18. 魔界缶蹴り②
「よし、これで残るは3人だな」
魔王城、大庭園。ウル太郎とエリスを捕まえたレイドは、一息ついてその場に座りこんだ。
「あれ、ベル様たちを探しに行かないのか?」
同じく座りこんでいるウル太郎はレイドに問いかける。レイドは足を伸ばすと、欠伸交じりに答えた。
「動きたくても動けねーよ。恐らくあいつらは3人一緒だろうからな」
「な……何でそんな事がわかるの?」
レイドたちの会話に横から入ってきたのはエリス。
「それに、もし3人一緒なら逆に動き回れるチャンスじゃない?」
エリスの言葉を、細目にしながらレイドは否定する。
「それがそうもいかないさ。メイドたちは、ゾンビの千里眼で俺の居場所を正確に察知している筈だ。そんな中俺がここを離れれば、たちまち缶を蹴られてゲーム終了になるだろうよ」
レイドは、やれやれという風に片手を軽く上げる。納得したエリスは唇を手で軽く押さえると、ブツブツ呟いた。
「なるほど、そういえば千里眼があったわね……組む相手間違えたわ」
「聞こえてるスよ、エリスさん」
ウル太郎がため息をもらした。
「とにかく、今俺が動くメリットは無いって事だ。だから退屈凌ぎに魔界の話でもしてくれよ」
このまま放っておくと寝てしまいそうなレイドに、ウル太郎は仕方ない、と肩をすくめた。
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「ゾン吉さん、勇者様に何か動きはありましたか?」
ところ変わって資料室。勝ちを確信してから10分は経過しただろうか、リリはレイドが全くその場を動かない事に焦りを感じていた。
「まだ缶のそばにいやすね……。もしかすると、ウル太郎さんたちと話してるんじゃないですかい?」
ゾン吉の千里眼は人物の居場所を特定する事が出来る。しかし、その人物がそこで何をしているのかまでは分からない。つまりゾン吉の、今の言葉の後半部分は彼の憶測に過ぎないのだが、それはなかなかどうして的を射ていた。
「困りましたね……。このままでは、私の作戦が台無しです……」
「作戦って何ですかい?」
ゾン吉がリリに尋ねる。
「ゾン吉さんの千里眼を利用して、勇者様が私たちを探しに来たスキをついて缶を蹴りに行く作戦です」
「あー、まあ、そうでしょうね……」
若干のドヤ顔を見せるリリだが、なんとなくゾン吉にも予想はついていたようだ。
「だから勇者様があの場を動かないと、私の作戦が台無しになってしまうんです!」
リリはハンカチを取り出し、出てもいない涙を拭く仕草をする。
「まあ言うても缶蹴りですからね。缶のそばから離れないのは当然の事かと……」
ゾン吉がボソッと呟く。それに感化されるように、ベゼルが口を開いた。
「ねえリリ、ゾン吉。勇者が動かないなら、こっちから立ちむかおうよ」
ベゼルの言葉に、リリとゾン吉は驚愕する。それは、普段のベゼルからは考えられないような言葉だった。
「ベ、ベル様? どうしたのですか、急に……」
勿論リリが慌て出し、心配する。ベゼルは少し俯くと、何かを決意したようにリリを見た。
「僕、『勇者』になりたい。でも、さっきの勇者はすっごくこわかった。その勇者をこわがって逃げてばっかりいたら、きっと本当に勇者になれないとおもうんだ。上手に話せないけど……もういちど、まっすぐ勇者に会いたいから、だから……」
途中で手をモジモジさせて口ごもる。しかしその言葉は、気持ちは、リリたちにしっかり届いていた。
「……ご立派です、ベル様」
リリがしゃがみ、ベゼルに視線を合わせる。その頭をそっと撫で、優しく笑った。
「ベル様の、そのお気持ち……私は大変嬉しく思います。そのお気持ちに気づく事が出来なかった事、申し訳ありませんでした」
ベゼルの頭に置いていた手を自分の膝の上に置き、頭を下げる。それに対し、ベゼルは歯を見せてニッコリ笑い、リリにお礼を言った。
「リリ、ありがとう。勇者をつれてきてくれて。僕がんばるよ!」
「ベル様……!」
こうして、3人はレイドに立ち向かう事を決めた。だがしかし、それには当然リスクが伴う。それをゾン吉は口に出した。
「でもどうするんですかい? 缶蹴りなわけですから、見つかって缶を踏まれたらおしまいですよ」
