鎮守の森にて―壊滅―
自分で書いた小説は、どうしても既知の物になってしまい、他人が書いた小説と同じ視点で見ることができない・・・・・・
投稿してますが、実際見れる文章なのでしょうかねぇ・・・?
「――ぐっうぅっ!!」
ナグダムは必死の形相で突き出される槍を受け流した。さして力を込めているようにみえないが、それだけで刃を通してビリビリと腕が痺れる。頬の横で盛大に火花が散った。
横を武装したオーガが駆けていくがどうすることもできない。眼前の人間は目を離すには異様過ぎた。
切っても血が流れないことから不死者かとも思ったが、不死者特有の負の性質をまったく感じない。散乱するオーガの死体から見て森に罠を仕掛けたのも、オーガを殺したのもこの男だと考えていいだろう。なのに今はオーガと共闘している。それどころか、拘束されたエルフの言を信じるならば、昼間見たエルフの死体もこの男の仕業らしい。
エルフを殺し、攫い。オーガの群れに攻撃を仕掛け、殺し、次には共闘する。
――訳がわからなかった。わかるのは自分達の班が危地にいるということだけだ。
先程まで己の剣と三人の矢を捌いていた男に、単独になった自分が勝てるとは到底思えない。もし勝機があるとしたら、後ろの仲間がオーガを片付け助勢してからだろう。この男は魔法を警戒している。サラが唱えようとした瞬間武器を投擲したのが何よりの証拠だ。それに戦闘の切っ掛けもミラの魔法だった。
自分の役目はこの男を後ろに通さないことだ――そう心に決め、ナグダムは時間稼ぎに徹することにした。
隙の小さな一撃で手数を増やす。僅少の動作で速度のある一撃を放つ男に隙を見せるのは危険だ。それに切っても嫌そうな顔はするが痛そうな顔はしない。ダメージを受けていないと見ていいだろう。
男の槍が首を狙って突き出される。
刀身を当て軌道をずらすとともに首を捻った。文字通り首の皮一枚で命を繋ぐ。
相手の攻撃は絶対に受け止めず、躱すか流す。予備動作がほとんどないにも関わらず、驚く程の速さで槍が向かってくる。そしてなにより――重い。
(一体何で出来てるこの武器は!)
ナグダムは頭の中で罵った。剣が触れ合うたび、魔法の掛かった刀身が刃こぼれする。力が入っているようには見えない。一撃が重いのは武器の重量だろう。それを平気な顔で振り回す男。
男も武器も異常だった。
(――長くは持たんな、これは)
ナグダムは肩で息をしながら仲間の健闘を祈った。
「UGAAAAAAA!!]
巨躯のオーガがその身体に見合う大きさの戦斧を構え襲いかかる。
腰布だけを身につけた個体とは違い、その頭には彼我の実力差を見極める知能があり戦術があった。
周りのエルフには目もくれず、エルフの集団の中心――常ならば最も安全な筈――の位置にいるミラにまっしぐらに向かってくる。
「――っそぉ!」
レントゥスは狙いをつける間もあらばこそ――引き絞った矢を間髪いれず解き放つ。
風を切って突き進む矢を、オーガは腕を犠牲にすることで凌いだ。身体には纏っていないが、腕と脚には革の防具をつけている。手傷こそ与えたものの継戦能力には支障ないだろう。
逆の手で戦斧を振りかぶり、ミラの息の根を止めんとするオーガ。
「――お姉ちゃん!!」
「……大丈夫。【風の抱擁】」
ミラの周りの大気が圧縮される。効果範囲に接触した戦斧が減速。たわんだ空気に衝撃が伝わるが予測していたミラは後ろに跳んで力を逃がす。
同じように後退していたサラと並ぶミラ。二人を叩き潰そうと戦斧を手にオーガが機会を窺う。
レントゥスは矢を番えながら歯噛みした。リードとポーマックは弓を捨て、それぞれ一体ずつのオーガを相手にしている――いや、あれはむしろ逃げ回っていると言ったほうが正しい。弓がその真価を発揮するには二つの要素が必要だが、今はその両方が失われている。短剣を手にオーガの攻撃から逃げ回ってはいるが捉えられるのは時間の問題だ。弓を専門としたエルフがオーガ相手に接近戦を行うこと自体が無謀なのだ。
