鎮守の森にて―遭遇―
一日で書いたので気持ち短め
改稿の時間があまり取れなかったので、誤字脱字あるかもしれません
ご容赦の程を
――結局、シドが出会えたのは豚人間や緑の小人、狼もどきといった敵意を持った生き物ばかりであった。そしてどれもがシドを目にするなり襲いかかって来る。
初めの頃は出会った場所を脳内地図に書き込んで覚えていたシドだったが、回数が五を越えたあたりで記憶するのをやめた。タイミングと場所が無作為過ぎて土着生物だと結論づけたからだ。
日が沈み、船の所へ戻ったシドはこんもり積まれた土の山と、それをぼけっと眺めている豚人間を目にする。
後ろから五匹全部を射殺した。何が起こったか分からず右往左往する豚人間を殺すのは容易い。
ドリスの指示に従い、土の山から少し離れた場所で地面を強く蹴ると陥没し穴が空いた。プラントが斜めに掘ったそこに入る。裏から土を切り崩し穴を塞いだ。
「とんでもない星だな、ここは」
船に帰還したシドはシートに身を預け、起こった出来事を反芻する。
出会った生物はすべからく敵対的だった。
持ち出した弾はほとんど使用してしまった。たった一日で、である。これからもこんな状況が続くようなら考えなければならないだろう。
補給が不可能なので、消耗品を前提とした武器は使用できない。ずっとこの場所にいるのならそれでいいかもしれないが、そんなわけにはいかない。弾が切れて用済みになった銃火器を捨てるのはさすがに抵抗があった。そういった武器は奥の手として残して置くべきだ。
『なら使えるのは充電式の武器ですね』
「そうだな。俺自身のエネルギーから補充できるよう少し弄る必要はあるが……」
『それだとマスターの活動可能時間が減少しますが』
「だからあまり消費の大きな武器も使えん。物理弾頭も駄目、光学弾頭も駄目となると後はもう白兵戦用の武器しか残らないんだが……」
思った以上に選択肢の幅が少ない。迷う余地すらない程だ。
『これからどうしますか?』
「地表の土砂を処理したらここを離れる。しばらくは船を中心に地図作りだ。それと並行して原住民と接触。コミュニケーションが取れるようならそちらで情報を集める」
『オークとですか?』
「……なに?」
シドはホログラム粒子器の中のドリスを見た。
「なんだその名前は」
『呼び名がないと不便なのでデータベースに登録しました』
「………」
『名前は私が決めますので、マスターは些事にとらわれず頑張っていろいろ見つけてください』
シドは無言で船のデータベースにアクセスした。
《オーク》――食用豚のような頭部と人間の身体を合わせ持つ生物。食欲と性欲の権化であり、程度の差はあるがだいたい幼児並の知能を持つ。脂肪の塊だが力は強い。etc――
「……お前これ本から取っただろう」
出会って即射殺。それが今日起こった全てである。明らかに情報量と齟齬がある。
「願望を書くなといつもいってるだろうが……」
『ちょっ! ――なにがいつもですか! やったのは今日が初めてです!』
やっぱ書いてるんじゃないか――シドは心の中で突っ込む。
「あいつらと意思疎通が図れるとは思えんな。他の生物を探すつもりだ」
『そうですか……。でも案外オークも文化を持っているかもしれませんよ?』
「例えそうだとしても全体的に知能が低すぎる。労力に対して得られるものが割に合わない。欲を言えば体系づけられた言語文化を持つ原住民を見つけたいが……」
『こんな森の中にいますかねえ』
「……まぁいい、準備をしてくる」
シドは立ち上がった。
『準備ですか?』
「うむ。地表の土砂を処理するといっただろう? 船は土中だし、爆薬で吹き飛ばす」
『……爆薬でですか? せっかく掘ったのに回収しないのですか?』
「痕跡を消したい。ここら一帯を吹き飛ばせば誰もそこの一部に穴を掘ったとは思うまい」
それに、とシドは寂しそうに続ける。
「もうドック入りできない可能性が高い。純度の低い鉱物を炉に放り込むのは燃料がなくなってからでいい」
黙って肯定するドリスを背に、兵器庫へ再び足を運ぶシド。
短針銃を戻し、射撃槍をラックから取る。ゴテゴテと装飾のついたただの槍のようなそれは射出武器だが、銃弾のように弾頭が潰れるわけではない。回収すれば繰り返し使えるだろう。それに普段は文字通り槍として使用すればいい。発射機構も火薬でなく圧搾空気と瞬間的に流されるだけの電流だ。強力な永久磁石が使われているから重いが、今はそれが頼もしく思える。
