19. 魔界缶蹴り③
レイドは不敵に笑う。
この缶蹴り____『魔王倒し』で残されたのは、ベゼルただ1人。リリの魔法で透明化してはいるものの、その居場所はレイドには完全に察知されていた。
「あとはお前だけだぜ、ガキ」
姿が見えない筈なのに、レイドの指先はしっかりとベゼルを捉えている。一歩ずつ距離を近づけて行くレイドに対し、ベゼルは恐怖でその場を動く事が出来なかった。しかし、それと同時に_____
「……すごいや、カッコいい……」
______自らの感情が昂ぶっている事に、ベゼルは僅かながらに実感していた。
「ベル様……!」
リリが小さく呟き、ベゼルを心配する。
実は彼女にはこの『魔王倒し』をするにあたり、別の目的があった。
一つは、先程の玉座の間での一触即発な雰囲気を沈静化させる事。そしてもう一つは、こちらが本当の目的なのだが、この遊びを通してベゼルとレイドの親交を深めることだ。
「これを機に、2人のわだかまりが解けてくれれば良いと思ったのですが……上手くいくでしょうか……」
「大丈夫よ、リリ」
エリスがレイドたちに視線を向けながら、リリの側に寄る。
「ベル様の天使のような笑顔で、謝罪をしない生物はいないわ。もしあの勇者ァが可笑しな行動に出たら、私が即座にぶん殴って土下座させてミキサーにかけて料理してあげるから」
途中から何かが乗り移ったように物騒な言葉を連発するエリス。
「いや、そこまでしなくていいですから!」
さすがのリリも、彼女を静止させた。
「ここにいるのは分かってんだぜ」
レイドは見えないベゼルの頭に触れ、紙袋を外す。それと同時にステルスの魔法が解け、驚くベゼルの姿が目に見えるようになる。
「……あ……」
しかし先程の城門での一件もあってか、眼前に佇むレイドはベゼルにとって恐怖の対象にしか映らない。それ故に上手く声を出せず、硬直していた。
そんなベゼルの様子を感じ、レイドはしゃがんでベゼルと視線を合わせる。
「これで実質は俺の勝ち確定だ。だけど、それじゃあつまんねぇよな?」
「……え……?」
ベゼルが思わず聞き返す。レイドには、『何か』考えがあるようだ。
「なに、このまま俺が缶を踏んだんじゃ大人気ないと思ってよ。だからルール追加だ」
ベゼルの考えた遊びに、勝手にルールを付け加えるレイド。すくっと立ち上がり、自分を親指で指差した。
「ルールは簡単だ。俺はここから一歩も動かない。お前が俺を掻い潜って抜けば、あとは缶まで一直線。缶を蹴り飛ばせばお前の勝ちだ。どうだ、簡単だろ?」
レイドは笑ってそう言うが、それは到底簡単なものではない。ましてや子供のベゼルには不可能だろう。それはこの場にいる全員が感じ取っていた。
「おい勇者! そんなのできるわけないだろ!」
たまらずウル太郎が反発する。だが、レイドは冷静にそれを対処した。
「お前には聞いてねーよ、オオカミ。俺は今このガキと話してんだ」
レイドはウル太郎の方向に振り向きざまに腕を組み、続ける。
「それにこのままじゃどうせ負けるぞ。いいのかそれで?」
「ぐっ……」
ウル太郎はあっさり論破され、口をつぐむ。すると今度はリリが口を開いた。
「ベル様、無理をなさらないで下さい! これは『遊び』ですから、負けてもいいんですよ!」
リリの言葉に、レイドは片眉を上げる。
「遊び? それは違うぜ」
「え……?」
視線と姿勢をリリからベゼルに戻し、レイドは再度しゃがみこんだ。
「おいガキ。お前にとってこれは『遊び』なのか? それとも『特訓』なのか?」
「えっ……」
突然の問いに、ベゼルはしどろもどろする。
「お前、『勇者』になりたいんだろ? これはその為の『特訓』なんじゃないのか?」
ベゼルにしっかりと伝わるように、レイドはゆっくりと続けた。
「さっき言ったよな、『がんばりたい』って。お前にとってそれは、ただ遠くから眺めているだけの事なのか?」
レイドの言葉を、ベゼルは黙って聞く。その気迫に押された所もあっただろう。だがベゼルはしっかりと自分の意志を持ち、目を合わせて頷いた。
「……ううん。がんばりたい。僕、『勇者』になりたいよ」
ベゼルの真っ直ぐな瞳。それを見た時、レイドは一瞬だけ優しく笑った。そしてその笑顔とはまた違う、愉しそうな顔をすると、立ち上がってベゼルを見下ろした。
「そうか……分かった! じゃあ俺を抜いてみろ! さらにハンデとして、攻撃は当てないでやる!」
そう言って目の前に立ちはだかるレイド。ベゼルにとってそれは、城の扉よりも大きく、恐ろしく感じられた。
「ベル様! 待っていて下さい、今私もそちらに_____」
「リリ!」
ベゼルは、自分の元へ駆けつけようとするリリを声で制止する。レイドの身体の隙間からリリと目を合わせると、ニッコリ笑った。
「僕、がんばりたい! だから大丈夫だよ、そこで待ってて!」
その言葉に、リリは思わず口元を手で押さえる。
「ベル様……」
いつもの元気満点のニッコリ笑顔とは少し違う、勇ましさの様なものが込められていたその顔に、少なからずリリは感動したようだ。
「リリさん、ここは見守りましょう。我らが魔王様の勇姿を」
「大丈夫、ベル様ならやってくれやすよ」
ウル太郎とゾン吉も、リリの元へ駆け寄る。
「はい……。ベル様、頑張ってください……!」
