その六
そして次の日の昼すぎ、美紀がいつものように株価を示したグラフと睨めっこをしていると、テレビから聞いたことのある名前が聞こえてきた。
『…は牧田篤志さん四十歳。警察では、殺人事件として捜査しています。』
その名前を聞いて、美紀はパソコン画面から目を離した。
牧田篤志って、あの男?
美紀はチャンネルを回し、ニュースをやっているところを探した。
しかし、どこもニュースは見つからず、美紀はインターネットで検索し始めた。
すると、牧田篤志殺害に関する新聞記事が出て来た。
『今日午前、都内のホテルの一室で、会社員牧田篤志さん(四十)が血を流して倒れているのを、ホテルの従業員が発見した。牧田さんは鋭利な刃物で胸を一突きされており、また室内に物色した跡がないことから、警察は知人の犯行による可能性が高いとして捜査を始めている』
篤志が殺された?
一体誰に?
美紀はパソコンを閉じると身支度を整えて、塚本探偵事務所へと向かった。
事務所には、机に向かって厳しい顔をしている秀雄の姿があった。
この仕事をしているなんて、とても珍しいことだ。
「塚本さん、ニュースみました?」
「ああ、牧田さんが殺された事件だね。ニュースで見たよ」
秀雄が手にしている依頼書を読みながら答えた。
「まさか依頼対象が殺されるなんてね」
「私、男と二人でエレベーターに乗り込むところまでは目撃しているんです。その後、男一人だけが降りてきて…。もしかしたらあの男が殺人犯?」
美紀が少し興奮したように言った。
「降りて来た男の様子はどうだったのかね?」
「特段変わったところはありませんでした。その時は男娼だなんて思ってませんでしたが、今思うとやることやってさっぱりとしていたような気がします」
「それにその男は真っ直ぐに店に戻ったんだろう?」
「はい」
「うん。もしもそいつが人を殺していたら、早々冷静に行動できるもんじゃない。きっと大慌てでその場を後にするだろうね。だとすれば、その男が犯人の可能性は低いかな」
秀雄が冷静に分析をした。
こうした分析力に関しては、秀雄は一流だった。
「じゃあ、犯人は別の人物?」
「多分ね。遺体の死亡推定時刻が分かれば、もっとはっきりすると思う。そして、殺害現場がホテルの部屋となると、通り魔的犯行とは考えられないし、財布や鞄はそのままだったらしいから強盗でもない。まあ、一番可能性が高いのは怨恨の線だろうね」
「だとすると、被害者があの部屋にいることを知っていたことになりますよね。もしかして、私のように尾行していたとか?」
「そうだろうね。ホテルの部屋番号はチェックインするまで分からないし、最近は客の部屋番号を尋ねても教えてくれないからね。被疑者が電話で犯人に教えたか、尾行して突き止めたか、そのどちらかだろう」
「被害者が電話で教えた…」
「うん。被害者は男娼と別れた後、別の人物と会う約束をしていた。そこで、ホテルの部屋に来るように電話した。どんな用件かはわからないけど、ホテルの部屋に呼ぶくらいだから、きっと聞かれてはまずい話だろうね」
そう言いながら、秀雄は天井を見上げていた。
これは秀雄が考え事をするときに行う癖だ。
「それで、この奥さんからの依頼はどうします? 依頼対象が亡くなってしまったから、これで終了ですか?」
「浮気調査は終了だけど、せっかくこんなすごい事件に遭遇したんだ。警察より先に犯人を見つけようじゃないか」
秀雄が目を輝かせながら言った。
美紀も大きく頷いた。