10. 勇者の闘い 〜VSゾンビ〜
辺り一面の荒野。勇者の『俺に勝てたら魔王城に行ってやるよ』宣言の下、今まさに闘いが始まろうとしていた。
「ほらゾン吉、頑張れって!!」
「えー……ほんとにあっしが闘うんですかい?」
ゾン吉と勇者が、それぞれ距離をとってお互いに向き合う。砂混じりの風が2人の間を通り、太陽は依然として大地を強く照らしている。
「じゃあ、どっちかが『まいった』って言ったら試合終了だ」
「はぁ、分かりやしたよ」
気の進まないゾン吉と、準備体操を始める勇者。お互いのやる気は対極にある様子。
「おーい、勇者ァ! お前まさか、一ゾンビ相手に本気で闘うつもりじゃねぇだろうなぁ!?」
ウル太郎が遠くの勇者に向けて言葉を放つ。
「まさか。本気でやるわけないだろー!?」
自分が負けたら魔界に行かなければならないというのに、大した自信だ。しかしウル太郎はその自信につけこんだ。
「じゃあ、武器とかも当然使わねぇんだよなー!?」
「あぁ!? 武器ー!?」
勇者は少し考えた後、ふっと笑った。
「当たり前だろー! 素手で闘ってやるよー!」
2人のやり取りを見て、リリは呟いた。
「もっと近くで会話すればいいじゃないですか……」
耳を塞いでいたリリに、ウル太郎はガッツポーズをした。
「チャンスですよリリさん。これで勇者は武器を使えません」
「確かに、これで勇者様に大きなハンデができました。しかしそれでもゾン吉さんが勝てるとは思えませんが……」
ゾン吉のあのやる気のない態度を見ればわかると思うが、彼はそれほど強くない。勇者が武器を使わないとなっても、勝ち目は非常に薄いだろう。
だがしかし、ウル太郎は勝利を確信していた。だからこそゾン吉を戦の場に置いたのだ。
そう、ウル太郎は知っていたのだ。ゾン吉という悪魔の実力を。
「ぶっへぁぁぁ!!」
叫びながら空を飛ぶゾン吉。勇者に蹴飛ばされ綺麗な弧を描きながら宙を舞い、やがて重力に負けて身体を回転させながら地面に激突する。
「ぎゃふっ!!」
「大丈夫か、ゾン吉!」
ウル太郎の所まで吹っ飛ばされたゾン吉は、助けを求めた。
「よいしょっと……うう、やっぱり勝てませんよ、ウル太郎さん……」
弱音を吐きながら起き上がるゾン吉のもとへ、勇者が歩いてゆく。
「もう分かっただろ、そのゾンビじゃ俺には勝てねぇよ。それに、そこのオオカミでも俺の相手は務まらねぇ。見ただろ? 俺は強すぎるんだ」
勇者は右手を腰に当て、空を見上げる。
「何たって、魔王を倒しちまったからな……。俺に敵う奴なんて、この世界にはいやしねぇ」
「そりゃわかんねぇぜ? ゾン吉はまだピンピンしてるからな」
ウル太郎がゾン吉の背中を押した。
「うわっと! ちょっと、ウル太郎さん……」
「ゾン吉、見せてやれ! お前の力を!」
嫌々闘っているように見えるゾン吉だが、しかしなかなかにタフだった。
勇者の拳1発で、大抵の魔物は撃沈する。しかしこのゾン吉は、かれこれ勇者の攻撃を5、6発もらっているというのに、てんで応えていないのだ。当たり前のように起き上がり、勇者に向かってくる。しかしそれは勇者にとって、疑問であると同時に嬉しい事でもあった。
「……おもしれぇ。手応えのある相手に出会ったのは久々だ。何がなんでも『まいった』って言わせてやるぜ」
勇者はにやりと笑った。
「く、くっそぉ、こうなったらもうヤケですよ! うぉぉぉ!!」
本当にヤケクソで走るゾン吉を、勇者は鉄拳制裁の雨あられでねじ伏せる。ゾン吉は勇者の攻撃を一撃もらさずに喰らいまくった。
「いいか!? 俺はこの強すぎる力で魔王を倒した!」
「ぐっはぁぁ!! ……よいしょ」
「始めの内は人間たちも勇者の俺を快く思ってくれていた!! だがな、次第に俺の力を恐れ蔑んでいったんだ!!」
「おぶふぅぅっ!! ……よいしょ」
「わかるか!? 魔王を倒した時点で、俺は人間にとって用済みだったんだよ!! 人間は俺を魔王と同じように恐れたんだ!!」
