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勇者魔王の日常冒険譚  作者: ゆーひら
【勇者探索編】
13/122

11. 落胆する者しない者

 勇者VSゾン吉。激戦は続いていた。

「さあ勇者さん! 勝たせてもらいやすよ、あっしのこの『毒の爪』で!」

 ゾン吉は手を出して構える。それぞれの指の2倍の長さはある爪と、その雄々しい姿から先程までのやる気のなさは消え、勝利を確信したかのように笑みを浮かべていた。

「ちっ……めんどくせーモン出しやがって……」

 その一方で、勇者は攻めあぐねていた。

 恐らく一発でもゾン吉の攻撃が勇者に当たれば決着はつくだろう。ゾン吉の爪の毒は、少しでも(かす)ればその部分から瞬間的に全身へ駆け巡り、身動きを封じる麻痺毒だ。いくら勇者でも、その対象の例外ではない。

「打撃が効かない以上、距離を詰めて闘う必要はないが……それだといつまでたっても終わんねぇな……」

 勇者は武器を使えないというハンデを課してしまった事を地味に後悔した。

「さぁ、覚悟はいいですかい勇者さん! いかせてもらいやすよ!」

 ゾン吉が突進しながら、爪攻撃のラッシュを繰り出す。しかし勇者はそれらを全て紙一重でかわし、一瞬の隙をついて背後に回り込んで回し蹴りを喰らわせた。

「ぐわっ!」

 予期せぬ一撃にゾン吉は攻撃の手を止めた。

「確かにその爪は要注意だが、肝心の持ち主がノロマじゃ怖くないぜ」

「ぬぬ……!」

 勇者たちの闘いっぷりを見て、遠くから眺めているリリはウル太郎に叫んだ。

「ウル太郎さん、大変ですよ!」

「大丈夫ですよ。ゾン吉の攻撃が一発でも当たれば勝ちなんですから」

 ウル太郎の呼びかけに首を横に振ると、リリは言葉を続けた。

「そうじゃありませんよ! アレ、ガチバトルじゃないですか! 一応『コメディー』の部類ですよ、これは!」

「……それなら問題ないです。この小説、『コメディー』から『ファンタジー』にジャンル変更したらしいんで」

「そ、そうなんですか!?」

 意味のわからない会話をする2人。

 2人が不思議な事を言っている間に戦況は進んでいた。

「ぐぬぬぬぬぬ………!」

「ぎぎぎぎぎ………!」

 ゾン吉の、まさに振り下ろさんとする両腕。その指を5本ずつまとめて勇者は掴み、爪の動きを封じていた。

「ぐぬぬ……な、なかなかやるじゃないですかい、勇者さん……」

「うるせぇ……こっちゃ、ハンデまでつけてんだぞ、いい加減降参しろっての……」

 両者の力は拮抗(きっこう)し、どちらも一歩も引かなかった。

「降参なんてするわけないでしょ……それに、そんな負けた時の言い訳みたいな言葉、勇者が使っていいんですかい……?」

「いや、言い訳とかないし、俺が勝つし……」

「そんな強がりも、これで終わりですよ……!」

 その言葉を合図に、ゾン吉の真っ直ぐ伸びた爪が勇者の手を目指してくねくね曲がり始めた。

「なっ……!?」

「あっしの爪は、あっしの意思で伸ばすも曲げるも自由自在! 指が動かずとも関係ないんですよ!」

 奇妙に動くその爪は、さながら新種のヘビの様だ。

「さぁ、行け爪よ! 勇者さんを引き裂けぇ!」

 勇者にとって絶体絶命の瞬間だった。しかし、彼の何気ない一言が闘いを思わぬ展開へ運んでいく。

「う、うわっ……! 『気持ちわるっ』……!」

「え……」

 勇者のその一言を聞いて、ゾン吉は爪の動きをピタリと止めた。

「き……気持ち悪い……?」

 わなわなしながらゾン吉は爪を普通の長さに戻す。その行動に呆気に取られた勇者は、無意識にゾン吉から手を離した。

「何だ、一体……どうかしたのか……?」

「はっ! いえ、どうもしないですよ……!」

 我に返り、ゾン吉はごまかす様に慌てる。

「さあ、勝負の再開ですよ!」

 しかし、今の不可解な行動を勇者が見逃す筈がない。何か考える様に顎に手を当てると、ある1つの仮説をたてた。

____コイツ、もしかして____

「何、ボーッとしてるんですかい! それとも、もう諦めたんですかい!? なら決めさせてもらいやすよ!」

 ゾン吉は再び手を胸の前に構え、毒の爪を出そうとする。それを見た勇者は、とっさに口を動かした。

「何だ、また出すのか? あの____『気持ち悪い爪』」

 勇者のたてた仮説____。まだ確信は持てていなかった為、1つの賭けではあった。しかしどうやら、勇者の思惑通りだった。

「うっ……!」

 気持ち悪い、という言葉に過敏に反応するゾン吉の動きは、著しく低下していた。いや、むしろほぼ止まっていたと言っていい。勇者は仮説を確信するとともに、性格の悪そうな笑みを浮かべて言葉を続けた。