レイドが缶の近くにいる以上、どうあがいても勝つ事は難しい。だがその打開策を、リリはすでに考えていたようだ。
「大丈夫です、これを使いましょう」
そう言って、リリは『ある物』を取り出した。
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「でさー、その時マヨネーズがボンネットにブチまけられたワケよ」
「ははっ、マジかよそれ! とんだ誕生日だな」
大庭園。レイドは暇つぶしに、ウル太郎の昔話を聞いていた。
「そんでその後洗浄しに行く事になったんだけど……」
「ははは……っん?」
その時レイドは、庭園の向こうから3つの気配を感じ取る。
「どうした? 勇者」
「……やっと来たな」
レイドはニヤリと笑い、ゆっくり立ち上がった。その口ぶりからは、向こうからやってくるのを待っていた様子が伺える。全てはレイドの思惑通りに進んでいた。
そしてここからはレイドの思惑の斜め上を行き、進展する。
「ふふふ、覚悟しなさい勇者様! 私たちが相手ですよ!」
バカ正直に真正面から出てきたのは、リリ率いる悪魔たち3名。レイドは呆れて物も言えなかった。
「……あのさぁ、缶蹴りじゃん、これ。見つかっちゃダメなの分かってるのか?」
そう言った矢先、レイドは3人に違和感を感じる。目を凝らすと、何か被り物のような物を装着していた。
「……何被ってんだ?」
リリたちは目と同じ位置に2つの穴を開けた紙袋を被り、佇んでいる。
「まだ缶を踏むのは早いですよ、勇者様! こうして被り物をしていれば、私たちが誰だか分からないでしょう!?」
リリがそう言うものの、服装やら背丈やらで判別は明確。ウル太郎たちもこれには擁護出来なかった。
レイドもため息をつくものの、寛大な心でリリたちのお粗末な変装を受け入れる。
「……まぁいいや、このまま終わるのもつまらないしな。いいよ、お前らが誰だか俺にはさっぱり分からない。だから、俺がその紙袋をはいで名前を呼べば俺の勝ちって事だな?」
「その通りです。最も、あなたにそれが出来ますか?」
リリはゾン吉に指示をする。
「ゾン吉さん! 庭園内を走って勇者様を撹乱して下さい!」
「がってん!」
ゾン吉は言われた通りに庭園内を走り回った。
「あの足の遅さじゃ、撹乱にもならないぞ」
レイドは微笑しながら構える。ゾン吉を見もせずにリリの次の動向に注意を払っていた。
「そう言っていられるのも今の内ですよ!」
リリが何かの魔法を唱えようと集中する。しかしその途中でベゼルが声を上げた。
「リリ、僕もがんばりたい!」
突然のベゼルの言葉だが、リリは優しい顔で答えた。
「ベル様……かしこまりました。ですが、くれぐれもおケガだけはしないようにお気を付けくださいね?」
「うん!」
ベゼルの力強い返答に頷き、リリは魔法を唱えた。
「では行きますよ、『ステルス』!」
その呪文と共に、リリの姿が周りの景色と同化して行く。リリだけではない。それは近くにいたベゼルも同様だった。そして2人は完全に景色と同化し、見えなくなった。
「ステルス……透明化魔法か。一時的に姿を見えなくする魔法だが……」
それでも気配は感じ取る事は出来る、とレイドは感覚を研ぎ澄ませた。そして、近づいてくる気配に敏感に反応し、右に向かって手を振り上げる。
「なっ……!」
手を振り上げた先には____今まさに缶を蹴ろうとするリリがいた。
レイドはニヤリと笑い、口を開く。
「透明化魔法は、一度でも身体に触れられれば解ける。そして……」
レイドの振り上げた手は、リリの魔法を解く事だけでなく、紙袋をもはぐ事にも成功していた。
「あ……」
リリが呆気にとられている間に、レイドは缶を踏む。
「メイド、見っけ! そんで……」
間髪いれずにレイドは石コロを取り出し、ゾン吉に向かってぶん投げた。
「うぎゃっ!」
石コロは的確にゾン吉の頭に当たり、その顔を露わにする。すかさずレイドは缶を踏み直した。
「ゾンビ、見っけ」
立て続けに2人を捕まえ、その場にいた全員は呆然とする。
レイドは不敵に笑うと、目の前の何もない場所を指差した。
「あとはお前だけだぜ、ガキ」
レイドの視線と指先には、何もない十字路の道。しかしそこには、確かにステルスの魔法で透明化しているベゼルが、ただ1人立ち尽くしていた。




