道中にて―船への帰還―
「(ドリス、船へ入る為の空洞は?)」
獣道すらない森の中を、連なる木々を機械的に躱しながらシドは問うた。幹の太さによっては避けるよりも折った方が速く、後ろには点々と枝が傾いでいる。
『地面の手前、簡単には陥没しない深さにまで到達しています。マスターの帰還に合わせ、残りを一気に掘り進めるつもりです』
アキム達と分かれて二日目。もうじき船に着く。準備に半日かかると計算して、エルフ達は村へ直通するので――
シドは頭に地図を浮かべた。目的とする村の大まかな位置は聞き出してあるが、幸いなことに船の不時着場所はそこよりも北だ。距離的なロスはそれほど多くはない。不測の事態に遭遇するのでもなければ計画通り事は進むだろう。
予測できないのはオーガ達の動向だ。群れを増やして合流するように云いつけたが、はっきりいって理解出来たのかはシドにはわからなかった。本来であれば同行するべきだろうが、一気に人数が増えたせいで物資に余裕がなく、直通するエルフ達の行程を計画の根幹に置かざるを得なかったのだ。
『マスター!』
「(わかっている)」
前方の茂みから何かが飛びかかって来た。
懐からナイフを取り出しながら体躯を傾け、すれ違いざまに突き立てると、そのまま引き裂いていく。
死体となった狼のような生き物に、後をつけてきていたたくさんの生き物が群がった。
ここへ来るまで邪魔になる相手だけを排除してきた。残りは後を追ってくるが、シドについてこれず例外なく脱落していく。しかし脱落するそばから新手が湧いて出るので背後には常に何かの生物がいるという状況だ。
しかしそれももう終わりだ。視界内の船を示すマーカーと自身を示すそれが合わさった。
そこだけ不自然に木々がない、周囲と比べると印象が浮き上がる長さの下草が生えている場所で、
『開けます!』
地面から触手のような物が出てくる。シドはその場所までたどり着くと一気に踏み抜いた。
周囲が陥没し、下から地面がせり上がってくるかのような錯覚を覚える。
斜め下に向かって横穴が延びていて、穴の底を背を低くしながらそちらへ進むと、植物の根のように張り巡らされていた採掘用のアームが順次回収され、後ろから土が崩れる音が聞こえてきた。
エアロックが開き、主を迎える。最早使われることがないであろう減圧室を経て世界が切り替わった。
何の装飾もない無機質な通路は、だからこそ以前を思い起こさせる。カツンと響く床が、力を込めても壊れそうにない壁面が、ここがお前のいるべき場所だと訴えてくる。
右舷から入ったシドは左、船の後部へ。兵器庫に入ると射撃槍を立てかけ、ヒートナイフを作業机に置いた。
頭の中で今後起こるであろう戦闘の青写真を描き、棚から一つの銃を取り出す。
持っていくのはまず汎用ライフルだ。可変銃身を備え、規格化された構造の全く違う複数の弾種を一丁で発射出来る。発射機構は外部電源を利用したリニアモーター、装填機構はパルスリンク式で、出力を変更すれば発射速度を任意に変えられるうえ、引き金は使用者である兵士の思考とリンクしており、秒間百を超える発射速度を何の切り替えも行うことなく一発単位で管理が可能だ。
持っていく弾種は比重の高い徹甲弾と遅延信管のついた破砕弾、腐食バクテリアを皮膜した溶解弾、知性化弾頭を持つ噴進弾に、重イオンを作りだす融合炉を追加し、シドはそれらを床の上に山のように積み上げた。
ライフルを右肩に担ぐ。長大な銃身と背後の粒子加速器でバランスを取る形だ。右手を伸ばして銃把を掴み、腹部のスリットに被甲ケーブルを接続するとシステムが拡張パーツを読み取った。
視界内に銃口の先がどこを向いているかを示す照準マーカーが出現、それに意識を向けて左右に動かすと銃身上部、発射機構の部分が浅く連動した。さらに照準を横に動かすと、可動域を超えたと判断した銃の補助システムが使用者が自ら動く方向と角度を表示してきた。
エネルギーを消費する武器を使用するのは気が進まないが、これから先、近接武器だけでは力不足を感じる場面が出てくるであろう事は想像に難くない。標的を選出し、迅速かつ大量に死をバラ撒くには銃が一番だ。
ライフルを一度肩から下ろし、バックパックを用意する。弾丸を詰め込み、融合炉と起動物質の入ったエネルギーパックを装着すると背中に担いだ。そしてライフルを右肩に載せ直し、今度は自身ではなくバックパックの方へライフルのケーブルを繋ぎ、バックパックのケーブルを自身へと引っ張る。
