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勇者魔王の日常冒険譚  作者: ゆーひら
【サルタンとフィア編】
108/122

103. 七色の光

 暗く(よど)んだ森の中。

 魔王サルタンは初めて目にする。


 そこにあったのは、森の情景に似つかわしくない澄んだ湖。どことなく微かに青白い輝きを放ちながら、当たり前のように存在している。


 そして、湖の方を向きながら、しゃがみ込んでせせり泣く1人の少女_____。



「すん……ひっく……」



 力こそが全てのこの魔界において、今にも消えてしまいそうなほどに儚げなその少女。爪も牙もなく、腕も足も細い。真っ先に目に入る印象的な金色の髪の毛は、しゃがみ込んでいるせいもあってか地面の草花にぺたりとつくほど長く、先に行くにつれて軽く波がかっている。そして、その華奢な身体に纏われた白いワンピースには、着古されてはいるものの、ひとつとして汚れが無い。


 魔王は暫しの間、言葉なく立ち尽くした。

 手応えのある相手と闘える_____その標的が、まるで予想とは対照的なものだったから、というのが大きな要因だろう。白いワンピースと金色の髪に身を包むその姿は、紛れもなく悪魔にはあろうはずも無い特異な雰囲気を醸し出している。しかしながら魔王は、それを形容する言葉を持ち合わせてはいなかったのだ。


 そして、魔王は言葉を絞り出す。


「あぁ……女ァ……?」


「……え……?」


 魔王の言葉に少女は遂に振り返り、視線を交わす。


 長い金色の髪と純白のワンピースに相応しい、小さく、整った顔立ちの容姿。かたや、悪魔すら恐れる豪傑なる魔王の()で立ち。その淡い瞳と魔王の視線が交わった時……。少女はより一層の雫を瞳の中に溜め込んで、魔王に_____すがりついた。


「うわあぁぁぁぁん。良かったよぉ、人がいたぁぁ」


 小動物のようにわたわたと、自らの身の丈の倍以上もある魔界の王の足にがしっとしがみつく少女。魔王は突然の事態にここ数年で一番の動揺を見せる。


「はっ……!? なっ……!!」


「ずぅーっと1人で、心細かったのぉぉ! 何だか変な声とか聞こえるし、怖かったよぉぉ」


「離せ、テメェ! ぶっ殺すぞ!!」


 魔王は足に引っ付いた少女を引き離そうと、足をふるふる動かす。だが少女は(かたく)なにしがみつき、決して離そうとしない。その光景は(はた)から見れば、まるで小躍りする変な人のよう。


 ひとしきりギャーギャーと(わめ)いた後で、少女は満足したのか自ら手を離し、魔王の足を解放する。そうして顔をぐーっと上げ、遥か上にある魔王の顔を見やって問うた。


「ねえ。私はフィア。あなたは、だあれ?」


 ここまで明らかに少女のペース。かつて、魔王相手にこれほど健闘した者がいただろうか。

 若干取り乱した魔王は息を整えると、一転して恐ろしげな雰囲気を醸し出す。


「オレを知らねーのか、テメーは」


「うん」


 あっさりと頷く少女。それに対し魔王はもう何も言うまいと、数百年ぶりの自己紹介を披露した。


「ふふん、聞いて驚け。オレは魔王! 魔王サルタンだ!」


「え……」


 魔王の名を聞いた途端、少女は青ざめた表情で後ずさりをする。流石に自分の置かれている状況を飲み込んだようだ、と魔王が鼻を鳴らした時_____。


「あは、あはははは!」


 またしたも少女は魔王の意に反して、今度は屈託の無い笑みを浮かべた。


「なっ……!?」


 おそらく魔王は、こんな事態に見舞われた事など一度としてないだろう。目の前で起こる予期せぬ出来事の数々に、彼はただただ驚く。


「何が可笑しい、コラァ!」


「だって、『サルタン』だなんて。まるでお猿さんみたいなんですもの」


 魔王は再度、言葉を失う。その感情には小さな苛立ちと、それとは全く正反対の『何か』が芽生えていく。


「……おい。オレぁ魔王だぞ」


「魔王? もしかして、王様なの?」


「お前、オレが怖くねーのか?」


「怖くないわ。どうしてそんな事を聞くの?」


「…………」


 暗がりの森の中で僅かに咲く黄色い花を、少女は愛でる。


 その姿は、魔王にとって信じがたいものだった。

 今まで目の前に立ちはだかる者は全て「敵」_____彼は生まれたその瞬間から、悪魔の気性に恥じない闘いをしてきた。

「敵」には全て、自分が「上」だということを思い知らせる。向かってくるのなら、容赦なく叩きのめす。


 そうして気付けば……彼は魔王として、この世界の頂点に君臨した。


 だが____そんな魔王の生きた証に待ったをかけるように現れた、少女フィアの存在。


 そして、彼女が現れたからなのか、はたまた偶然の代物なのか_____そんな魔王を裏打ちするように、尚も彼女の周りの輝きは____湖の淡い光は強さを増し、2人の時を動かした。


