105. 洞窟の出来事
「ウェフル、目標までの距離はどのくらいだ?」
リーベル盗賊団。
ここら一帯を荒らしまわり、金目の物や食べ物を根こそぎ奪い取っていく卑劣な一団。
____とは言うものの、大抵の悪魔はそれ以上のことを平然とやってのけるため、大概この2人は魔界で言うところの『一般人』に該当する部類に相当する。
そもそも『盗賊団』とは銘打っているものの、たった2人で構成されているあたり、その技量や実力はある程度伺えてしまうのは察するところである。
そして今、ウェフルと呼ばれた上半身オオカミの____所謂オオカミ人間に問いかけた、赤い髪のこの悪魔こそ……。
リーベル盗賊団団長、『リーベル・リーダス』その人だ。
「えーっと、300メートル、くらいスかね」
オオカミ人間のウェフルがそれを聞き、手に持った双眼鏡で魔王城を見据えたまま答える。
「300メートルか……。てことはつまり、どのくらいだ?」
「んーっと、スねぇ。ちょうど、こう、 手をこう広げて、コレ300個分くらいっスかね」
眉をひそめるリーベルに、手をいい感じに広げて説明するウェフル。一時の静寂が流れた後で、リーベルは理解した。
「なかなかじゃないか」
2人の間に再び流れる、独特の間。盗賊団が結成されたのは、ちょっとやそっとの前の話ではないだろう。即席の団に、これ程の絶妙な対話は成立しない。
「とりあえず、降りて行ってみます?」
双眼鏡でリーベルを眺めるウェフル。リーベルは自慢の赤髪を弄りながら答えた。
「いや……もう少し様子を見るのも悪くない。なんせ相手は魔王城だ。焦る気持ちは分かるが、ウェフル。ここはひとつ慎重に……」
リーベルがそう言って、双眼鏡を外したその時だった。
「なにしてるの?」
突如として現れた少女。首をかしげ、少女はリーベルの顔を覗き込む。
「…………」
「…………」
2人はその事態に暫く沈黙し_____そして同時に驚き一歩引いた。
「うっ、うわぁ! なんだ、コイツは!」
リーベルが双眼鏡を目に当てたり外したりする。
「わたし、フィア。あなたたちは?」
「俺、ウェフルっス」
少女_____フィアが挨拶交じりに手を上げ、ウェフルもそれを真似する。それを見たリーベルは慌ててウェフルの頭を叩いた。
「ばか! なに名乗ってんだよ!」
「あ、あれ? なんでスかね……」
叩かれて我に返ったのか、ハッとして目を丸くするウェフル。どうやらリーベルと違って、フィアに対する警戒心はほぼゼロのようだが……。
フィアはそんな2人の漫才じみたやり取りを意に介さず、ニコニコして続ける。
「魔王城になにかご用? もしかして、サル様のお友達?」
「魔王城、って……。もしかして、姉御! この女、さては魔王の手下っスよ!」
魔王城、という言葉を聞き、ウェフルは慌ててフィアとリーベルを交互に見やる。
「あぁ、そうみたいだね……! くそ、なんてこった! ウェフル、逃げるよ!」
「がってん!」
息ぴったりと、しゃかしゃか2人はフィアを置き去りに奥の茂みへと向かっていく。
そして、その先にあるのは____小さな洞窟。どうやらここが彼らの隠れ家のようだが……。
「あ、待って……!」
遠ざかる2人の後を、フィアもひょこひょこと追っていった。
_______
「ぜぇ、ぜぇ……。くそう、なんで追ってくるんだよ、お前は!」
茂みの奥の小さな洞窟____リーベルたちの隠れ家にて。
息を切らし声を荒げるのは、リーベル。そしてその対象はもちろん……フィアだ。
「はぁ、はぁ……。だってあなたたち、ずっと魔王城を見ていたでしょう? だから、もしかしたら……」
わなわなするフィアを尻目に、ウェフルとリーベルはヒソヒソ話を始める。
「姉御、マズイっすよ……。どうやらバレてるみたいっス」
「そうだね……。なら仕方ない。かくなる上は……」
ギラリと目を光らせ、リーベルは殺気とともに獲物____ナイフを構える。
だが、次の瞬間、フィアの口から出た一言は____
「もしかしたら、一緒に遊びたいのかな、って!」
____2人にとって、想像だにしていない事だった。
「……は?」
リーベルは素っ頓狂な声を出し、目を丸くする。
「だって魔王城ですもの! あんなに大きくて広いんですもの! 誰だって遊びたくなるわ!」
両の頬に手を添えながら、ワクワク顔で悶えるフィア。暗い洞窟だというのに、彼女の周りにはキラキラと花が浮かんでいるよう。
「姉御。この悪魔、もしかして……」
「あァ。とんでもないバカみたいだね」
息を呑むウェフル、およびリーベル。だが拍子抜けはしたものの、依然として警戒は怠らない。
「でもこんなのでも魔王の手下……。なら逆に、コイツを人質にとれば、魔王も迂闊に手は出せなくなるかも……」
「そうなればお宝ガッポリっスね!」
「ククク、そうだな」
悪い笑みを見せるリーベルに、ウェフルは親指を立てる。そして3人は、フィアの方を向き____。
……3人?
