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勇者魔王の日常冒険譚  作者: ゆーひら
【勇者探索編】
15/122

13. キレる隊長、変わる意志

 ウル太郎は堪えていた。

 今にも腹から溢れ出そうな『それ』を必死に押し殺しながら、敵の攻撃をかわし続ける苦しさは想像に難くない。何より、堪える事の反動によりウル太郎の全身は痙攣(けいれん)にも似た感覚で震え出していた。もはや限界が訪れるのも時間の問題である。

 それ程の破壊力があったのだ。ハイガーの繰り出す剣技には。

「どうした。逃げ回っているだけでは私は倒せんぞ」

 ハイガーが一歩一歩近づく。頬に汗を垂らした勇者は、右にいるウル太郎をちらりと見た。

「おいオオカミ、大丈夫か?」

 瞬間、勇者はウル太郎の顔にぎょっと驚く。そこには、目に涙を溜めて口をアヒルのように尖らせながら、膨らんだ両の頬から今にも飛び出そうな笑いを真っ赤にして堪えるウル太郎の姿があったからだ。

「……っふ、ふう……く、くくっ……」

「お、おい! 気をしっかり持て! 慣れればあんまり面白くないから!」

 ウル太郎の肩に手を置き、必死に呼びかける。しかし無情にも、ハイガーの追撃がウル太郎の耳を襲った。

「遊びは終わりだ……『ハイガーハッピーストライク!』」

「ぶはっ」

「おーーーい!!」

 ハイガーが地面に勢いよく突き刺した剣が、地中で風を暴発させ直線状に地割れを起こす。

「ぐあああっ!!」

「ぶはっ、ぶははははがあああ!!」

 大地が形を変えながら盛り上がり、2人はその衝撃で上空に打ち上げられる。ウル太郎は攻撃を受けながらも我慢の限界を超え、大笑いしていた。

 地面に着地する勇者と、着地に失敗して背中から落ちるウル太郎。

 しかし無理もない。笑いながら受け身などとれるはずがないのだから。

「ぶはははは! もうダメだーー!! 何だあの技名はーーー!」

 ダメージよりも笑いが上回ったウル太郎は、暫く起き上がる事もせずに腹を抱えて笑い転げていた。

「バカ、オオカミ! 起きろ、笑うな! アイツに聴こえたらどんな……」

 そこで言葉を切った勇者は、かつてない程の憎悪を察知し、視線をハイガーに向けた。

 この嫌な感覚を勇者は過去一度経験している。初めてハイガーと闘った時と同じ感覚だ。

「貴様ぁ……今、笑ったな……」

 目にも見えそうな憎悪の念を込め、ハイガーはゆらりと体を左右に動かしながら歩を進める。

「や、ヤバイ! おい立てオオカミ! 逃げるぞ!」

 勇者は、ウル太郎の肩をゆさゆさ揺らす。

「は……」

 するとウル太郎が、勇者の耳元で何かを囁いた。

「は……ハイガー、ハッピー、ストライク……」

「ぷっ!!」

 突然の不意打ちに思わず吹き出す勇者。

「………あ。」

 それを聴いたハイガーは、心の中で何かが壊れるように叫び出した。

「貴様ぁ今笑ったな私のこの技をぉぉぉぉ!!」

 赤いオーラの様なものがハイガーの全身を包み、大気が震え出す。

「許さん! 許さんぞおぉぉぉ!!」

 ハイガーの怒号でやっと我に返ったウル太郎は、慌てて立ち上がった。

「お、おい、アイツどうしちまったんだ!? めっちゃキレてるぞ!」

「オメーのせいだよ!」

 ウル太郎の頭を叩き、勇者は後ろを向いて前方を指差す。

「とにかく逃げるぞ! 今のアイツは手に負えねぇ!」

「お、おう!」

 急いで走り出す勇者とウル太郎。それを逃がすまいと、ハイガーも全速力で追いかけた。

「待てぇぇ!! 『ハイガースペシャル!』『スペシャル!』『スペシャルゥゥゥ!!』」

 怒りに身を任せて衝撃波を所構わず飛ばし、無差別に荒野を破壊しだした。

「ぶははっ! まだ言ってら、こりゃあいい土産話ができたぜ」

 走りながら笑顔で口を開くウル太郎に、勇者はどこか羨ましさを感じた。

「……楽しそうだな」

 お互いに前方を見て走りながら会話をする。

