17. 魔界缶蹴り①
「はぁ、ったく、何だこの急展開は……」
レイドは深くため息をつく。多種多様な花たちに囲まれ、十字路の真ん中に一つの空き缶を立てた。
____今、レイドが立っている場所は城の大庭園。何故そんな所に1人でいるのかというと、彼は今『鬼』だからだ。
事の始まりは15分前。リリが放った一言からである。
「勝負内容は、これです!」
リリが用意した一枚の紙切れ。そこには、『勇者ごっこ』の文字が刻まれていた。
「勇者ごっこ? 何だそれ」
口を開いたのはレイド。他の者たちは「知っている」という風に顔を険しくした。
「成る程……勇者ごっこね。確かにそれならベル様も楽しめるし、いいんじゃないかしら」
「だから何だそれ」
エリスの言葉にレイドは突っ込む。
「勇者ごっこというのはベル様が勇者になるために編み出した、数々の特訓の総称の事です。その数、およそ5つ……遊びながらに勇者になれる特訓であり、画期的な遊びですよ」
「結局遊びじゃねーか」
リリの説明にもレイドは突っ込んだ。
「で、何の遊びをやるんです? 内容によっては自分が一人勝ちしちまいますよ」
ウル太郎は準備運動をしながらそう答える。まるで遊びの内容を熟知しているかの様だ。
「確かに足の速さを競う勝負では、ウル太郎さんに分がありますね……」
リリは唇に手を当て、考える。そして、ベゼルに決めてもらう事にした。
「ベル様は何の遊びがいいですか?」
ベゼルの答えは決まっていた。無垢な顔で、今自分がやりたい遊びを口にした。
「うーんとね、『魔王倒し』がやりたいな」
魔王倒し……、とは? 少しばかり物騒な名前に、その場にいた殆どの者が首を傾げる。どうやらウル太郎以外は知らないようだ。
「べ、ベル様。それは一体どの様なルールなのですか……?」
エリスがおそるおそる質問する。ベゼルは少し元気を取り戻し、リリの後ろからひょっこり顔を出し、答えた。
「えっとね、こういう遊びだよ!」
____勇者ごっこ、『魔王倒し』とは!
まず、『魔王の配下』役を1人決める。
その役になった者は『魔王本体』を倒されないように、逃げ回る『勇者』役の者たちを1人残らず捕まえる事が目的となる。
『魔王本体』は非常に弱い。一度蹴られるだけで吹き飛ばされてしまう程だ。
故に『魔王の配下』役は、『魔王本体』に触れさせずに『勇者』たちを捕まえなければならない。
『魔王の配下』役は、『勇者』を視界に捉え、名前を呼びながら『魔王本体』を踏む事で、不思議な力により『勇者』を捕らえる事ができる。
『魔王本体』を倒されずに『勇者』を全員捕らえる事が出来れば『魔王の配下』の勝ち、『魔王本体』が倒されれば、『勇者』たちの勝ちだ!
______
「……要するに缶蹴りじゃねーか」
大庭園で1人、レイドは呟きながら『魔王本体』____もとい空き缶を倒れないくらいにデコピンで弾く。
「まぁ、あの場面で俺1人だけやらないなんて言えないしな……それにしても何で俺が鬼なんだ……?」
くらくらと揺れながら次第に静止する空き缶を見てから、レイドは立ち上がった。
「さて、そろそろ探しに行ってもいい頃だが……」
範囲は魔王城内。1階から4階まで、1人で探すには広すぎるスペースだ。
「缶蹴りだからな。缶置いてあんまり遠くへは行けないしな……」
この見知らぬ城内を闇雲に探せば、道に迷う事は明白。『缶蹴り』という事も相まって、レイドは下手に行動できなかった。
「ん…………!」
その時、レイドは周囲に4つの気配を感じ取る。
缶に背を向けた状態から、レイドから見て正面に1つ、右に3つの気配。
大庭園は十字路に道が伸びており、4方向から侵入する事が出来る。つまり気配の主たちは、大庭園の一歩手前……柱の影に隠れている事になるわけだ。
「4つ……てことは、誰だ……? あのガキ以外の全員か……?」
恐らく数で撹乱して缶を蹴る作戦だろうが、そうはいかない。その前にレイドは缶を踏むことが出来るからだ。
「へっ、やれるもんならやってみやがれ」
レイドは研ぎ澄まし、正面と右側を交互に見る。やがて、事態は動き出した。
「おらぁぁぁぁ!!」
レイドが何回目かの右側に注意を向けた瞬間、正面だった方向から声を荒げ接近してくる1つのソレ。レイドは刹那、反応が遅れる。
そしてソレがウル太郎だと判別するのに0・2秒、振り向いて足を缶に振り上げるのに0・3秒、声を出そうと口を開くのに0・1秒。レイドの反応速度は正に神がかっていた。
