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勇者魔王の日常冒険譚  作者: ゆーひら
【勇者探索編】
16/122

14. 飛んで魔界まで

「なるほど……そんな事情があったのですね……」


 人間界、上空。

 ゲンさんの背に乗って魔界を目指す最中で、レイドはリリにこれまでの自分の境遇を話していた。

「人間は自分勝手だ。俺が魔王を倒したら、あっという間に掌を返して邪魔者扱いさ」

 あぐらをかいて愚痴をこぼすレイドは、『シーカー』から取り出したポテトチップの袋を開ける。

「確かに、その話を聞く限りでは勇者様が可哀想に思えますが……」

 リリは少し考えると、赤い髪をかきあげて、レイドに向かって微笑んだ。

「逆を言えば、それは貴方の行いが人間の方達に認められたという証でもあるのではないですか?」

 人差し指を斜めに立て、「ねっ?」という風に同意を求めてくるリリ。レイドはポテトチップを咀嚼(そしゃく)しながら、視線をそらして呟いた。

「そうなのかねぇ……」

 そこでふとレイドは、更に視線を下げる。暖かい風が心地よく吹き、大地はいつの間にか、荒野地帯を抜けて大草原へと突入していた。久しく見る青々としたその風景に、レイドは世界の広さを改めて認識する。

 暫くその景色に浸っていたレイドだが、ヨダレを垂らすウル太郎の声で一気に現実に引き戻された。

「おい勇者、俺にもその食いもんくれよ」

 時刻は午後4時____人によっては少し小腹が空く時間だ。加えてウル太郎……いやリリたちは、今日一日食事らしい食事を口にしていない。

「おう、いいぞ」

 レイドは指についた粉を手ではたく。

「じゃあ半分こだ。俺は中身でお前は袋な」

「袋!? 食えねぇじゃねーか!」

「はは、冗談だよ。ほら」

 ウル太郎の反応に満足し、ポテトチップを持った手を伸ばす。歩くのは面倒くさいから取りに来い、という事だ。

「サンキュー」

 先程のレイドの言動に若干釣られ笑いをしながらも、ウル太郎はレイドからポテトチップを受け取り、ボリボリ食べ始める。

 その姿をなんとなく眺めながら、レイドはゆっくりと口を開いた。

「なぁ、魔界ってどんな所なんだ?」

 レイドが魔界に行ったのは、3年前の1度だけである。その時にもあっという間に魔王を倒して人間界へ帰ったので、実質魔界の事についての知識はゼロに等しい。

「あ? ほうはは、へいはえいいほおあお」

 レイドの問いに、ポテトチップをひっくり返して豪快に口に入れるウル太郎が答える。

 しかし案の定、それはレイドに聞き取れる筈もなかった。

「いや、わかんねーって。まず口の中の物を呑み込んでくれ」

 レイドが呆れながら言う。その光景を見兼ねたのか、リリが代わりに口を開いた。

「魔界はいい所ですよ。平和で明るい、争いのない世界です」

 レイドはリリの話に耳を傾けた。

「そうか……魔界ってのは、今までずっと平和だったのか?」

「ずっと平和……というわけではありませんね。少なくとも1000年前までは、争いの絶えない世界でした」

 その言葉に、レイドは何か思う所があるのか顎に手を当てる。

「1000年前か……」

「あの頃は本当にどこもかしこも争いが起こり、今思えば大変な時代でした……」

 リリが左頬に手を当て昔を懐かしむ。が、その口ぶりや様子から察したレイドは慌てて立ち上がった。

「え、おいおい、ちょっと待て。あんたはその時代に生きてたのか? 今何歳だよ?」

「私ですか? 2318歳ですよ」

「にっ…………!!」

 余りに予想外の返答に、レイドは喉まで出かかった言葉を思わず呑み込んでしまう。そして少し冷静になった後、今日一番の驚き顔で聞き返した。

「…………まじで……?」

 するとリリは少しムッとして、目を細めてレイドを見た。

「何ですか? もっと年が上だと思ったのですか?」

「いや、そういう問題じゃ……」

 戸惑うレイドに、リリは人差し指を立てて丁寧に説明をし始める。

「いいですか? そもそも悪魔の寿命は、およそ1万年と言われています。中でも高齢期が極めて短く、その分青年期が非常に長い、人間とは違った成長をするのが悪魔なのですよ」