「あ? 当たり前だろ、人生楽しまなきゃ損だぜ」

「……魔界も、お前たちみたいな奴らばっかりなのか?」

「んー……まあな。少なくとも退屈はしないぜ」

「そうか……」

 そこで勇者は少し俯いて考えると、やがて決意して顔を上げた。

「なぁ、オオカミ。『まいった』」

「……は? 何だいきなり」

 ウル太郎は、きょとんとしながら勇者を見る。勇者は穏やかな笑顔を一瞬見せると、それを隠す様にすました顔に戻った。

「俺も魔界に行くって言ってんだよ」

「!! いいのか!?」

「ああ、人間界にいてもどうせ疫病神扱いだしな。それに……」

 勇者も顔をウル太郎に向ける。

「魔王よりも強い奴がいるかもしれない……退屈、しないんだろ?」

 勇者の問いにウル太郎は最高の笑顔で答える。

「おう! 魔界、メチャいいとこだぜ!」

 親指を立てるウル太郎に、勇者も笑顔を見せた。

「ははっ。そうか、楽しみだよ」

 すると勇者は足を止め、ハイガーに向き直る。

「それじゃあ、アイツを何とかしないとな」

 数コンマ遅れてウル太郎も足を止め、赤く荒れ狂うダンディなオジサマを見る。

「大丈夫か? アイツ、手に負えないんだろ?」

「一般人ならな。俺なら何とかなる」

 勇者は空間から『シーカー』を開き、手をいれて何かを探し出す。

「オオカミ、お前はあっちのゾンビ達と合流して、速やかに魔界に行ける手筈を整えてくれ」

「ああ、それは構わねぇが……ホントに1人で何とかなるのか?」

 若干くどいように言うウル太郎。

「大丈夫だって。俺を誰だと思ってるんだ?」

 勇者は『シーカー』を閉じる。その手には、剣が握られていた。

「俺は……魔王を倒した男だぜ?」

 ウル太郎に背中を向けたままそう言うと、迫り来るハイガーに備えて剣を構えた。

「そういや、そうだったな。んじゃ任せたぜ」

 ウル太郎はニヤリと笑うと、リリたちの元へかけて行った。

「さてと……久しぶりだな、剣を使うのも」

 勇者が剣に魔法力を込めると、それに呼応して剣が光りだす。刃の中心に赤く丸い物が埋め込まれており、普通の剣と比べて若干丸みを帯びている。その輝きからは凛とした美しさを感じる、近代的なデザインの剣だ。

「ふん……やっと闘う気になったか、勇者よ」

 ハイガーが立ち止まり、口を開く。勇者の迎え撃つ姿を見て、少し落ち着きを取り戻したようだ。

「ああ。悪いがハイガー、ここで倒させて貰うぜ」

 余裕を持った表情で勇者は剣を前に出す。その顔から、何かにとらわれていたような迷いは消え去っていた。

「戯れ言を……。私はこの3年間で、己の強さに磨きをかけた。そうやすやすと倒されるものか」

 ハイガーは剣を空に掲げ、魔法力全てを込めた。

 それは快晴の天候をも暗雲で包み、やがて巨大なハリケーンが彼の剣を覆い出す。

「……随分強そうな技使うようになったじゃねぇか、ハイガー」

「そうだ。貴様を倒す為に創り上げた、私の最強技だ」

 ハイガーは不適に笑い、剣を思いっきり勇者に向けて振り下ろした。若干の距離はあるものの、完全に射程圏内だ。

「うけてみよ! 『ハイガーウルトラ・ハリケーンショットォォ!!』」

 勇者に迫り来る最強技。どんどん勇者との距離を縮めて行き、あと一瞬で直撃する____

 その瞬間に、勇者は目を見開き、剣を振った。



「リリさん!」

 その少し前、ウル太郎がリリたちに合流する。

「ウル太郎さん、勝負はどうなったんですか!? 突然現れたあの人、なんだか凄く怒っているように見えましたけど……」

「それは後で話します! それよりも、黒龍の『ゲンさん』を呼んで下さい! 魔界へ帰りますよ!」

「え、でも……勇者様を連れていかないと……!」

「大丈夫です! 勇者もついてくるそうですから!」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ! ほらゾン吉、お前も起きろ!」

