベゼルにとって恐怖の対象にしか映らない。それ故に上手く声を出せず、硬直していた。

 そんなベゼルの様子を感じ、レイドはしゃがんでベゼルと視線を合わせる。

「これで実質は俺の勝ち確定だ。だけど、それじゃあつまんねぇよな?」

「……え……?」

 ベゼルが思わず聞き返す。レイドには、『何か』考えがあるようだ。

「なに、このまま俺が缶を踏んだんじゃ大人気ないと思ってよ。だからルール追加だ」

 ベゼルの考えた遊びに、勝手にルールを付け加えるレイド。すくっと立ち上がり、自分を親指で指差した。

「ルールは簡単だ。俺はここから一歩も動かない。お前が俺を掻い潜って抜けば、あとは缶まで一直線。缶を蹴り飛ばせばお前の勝ちだ。どうだ、簡単だろ?」

 レイドは笑ってそう言うが、それは到底簡単なものではない。ましてや子供のベゼルには不可能だろう。それはこの場にいる全員が感じ取っていた。

「おい勇者! そんなのできるわけないだろ!」

 たまらずウル太郎が反発する。だが、レイドは冷静にそれを対処した。

「お前には聞いてねーよ、オオカミ。俺は今このガキと話してんだ」

 レイドはウル太郎の方向に振り向きざまに腕を組み、続ける。

「それにこのままじゃどうせ負けるぞ。いいのかそれで?」

「ぐっ……」

 ウル太郎はあっさり論破され、口をつぐむ。すると今度はリリが口を開いた。

「ベル様、無理をなさらないで下さい! これは『遊び』ですから、負けてもいいんですよ!」

 リリの言葉に、レイドは片眉を上げる。

「遊び? それは違うぜ」

「え……?」

 視線と姿勢をリリからベゼルに戻し、レイドは再度しゃがみこんだ。

「おいガキ。お前にとってこれは『遊び』なのか? それとも『特訓』なのか?」

「えっ……」

 突然の問いに、ベゼルはしどろもどろする。

「お前、『勇者』になりたいんだろ? これはその為の『特訓』なんじゃないのか?」

 ベゼルにしっかりと伝わるように、レイドはゆっくりと続けた。

「さっき言ったよな、『がんばりたい』って。お前にとってそれは、ただ遠くから眺めているだけの事なのか?」

 レイドの言葉を、ベゼルは黙って聞く。その気迫に押された所もあっただろう。だがベゼルはしっかりと自分の意志を持ち、目を合わせて頷いた。

「……ううん。がんばりたい。僕、『勇者』になりたいよ」

 ベゼルの真っ直ぐな瞳。それを見た時、レイドは一瞬だけ優しく笑った。そしてその笑顔とはまた違う、(たの)しそうな顔をすると、立ち上がってベゼルを見下ろした。

「そうか……分かった! じゃあ俺を抜いてみろ! さらにハンデとして、攻撃は当てないでやる!」

 そう言って目の前に立ちはだかるレイド。ベゼルにとってそれは、城の扉よりも大きく、恐ろしく感じられた。

「ベル様! 待っていて下さい、今私もそちらに_____」

「リリ!」

 ベゼルは、自分の元へ駆けつけようとするリリを声で制止する。レイドの身体の隙間からリリと目を合わせると、ニッコリ笑った。

「僕、がんばりたい! だから大丈夫だよ、そこで待ってて!」

 その言葉に、リリは思わず口元を手で押さえる。

「ベル様……」

 いつもの元気満点のニッコリ笑顔とは少し違う、勇ましさの様なものが込められていたその顔に、少なからずリリは感動したようだ。

「リリさん、ここは見守りましょう。我らが魔王様の勇姿を」

「大丈夫、ベル様ならやってくれやすよ」

 ウル太郎とゾン吉も、リリの元へ駆け寄る。

「はい……。ベル様、頑張ってください……!」

 リリたちは、ベゼルの勝利を祈った。



「さあ、何処からでもかかって来い」

 レイドは仁王立ちでベゼルの行く手を阻む。

「やああああ!」

 ベゼルは気合をいれながら、レイドの右側へと全速力で走った。

 しかし、その速さはいくら魔王でも子供。あっさりレイドの右手に捕えられてしまう。

「うわあっ!」

 ベゼルの服の背中をむんずと掴み、釣った魚のように宙へ運ぶレイド。

「ただバカ正直に突っ込んできて、俺に勝てるわけないだろ」

「むむむ……えいっ、えい!」

 ベゼルはレイドの顔面目掛けてジャブを繰り出すが、腕の短さから全く届かない。

「ほらどーした、頑張ってあいつらの所へ行くんじゃないのか?」

 そのままレイドはベゼルを引き寄せ、両腕でがっちりホールドする。

「……う、動けない……」

 ベゼルが足をジタバタさせるも、全く身動きがとれない。その光景は、はたからはどう見てもいじめっ子といじめられっ子の光景だった。