 魔界なら子供でも知っている基本的な知識。レイドは腕を組んで感心した。

「そうなのか……全然知らなかった……。じゃあ人間の年で換算すると、あんたは23歳くらいなんだな」

「そうですね。人間の寿命を100年とするならば、およそその辺りかと思われます」

「へぇー……すげーな、悪魔って」

 レイドは自分の言葉にうんうん頷くと、突然はっとして顔を上げリリを見た。

「おっと、そうだ。話を戻すが、1000年くらい前には争いがあったって言ったよな?」

「はい。それがどうかしたのですか?」

「それについて聞きたい事があるんだ。約1000年前に起こった、あの_____」

『おーい、着いたぞ。魔界の境界線じゃ』

 ゲンさんが止まり、乗っていた全員がわずかにぐらつく。その呼びかけにリリが反応し、魔界の境界線と呼ばれた方へ歩いて行った。

「はい! 今行きます」

 リリに話を聞く事がかなわなくなったレイドは、ごまかすように頭を掻き、独り言を呟いた。

「……ま、いいか。急ぎの用でもないしな」

 その場で小さくため息をつき、それにしても、とレイドはわずかに下を向いて考え事をする。

「……どうもわかんねぇな。一体、何が起こってるんだ……?」


 人間界で起こる不可解な事件____

 1000年前までの魔界____

 自身が魔王を倒した事____


 魔界について知れば知るほど、妙な点が生まれる。自分が今持っている情報は余りにも乏しく、ピースが合わずにモヤモヤする。そうして考える事をやめると、レイドは大きく伸びをした。

「んーー……まぁ、何でもいいか。魔界へ行けば、いずれ分かるかもしれないしな」

 今考えても分からない事なら、考えても仕方ない。レイドは気分転換に辺りを見回した。

「……ん?」

 するとそこには、リリ、ウル太郎、ゾン吉、3人揃って何かを探しているような光景が目に入った。



「あれー……何処にいったのでしょうか……」

「リリさん、絶対ゲンさんの上にはありやせんよ。一回街に戻った方が……」

「カバンの中には無いんすか?」

「……無いですね……困りました、アレが無いと魔界へ帰れません……」

 一同、何かを必死に探す姿。レイドも気になって声をかけた。

「なあ、どうかしたのか?」

「あ、勇者様……。それが……」

 リリが事情を説明する。どうやら、この『魔界の境界線』を通る為の道具を失くしてしまったようだ。

「確かにこのポーチの中に入れておいたのですが……困りました……」

 魔界の境界線を通る為に必要な道具……『異界の結晶』は、魔界でも大変貴重な物である。勿論人間界で入手する事は不可能だろう。それだけにこうした事態に陥ってしまったわけだが……

「ああ、それなら持ってるぞ」

「え!?」

 けろっとした顔でレイドが『シーカー』を開き、中から虹色に輝く、ひし形の結晶を取り出した。

「これ……これです! 『異界の結晶』!」

 それを手に取って驚いたリリが、レイドを見やる。

「どうして勇者様が……?」

「3年前に魔界へ行った時の余りだ。念の為捨てずに持っておいたが、役に立ったようだな」

 自慢げに胸を張るレイドにリリは頭を下げた。

「ありがとうございます! これで無事に魔界へ帰れますね!」

「そうだな。じゃあ早いとこ行こうぜ、魔界によ」

「はい! では行きますよー……」

 リリが力を込めて念じると、結晶は輝きをまして回転し、光を周囲に振りまきながら消滅した。

 その光が、その場にいた全員を優しく包み込む。

「おお……懐かしいな、この光……」

 レイドが自分の身体を確認する。虹色に輝くその光に包まれると、どこか心地よい感覚がした。

「この光に包まれている間、『魔界の境界線』をくぐれば魔界へ到達します。皆さん、準備はいいですか?」

 リリの呼びかけに一同は頷いて返事をする。ゲンさんが黒い翼を次第に大きくはためかせ、勢いよく境界線をくぐった。

「それでは帰りましょう! 私たちの魔界へ!」

「おおー!」



___________


 黒い髪から見え隠れする、2本の小さな悪魔のツノ。

 そのツノが何かを感知したように、男の子は顔を空に向けた。

「あ……」

「ベル様、どうかしたのですか?」

 お付きの者がそれに気づき、同じように空を見上げる。

 男の子はその小さな顔を次第に笑顔で染めると、それまでの寂しさを吹き飛ばして喜びの声を上げた。

「わーい! 帰ってきた、リリたちが帰ってきたよ!」



______ここは魔界。魔界である。

 小さな魔王とかつての勇者。これは、そんな相入れぬ2人が再び出会い、成長して行く物語____で、ある。


【勇者探索編】完

今回で第一章が終了です。

一応ストーリーの方は最終回までの構想が出来上がりましたので、それに向かってジグザグ進んで行けたらいいな、と思っています。

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