 暗がりの森の中。その中心に位置する湖から辺り一面に広がっていく、七色の光の粒。

 それはまるで蛍が様々な色を出しながら舞うかのような、幻想的な景色。


 魔王は、初めて見る表情。魔王城の近くにあるこの森だが、どうやら知っていない様子で____しかし確実に、その眼は景色に奪われている。


 そして少女も_____。


「わぁぁ。凄いわ……。凄く綺麗! ここにはこんなに、素敵な虹が咲くのね!」


 両手を広げ、(いざな)われるように景色の中に溶け込んでいく少女。上機嫌で踊りだすその姿に、森全体が彼女の訪れを喜ぶかのように錯覚させる。


「ねえ、魔王様。あなたも、この景色を見に来たの?」


 フィアは湖の近くをくるくると回りながら、遠巻きに眺めるサルタンに尋ねる。だが魔王は無愛想にため息をついて返した。


「んなワケあるか。オレぁ、オレに楯突く奴らどもをブチのめしにきてたのよ」


「えっ……! ダメよ、そんなことしちゃ」


「あァ……!?」


「だってほら、見て? こんなに素敵なものを見られるんですもの」


 フィアの指差す先には____指差す前から気付いているが_____七色に光る湖の「素敵」と称される景色。


「……綺麗なところ。こんな素敵な場所があるのに、争いなんてしてはいけないわ」


_____…………なんだ、コイツは。


 魔王には、全てが意味不明だった。


「素敵」だろうが「綺麗」だろうが、そんなものは闘いにおいて何の役にも立たない。魔法を用いて森を焼き払ってしまえば、それで終いなのだと。


 ……そう。

 それなのに、魔王はそうしようとしない。

 目の前にいる少女がこの魔界においてあまりにも異質なのが起因しているのか、警戒しているのか。


 それとも_____。



「ねえねえ。それよりも、魔王様。魔王様はお城に住んでいるの?」


 少女は再度魔王に駆け寄って、好奇心に満ちた目で質問する。


「あァ。まぁな」


「わぁ! 凄い凄い! わたし、見てみたいわ!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねる少女に対し、魔王は冷徹に言い放った。


阿呆(あほう)が……。お前はここで_____死ぬんだよ!!」


 突き出した拳。そのターゲットは勿論、少女フィア。拳は少女に向かって迷いなく振るわれるが____その拳は、少女に当たる寸前で止まる。

 否、魔王が寸前で止めたのだ。


「…………何で()けない?」


「??」


 少女は目の前の大きな拳にキョトンとしながらも、首をかしげる。魔王は拳をそのままに続けた。


「これを()けないと、テメーは死ぬんだぞ。なのに、何で()けねぇか、って聞いてんだ」


「……えっと、よく分かんないけど……貴方はいい人そうだから」


 そこにあったのは、全くもって根拠のない理由。だが少女は「それが当然」とでも言うように、魔王が拳を当てる気がないということを確信しているようだった。


「そうか」


 魔王は特にツッコミもせず、静かに腕を引っ込める。

 そして引っ込めた腕を軽く回して少女に告げた。


「それなら、次は当てるぞ? それでお前は死ぬ。今度こそ()けなきゃな」


「…………」


 虹色に光る湖を背景に、2人は沈黙する。

 魔王は拳を構え、少女へと照準を定める。


「……おい、お前。殺す前に1個だけ答えさせてやる。さっき目から出してた奴____ありゃ、何の魔法だ?」


「魔法? ……もしかして『涙』のこと?」


「知らん。涙っつー魔法か、そりゃあ。オレがまだ見たことねー魔法だったからよ」


「魔法じゃないわ。涙は涙よ。貴方もしかして……涙を流したこと、ないの?」


「……ねぇな。そんな意味わかんねーモン。何でお前はそんなモンを出してたんだ?」


「うーんと……」


 少女は、思いもよらぬ質問に戸惑う。そしてしばらく考えたのちに、頬を人差し指でなぞりながら、申し訳なさそうに笑って答えた。


「あはは、なんでかなぁ。分かんないや」


 魔王は、えへへと笑う少女の顔をじっと見やる。


「…………」


 すると次の瞬間には構えていた拳を引っ込め、くるっと少女に背を向けて言い放った。


「ついて来い。魔王城、見たいんだろ?」


「え……! いいの!?」


 少女は大喜びで手を合わせ、満面の笑みを見せる。

 魔王はそんな少女の様子にクギを刺すように、振り返らずに答えた。


「カン違いすんじゃねーぞ。オレぁただ、お前が出した『涙』っつーモンに興味が湧いただけなんだからよ」



 そうして____魔王サルタンは、少女フィアを魔王城へ招待する。


 思えばこの時から、始まっていたのかもしれない。

 全世界を揺るがす大事件____。それが魔界だけの問題ではないということに、この時はまだ誰も気づいてはいなかった。

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