12. 破壊注意報
先日、生まれて初めてカップ焼きそばを食べました。めっちゃうめえ!
……え? そんだけです。
勇者たちの眼前に立ち塞がる男、ハイガー。
オールバックの短い黒髪で八の字の様な長い口髭を生やし、狙った獲物は逃さない、とでも言いたげな鋭い目と尖った口。この男が立っているだけで、場の雰囲気は固くなる。
「誰なんでしょう、あの人は……ここからだと遠くてよく見えませんが……」
ゾン吉を介抱するリリには、状況を把握出来なかった。
「先程、黒龍が荒野へ飛んで行くのを見てもしやと思ったが……」
ハイガーは低く重みのある声で、ゆっくりと口を開いた。
「勇者、貴様いつから魔物と接点があった?」
睨みをきかせるハイガーに対し、勇者は敵意を持ってそっぽを向く。
「何か勘違いしてるみてーだがな、こいつらと俺は初対面だ。接点も何もねーよ」
「この後に及んでまだシラを切るつもりか!」
急に声を荒げ、ハイガーは続ける。
「ここ最近、国で起こる不可解な事件……全て貴様の仕業だろう! 国民に恐怖を植え付ける為に魔物と結託し、やがては国を滅ぼし奪うつもりなのは分かっているのだぞ!」
「なにっ、そうなのか勇者!?」
事情を知らないウル太郎は、ハイガーの言葉を鵜呑みにする。勇者は当然首を横に振った。
「んなワケねーだろ。俺はここ3年ずっと荒野にいたんだぞ。そんな事出来るか」
「だが、そこの魔物を使えばそれも可能だ」
ハイガーは視線をそのままに、ウル太郎に剣先を向けた。
「自分は荒野に身を潜めながら魔物に指示し、国を攻める……そうだろう? オオカミの魔物よ」
剣先と共にウル太郎に視線を合わせ、威圧する。ウル太郎は片眉を上げて反論した。
「あぁ? 『魔物』? あんな頭の悪い奴等と一緒にすんじゃねーよ」
人間たちの間ではあまり知られていないが、悪魔に『魔物』と言うのはタブーである。悪魔である事に誇りを持つ彼らは、知能の低い魔物と一括りにされる事を酷く嫌う。ある意味それは、迫害にも近い屈辱を感じるのだ。
「おい勇者、なんだあの失礼なヤローは」
ウル太郎はハイガーを指差して勇者を見やる。面倒くさそうに後頭部を掻くと、勇者は答えた。
「アイツは……国の親衛隊隊長だ。見ての通り頭が固い、『隊長』のテンプレートみたいな奴だよ」
「そんな奴が、何だってここに?」
「さぁな。俺を犯罪者に仕立て上げて、牢屋にでもぶち込むつもりなんじゃねぇのか」
「何でそんな事を?」
「…………」
そこで勇者はほんの一瞬だけ口を閉ざし、視線を下げる。
「……人間は俺の力を恐れているんだ。だからどうにか封じようと考えてる。なんせ俺は、魔王に打ち勝った最強の力を持っているからな……」
声のトーンを少し下げて話す勇者。しかしウル太郎は、納得いかないという風に口を挟んだ。
「ふーん、魔王様を倒したから最強、ねぇ……。何だそりゃ」
「は?」
後頭部で腕を組み、ウル太郎は空を見上げる。
「魔王様が最強、だからそれを倒したお前が最強……。って、それは違うだろ」
「ち……違うのか?」
呆気に取られる勇者を人差指で指しながら1歩近づく。
「いいか? そもそも『最強』ってのは、この世の全ての生物に勝てる奴の事を言うんだよ。魔王様は確かに強かった。けど『最強』じゃない。魔王様にだって勝てない奴はいるもんさ。例えばお前とかな」
ウル太郎は腕を組み、続ける。
「それと同じ様に、お前にだって勝てない奴もいるんだぜ、魔界には」
その言い分に、勇者は眉をひそめた。
「じゃあ……魔王よりも強い奴が魔界にはいるのか?」
「いや、それは分からん。俺もそんな奴見た事ないしな」
勇者に対し背を斜に向けるウル太郎。その反応に勇者は目を丸くした。