「で、俺がどうしたって?」
突然の事態に、2人の口からは魂が飛び出る。
ヤンキー座りでそう尋ねる、『3人目』。ついさっきまで、そこにはいなかった筈の人物。だがその人物は今確かに、リーベルとウェフルの話にウンウンと頷いて、そこに存在していた。
そしてその人物は____間違えるはずもない。
全長3メートルの巨漢。
ライオンのように逆立った髪型。
恐ろしく野太い声。
『魔王サルタン』_____。リーベル盗賊団最大の脅威が、今そこに立ちはだかっていたのだ。
「……きゃああああああ!」
「うぎゃーーー!! 出たぁぁぁーー!!」
口から飛び出た魂を戻した途端、生まれてこのかた出した事のない声で叫ぶリーベルたち。その口ぶりは幽霊か何かを目撃したかのよう。
「なにがだ」
一方サルタンは至って冷静。
「あ、サル様!」
「ったく……。何やってんだ、お前は」
サルタンのもとに駆け寄っていくフィア。その様子を洞窟の隅っこでガタガタしながら眺めているリーベルたちに向かって、サルタンは言い放った。
「おい、テメーら。ここは見逃してやるからさっさと消えろ」
蝿を退けるように、しっしっと手を振るサルタン。
だが、このサルタンの一言でもうどうにでもなれと思ったのか、リーベルが震える声で反論した。
「なっ、……何言ってんだ。ここで逃げちゃあ名が廃るじゃねぇか!」
「そーっス! こうなりゃ魔王もぶっ殺して、お宝頂くっスよ!」
リーベルに続くウェフル。その滑稽な姿に、サルタンはパキリ、と指を鳴らした。
「くくく……バカ共が。そっちがその気なら手加減は______」
悪どい笑みに、2人が「ひっ」と怯えた時_____。
突如として、発生した地響き。
重く歪む、岩と岩がぶつかり合う音と共に、洞窟全体が大きく揺れる。
「なっ……!」
思わず、サルタンも呆気にとられる。
魔界では数年に一度起こるそれは____所謂『地震』。そしてその規模は例年になく、非常に大きい。
サルタンですらグラリと揺れ、立っているのもやっとの状況なのだから。
そしてその中で、更なる事態が発生する。
「あ、姉御!!」
「…………!!」
地響きにより洞窟の岩盤が崩れ、次々と落石____。そしてその中のひとつが、リーベルの真上へと迫ってきたのだ。
この揺れではうまく動けない、助からない____。リーベルが目を閉じたその時だった。
リーベルの意識の外から、何者かに抱えられ____いや、正確には半ばリーベルにぶつかるようにして____危機一髪、その場から逃れることに成功し、リーベルは難を逃れる。
「!?」
リーベルはその勢いで倒れこむが、すぐに起き上がる。そして、今起きた状況を瞬時に察した。
「っ……!」
リーベルは助けられたのだ。迫り来る落石から。そして、それを実行したのは____フィア。
フィアは落石の近くで倒れこみ、頭から血を流している。そして膝を押さえているところから、あちこちに怪我をしているのが伺える。何よりもその足は、岩に下敷きにされており、動くことすらままならない状態だ。
「何してやがる、テメェ!」
サルタンが声を荒げて駆け寄り、岩をどかしてフィアを抱きかかえる。
「あんた……私をかばって……なんで……」
ワナワナとした表情で、リーベルはフィアに問う。
何故、助けられたのか分からなかった。そんな思考すら、リーベルには……悪魔には宿っていないのだから。
そして、そんな中で、フィアがリーベルに向けた言葉は、彼ら悪魔にとって、更に不可解で、そして____。
暖かいものだった。
「……大丈夫? 怪我はない?」