「あーんな、見るに耐えない爪で闘うんだもんな。正直ドン引きしてたぜ、俺」

「ううっ……!」

 勇者が罵倒する度に、ゾン吉は肩をビクつかせた。そんなゾン吉に1歩ずつ歩み寄り、依然笑いながら勇者は追い打ちをかける。

「……ハゲ」

「うぐっ」

 勇者が1歩前進するとゾン吉が1歩後退する。まるで、いじめっ子といじめられっ子の様だ。

「歯抜け」

「はがっ」

「足の裏臭そう」

「あぎっ」

「常に白目」

「うばっ」

「なんかヤバイ」

「う、うおおお……」

 吹けば消えてしまいそうな火の様に弱々しく震えるゾン吉。そんな彼をオーバーキルしたのは、かつて勇者と呼ばれたその人であった。

「うおおお……うぎゃああああああ!!」

 数多の悪口に、ついにゾン吉の精神は崩壊し、その場に倒れこんだ。

「ゾン吉ーーー!!」

 それを見たウル太郎がゾン吉の元へ駆けつける。

「大丈夫か、ゾン吉!」

「あっしなんて……あっしなんて……」

 完全にゾン吉は卑屈になり、泡を吹いていた。試合は続行不可能……勇者の勝ちである。

「よし、勝った……!」

 目の前の惨状に目も向けずガッツポーズをする勇者を、ウル太郎は睨んだ。

「テメェ、それでも勇者か!? いやむしろ人間かどうか疑うレベルだったぞ、今のは!」

「う、うるせぇ、後でちゃんと謝るよ……」

 流石に気が引けたのか、ほっぺたをポリポリ掻きながら小さな声で返した。

 やがてリリがゾン吉を介抱し、勝負の行方はウル太郎に委ねられる。

「ウル太郎さん、頑張ってください。私はゾン吉さんを看てますから」

「ええ、分かりました。こんなゲス、速攻で片付けてやりますよ」

 手をプラプラさせて戦闘態勢に入るウル太郎。勇者を魔界へ連れて帰るという目的は、いつの間にか彼の中でゾン吉の弔い合戦に成り代わっていた。

 ゾン吉たちに流れ弾が行かない所まで2人は移動し、お互いに向き合う。

「次はお前か。確かにゾンビよりは強そうだな」

「武器を使いたいなら使ってもいいぜ」

 勝つ自信のあるウル太郎。しかし勇者には、それ以上の自信があった。

「いや、大丈夫だ。お前には拳が効きそうだからな。それで充分だ」

「へっ。何処までもナメやがって……」

 顔を険しくするウル太郎に対して、勇者はどこか嬉しそうだった。

「……こんなに楽しいのは久しぶりだ。感謝するぜ」

「あ? 何か言ったか?」

 準備体操をするウル太郎は、勇者の呟きが聞こえなかったようだ。

「いや、別に。それじゃ始めようか」

 お互いに構えを取り、いよいよ闘いが始まる。

 しかしその闘いは、ある1人の男によって阻まれた。

「貴様ら、そこまでだ」

 突然の第三者の声の方に勇者たちは顔を向ける。そこにはただならぬ怒りに満ちた正装の男が、剣を抜いて立っていた。

「てめえ、ハイガー……!? 何でここに……」

「失望したぞ、勇者……! まさか魔物とグルだったとはな……!」

 ハイガーと呼ばれたその男は、剣を2人に向ける。

「長年野放しにしてやっていたが、それも今日までだ。……覚悟しろ」

 この状況にウル太郎はついていけず、勇者に質問した。

「おい、何だよこれは。あのヒゲは一体誰だ?」

 勇者は頭を掻きながら面倒くさそうに答えた。

「……まぁ、めんどくせぇ奴だ。おまけにめんどくせぇ誤解まで持って来てやがるな」

 ため息をついて、横目でウル太郎を見る。

「アイツをどうにかしねぇと、闘いどころじゃなさそうだ。悪いな」

 さっぱり状況が飲み込めないウル太郎だが、しかしこれだけは理解できた。ハイガーを見る勇者の目からは、先程自分たちと接していた時とは明らかに違う、失望にも似た感情が浮き出ているという事に……。

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