王都にて―図書室・下―
兵士達がじわりと距離を詰めてくる。
シドは背後を取られないように後ろに下がった。リーチの長い槍を持たない今、床から遠いマリーディアの現在の位置は、敵が彼女を狙う場合に限りその不利を埋めてくれるが、敵が魔法を使うとなると別だ。諸共に殺そうと魔法を放つ可能性は低いが、ゼロではない。剣と魔法の両方から守るにはどちらかに合わせた体勢を取り、足りない分はシドが補わなければいけなかった。
取引の内容は目の前の男達の排除だが、報酬の形を考えればマリーディアを失うわけにもいかない。
「せ、生徒は傷つけないようにしてください!」
講師がそう云うと、兵士達は困ったように顔を見合わせる。それを飲むなら目の前の男に斬りかかることが出来なくなる。
「余計な事を云うな」
「し、しかし学長――」
「腐った果実の心配などする必要はない」
老人はピシャリと云った。
「都合の良い事に犯人がいるのだ。罪の意識など捨ててしまえ」
「そ、そんな……」
何を云われたのか理解した講師は愕然となって、
「貴方はそれでも人を教え導く立場なのですか!?」
「私の仕事は生徒の教導ではない。この施設と人員の管理であり、そして君達の仕事は人格の矯正と知的労働者の生産だ」
そんな事もわからないのか――と老人。
「この国は厳しい立場に置かれているのだ。矯正の見込みのない生徒に費す時間はない。この娘があくまでも抵抗するのなら、哀れ、錯乱した男の凶刃に倒れる事になるだろう。――そもそも、君のような甘い講師がいるからこのように生徒が道を踏み外すのだぞ。責任を取って君が処分してもいいくらいだ」
「………」
「それが無理なら黙って見ていたまえ。己の手を汚さずに綺麗事を云うだけなら誰でも出来る。だが、責任者にはそんな甘えは許されないのだ。意を殺し、必要とあらば子供でも殺す。責任を取るというのは事後処理であり、そこに感情は必要ない」
老人はそう云うと兵士達に命令する。
「さぁ、仕事に取り掛かるんだ」
兵士達が一斉に斬りかかった。
シドは後ろに飛ぶと、マリーディアを支えていた左手を外し長机を掴む。
「しっかり捕まっていろ」
告げると、猛烈な勢いで机を振り回した。
「――ぁぐっ!?」
兵士達が持つ剣よりも机の方が圧倒的にリーチが長い。圧倒的な腕力で振り回されるそれが兵士達の身体を吹き飛ばす。
机はすぐに壊れた。それを老人の方に投げ捨て、倒れた兵士に駆け寄りナイフを突き立てる。休む間もなく次の兵士に対応するが、同時に殺した兵士の身体を見もせずに老人の方に蹴り飛ばした。
机、兵士と続けざまに飛んできたものを難なく躱した老人は杖を左手に持ち、
「【操演】」
と唱える。
背後に落ちた兵士の死体がふわりと浮き上がる。そして浮き上がった死体をそのままにシドに向かって地を蹴った。ほぼ一瞬で、完熟の域に達した魔力構成を練り自身と杖を強化する。
蛇のように兵士の隙間を抜け、斬りかかる直前に、
「【突撃】」
死体をシドに向かって飛ばす。タイミングを合わせ左手に持った仕込み杖を抜刀した。
シドは死体の飛んでくる方に重心を移し、迫る白刃のみに対応する。ナイフを丁寧に合わせ、有無を云わせぬ膂力で剣筋を逸らす。
次いで放たれた刺突も同じように受け流した。老人の扱う刃が、火花を散らしながら異様な角度で向きを変える。
老人は眉を僅かに上げ、三度同じことを繰り返す。
そして四度目で、左手の鞘をシドの喉元に、右手の剣を肩の上のマリーディアに突き出した。
ナイフが目を見開いたマリーディアの前で老人の一撃を弾く。
「………」
老人は無言で浅く喉に食い込んだ鞘を手元に戻した。そして先端に血がついていないのを見ると、それを投げ捨てる。
「お前達――」
シドを注視したまま、シドと己のやり取りを呆然と見ていた兵士達に向かって、
「――男の相手は私がやる。お前達は肩の上の少女だけを狙うのだ」
「え……」
「お前達は女だけを狙えと云ったのだ」
「し、しかし……」
