109. 崩壊の序曲
「サル様、こんなところにいた」
フィアが部屋の一室を訪れる。
そこは誰の部屋とも決められていない、何も置いていない部屋。その真ん中に、サルタンが1人昼寝をしている。
「もうすぐご飯の準備が____」
フィアがそう言って一歩、部屋の中に入ったときだった。
ドン、という轟音とともに、魔王城が一瞬グラリと揺れたのだ。
「っ!?」
フィアは驚き、よろけて壁に手をつける。
突然の出来事____。その正体は、すぐに判明した。
「オラァーー!! 出てきやがれ、魔王ーー!!」
慌ててフィアが部屋の窓から外を覗くと、そこにいたのは大勢の悪魔たちの姿。
「な、なに……?」
見るからに血の気の多い、とても穏やかではないその雰囲気に、思わずフィアはたじろぐ。
「やっ、やべえって! 城の外! 悪魔たちに囲まれてるぞ!」
「とんでもねー数ですよ! どーするっスか!」
ただならぬ城外の様子に、リリとウル太郎も部屋に集合する。2人とも……いや、フィアを合わせて3人ともに、不安げな空気が漂っていく。
「騒ぐな」
だがそんな空気を、魔王サルタンはその一言で一蹴した。
「サル様……」
「いいから、ここにいろ。一歩も出るな。分かったな」
どっこいせ、と気だるげに起き上がると、サルタンは1人、戦地へと赴いていった。
______________
そこからは、只々圧巻だった。
「すご……」
「うへぇ……あんな数を、たった1人で……」
ものの数分の出来事_____。
圧倒的不利を物ともせず、闘いを集結させたのはもちろん____『魔王』サルタン。
「…………」
「ふん、こんなモンか。雑魚どもが」
大地に横たわるその群衆を、サルタンは一瞥する。
だがその表情は、その眼に映るのは、今までとは違う「何か」_____。
その感情が何かを知る由もないまま、彼の目の前にはまた一人……。
見たことのない金髪の青年が、そこに立っていた。
「流石だね。素晴らしいよ、魔王」
その青年には、他のものとはなにか違う……異質なものを感じさせる。サルタンはふと、そう思った。
「なんか新しい奴が出てきたッスよ、姉御」
「ほんとだ。まぁ、今さら新しい奴が1人で出てきたところで、魔王様にゃどうって事ないだろ。あと、『姉御』じゃなくて『リリ』って呼べって」
城のベランダで呑気そうにその光景を眺める2人。
だが……ただ1人、フィアだけは全く違う反応を示した。
「_____!? あの、人は……!?」
「……? なんだ、テメーは」
拳を構え、腰を落とすサルタン。
「ふふ、初めましてだね。私の名は____」
サルタンはその青年の言葉を遮り、間髪入れずにぶん殴り、地面へ激突させた。
「テメーに興味なんかねェよ。そこで一生寝てろ」
動かなくなったその青年を見下ろしたあと、サルタンは魔王城へと足を動かす。
「さて……腹ごなしにゃあなったな……」
サルタンが敵を全滅させたのを、興奮した様子で眺めるリリとウル太郎。
「うおお! やっぱし一撃!」
「さすがスゲェッス、魔王様!」
だが、その2人とは正反対の様子で、フィアは声を震わせていた。
「______ない……」
「……? どしたの、フィア様」
「いけない……」
「え……?」
フィアのただならぬ様子に、2人は顔を見合わせた。
そんな彼女らの元へと、サルタンは腕を鳴らしながら魔王城へと歩を進める。
「フィアに飯でも作ってもら____」
その瞬間。
後方から感じる殺気____。
サルタンはピクリと反応し、振り返る。
「……! テメェ、まだ____」
その先にいるのは____先程倒した筈の青年。
だがその青年は今、確かに両の足で立ちながら、サルタンの前に君臨している。
そして青年がスゥ、と手をサルタンに向けた瞬間____。
「っ!?」
サルタンは吹き飛ばされる。
数メートルほど後方に追いやられ、地面にはその足跡がくっきりと残る。
サルタンにとって最も不可解だったのは____『今何をされたのかが分からない』というところだった。
「これで、少しは興味持ってくれるかな? 魔王」
黒い瞳をした青年は、邪悪な笑みを浮かべながらユラリユラリと動き出す。
そして____その青年の『なにか』を知っているフィアは、急いで城の外へと駆け出した。
「いけない、サル様を助けなくちゃ……! このままじゃ____」
おぼつかない足で走りながら、息を切らしながら、フィアはもう一度呟く。
「このままじゃ、サル様が殺されちゃう……!!」
____そうなって欲しくない、という願いを込めながら____。
かくして、魔王と対峙した青年。
「改めて聞いて欲しい。私の名はアドネー……」
この青年が____
「『創造神』、アドネーだ」
_____世界を『崩壊』させる。
 




