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一枚越しに重ねた恋

作者: 季夜

元気な人だな。


先輩への第一印象はそんなものだった。

広いキャンパス内にいて、学部の違う先輩と会うことは多くなかった。でも、先輩はすぐに見つけることができた。食堂でも、中庭でも、私は先輩の声を探す。


気づけば、私の眼はいつの間にか先輩ばかりを追うようになっていた。


どこか遠い存在で、近づくことなんてできないと思っていた。だけど、今先輩は私の目の前に立っている。私の友達と仲良く手を繋いで、笑顔で私の前にいる。



「部活の先輩で大村さん。先月から付き合ってるんだ」

「大村です。沙知(さち)がいつもお世話になってます。えーと…」

三瀬雪乃(みつせきよの)です」

「雪乃ちゃん。よろしくね」



バレー部に所属していた先輩は、マネージャーの友達と付き合い始めた。遠いと思っていた先輩との距離が一気に縮まった。

沙知がいるときはいつも先輩や先輩の友達がいて、私が一人でいるときでも、先輩は私を見つけると必ず声をかけてくれた。先輩の笑顔がこんな近くにある。


嬉しかった。

でも、苦しかった。


どんなに頑張っても、彼は私のものにはならない。

こんな形で近づきたかったんじゃないのに。



先輩たちと過ごす時間が増えた。一緒に笑うことも増えた。

私の知っている先輩はこんな風に笑ったりしなかった。大きな声で、友達とバカ騒ぎしている先輩しか見たことなかった。


照れくさそうに笑ったり、愛しそうに微笑んだり。沙知と付き合っていなければ、知ることのできなかった表情。

どうして私じゃなかったの?


眩しかった。

哀しかった。


前よりももっと好きになった。







「あ、雪乃。お前サボりだろ」

「気分が悪いので休憩です」

「よく言うよ。沙知が雪乃から返信こないって嘆いてたぞ」

「あんにゃろう…」

「ま、いっかー。俺もサーボろ!」



どうも気分が乗らず、久しぶりに授業をサボってみた。本来自分が受けているべき講義の教室からは見えない校舎裏。あまり日差しも強くないし、心地よい日向。

先輩はリュックを放り投げ、私の隣に腰を下ろした。



『雪乃』


先輩は当たり前のように私を名前で呼ぶ。それに対して沙知は何も言わない。まあ、自分の彼氏が友達を呼び捨てにしたくらいで嫉妬するような女なら、私は一緒にはいない。



「お前真面目だかんなー。少しくらい息抜きもひつようだろうよ」

「別に真面目じゃありません」

「アホ。根詰めすぎて危ういんだよお前は」



ペチッと額を叩かれ、離れていく手の陰から、困ったように眉を下げて笑う先輩が見えた。


先輩の彼女は沙知なのに。私なんて一緒にいる彼女の友達でしかないのに。

先輩が私を心配する理由なんて、どこにもないのに。



「好きです」

「……え?」

「ずっと、先輩が好きでした」



私から離れていく先輩の手が止まった。今も笑っている。

けど、これは戸惑っている時のものだ。



「…わー。マジ?俺モテモテじゃん!沙知に怒られちゃうなー」

「誤魔化さないでください」

「誤魔化してなんか…」

「大村先輩」



一瞬にして先輩の顔から笑みが消えた。


言うつもりなんてなかった。ずっとこのまま胸の内に隠して、沙知の後ろで笑っているつもりだったのに。


先輩が私をダメにした。

ほんの少し触れただけの先輩の熱が、私をおかしくした。


もう、溢れて止まらなかった。



「俺は、沙知の彼氏だよ」

「知ってます。でも、先輩を好きになったのは私が先だった」

「そんなこと、今まで一度も…」

「言えるわけ無いじゃないですか!もうあなたは沙知のものだって解ってるのに、勝ち目がないって解ってるのに、あなたに想いを告げるほど私はバカじゃないっ…」



普段感情的にならない分、言葉が荒くなる。感情に任せてまくし立てるように出てきた言葉でも、それに嘘はない。


言葉にしなければ伝わらない。

それでよかった。

言わなければ、何も変わらないまま幸せでいられたのに。


気づいていた。


日に日に大きくなっていく先輩への想い。少しでも刺激すれば溢れてしまうくらいの、たくさんの想い。


ダメだと、解っていたのに。



「二番目でもいいです。一番なんて望んでません。ただ先輩の傍にいたい」

「…雪乃」

「迷惑かけないし。…沙知には、言わないから」

「雪乃」

「だからっ…」

「雪乃。それ以上言ったら怒るよ」

「…沙知が?」

「俺が」



ほんの少し怒気を含んだ声。

先輩は私を見ているけど、その目にちらつく嫌悪感。いっそのこと嫌ってくれた方がよっぽどマシだ。



「どこまでお人好しなんですか、先輩」

「そんなつもりはない」

「だったらどうして振ってくれないんですか?どうして突き放してくれないんですか?!…それが、私のためだと思ってるんですか?」

「……っ、…」

「っ、そんな優しさならいりません」

「雪乃…」

「あなたの優しさで傷つく人間もいるんだってこと、覚えておいてください」







「最近雪乃ちゃん来ないねー」

「何か体調悪いみたいで、ずっと休んでるんですよね」

「…………」



あの日から信じられないくらい食欲が落ち、何も口にしないでいたら栄養失調で倒れ、入院することになった。自分の体調管理もまともに出来ないなんて、とんだお子ちゃまだ。なかなか思うように回復せず、結局三週間も学校を休んでしまった。