「愚か者め。何度同じ事を云わせるつもりだ。お前も一緒に始末されたいのか?」
抗弁した兵士は渋々ながら剣を構えた。
「行けっ」
老人が合図するとまたもや一斉にシドに襲いかかる。
「くそっ――」
肩の上のマリーディアは歯噛みした。兵士達全ての視線が自分に集中している。学長の横暴を指摘しただけでこのような事態になろうとは夢にも思わなかった。お尻の下の男は見かけだけで判断するならば普通の男よりは強いだろうが、この数の兵士と学長が相手では分が悪いだろう。
「お、おい! ここは一旦引くんだ! 然るべきところに行って報告すれば何とかなる筈だ!」
兵士と老人を捌きながら後退に後退を重ねるシドに、マリーディアは云った。
「楽観的な思考は寿命を縮めるぞ。寧ろ敵が増える可能性が高いと考えるべきだ」
シドは段々猶予が無くなってきた背後のスペースを気にしながら答える。
「だが、一時撤退はいい考えだ。ここは場所が狭い。そしてなによりお前が邪魔だ」
魔法の行使と冷酷な性格がわかった以上、この場所に固執してもいたずらに危険を高めるだけだろう。
「邪魔だとは何だ、邪魔だとは! ワタシはいわば雇い主だぞ!」
「だから守っているではないか。そうでなくばとっくに武器として使っているところだ」
「ワタシを振り回すつもりか!?」
二人の様子に、老人が攻撃の手を止める。
「お前達、戦闘中にイチャつくとは随分余裕ではないか」
「――その通りだ。余裕過ぎて暇を持て余している」
マリーディアが何か云いたそうにするが、シドは無視して老人の相手をする。
「何しろ俺は欠片ほども実力を出していないのだからな。ハンデを与えて手こずるようではお前の寿命も今日までだ」
「……それは私もなのだよ。お前と同じく欠片ほどの力しか見せていないのだ。故に、おそらく終わるのはお前の寿命の方だろうな。欠片の大きさからして」
「ふ。嘘はいかんぞ、老人。あの世での罰が重くなってしまう」
「嘘だと?」
「何しろ俺の方の欠片は素粒子だからな。この事実だけでお前の言葉が嘘だとわかるというものよ」
「……訳のわからぬ事を。しかし、まぁ、このまま戦えば確実にどちらかが死ぬだろう」
老人は杖を前方に立てると頭に手を乗せた。
「今ならまだ双方に被害は出ていない。ここは話し合いで解決しようと思うのだがね」
「バカな事を云うな! 被害が出ていないだと!? 既に兵士が――」
「――確かに一理ある。条件次第だがな。云ってみろ」
「オ、オマエまで何を云い出すのだ!? この男はオマエを殺そうとしているのだぞ!?」
「お前は黙っていろ。俺はこの老人と話しているのだ」
「嫌だ! 絶対に黙るものか!!」
さっきと同じくシドは喚くマリーディアは無視し、老人に、
「それで、条件は?」
「その少女には罰を受けてもらわねばならん。シメシがつかないからな。それとお前にも扉を弁償してもらう」
老人もシドと同じく、微妙な表情をする兵士達を無視した。
「飲めない条件ではないな」
「当たり前だ。当然の事しか云っていないのだから」
「……いいだろう」
シドは少し考えて答えを出す。
「オマエッ!? 裏切るつもりか!?」
肩の上のマリーディアを掴み、横に掲げる。
「離せ、この卑怯者め!! お前達は人間の屑だ!! いずれ天罰が下るだろう!!」
老人はニッコリと微笑むと数歩前に出る。
「さ、引き渡してもらおう」
対峙するシドと老人の見えざる視線が交差した。次の瞬間――
「うわわっ!?」
「――ぬ」
「――チッ」
シドと老人は同時に相手に斬りかかり、マリーディアの真横で刃と刃がぶつかり合って止まった。
老人は弾かれたように飛び退り、二人は再度睨み合う。
「――え? あれ……?」
シドは何が起こったかわかっていないマリーディアを肩の上に戻しながら、
「情けない奴め。自分から提案しておきながら騙し討ちとは」
「……それはお前もだろう。お互い様という訳だよ」
老人は再度表情を消し、シドの罵倒に平然と答える。
シドはそんな相手を馬鹿にしたように、