「は、はぁ? 何だそれ、意味わかんねーぞ」
「そうだろ? でも上には上がいるんだぜ。なんせ……魔界は広いからな」
背を向けたまま勇者を見てにやりと笑うウル太郎に、勇者も一拍の間を置いた後、釣られて笑う。それは、ウル太郎の根拠のない適当な物言いに呆れながらも、どこか心地よく自然に出た笑いだった。
「……話し合いは終わったか?」
ハイガーは剣の手入れをしながら、2人を律儀に待っていた。
「ああ、待たせたな」
「わざわざ待っててくれてたのか、紳士だなアイツ」
ウル太郎がハイガーを賞賛する。ハイガーは剣を太陽の光に照らし、手入れが行き届いた事を確認すると、再び剣を構えた。
「やけに親しそうに話している所を見ると、疑いの余地はない様だな。2人まとめて叩き潰してやる」
ハイガーが放つ殺気に勇者たちは身構える。
勇者VSウル太郎……その勝負は第三者の介入により、一時お預けとなった。
「まずはアイツから倒さなけりゃどうにもなんねぇな……おいオオカミ、手を貸せ」
「2対1だが仕方ねぇ。今はベル様のお願い優先で行くか」
かくして、勇者とウル太郎の共闘が始まる。
荒地を挟み、勇者たちとハイガーは対面する。生暖かい風が静かに吹き、暫くの間沈黙が続いた。
その沈黙を一番始めに破るのはウル太郎だった。
「おい勇者。アイツは一体どんな技を使うんだ?」
「ハイガーは剣から放つ風魔法を使う。近距離・遠距離どちらでも闘える万能ファイターだ。だが、真に恐ろしいのはその……」
勇者は口を紡ぎ、下唇を噛む。
「その……なんだよ?」
ウル太郎が続きを聞こうとした瞬間、痺れをきらしたハイガーが叫んだ。
「何をしている! 来ないのならこちらから行くぞ!」
空間を斬る様に剣を横に振ると、剣の軌跡が風の衝撃波となって勇者たちに襲いかかる。
「うわっ!」
「あぶねっ!」
2人は上にジャンプしてかわす。衝撃波は地面を深くえぐると、元の風となり消滅した。
「すげぇ威力だな……」
ウル太郎は地面の跡を見て一筋の汗を垂らす。しかし本当に恐ろしいのは、この直後にやって来た。
「ほう、今の『ハイガースペシャル』を避けるとは中々やるではないか」
「ぶふっ!!」
ハイガーの言葉で、ウル太郎が思わず吹き出す。
あのダンディな顔から随分可愛い技名が飛び出て来た為、そのギャップにウル太郎は耐えられなかった。
「おい今アイツ、ハ、ハイガースペシャルって……」
「分かっただろ? 真に恐ろしいのは、その技名だと言う事に……。俺も初めてアイツと剣を交えた時、何度笑いを堪えた事か……」
勇者はしみじみと昔を振り返る。
「気をつけろ。今の笑いは聞こえていなかったみたいだから良かったが、技名を笑うとめちゃくちゃキレるからな、アイツ」
「んな事言ったってよ……」
「ならばこの技ならどうだ! くらえ! 『ハイガートルネード』!」
間髪入れずにハイガーが次の技を繰り出す。地面に剣を突き刺し、その上に逆立ちする様にしながら剣と共に高速で回転し、周囲に竜巻を発生させた。
「ぐおおお……!」
竜巻に引き寄せられるのを必死で堪えながら、ウル太郎は勇者に叫んだ。
「おい勇者! なんとかしろ!(技名を)」
勇者も腕で顔をガードしながら叫ぶ。
「せいぜい壊されない様に気をつけろよ!(腹筋を)」
2人の間には、いつしか小さな連帯感が生まれていた。
その突如発生した竜巻を訝しげに見つめながら、リリは2人の身を案じる。
「すごい竜巻……ウル太郎さんたちは無事でしょうか……」
「リリさん、お水を……」
「あ、はい。どうぞ、ゾン吉さん」
次回、遂にクライマックス。果たして勝負の行方はどうなるのか_____!?




