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勇者魔王の日常冒険譚  作者: ゆーひら
【サルタンとフィア編】
107/122

102. すべての始まり

 魔王城の正門からぐるりと半周回り込み、リリとレイドがたどり着いたのは鍵のかかった堅牢そうな扉。少しばかり錆びれ、古ぼけた扉だ。

 リリが持っていた鍵で扉を開ける。するとその先に続いていたのは、光の届かない程の暗闇と降り階段。入るのに一歩躊躇いそうなその暗闇の中に、リリはスタスタと踏み入れていく。レイドも迷っている暇なく、彼女のあとに続いた。



「……魔王城にこんな地下があったんだな」


 レイドは石造りの壁に手をヒタヒタ当てながら、先頭のリリに続いて階段を慎重に降りてゆく。


「ええ。普段は封鎖されていますから。滅多に誰も通ることのない秘密の通路です」


 リリが右手には高価そうな純金の燭台と、そこに灯された3本の細長いローソク。今はこの灯りだけが、暗闇を退ける唯一の灯し火だ。


 ……それにしても異様な雰囲気だ、とレイドは見えるはずのない階段の先を見つめる。


 平和な魔界を見てきた彼だからこそ垣間見える、その違和感。まるでここだけ時間が止まっているのではないのだろうかと、そんな気持ちにさせられるかのよう。


 黒の段差はまだまだ続く。一歩一歩下っていく足音だけが、不気味に響き渡る。


 そしてリリが足をピタリと止めた時_____。


「……着きました」


『それ』は、目の前に現れた。


「これが……」


 レイドは息を呑む。


 2人の前に立ちはだかったのは、2体の石像と、これまた1つの大きな扉。石像はその扉を崇めるように、片膝をつき手を差し出している。


「この先に……『記憶の世界』ってのがあるのか?」


「はい。そうです」


 記憶の世界____1000年前の世界。この先に、全ての真実がある。リリはここで初めて、レイドの方へと振り返った。


「レイドさん。最後にもう一度だけ、確認致します。……この扉を開けて、『記憶の世界』へ誘われる覚悟はおありですか?」


 燭台に灯るローソクの火が、リリの顔をゆらゆらと照らす。


 恐らくこの扉を開けた瞬間に、長い長い『それ』が幕を開ける。レイドは静かに息を吐くと、揺るぎない目で答えた。


「ああ。当たり前だ」


 レイドのその言葉をしかと聞き入れ、リリは一歩横に退いて道を示す。


「……それでは。扉に手をかけ、ゆっくりとお開けください」


 レイドは唾を飲み込む。そして静かに、扉を開き_____


「_____眩し_____!!」


 閃光がその身を包んだかと思うと、次の瞬間、レイドの意識の中に膨大な『イメージ』が流れ込んだ_____。


「うあああああああ!!」





_________________


__________





__________


__________________





_____ここは______魔界。




 魔界である。




 空が黒く淀み、大地は腐り、至る所が瘴気で満ちている世界。




 人間の肉を主食とする悪魔や、何度死んでも蘇るゾンビがうじゃうじゃいて、それらを圧倒的な力により魔王が支配している世界。




__________それが魔界。




 この世界は、混沌としていた。






「……ちっ! あの野郎、やりやがった!!」


 とある宵闇の森の中で、怒号と轟音が響き渡る。

 天より放たれた稲妻により三ツ首の猛獣がこんがり焼かれたのが、その合図。


「おいおい、ケルベロスのやつが一撃でやられちまった!」


「マジかよ、有り得ねぇ! なんつー魔力してやがんだ!」


 叫ぶ彼らの口ぶりから察するに、その稲妻は自然によるものではない。おそらくは『敵』を迎え撃つ為に唱えられた、『魔法』によるものだ。


 今、この森で起きている『闘い』_____。

 攻め入るのは、鋭利な牙やツノ、禍々しい翼を生やした多種多様の『悪魔』と呼ばれるものたち。気性が荒く好戦的、戦争大好きな危険な種族だ。

 そしてその数はおよそ100名にものぼる。

 彼らは一時的ながら共闘という形で、各々の共通の敵である『あの野郎』へと攻撃を仕掛けていた。



 対してそんな彼らに無謀にも迎え撃つ、たった1人の『あの野郎』______。


「ダメだ、気ぃ失ってるぜ、ケルベロスのヤロー!」


「くそ! ほっとけ、んなザコぁ! 束ンなってかかりゃあ、いくらこいつでもひとたまりも_____」


『彼』は暗闇の森の中からぬぅっと姿を現し、その屈強な腕をぶぉんと振り回した。


「_____んげが!!」