リリたちは、ベゼルの勝利を祈った。
「さあ、何処からでもかかって来い」
レイドは仁王立ちでベゼルの行く手を阻む。
「やああああ!」
ベゼルは気合をいれながら、レイドの右側へと全速力で走った。
しかし、その速さはいくら魔王でも子供。あっさりレイドの右手に捕えられてしまう。
「うわあっ!」
ベゼルの服の背中をむんずと掴み、釣った魚のように宙へ運ぶレイド。
「ただバカ正直に突っ込んできて、俺に勝てるわけないだろ」
「むむむ……えいっ、えい!」
ベゼルはレイドの顔面目掛けてジャブを繰り出すが、腕の短さから全く届かない。
「ほらどーした、頑張ってあいつらの所へ行くんじゃないのか?」
そのままレイドはベゼルを引き寄せ、両腕でがっちりホールドする。
「……う、動けない……」
ベゼルが足をジタバタさせるも、全く身動きがとれない。その光景は、はたからはどう見てもいじめっ子といじめられっ子の光景だった。
「何とかしてみろよ、勇者になりたいんだろ!?」
レイドはベゼルを嘲笑い、続ける。
「言っただろ、勇者になんかなれるわけないって! あいつらはそれを分かっててお前に付き合ってるんだよ! バカな連中だぜ、さすが悪魔だな!」
「………!!」
レイドのその言葉が、ベゼルに火をつけた。
「お前も早く諦めて、降参……」
「バカ、じゃないよ」
「あ?」
ベゼルは抵抗するのを止め、呟いた。そしてもう一度、今度は大きな声で叫ぶ。
「みんなはバカじゃないよ! いつも一緒にあそんでくれるし、一緒に泣いてくれるんだ! だいすきなみんなをバカにするのは、いくら勇者でもゆるさないぞっ!」
レイドの腕に思いっきり噛みつき、精一杯もがく。
「いたっ!?」
思わずレイドが腕の力を緩めたスキに、その腕を足場にして乗り、そのまま顔を踏みつけて高くジャンプした。
「なっ……!」
顔を踏み台にされたレイドが次に見た光景は、自分の頭上を飛び越えるベゼルの姿。それを見た時、レイドは思い出していた。
ゾン吉が玉座の間で言った、あの言葉____。
______『だから勇者さん、これからもベル様の目標になってくれやせんか? ベル様、勇者さんに会えて本当に嬉しそうでしたよ』______
「そうか……俺のしてきた事は無駄じゃなかった。ゼロじゃなかった。『勇者になんかならなきゃよかった』って、そう思ってたけど、俺は……誰かにまだ、必要とされていたんだな……」
心の中でそう思うと、自分を通り越して行くベゼルの背中を見つめる。
ベゼルはレイドによって目標が出来たが、レイドもまたベゼルによって、多少なりとも救われたのだった。
「ありがとう……」
「ベル様っ! ベル様ー! 缶まであと少しですよー!」
「うん!」
リリたちに向かって走るベゼル。缶まであと5メートル……2メートル……そして……
「えいっ!」
ベゼルが大きく蹴り上げた右足。鋭い音をたてて吹き飛ばされた缶は、しばらく宙をくるくる回りながら地面に落下した。
しばらくの静寂のあと、みんなが一斉に歓喜の声を挙げる。
「やっ……たーーーー!!」
リリがベゼルを抱きしめた。
「ベル様、ご立派でした、ご立派でしたよ! 今日という日をリリは一生忘れる事はないでしょう!」
「うん! リリ、ありがとう!」
ベゼルを腕から離し、涙を浮かべてベゼルを讃える。
「がんばりましたね……ベル様。」
その言葉に、ベゼルはニッコリと頷いた。
「やるじゃねーか、ガキ」
ベゼルが振り向くと、そこにはこちらに向かって歩いてくるレイドの姿があった。
「ただのクソガキかと思ってたが、中々勇気があるじゃねぇか」
「勇気……?」
「そうだ、勇気だ。勇者を目指す者には、絶対必要なモンだぜ」
レイドはベゼルと視線を合わせる。
「……俺が何で勇者って呼ばれてるか知ってるか? ……魔王を倒したからだ。だから魔王のお前は絶対勇者になれない」
「…………」
ベゼルがその言葉を聞いて俯くが、レイドは構わず続ける。
「と、そう思ってたが、どうもそれは違ったみたいだな」
「えっ……?」
ベゼルは再び顔を上げる。レイドは優しい顔でベゼルの頭を触った。
「……だってお前は今、『魔王』を蹴り飛ばして仲間を全員助け出したんだからな。本当にいつか、『勇者』って呼ばれる日がくるかもしれないぜ?」
そこで視線をそらし、頬をポリポリ掻いて態度を変える。
「……さっきは悪かったよ。城門での事も、悪魔をバカにした事も、全部忘れてくれ」
それを聞いた途端、ベゼルは徐々に顔を笑顔に変える。手をブンブン振り、勇者に質問した。
「ぼ、僕も勇者になれるかな!?」
「あー、なれるよきっと」
「勇者ってやっぱり強いの!? カッコいいの!?」
「当たり前だ。それはお前もよく知ってるだろう」
「どれくらいで勇者になれるかな!?」
「さーな。それはお前次第だ」
「うわぁ、はやく勇者になりたいなー!」
完全にいつもの元気なベゼルに戻り、その場でぴょんぴょんジャンプする。その場にいた全員はその姿を見て笑っていた。
そのまま飛行機の様に両手を広げて庭園を駆け回ったかと思うと、突然ピタッと止まってレイドを見た。
「そうだ、勇者!」
「ん、どうした?」
ベゼルは深呼吸をする。そしてレイドに無邪気な笑顔を向け、大声で叫んだのだった。
「勇者! ようこそ、魔界へ!」
 