長い時間休むと行きづらくなるな。講義室に向かっている道中、自分の名前を呼ぶ声がした。



「雪乃ちゃーん!」



辺りを見回すと、いつもの中庭のベンチから先輩の友達が手を振っていた。傍には沙知も先輩もいて。目が合ったけど、先輩が表情を変えないから、私も応えなかった。

当然行く気にはなれず、お辞儀をしてその場を離れた。



「あれー?来ない。久しぶりなのに」

「まだ調子悪いんですかね」



あれから携帯に何度か先輩から連絡があった。メールも来てたけど、読まずに全部削除した。


もう忘れようと思った。





久しぶりに受けた授業もほとんど頭に入ってこず、途中からは睡眠学習だった。気づけばチャイムが鳴り、生徒がわらわらと教室から出ていく。

出て行こうにも、久々に動いたもんだから身体がものすごい怠い。突っ伏していた顔をあげ、外していたマスクを付け直す。

今日は化粧をするのが面倒くさくて、マスクでスッピンを隠していた。女子力なんて今はそんなの気にしている余裕はない。



重たい鞄を肩にかけ、教室を出た。着いたのは中庭ではなく、この前の場所とも違う校舎裏。


ここなら、先輩も沙知も来ないから。


足を放り出し、壁に凭れて座った。見上げるとちらほらと雲が浮かんでいるだけで、見事な青空だった。呼吸をすれば、少し冷んやりとした空気が肺の中を満たした。



「風邪引いたのか?」

「……スッピンなんで隠してるだけです」



聞き覚えのある声がしてそちらに視線を向ければ、遠慮がちに距離をおいて先輩が立っていた。誰も来ないような場所を選んだのに、わざわざ来ますか。


先輩が近づいて来たので、私がその場を立ち去ることにした。



「待って。話があるんだ」

「私はありません」

「雪乃、聞いて」



手首を掴まれ進むことを許されず、仕方なく今いた場所に座りなおした。それでも先輩は掴んでいる手を離してくれない。



「…ごめん。雪乃が俺のことそんな風に見ていたなんて知らなかった」

「もういいです」

「でも、俺今まですごい無神経だったんじゃないかって…」

「やめてください。…みじめになります」



思いがけず先輩に告白してしまった日から。


考えていたのは先輩のことだった。

思い出すのも、やっぱり先輩のことだった。


私は、思っていたよりもちゃんと先輩のこと好きだったみたいだ。



「俺沙知の彼氏だし、雪乃の気持ちには応えられない。沙知のこと大切にしたいんだ」

「解ってます。そんなの、最初から…」

「でも、雪乃はもう俺の大事な後輩で、友達なんだ」



相変わらずお人好しで自分勝手な人だ。私の手首を掴む先輩の手に、わずかに力がこもった。


先輩は私が思っていたよりも、弱い人。



「私はそう言われて割り切れるほど、できた人間じゃありません」

「…そっか」

「沙知にも、怒られちゃいますから…」



先輩は眉を下げて困ったように笑った。


遠くから見てるだけだったら、きっと何も変わらなかった。悲しかったけど、苦しかったけど、後悔はしていない。

今日までの私は、先輩を想っていた日々は、確かに幸せだったから。



こちらをのぞき込む先輩に顔を寄せる。

かかる息も、マスク越しに触れた唇も、伝わった熱も、間違いなく先輩のものだ。



「これで最後」

「…ばかやろう」



何で先輩が私よりも泣きそうな顔してるんですか。可笑しくなってバレないように笑った。


ふと、先輩の手を掴む力が弱くなった。甘えてしまったら、きっと私はずっとここから動けなくなってしまうから。

決心が鈍らないうちにと、鞄をもって立ち上がる。



「それじゃ、また」

「…おう。またな」



きっともうないであろう“また”なんて挨拶を交わした。木陰を出れば、眩しいくらいの光が私を照らした。


大丈夫。悲しくない。

ぽたぽたと流れ、頬を伝っていくのは涙じゃない。



「ふぅ…、っう…」



漏れる嗚咽を必死で抑えた。

溢れてくる想い。


全部消えちゃえ。

全部流れれちゃえ。


後悔なんてしていない。



だけど、やっぱり私はあなたと幸せになりたかった。




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