「オオカ_____」
_______しかしレイドのその反応速度をも、ウル太郎は上回った。
「遅いぜ、勇者」
「____なっ!?」
突然レイドの上空に出現したウル太郎。レイドにとって、それは信じがたい光景だった。
大庭園手前の柱から缶まで、およそ20メートル。その距離をウル太郎はそれこそ一瞬で走り、オマケにレイドを飛び越える事までしてきたのだ。
「おらっ!」
そのままウル太郎はレイドに踵落としを繰り出す。レイドは両腕でガードしながら、その勢いで缶を踏みつけた。
地面に激しい衝撃が走る。しかし缶は特別性の金属を使用しているため、凹みすらしない。
「おい、缶踏んだぞ俺。お前の負けだ」
「いや、まだ名前呼んでないだろ? それは無効だぜ」
ウル太郎が全身をひねり、回転する。その衝撃を手で受けたレイドは、少し仰け反った。
「ちっ……!」
「今です、エリスさん!」
「ええ!」
ウル太郎の掛け声で、別の柱の影から2つの『何か』が飛んでくる。ボールの様な、手のひらサイズの小さな何か。
それぞれに付いた2つのボタンと三角形の縫い目。目と口を表しているのだろうか、少々不細工だ。しかしレイドはそれが何なのか知っていた。
「『召喚魔法』か……! あのキレ女、魔法が使えるんだな……!」
レイドが感じた残り3つの気配は、どうやらエリスとこのボールたちの事だった様だ。
『キキーー!!』
甲高い奇声を上げながらボールたちはレイドの腕に噛みつき、顔に張り付く。
「いたたっ、前が見えねぇ!」
腕と顔をブンブン振り、それらを振りほどこうとするレイド。その間にもエリスは缶に近付き、缶目掛けて右足を後ろに振り上げた。
「さあ、これでお終いよ! 私たちの勝____」
勝利を確信しながら、缶を思い切り蹴る。…………しかし、缶は地面に根を張ったように動かなかった。
「_____ったぁ!?」
衝撃が足のつま先から逆流し、エリスの全身に伝わる。エリスは足を抑えてその場を転げ回った。
「かたっ、かたぁ! いたたたた! 何で飛ばないのよ、この缶!」
「だ、大丈夫スかエリスさん!」
ウル太郎がエリスの元へ駆け寄る。しかしこの行動が、勝負の明暗を分けた。
「キレ女、オオカミ、『見ーつけた』」
レイドが手にボールたちを一匹ずつ持ち、悪い笑みを浮かべながら缶を踏んだ。
「あ……し、しまった……」
ウル太郎が呆然とレイドを見上げる。エリスも体制を立て直し、レイドに突っかかった。
「あんた、缶にどんな細工したのよ! 蹴っても飛ばない缶なんて、反則でしょ!?」
エリスの言葉に、レイドは冷静に返す。
「細工なんかしてないさ。これは偶然の産物だ。見てみな、ここ」
レイドはしゃがみ、缶の下方を指差す。
「え……あ、こ、これって……」
エリスはたらりと汗を流した。何とその缶は、地面にめり込んでしっかりと固定されていたのだ。
「さっきオオカミの踵落としを防いだ時だな。その衝撃でこうなったわけだ」
「……マジかよ……」
結果的にウル太郎のした行動がレイドを助ける事になってしまった事が判明し、ウル太郎が一番驚愕していた。
「ま、というわけでお前たちは捕まえた。ゲームが終わるまで大人しくしてるんだな」
レイドは立ち上がり、2人を見下ろす。この事態に何よりも納得出来なかったのは、他ならぬエリスだった。
「ぬぬぬ……! 申し訳ありません、ベル様……!」
レイドに一矢報いる事が出来ずに、悔しさを露わにする。しかしそんな彼女をレイドは労った。
「でもアンタも中々やるもんだ。悪魔ってのは、俺が思ってる以上にすごい奴らの集まりなんだな」
「え……」
その言葉に、エリスは少しだけ顔を赤らめる。
「べ、別に……アンタにそんな事言われても、嬉しくないわよ……」
レイドに聞こえないくらいの小声でそう言うと、視線を下げて俯いた。
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「リリさん、恐らくウル太郎さんたちが捕まったものと思われます」
3階の資料室。その部屋に身を潜める3人は、どういう訳か現在の状況を把握していた。
「そうですか……。では、やはり私たちが行くしかないようですね、ベル様」
「うんっ、がんばろう!」
張り切るベゼルと落ち着くリリ。3人には決定的な勝算があった。
「ふふふ、勇者様。あなたがどれだけ凄くても、ゾン吉さんの『千里眼』がある限り、私たちの勝ちは揺るぎませんよ……!」