だが、それは自分も同じことだ――レントゥスは思う。弓が真価を発揮する為の二つの条件――即ち、遠距離であること、そして相手に気づかれていないこと――を自分も失っている。
相手が人間ならば特に問題なかった。一本の矢が当たっただけで人間は大きく戦闘力が削がれるからだ。余程の大事でなければ身を犠牲にして矢を受け止めるなどしないだろう。だがオーガは違う。来るとわかっていれば、矢を止めることなど容易くやってのける。――しかもほとんど犠牲を出すこともなく。
レントゥスは弓で狙いを定める。オーガはそれを見もせずに戦斧を己とレントゥスの間に挟んだ。
こうなるとレントゥスは射てない。無駄な矢を放った瞬間、援護を失ったミラとサラにオーガが襲いかかるだろう。
ミラとサラも魔法を撃てなかった。魔法が現象として顕れるまでの時間差よりオーガが肉薄する方が早い。ミラは元々攻撃魔法が得意ではなく、サラとてもさすがに目の前のオーガを一撃で無力化させる威力の魔法は咄嗟には使えないからだ。サラが口を開いた瞬間オーガは襲いかかってくる。それは即ち、先に魔法を使いながらも先手を取られるということだ。魔法の守りも磐石ではない。ミラがサラに守りの魔法を使った直後にミラに狙いを変える可能性もゼロではないのだ。サラはそのような賭けをする気にはなれなかった。
――故に待つ。オーガの初撃をミラの魔法で防ぎ、出来た隙にレントゥスかサラが攻撃を仕掛ける。これが最良だ。
レントゥス、サラ、ミラとオーガの戦闘において最も不利なのは先に動いた方になる――奇しくも四者が同じ結論に達することにより――
二つの陣営が四つに分かれて戦う戦闘は奇妙な膠着状態に陥った。
下から掬い上げるように昇ってくる剣先を槍で受け止めんと差し出す。直前で軌道が変化し槍を持つ腕に迫る。手首を捻ることで柄を腕に沿わせた。腕の下で散る火花。
射撃槍を小さく突き出す。一撃。二撃。三撃。
――躱し、流し、避け損なう。切り裂かれた脇腹から血が飛び散った。
エルフが刺突を繰り出す。一撃。二撃。三撃。
――受け止め、受け止め、弾く。
これが全ての縮図だった。お互いに小さい動作で繰り返される攻撃と防御。シドは機械の精確さでそれをこなし、エルフはし損なう。
大きく肩を上下させ、ふいごのように息を吐くエルフ。顔からはしとどに汗が流れ、血と混じって雫となっている。
戦い初めの動きは、もうない。
『頑張りますねえ、このエルフ』
「(つまらん。時間を稼ごうという意図が見え見えだ)」
『いいじゃないですか~。仲間を信頼してるってことでしょう』
「(いやいや。ところが仲間はそれを理解していないようだぞ?)」
前方では戦闘が膠着状態に陥っている。一対一で戦っているエルフとオーガはともかく、三対一であれはないだろう。シドが見るに、エルフの勝機はあの場にしかない。シドのを含め一対一の戦闘ではエルフの誰もが苦境に喘いでいる。どこか一箇所でもケリがつけば形勢は一気に傾くだろう。ここは安全策を取って膠着状態にするよりも賭けに出るべきなのだ。
見たところ三人は若い男と少女二人のようだ。一方、シドが相手にしているのはそれなりに年齢を重ねたエルフ。恐らくシドの相手をしているこのエルフが集団のリーダーなのだろう。
最も手強いであろうエルフを集団から早々に切り離すことができたのは僥倖だった。
シドは攻撃の手を休め、エルフに向かって顎で後ろを指す。
エルフはシドに目を光らせつつもチラリと後方を目にする。そして戦況が膠着し無為に時間が流れていることを悟り、顔を歪めた。
『マスターも酷なことをしますねぇ。さらに追い詰めるなんて……』
「(俺がエルフを殺し、攫ったのは正当防衛だぞ? にも関わらず襲いかかってくるような奴にかける情けはもたん)」
エルフが息を整え、剣を両手に構える。その顔には悲壮な決意が浮かんでいた。
シドは軽く腰を落とし待つ。エルフの息が段々静かになっていき、終いには聞こえなくなった。
「――∋⊥!!」
――鋭い気勢を発し、踏み込みと共に一閃。
