113. 魔王食堂
アドネーの襲撃から一ヶ月。
来るべきその日に備え、魔王城は今____
「いらっしゃいませー! 『魔王食堂』へようこそー! 食べ物いっぱいありますよー!」
____何故だか、入ってすぐの大広間を「食堂」へと改装し、お店を営業させていた。
「焼きそば、たこ焼き、オムライス! リクエストも受け付けてるよー! さぁー、いらっしゃい!」
「ほら、リリ。食堂でお仕事する時は丁寧な言葉を使いなさい、っていつも言ってるでしょう?」
「フ、フィア様〜。そう言われてもイマイチ慣れないよ、その言葉遣い……」
「やっていけばその内身につきますよ。お客様に失礼な態度を取らないよう、気をつけないと!」
「うぅ、はい〜。……い、いらっしゃいませ〜」
「その調子! 立派なメイドさんになれるように、頑張りましょう!」
ワイワイガヤガヤと賑わう大広間……もとい、食堂。
そこには悪魔たちが連日押し寄せ____食事を楽しんでいた。勿論ケンカはご法度。料理を食べながら、ほかの悪魔同士交流を図り、仲良くなる……そういったことを目的としていた。
「おう、フィアさん。頼まれてた調味料、仕入れて来たぜ!」
「ありがとう! あっちの方にお願いできるかしら?」
「あいよ! この食材は向こうの倉庫でいいのかい?」
「ええ。いつもありがとう、助かるわ」
「ご注文の料理、お待たせしましたー!」
「順番に並んでくださいますよう、よろしくお願いしまーす!」
気づけばそこで働く悪魔たちもちらほら。いつのまにかフィア、リリ、ウル太郎の3人だけでは無くなっていた。
だが、そこには何か「足りないもの」が……
そう、「あの男」の姿が無かったのだ。
「あれ、フィア様、何処へ行くの?」
「ええ、ちょっと。ごめんね、すぐ戻るから」
リリにそう告げて、とびきりの料理をその手に持ち、フィアはそそくさと「ある場所」へ向かう。それを目で追いながら、リリは呟くのだった。
「……毎日毎日、よくやるなあ。……サル様もいい加減、素直になったらいいのに」
__________
「サル様。入ってもいい?」
フィアは扉をノックしたのち、そう言ってから中へと入る。
サルタンの部屋____やたらに広い部屋の中で、寝床と机以外は何もない、殺風景にも程がある部屋。サルタンはそこで毎日、窓の外の風景を眺めていた。
「今日はね、グラタンを持って来たの。アツアツだから気をつけて。でも冷めないうちに食べてね」
フィアは器いっぱいに盛られたグラタンを机の上へと運ぶ。「アチチ……」と呟きながら慎重に置くその姿を、サルタンは視線を外の景色のままに、横目に見ながら言った。
「……頼んでもねぇのに持ってくんな、いつもいつも」
「そう? でも、いつも全部食べてくれるじゃない」
「仕方なく、な。食べねぇとギャーギャーうるせぇからな」
「あ、ひどい。そんなふうに思ってたの? それならもう、持ってくるのやめようかなー?」
「…………」
「ふふ、冗談よ」
いつもの調子ならば、食堂で騒ぐ悪魔たちの元へ行き、すぐさまケンカの一つでも売りに行くような気性の荒い魔王。そんな彼が、今は何もする気もなしと一日中部屋で閉じこもっているのだ。
そして、その理由はフィアにも分かっている。
「……まだ、この前の事、気にしてる?」
アドネーに太刀打ち出来なかったこと____自らの力を最強と信じて疑わなかった彼が、生まれて初めて経験した敗北。魔王としての自尊心を傷つけられたその屈辱感は、計り知れるものではないだろう。
「うるせぇ。お前に何が分かる」
「闘いのことはあんまり分からないけど、少なくともそうやって毎日、じーっと引きこもってるのは良くないわよ?」
「…………」
口を開けば悪態ばかり、もしくは無言、という会話のキャッチボールの成立しないその態度に、フィアはついに痺れを切らした。
「……もう! ここ一ヶ月ろくにご飯も食べずに____あ、食べてるか。うじうじうじうじ! ハッキリ言って、今のサル様、カッコ悪い!」
サルタンはピクリ、と片眉をあげた。
「……なんだと?」
「カッコ悪い、って言ったの! 今のサル様なら、私でも勝てちゃいそう!」
腕を組んでプンプン怒るフィア。
その言葉がサルタンの身体を動かし、鋭い眼差しを彼女へと向ける。
「てめー、もう一回言ってみろ……って、……ああ!?」
が_____そこには、サルタンがまるで予想していなかった出来事が起きていた。
「なによ! 言いたいことがあるならハッキリ言ってみたらどう!?」
フィアの顔____ひょっとこの様な奇怪なお面を被ってサルタンの方を見る彼女。窓の外ばかり見ていたサルタンは、今までそれに気がつかなかったのだ。
「お前、なんだその顔は____」
「ほらほら〜。悔しかったら、私とお笑いで勝負だ〜」
ゆらゆら怪しい踊りをするフィアを、口を開けながら止まるサルタン。数秒ののち、彼はついつい吹き出した。
「……ふ、くくっ。なにやってんだ、お前……」
「あーーっ。やっと笑った!」
「は?」
指摘され、自分が笑っていたことに今気がついたサルタン。フィアはお面を外し、ズイズイとそんなサルタンへ距離を近づける。
「最近、ずーっと笑ってなかったから、心配してたの! ああ、このままサル様が一生笑わなくなってしまったらどうしよう、って!」
フィアは嬉しさのあまり、思わずサルタンに抱きついた。
「お、おい……」
驚くサルタンを見上げ、フィアは間髪入れずに続ける。
「あなたはやっぱり、もっと笑うべきよ。お腹の底から笑ったことってないのかしら?」
「____……」
そうしたところでフィアもハッと我に返り、サルタンから身体を離して少しだけ距離を取る。
気まずさから訪れる、静寂____。意外にも、先に口を開いたのはサルタンだった。
「笑い、なんてのはケンカにゃ必要ねぇ。相手をぶっ飛ばした時には自然と笑みも出るが____笑えと言われて笑うなんてこた俺には出来ん。興味もない」
「…………」
「だから____お前が笑わせに来い。お前と一緒にいるのは……嫌いじゃない」
「え……」
しゅんとした顔をハッと上げ、サルタンを見やるフィア。サルタンは椅子に腰掛け、グラタンを手に取っていた。
「それから……明日からは、俺も食堂へ行く。……美味いもん食えるのを期待してるぞ」
ほんの少し。だが、確実にフィアに対して心開いたサルタン。フィアはその言葉が脳にまで行き届くのをゆっくり噛み締めたあと、満面の笑みで答えるのだった。
「うんっ!」
 