「うぎゃああああ!! ……よいしょ」
「もう俺は勇者なんかじゃない! 誰も俺の事なんか必要としていないんだぁぁ!!」
「うぐっほおぉぉ!!」
勇者にぶん殴られたゾン吉は地面をゴロゴロ転がる。しかしその度に、何食わぬ顔で立ち上がった。
「あ、よいしょっと」
「いや、ちょっと待てぇ! 何でお前立ってられるんだよ!?」
「へ? 何ですかい?」
確かな手応えに結果が伴わず、勇者はとうとう疑問を声に出した。
「さすがにおかしいだろ! 殴ったじゃん、俺あんなに! 何で平気なんだよ!?」
試合開始前に本気は出さないと言った。言ったのだが、実は途中から割と本気で殴っていた勇者。にも関わらず平然と大地に君臨するそのゾンビに、勇者は突っ込まざるを得なかった。
「ふふっ、あっしが何故立っていられるか……ですかい?」
服についた汚れを手で払いながら、ゾン吉は得意気に答えた。
「それは……あっしが『ゾンビ』だからですよ!」
その言葉に勇者は、前方から衝撃波を受けたかのように軽く仰け反った。
「何……ゾンビだと……!?」
しかしすぐに勇者は思い直した。
「いや、それは知っているんだが……」
「ゾンビとは、死んだ肉体の事。生命活動が停止した肉体にいくら打撃を与えようとも、ノーダメージ! つまり勇者さん、あんたの拳は最初からあっしには効いてないんですよ!」
人差し指を勇者に勢いよく向け、ゾン吉はしてやったり、という顔をした。
「そういう事だったのか……! だが、効かないのが打撃だけなら安心だぜ」
勇者は空間から『シーカー』を開こうとする。しかしそれを見たウル太郎は叫んだ。
「あれぇー!? 武器使うのか、勇者ァ!? 使わないって言ったよなァ!?」
馬鹿にするような口調のウル太郎に、勇者は指の動きをピタリと止めた。
「くっ、そうだった……! あのオオカミめ、はじめからこうなる事を見越してやがったな……!」
ウル太郎はにやりと笑ってリリを見やる。
「やりましたね、リリさん! これでゾン吉の勝ちは確定ですよ!」
「何だか少しやり方が汚いような……」
目を細めるリリを、ウル太郎は肩に手を置いて説得する。
「何言ってんですか、相手は勇者ですよ。頭使わなきゃ勝てる相手じゃないんです。これで勇者が魔王城に来てくれるんですから、万事解決じゃないですか」
確かにウル太郎の言う通りだ。今回の目的は勇者を魔王城に連れて行く事。手段を選んでいる場合ではない。いまいち気の進まないリリだが、やがて自分に言い聞かせて頷いた。
「そ……そうですね。ベル様の為に、今できる精一杯の事をやりましょう!」
「その意気です、リリさん!」
2人はゾン吉の方を向き、エールを送った。
「頑張ってください! ゾン吉さん!」
「勝てるぞゾン吉、行けー!」
その言葉を聞いたゾン吉に、ふつふつと力が湧き上がる。いつの間にか調子づいて、不適に笑みを浮かべた。
「ふふふ、勝たせてもらいやすよ、勇者さん」
腕を胸の前で交差させて構えると、指の爪が伸び、鋭く光るその切っ先が黒く濁っていく。
「『毒の爪』……あっしの得意技です。まともに喰らえば、いくら勇者さんでも20分は動けやせんぜ……?」
やけにお手頃な時間だが、この局面においてはこれ以上ない便利な技だ。勇者は一歩後ずさりし、一筋の汗を垂らして呟いた。
「コイツ、もしかして魔王より強いんじゃないか……?」
闘いは佳境に入り、戦況は魔王軍優勢。最後に笑うのは果たしてどちらだ_____!?
<よく分からない用語解説!>(読み飛ばし可)
『魔物』とは、人間界に存在する知能の低い魔物のこと。主に動物の姿をしている。人間を襲う魔物もいれば、心を通わせる魔物もいる。言葉を話せないものがほとんど。
『悪魔』とは、魔界に暮らしている者。主に人間に近い姿形をしている。言葉を話せる。
知能の高さは
魔物<<<悪魔=人間である。
その為、悪魔は人間から魔物と言われる事を嫌う。