閃い。刀身に纏う光を残像の如く跡に残し、首を刈らんと刃が迫る。
この戦いで見せた最速。シドの持つ槍はまだ動いていない。
エルフは勝利を確信したであろうか――
――しかし、この年経た戦士が結果の出ていない勝利に顔を綻ばせることなどない。戦場では何が起こるかわからないのだから。もしその顔が綻ぶとしたら、それはシドが地に倒れ伏すのを目にした時だろう。それまでは、油断なく抜け目ない戦士の顔でいるに違いなかった。
しかしその顔が――
――驚愕に歪んだ。
「まぁ、こんなものだろうな」
そういって左手で受け止めた刀身を握り潰すシド。外皮は傷ついたが、それだけだ。エルフは呆然とし、言葉もない。
「――いかんな、戦闘中に惚けるとは」
隙だらけのエルフを蹴り飛ばす。足の裏のセンサーがメキメキと胸骨の折れる感触を捉えた。
「――っがぁっ!!」
「――ふむ。今の言葉は理解できたぞ」
『言葉じゃないですけどね……』
盛大に飛んだエルフは地に落ちると血反吐を吐いた。
「――お、えあぁァァアっ!」
腹を抑え、喚きながら転げまわる。鼻と口から出た血に土が付着し、ひどい有様だ。
周りのエルフ達はきょとんしてそれを見ている。転げ回っているのが誰だか理解できないようだ。
『――あ』
湿った音がした。
一対一で戦っていたオーガ達が、棒立ちになったエルフにそれぞれ武器を喰らわせたのだ。喰らったエルフは一撃で行動力を奪われる。そこに何度も武器を叩きつけるオーガ。死体がグシャグシャになっていく。
「何が起きても気にせず戦闘に集中するとは、いい兵士だな」
『………』
これで四対三だ。戦斧を持ったオーガは今だ杖を持ったエルフ二人と睨み合っている。切っ掛けが掴めないでいるのか。魔法を警戒しているのはシドと同じようだ。
「※∟N∂!」
弓を持った残りのエルフが横たわるエルフに駆け寄った。のたうち回る身体を抑え、女エルフの一人に焦った様子で叫ぶ。
女エルフは動かない。
――当たり前だ。目の前で武器を持ったオーガが隙を窺っているのに無闇に動くのは馬鹿のやることだ。
男エルフは諦めず幾度も懇願する。それを見たシドは訝しんだ。
「(もしかしてあれも魔法で治せたりするのか)」
『可能性はあります。有り得ないことを起こすのが魔法ですから』
「(まったく面倒な)」
止めを刺しておいたほうが無難だろうと、シドは近づく。
「――∇∫♯⊿!!」
男エルフが叫び弓を構えた。シドを睨むその目は強い怒りで輝いている。
横からオーガに襲撃されることなど頭にないのだろうか。目一杯弦を引き絞り、狙いを定めている。
エルフは涙を流しながら、距離が縮まるのを待つ。――一歩。――二歩。――三歩。腕を伸ばせば手が届きそうだ。
「――っ!!」
矢が、放たれた。
唸りをあげて突き進む。――狙いは顔だ。
シドは大きく口を開けた。そこへ狙い違わず突き刺さる矢。脱力したシドの顔が衝撃で上に持ち上がった。
それを見たエルフが達成感に満ちた顔で弓を下ろし、オーガが狼狽の声を出す。
シドはゆっくりと顔を戻し、矢を咬み折った。
「――!!」
顎関節を動かし、矢尻を潰す、潰す、潰す。水飴のようになったところで地面に吐き捨てた。
口をパクパクさせるエルフの喉を片手で掴み、持ち上げる。同時に、地面に倒れているエルフの頭に足を載せ、押し潰した。
頭蓋が割れ、解放された圧力で脳漿が吹き出す。身体がビクリと痙攣した。
持ち上げられたエルフは死に物狂いで抵抗する。――が、喉に加える握力を少し強めるとそれも弱まっていった。
「∀∬∞∃F!」
女エルフ二人が一目散に逃げ出す。
シドは追跡するか迷うが、荷物と捕虜を考え断念する。――そこで、オーガ達がこちらを見ていることに気づいた。
シドとオーガ。種族は違うし、言葉もわからない。だが、その目に宿った光には見覚えがある。
――猟犬の眼だ。獲物を狩りにいってもいいかと、主人に伺いを立てる眼差し。
シドはエルフの逃げた方向に顎で行けと指示を出す。
「BURAAAAAAAA!!!!]