 一際威勢の良い悪魔の言葉を強引に遮り、その一撃で遥か彼方まで吹き飛ばす。

 眼前で垣間見たその光景に、残りの悪魔たちは戦慄する。


 前言を訂正するのならば、無謀なのは彼らのほう____。


「くく……」


 暗闇の先から見えた腕。それはやがて地鳴りにも似た足音とともに、ぬらりと現れていく。


 全長3メートルはあるであろう常識はずれのシルエットに、その体躯に相応しい見事な手足の筋肉。

 見る者全てを畏怖(いふ)させる、ライオンのたてがみにも似た漆黒の髪の毛。

 鋭い眼光、尖った耳。口からはみ出る4本の牙。そのパーツひとつひとつが暗闇より()ずる度、対面する悪魔たちは後ずさる。


「うっそだろオイ……。100対1だぞ。それなのに何で……」


 やがて誰かがその場にいる者の心境を代弁した時_____。


「何でオレたちが押されてんだよォーー!!」




 けたたましいまでの高らかな笑い声が、森一面に響き渡った。




「くくく……はーーっはっはっはぁぁ!!」



 その大男は嘲るように暗闇から姿を現し、近くにいた悪魔の顔を鷲掴みにして軽々と持ち上げた。


「〜〜〜っ!!?」


「貴様ら! 身の程知らずの虫ケラ共よ! このオレを誰と心得る!!」


 鷲掴みにされた悪魔はジタバタと足を動かすが、全くもって無意味。


 そのまま邪魔と言わんばかりに木々の向こう側へと悪魔をぶん投げると同時に、辺り一面無差別に落雷を落としまくるその男。


「ぎゃああああ!!」

「うわあああああ!!」


 次々と身を焦がれていく悪魔たちをよそに、大男は高らかに言い放った。



「オレぁ_____『魔王』!! 魔王サルタンだぁーー!!」



『魔王』______。

 魔界の頂点に君臨する、最強の称号。

 唯一無二の絶対王者。


「魔王……サルタン……!!」


 悪魔たちは対面して初めて気づく。


 束になっても敵うはずもないという、ただひとつの現実に。


 天候すらも操る傍若無人っぷりに、ある者は被害を(こうむ)り、またある者は文字どおり尻尾を巻いて背を向け逃走し_____。


「ダメだァ! ちきしょう、勝てねぇ!!」


「くっそ、次は覚えてやがれ、魔王!!」


「次会った時が、テメーの最期だからな!!」


 遠ざかる捨て台詞(ぜりふ)と共に、魔王と静けさだけがその場に残っていた。



「ふん……。虫ケラの遠吠えなど聞く耳もたんわ」


 魔王は一転して嘆くようなため息を吐き、ズシンズシンと周辺を歩き回る。その様子からはまだ暴れたりないのか、静寂すらも食ってかかりそうな勢いだ。


「それにしても……何処だ、此処は。オレの城はどっちだ?」


 魔王の足取りに、次第にイライラが募っていく。彼にとっての無駄な時間____。それ故に、どんな暴挙に出るか見当もつかない。


「まァいい……。退屈ついでにこの森を焼き払って_____」


 やがて左手に炎を灯し、放とうとしたその瞬間だった_____。


「……すん」


「……あ?」


 森の奥から、微かに。


 声が聞こえる。


「……すん……ひっく……」


 それは少しばかり(かす)れた、弱々しい声。

 だが確かに、魔王の耳に入ってくる。


「……くくく、どうやらまだ、逃げずに残ってる阿呆がいるみてぇだな」


 少しは腕の立つやつなのだろう、と魔王はニヤリと笑う。左手に灯していた炎をフッと消し、彼は辺りを見回した。


「何処だ! 何処にいやがる! 出てこねーとぶっ殺すぞぉ!」


「ひっく、……ひっく」


 姿は見せない。だが、声だけはハッキリと聞こえる。魔王は仕方なしに、声のする方へと歩を進めた。


 そして、遂にその時は訪れる_____。


「……くく、此処だな」


 魔王が立ち止まったのは、一際木々の生い茂るその場所。おそらくは森の中心に近いところだろうか。

 木々によってその先の風景を覗くことは出来ないが、それらを押し退けて進むことは出来る。そしてその先に、声の主がいる_____。


「くはははは!! 覚悟しなァ、ここでオレに会ったのが運の尽き_____」


 魔王は躊躇うことなく、先へ進んでいく。木々を払いのけて、見えたその先の景色。


「…………?」


 魔王は、目を疑った。


「_____あぁ……!?」


 その先にあったものは、大きな湖と_____そして、1人の少女。


「ひっく……ひっく……」



 この出会いが……魔王の運命を。そして、魔界の命運を変えるという事を、彼はまだ知らない_____。

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