 リリと一連のやり取りの後、ウル太郎は地面に寝そべっているゾン吉を足蹴にして叩き起こす。

「うぎゃ! ……あれ、ここはどこ? 一体何が起こってるんですかい?」

「寝ぼけてんな、帰るぞ!」

「あ、はい。わかりやした……って、何ですかいあのハリケーンは!?」

 ゾン吉が声を荒げる。ハイガーが発生させたハリケーンは、凄まじい勢いでその大きさを増していた。

「ゆ……勇者!!」

 ウル太郎が叫ぶも、何の解決にもならない。ハリケーンは勇者目掛けて振り下ろされていた。

「勇者ぁぁーーー!」



 目を開いた勇者は、ハリケーンに向けて剣を振っていた。

「おらぁぁぁぁぁ!!!」

 自分を中心に半円を描くように、下段から上段に向けて斜めに振られたその軌跡。

 それはハリケーンをかき消すどころか、エネルギーとして剣に蓄えられ、輝きを一層膨張させた。

「っな………!!?」

 ハイガーが驚き、仰け反る。自身の誇る最強技を、たった一振りで無効化されてしまったのだから無理もない。

「そんなバカな……!? 私の編み出した最強の技だぞ……!?」

 うろたえるハイガーに対し、勇者は剣を見せた。

「信じられないか? この剣は『レーディエイト・アブソーバー』。斬った魔法を吸収する事が出来る剣だ」

「何だと……!? そんな剣が……!?」

「更に、吸収した魔法を相手に倍返しで返す事も出来るんだぜ」

「な………!?」

 勇者は笑みを浮かべ、剣を空に掲げる。

「くらえ! 『レイドウルトラ・えーと、ナントカ!』」

 勇者が放ったウルトラ巨大なハリケーンはハイガーに直撃し、地面を巻き込み荒野の地形を大きく変えた。

「ぐおおおおおおおお!!!」

 やがてハリケーンは静けさを残して消え去る。

 ハイガーは持ち前の丈夫さと、ガードしたおかげで何とか耐え抜いたが、もはや闘える状態ではなかった。その場に倒れ込み、腕をピクリと動かす事もかなわない。

「よう。立てるか?」

 勇者がハイガーを見下ろし、手を差し伸べる。

「……何故だ。貴様、私にここまでの深手を負わせて、国が黙っていないぞ……」

 その言葉に、勇者はくだらない、とでも言う様な顔をし、腰に手を当てた。

「別に。俺を国外へ追放しようというのなら、そうすればいいさ」

 少し嬉しそうに表情を変え、続ける。

「俺は魔界へ行く。暫くは人間界ともオサラバだ」

「なに……!?」

 ハイガーは驚きと怒りの表情を隠しきれなかった。

「貴様、まさか……! 魔界に寝返るつもりか……!?」

「ちげーよ。まあ、ちょっと確かめたい事もあるしな」

 そこまで言うと、勇者はUターンしハイガーに手を軽く振った。

「じゃあなハイガー。ロゼたちに宜しく言っといてくれ」

 勇者は駆け足でリリたちの所へ向かって行った。

「待て、待つのだ勇者……!! 待てぇぇ……!」

 ハイガーの悲痛の叫びは、届く事なく風と共にかき消えた……。



「悪い、待たせたな」

 リリたちと合流した勇者は、側にいる黒龍に目を奪われる。

「へー、お前ら、こいつに乗って人間界に来たんだな……」

 黒龍のゲンさんは、勇者を見下ろして答えた。

『あんたが勇者さんかい。魔界に行くまでの短い間だが、ワシのフライトをじっくり楽しんで行ってくれい』

「お、おう。よろしくな」

 以外に高齢だった黒龍に若干驚く勇者に、リリは頭を下げる。

「勇者様。この度はありがとうございます。ベル様の誕生日プレゼントになっていただける事、感謝致します」

「いや待て、それは違うぞ」

「えっ?」

 顔を上げるリリに、勇者は肩をすくめた。

「魔界には行くが、それはあくまで俺の意志だ。そいつの誕生日プレゼントになってやるつもりはないね」

「そんな……」

「まあでも、会うだけ会ってやるさ。面白そうだしな」

 その言葉に、リリは手を合わせて指を組んだ。

「勇者様……」

 感謝するリリ。その姿を横目に、ゾン吉に謝罪した。

「ゾンビ、さっきは言いすぎたよ。悪かったな」

「ほんとですよ。限度ってモンがあるでしょう! ……でもまあ、謝ってくれたから許しやすよ」

 2人は和解すると、お互いに握手した。

「お前、やっぱり強かったんだな。伊達に勇者やってる訳じゃねぇな」

 今度はウル太郎が勇者に話しかける。ハイガーをいとも簡単に倒したその実力は、確かに見事だった。

「まあな。けどお前もハイガーの攻撃を受けてピンピンしてるなんて、大したもんだよ。魔界へ行ったら手合わせしようぜ」

「おう。手加減しねーからな」

 ゾン吉と同じ様に握手を交わした後、素朴な疑問を口にした。

「そういえば、お前ら名前なんていうんだ?」

 その質問にリリたちは顔を見合わせ、順々に名を名乗った。

「私はリリです。宜しくお願いします」

「俺はウル太郎。よろしくな」

「あっしはゾン吉です。同じく宜しく。で、勇者さんは何て名前ですかい?」

 勇者は一拍置いて答えた。

「俺か? 俺はレイド。かつての勇者レイドだ」

 そう答える勇者の目は、先程までの暗い目とは違う、少しだけ光の灯った目をしていた。

「これから宜しくな、お前ら!」


____こうしてリリたちは勇者を仲間に加え、ベゼルの待つ魔界へと戻る。

 しかし、まだ彼らは気がつかなかった。

 勇者が魔界へ行く事……それが人間界にとって、波乱を巻き起こすと言う事に……。

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