雄叫びと共に森に駆け出していくオーガ三体。
「(……おい、ほんとに行ったぞ)」
『……大丈夫でしょうかね』
「(戦斧を持った奴も行ったんだ。負けはしないだろう)」
『そっちじゃなくて……。殺さないで連れてきてくれればいいんですけど』
「(生かして逃がすよりはマシだろう。それより荷物を回収するぞ)」
『マスターそればっかいってます』
「(それは言うな。……実は俺も凄く面倒だと思ってるんだ)」
ハァ、とシド。気絶した男エルフを拘束したエルフの側に投げ出し、同じ紐で一緒くたに縛る。そして肩を落として森に入っていった。
ぜえぜえという音が頭の中に木霊する。肺が熱い。それなのに頭は冷え切っている。一歩ごとに足から力が抜け、萎えそうになる。止まって座りたい。……こんなことならもっと鍛えておけばよかった。――そういえば、私にもっと外にでろって言ったのは誰っだったっけ? ――ああ、そうかナグダムだ。私たちの集落で最も強い戦士であり、今回の班のリーダー。彼がいれば大丈夫だ。例え何が起きても生きて帰れる。生きて帰ってまたお姉ちゃんとお茶を飲みながら美味しいお菓子を食べれるんだ。でも……ナグダムは死んだんだった。あっけなく。簡単に。リーダーはもういない。私たちを連れ帰ってくれる人はいなくなってしまった。――あれ? そうすると誰が私たちを無事に帰してくれるんだろう。レントゥスかな。ポーマックかな。それともリードかな。でも、三人の姿もない。ナグダムと同じようにいなくなってしまった。――そうすると私とお姉ちゃんはどうなるんだろう。魔法士だから前で戦ってくれる人がいないと死んじゃうかもしれない……。こんな森の中で、お姉ちゃんと二人で……。――ところで、なんで、わたしは、こんなに、はしって、いるんだっけ――
「――ラ! サラ! ――止まりなさい、サラ!!」
ミラはやっとのことで先を行くサラに追いつき、走るのをやめさせた。ここまで全力疾走したせいでかなり体力を消耗してしまった。村までは丸二日掛かる。このような場所で体力が尽きたら魔物の餌食になるだけだ。
緊急事態にこそ冷静に対処しなければならない。ナグダムならきっとそう言うだろう。――思い出してミラは暗い気持ちになった。
「……座って少し休む。このペースだと途中で倒れる」
「……うん」
二人揃って木の根元に腰を下ろす。息が整うを待って背負い袋から水筒を出して水を飲んだ。
「みんな死んじゃった……」
「……うん」
「ナグダムも、リードも、ポーマックも……たぶんレントゥスも」
「……うん」
「わた――私死にたくないよぅ」
「……大丈夫」
ミラはサラの頭を優しく撫でた。
「……私達は生きて帰る。村のみんなに伝えないと」
ミラの身体に顔を埋めてぐしぐしと泣くサラ。
「……とりあえず少し歩いたらそこで休もう。そして朝になったら出発する」
「あいつら追いかけてこない?」
「……わからない。だから少し移動する。夜にずっと動くのは危険だから」
ミラは手の震えを抑えつけた――。ほんのさっきまで六人だった。六人で明日のことに思いを馳せつつ火を囲もうとしていた。それが今は二人。サラと自分。たった二人だ。
背筋をゾッとしたものが通り抜けた。夜の森は危険だった。六人が揃っていた時でさえ油断はできなかったのに、二人になってしまった。もしゴブリンやオークの群れに出くわせば死ぬよりも辛いことが待っているだろう。
溢れそうになる涙を、サラを見ることでぐっと堪える。抜け殻のような心で辺りを見渡した。
月明かりに、樹木の影が幽鬼のように取り囲んでいる。もし、あれが本当にそうなら、この中にはきっとナグダム達もいるに違いない。そして呟いている筈だ――「何故、逃げ出した」と。
無論、そんなものが真実である筈がない。ナグダムはそんな男ではなかった。ミラの知っている彼ならばこう言うだろう――「ぐずぐずしてないでやるべきことをやれ」と。それなのに、自責の念から逃れることができない。
――自分の心が弱いせいだ。ミラは拳を握り締めた。
「……痛い。お姉ちゃん」
「あ……。ごめん」
拳を緩め立ち上がった。
「……そろそろ行こう」
「……うん」
手を取り合って歩き出しながら考える。――もし救いがあるとすれば、それはあの人間の無関心さだ。
ミラはナグダムを殺した男を思い浮かべた。人にしては異様に大きな身体を持つ人間を。
あの男のエルフを見る目からは粘着質なものが一切感じられなかった。道具としての関心はあったかもしれないが、少なくとも――これまでミラが出会った、人間の欲望にギラついた目とは違っていた。
あの男がオーガに命令する立場なら、追っ手がかからないかもしれない――そう希望を持つ。
しかしミラのその希望は――
「GOAAAAAAA!]
静寂を切り裂く叫びによって打ち砕かれた。