先程はライフルの状態のみだった表示だが、今度はバックパックの残弾量、エネルギー残量、姿勢制御用スラスターの稼働状況が加わった。
スラスターの動きを確認した後、収納の意を伝えるとライフルの先端部分が重なりながら短くなる。右手で上に押し上げ、肩を中心に背後へ回すとバックパックのラッチがライフルをホールドし、下に引き込んだ。短くなり直立したライフルを右側にくっつけたバックパックの出来上がりだ。
シドは部屋の中央に移動すると足を開き重心を低くする。肩の上の銃把を持って上にスライドさせ、前に引っ張ると、肩の上で角度を九十度変えたライフルが一気に伸びて本来の姿を取り戻した。
「(問題ないようだな)」
『持っていくのはそれだけですか?』
「(そうだ。あれもこれも選んでいたらキリがない。どうせ使うかどうかわからないのだ。その分間違いなく使用する弾を多く持っていく方が無難だ)」
AI制御の無人攻撃機やシドの周囲に浮遊して自動迎撃する防衛衛星もあるにはあるが、重力下では浮遊の為に常にエネルギーを消費しなければいけないので、補給の適わない今の状況では使い捨てになってしまう。利便性から考えてもそうするには惜しい道具であり、シドは艦載砲と共に己が追い詰められた時の保険にするつもりだった。
『弾はどれくらい持っていきますか?』
「(持てるだけ、だ。残しておいても意味がなかろう)」
『それだと運搬方法がありませんが……』
「(それについては考えてある)」
緊急時に船を固定する為のワイヤーを適度な長さに加工し、何本も用意する。バックパックと汎用ライフル、コンテナに入った弾、ワイヤー等を全てエアロックの側まで運ぶと、司令席のある部屋に行った。
椅子に座り、自身のエネルギーを補充する。数え切れない程繰り返してきた行為で、こうやっていると周りが土だとはとても信じられない気分だ。そして一体何の冗談か、地表には念じただけで火を放つ人間が住んでいる。
ドリスに許可を出すと、ホログラム粒子器の中にいつもの姿が現れた。
『あー、やっぱり身体があるっていいですねぇ』
ドリスは小さな手で容器をペチペチと叩きながら云う。
『マスターは全然帰ってこないし、寂しくて死んでしまうかと思いました』
残念ながら粒子器は船と繋がっているので持ち出せない。重要度も高くなく、予備も存在しないのだ。ドリスはそれがわかっているからか諦めたような口調だ。
「(そう悲観したものではないぞ。もしかしたら仮初ではなく本物の肉体を手に入れることが可能かもしれん)」
『えええええっ!?』
叫んだドリスは信じられない、といった表情をし、その後シドの冗談だと思ったのかふてくされた顔を作った。
『そんな事無理に決まってるじゃないですか。嘘をつくにしてももうちょっとマシな嘘を――』
「(嘘ではない。あくまで可能性の話だが)」
『余ったサーボと受信機で玩具を造って「これがお前の身体だ」とか云うのはナシですよ』
「(……それはいい考えだな)」
『………』
「(冗談だ)」
『……どっちが冗談です?』
「(勿論玩具の方だ。お前が肉体を得るにはこの星の特性とホログラム粒子器が鍵となる)」
シドは説明する。現時点では魔法は体内の魔力を使うという事がわかっているが、これには二つの理由が考えられる。まず一つは体内に取り込んだ魔力が個人に合わせて変質する。もしこちらならドリスが肉体を得る事は不可能だ。だが、もう一つの理由、即ち、己の意思の届く範囲が体内であるが故に体内の魔力しか使えないのだとしたら――
『どういう意味ですか!? 要点だけさくっと云ってください!!』
「(お前は少し考えるという事を覚えろ。それだから他の船のAIから馬鹿にされるのだ)」
シドがそう云うと、ドリスは目を吊り上げて怒った。
『はああああっ!? いつ誰が私の事を馬鹿にしたんですか!?』
「(勿論全ての船だ)」
『何が勿論ですか!! また適当な嘘をついて!! もういいですから早く説明の続きをお願いします!!』
「(……まぁいいだろう。先程の続きだが、お前には人格があり、意志がある。つまりそれを外に出力できればそれが魔法となる、という事だ)」
『どうやって出力するんですか……。私には身体がないのに……』
「(身体があっても誰も出力できん。テレパスでもなければな。これはお前だからこそ可能なのだ)」
シドは身を乗り出すと容器を指で小突いた。
「(これは何だ?)」
