その五
美紀が事務所のドアを開けると、机に座っていた秀雄が声を掛けてきた。
「おお、美紀君、おかえり。首尾はどうだい?」
「ただ今戻りました。首尾は上々なんですが…」
「何か浮かない顔だねえ。上手くいっている時はもっとはきはきしているのに」
「それが、ちょっと…」
美紀は今見て来たことを秀雄に報告した。
秀雄も一瞬驚いた顔つきになったが、すぐにいつもの顔に戻った。
「浮気相手が男だったなんてねえ。奥さんも可哀相に」
「やはり奥さんには有りのままを報告するのでしょうか?」
「そうするしかないだろうねえ。嘘の報告をするわけにはいかないしね」
秀雄が煙草に火を点けながら言った。
すぐに狭い部屋中に煙草の煙が満たされる。
美紀はいつものように、換気扇を回した。
「一応、調査期間としては二週間もらっているから、もうしばらく様子を見よう。美紀君、明日も尾行を頼むよ」
「それはいいんですが…。はあ、気が重いなあ」
美紀が顔を覆いながら言った。
秀雄が美紀の傍に近づいた。
「まあ、人間いろんな人がいるからね。慣れることだよ」
「それはそうなんですが」
美紀は、依頼人の事を考えていた。
浮気をしているだけでもショックのはずなのに、しかも相手が男性だと知ったら…。
美紀は憂鬱な気分になってきた。
「今日はもう上がっていいよ。ご苦労さん。明日もよろしくね」
「はい、ではまた明日」
美紀は秀雄に会釈すると、重い足取りで事務所を後にした。
明日の尾行は気が重いなあ。
そんなことを考えながら、美紀は帰宅の途に就いた。