「何とかしてみろよ、勇者になりたいんだろ!?」

 レイドはベゼルを嘲笑い、続ける。

「言っただろ、勇者になんかなれるわけないって! あいつらはそれを分かっててお前に付き合ってるんだよ! バカな連中だぜ、さすが悪魔だな!」

「………!!」

 レイドのその言葉が、ベゼルに火をつけた。

「お前も早く諦めて、降参……」

「バカ、じゃないよ」

「あ?」

 ベゼルは抵抗するのを止め、呟いた。そしてもう一度、今度は大きな声で叫ぶ。

「みんなはバカじゃないよ! いつも一緒にあそんでくれるし、一緒に泣いてくれるんだ! だいすきなみんなをバカにするのは、いくら勇者でもゆるさないぞっ!」

 レイドの腕に思いっきり噛みつき、精一杯もがく。

「いたっ!?」

 思わずレイドが腕の力を緩めたスキに、その腕を足場にして乗り、そのまま顔を踏みつけて高くジャンプした。

「なっ……!」

 顔を踏み台にされたレイドが次に見た光景は、自分の頭上を飛び越えるベゼルの姿。それを見た時、レイドは思い出していた。

 ゾン吉が玉座の間で言った、あの言葉____。


______『だから勇者さん、これからもベル様の目標になってくれやせんか? ベル様、勇者さんに会えて本当に嬉しそうでしたよ』______


「そうか……俺のしてきた事は無駄じゃなかった。ゼロじゃなかった。『勇者になんかならなきゃよかった』って、そう思ってたけど、俺は……誰かにまだ、必要とされていたんだな……」

 心の中でそう思うと、自分を通り越して行くベゼルの背中を見つめる。

 ベゼルはレイドによって目標が出来たが、レイドもまたベゼルによって、多少なりとも救われたのだった。

「ありがとう……」



「ベル様っ! ベル様ー! 缶まであと少しですよー!」

「うん!」

 リリたちに向かって走るベゼル。缶まであと5メートル……2メートル……そして……

「えいっ!」

 ベゼルが大きく蹴り上げた右足。鋭い音をたてて吹き飛ばされた缶は、しばらく宙をくるくる回りながら地面に落下した。

 しばらくの静寂のあと、みんなが一斉に歓喜の声を挙げる。

「やっ……たーーーー!!」

 リリがベゼルを抱きしめた。

「ベル様、ご立派でした、ご立派でしたよ! 今日という日をリリは一生忘れる事はないでしょう!」

「うん! リリ、ありがとう!」

 ベゼルを腕から離し、涙を浮かべてベゼルを讃える。

「がんばりましたね……ベル様。」

 その言葉に、ベゼルはニッコリと頷いた。


「やるじゃねーか、ガキ」

 ベゼルが振り向くと、そこにはこちらに向かって歩いてくるレイドの姿があった。

「ただのクソガキかと思ってたが、中々勇気があるじゃねぇか」

「勇気……?」

「そうだ、勇気だ。勇者を目指す者には、絶対必要なモンだぜ」

 レイドはベゼルと視線を合わせる。

「……俺が何で勇者って呼ばれてるか知ってるか? ……魔王を倒したからだ。だから魔王のお前は絶対勇者になれない」

「…………」

 ベゼルがその言葉を聞いて俯くが、レイドは構わず続ける。

「と、そう思ってたが、どうもそれは違ったみたいだな」

「えっ……?」

 ベゼルは再び顔を上げる。レイドは優しい顔でベゼルの頭を触った。

「……だってお前は今、『魔王』を蹴り飛ばして仲間を全員助け出したんだからな。本当にいつか、『勇者』って呼ばれる日がくるかもしれないぜ?」

 そこで視線をそらし、頬をポリポリ掻いて態度を変える。

「……さっきは悪かったよ。城門での事も、悪魔をバカにした事も、全部忘れてくれ」

 それを聞いた途端、ベゼルは徐々に顔を笑顔に変える。手をブンブン振り、勇者に質問した。

「ぼ、僕も勇者になれるかな!?」

「あー、なれるよきっと」

「勇者ってやっぱり強いの!? カッコいいの!?」

「当たり前だ。それはお前もよく知ってるだろう」

「どれくらいで勇者になれるかな!?」

「さーな。それはお前次第だ」

「うわぁ、はやく勇者になりたいなー!」

 完全にいつもの元気なベゼルに戻り、その場でぴょんぴょんジャンプする。その場にいた全員はその姿を見て笑っていた。

 そのまま飛行機の様に両手を広げて庭園を駆け回ったかと思うと、突然ピタッと止まってレイドを見た。

「そうだ、勇者!」

「ん、どうした?」

 ベゼルは深呼吸をする。そしてレイドに無邪気な笑顔を向け、大声で叫んだのだった。


「勇者! ようこそ、魔界へ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