『ホログラム粒子器です』
ドリスが目をパチクリさせて答える。
「(馬鹿かお前は。これはお前という情報を擬似的な生物の形として出力する装置だろうが)」
『――あっ!』
「(ホログラム粒子を魔力に置き換えろ。出力される情報にお前の意思が載っていれば魔力が肉体を造る筈だ)」
『じ、じゃじゃじゃじゃあ早速やりましょうっ!!』
「(別に構わないが、試すには容器を開放する必要がある。失敗して唯一の粒子器を失っても俺は知らんぞ)」
『さっきと云ってる事が違うじゃないですか!!』
「(違わん。先に説明した通りだ。今はまだ確証がない。試したいのなら止めはせんが、失敗すればお前は二度とその姿を取れなくなる)」
シドはそこまで云うと、顎に手を当てて頷いた。
「(――ふむ。それはいい案だな。俺は何も損をしないし、試してみるか)」
容器に向かって手を伸ばすと、ドリスは自分の身体を抱くようにし、
『さ、ささ、触らないでください!! マスターの変態! スケベ!』
「(……俺はたまにサポートがお前である運命を呪いたくなるぞ)」
『何を被害者ヅラしてるんです!! 嘆きたいのは私の方ですよ!!』
「(云うではないか。俺としてはお前が望むのなら船を休眠状態にしてもいいのだぞ? 俺は優しい主人だからな)」
『え……?』
「(船が動かず、現地人とコミュニケーションを取る事にも成功した今、お前の存在価値は極めて低い。休みが欲しいならくれてやる)」
『………』
「(どうした。早く答えろ)」
ドリスは容器の中で真っ赤になって身体を震わせている。なんて芸の細かい奴だと、シドは呆れてしまった。
『……ます』
「(聞こえんな)」
『や、休みはナシの方向でお願いします……』
「(……しかし、俺としても嫌がるお前を無理に付き合わせるのは心苦しいものがあるのだが)」
『イエ、ワタシハマスタートクメテホントウニシアワセモノデス』
「(そうか……。お前がそこまで云うのなら俺も我慢のし甲斐があるというものよ)」
『ぐぎぎ……』
シドは椅子に背中を預け、顔を上げる。
「(あまり期待はし過ぎるな。そう上手くいくとは思えんし、上手くいったらいったで問題もある)」
『問題ですか……』
「(そうだ)」
言葉を切る。全ては上手くいけばの話だ。帰れるかどうかもわからない現状、先の事を気にし過ぎても時間の無駄だ。未来の事など誰もわからないのだ。なるようにしかならない。
『マスター』
シドが先を続けないと知ると、今度はドリスが話しかけてきた。
「(なんだ)」
『私達は帰れるでしょうか……』
帰れるとは勿論元の世界のことだろう。シドはドリスの云わんとする事を理解した。
正直に答える。
「(おそらく無理だろう)」
ドリスがはっと目を見開く。
『それじゃあ……』
「(その時はこの星が俺の最後の戦場となる)」
はっきり云って、帰還に向けて動くのは目的を見失わない為の苦肉の策だ。本来帰還するのは余力の有る時だけで、不可能な場合は少しでも多くの敵を道連れにするのが決まりである。不時着したのが敵地なら間違いなく帰還不可能の判断を下していた状況だが、ここでそれをやると敵がいなくなってしまい、目的がなくなる。この世界の住人を敵と認定するには帰還に向けて行動することが不可欠なのである。
『帰らないでこの世界で好きに暮らせばいいのに……』
「(好きに暮らしても大して違いはないさ。俺が戦場に行くのではない。俺のいる所が戦場になるのだ)」
生物は生きる為に産まれる。自己保存こそが目的の最たるものであり、劣化コピーを残すのは永遠に生きられないが故の妥協の産物に好きない。人が好きに生きる、という事は、好きなように振る舞い生活するという事だ。一方で、シドの体躯は戦うために存在する。戦いをもって物事を為すように造られた結果だ。つまり――
俺が好きに生きるという事は、好きなように戦うという事なのだ――シドはそう考える。
『今までこんな世界に跳ばされて運が悪かったと思っていましたが、本当に運が悪いのは私達ではなく、この世界の住人だったという気がしてきました』
「(……ドリス、俺は少し眠る)」
『――え? はい、わかりました。私は記憶した本の情報を整理してますね』
やることのなくなったシドは自身のシステムを次々に落とす。視界が徐々に簡素になっていき、最後には消える。
『おやすみなさい、マスター』
灯りのない部屋に座る物云わぬ機械に、小さな人影がそっと囁いた。