「お前の方は卑怯な騙し討ちだが、俺の方は知略を駆使した不意打ちというのだ。一緒にしないでもらおう」
「自分の行いだけ都合の良い解釈をするな! どっちも同じだ、バカ!」
マリーディアは噛み付きながらもほっとした様子を隠せない。
「俺の方の条件はこの老人の生命だった。云い忘れていたのだ」
「オマエは屁理屈しか云えないのか!? もう黙っているんだ!! ワタシが話す!!」
「………」
マリーディアはシドの頭の毛を鷲掴みにし、老人に対して、
「オマエとは交渉の余地などない!! オマエに出来る事は今すぐ出頭して罪を償うことだけだ!!」
そう大声で伝えると、シドの頭をペシペシと叩く。
「さ、行くんだ」
「(……何故か急に老人の味方をしたくなったぞ)」
『私はとっくに老人の応援をしていましたが』
「(………)」
「どうした? 一時撤退するのだろう?」
シドはやる気のなさそうな所作でのろのろと動いた。マリーディアを腰に手を回す。
「どこへ行こうとしているのかはわからんが、私がいる限り終着地はあの世だぞ」
警戒した老人がそう云ってくる。
マリーディアを掴んだシドはそれまでの動きが嘘だったかのような速さでその身体を投げ飛ばした。同時に己も疾走し、敵の只中に突っ込む。
「きゃあああっ!?」
「馬鹿めっ!!」
らしからぬ悲鳴をあげるマリーディア。
老人がここぞとばかりに斬りかかり、それがシドの胴体にまともに命中するが、そのまま放物線を描く少女の落下地点へ。
講師の目の前でマリーディアをキャッチし、肩で閉じられていた扉をぶち破った。
「――っ!? 逃がすな! 追え!」
不思議な手応えに眉を潜めていた老人がすぐさま指示を飛ばす。
兵士達は猟犬のように目標を追って部屋の外に出た。
シドは姿は遥か先だ。
「そそそ、そうやって入口の扉も壊したんだな!?」
「そんなことはせん。ちゃんとナイフで切った」
「や、やっぱりオマエが犯人だったじゃないか!! この事は後できっちりと――」
会話する声が、姿と共にあっという間に小さくなっていく。
「応援を要請せねばならんな。罪状は――兵士の殺害と生徒の誘拐か……」
老人は壊れた扉を凝めながら目を細め、
「少し弱いか? 兵士が戦闘で死ぬのは当たり前だからな……。それにあの少女に抗弁されると理由が……」
「あ、あのう――」
ぶつぶつと呟く老人に、残っていた講師の男が声をかける。
「私は講義に戻っても……?」
「――んん? ……おお、そうか。君がいたんだったな。すっかり忘れていた」
何かを思いついた顔つきでふむふむと頷く老人。講師に近づきながら、
「わかっているとは思うが、今日ここで起きた事は――」
「――も、勿論誰にも云いません! 誓います!」
「うむ。それともう一つ。君の力を借りたい」
「え?」
老人は講師の肩を左手で掴んだ。
目が合った講師が目の前の老人の危険性を察知し、逃げようと身体を捻る。そこに、容赦なく刃が突き立った。
「――あ」
講師の男は腹部から生えた刀身を呆然と見た。ゲフッと息を吐くと、鼻と口から血が流れる。
「に、にゃんで……」
「被害者の一覧に講師の名前があれば誘拐に信憑性が増すだろう。君の力で兵士達の士気を上げるのだ」
老人は刃を捻るとゆっくりと引き抜く。
「心配せずとも君を殺したあの男は必ずや始末する。それに、ここにいた兵士達も遠からずそちらへ送ろう。それで寂しくはなくなる筈だ」
物云わぬ骸となった講師を小突き、後ろへと倒す。己の身体を見下ろし、上着にベッタリと血液が付着しているのを見て取ると、それを投げ捨てた。
下から現れた、薄い、紋様の走る鎧に満足げな息を吐く。
「それにしてもあの男、妙な手応えだったが下に着込んでいたか……?」
鞘を拾い、刃をしまう。
破壊跡を興味深げに観察しながら通路へ。
「年寄りをこうも歩かせるとは。全く許せん奴だ、あの男は」
そう云うと、凄まじい速さで通路を駆け抜けた。
次回は裏で進行しているアキム達の話になります。
主人公出てきません(たぶん)がどうぞよろしく。