ヒートナイフのエネルギーパックの残りを二つに分ける。半分を袋に詰め残りは元あった場所に戻す。生体ナノマシン用のレーションも同じように分けた。それが終わると充電用の各種端末を机に置いた。
こじ開けるとフィルム基盤が入っている。少し分厚い箇所は整流器に蓄電器、抵抗と集積回路だ。これからやる作業を思うとうんざりしてくるが、やらないわけにはいかない。
あまり得意な分野ではないので自律回路は組まない。全て手動で行うことを前提にするなら、最低でも入出力の調整だけで済むからだ。
「やれやれ……、未開の星で電気工作の真似事とは設計者も鼻が高いだろうよ」
シドは絶縁工具を手に取り覚悟を決めて作業にかかった。
『……さーーーん、……にーーーーぃ、……いーーーち』
ゼローーー、というドリスの声と共に巨大な爆発音が辺りに木霊した。微かな振動が遠く離れたここまで伝わってくる。
地面に伏せていたシドは立ち上がると北東の船のある方角を見た。
木々の上を灰色の噴煙が昇っていく。
『ちょっと多過ぎたんじゃないでしょうか……』
「構わん。どうせ使うあてもないんだ」
シドは顔を前に戻すと荷物を肩に担ぎ歩きを再開した。
森の中はまだ薄暗い。あれから作業を終えたシドは、出発の準備を整えた後、船を中心に半径百五十メートル内のあらゆる場所に爆薬と時限信管を設置したのだ。
念の為、わざと歪な形に配置し中心を割り出されないようにしてある。さらに船内の入口にターレットを置いた。ドリスの遠隔操作でいつでも射撃可能だ。
大規模な金属探知機などを使い、組織的に探されない限り問題はないといっていいだろう。
持ち出した武器は射撃槍、ヒートナイフ、焼夷閃光破砕の各種手榴弾と単分子ワイヤだ。手榴弾だけは使い捨てだが、使用してもあとには破片しか残らないし、他の武器は全て再利用可能である。
一部は外套に収め、槍は右手に、残りは発信機と一緒に鈍色のコンテナにぶち込んである。子供が収まりそうな大きさのコンテナだ。
シドはそれを左肩に載せて歩いていた。
『……いや、さすがの私もこれはどうかと思うのですが』
「何がだ」
『何がって……。服装は仕方ないにしてもさすがにそのコンテナは……』
「榴弾砲が直近で炸裂しても壊れないらしいぞ。それに鍵もついてる。これほど安全な入れ物は他になかった」
『それ、絶対に中見せろって言われますよ?』
「オークにか?」
ククク、と含み笑いをするシド。
『……どうなっても知りませんからね』
「そうなったらその時考えるさ」
シドは話しながら進む方向を北に調整する。
『真っ直ぐ向かわないのですか?』
「正面から行き当たるのはいかにもすぎる。向こうから来ましたと言ってるようなものじゃないかね」
シドの予定としてはジグザグに南西に進むつもりである。南西の集落か何かから調査に土着民が派遣されていた場合遭遇するのが遅くなるが、時間が経てば経つほど墜落や爆発と自分を関連付ける理由は遠のくのだ。
「――反応があるな」
シドは足を止めた。
『この大きさは――緑の小人です!』
「………」
呼び名に気分が萎えそうになる。
コンテナを放り投げ、樹木を盾に近づく。相手はこちらに気付いていない。
数は五で、集まってゲッゲッと会話らしきものをしている。
「――シィッ!!」
いきなり飛び出して手に持った射撃槍を突き出した。
一番体格のいい一匹の喉元に突き刺さる。射撃槍は飛び道具だ。槍にはかえしがついている。が、気にせず右手を戻し後ろへ。反動を利用して左足を最も近い一匹の胸元へ叩き込んだ。
ぶちぶちと組織の断裂する感触がし、槍で釣り上げた獲物が後方にすっ飛んでいった。左足で蹴られた一匹は胴丸の上から胸骨を粉砕され、こちらも飛んでいく。
――残り三匹。
二匹が前、後ろに一匹。血走った眼つきで乱杭歯を剥き出しにし、片や短剣を、片や棍棒を振りかぶってくる。
頭脳の処理速度が上がっているせいで時間が遅延して感じられた。
まず短剣を持つ手を叩き潰した。その後持ち手を跳ね上げ棍棒を持つ個体の顎をカチ割る。そして、
逆さに持った槍をそのまま短剣を取り落とし手を押さえている個体の頭に振り下ろした。
ほんの瞬きする間に残り一匹となった個体は、逃げもせず向かっても来ない。混乱状態に陥ったのだろう。棒立ちだ。
槍を無造作に突き刺した。
昨日からさんざん行った行為だが、力量差のせいで作業じみた感があった。
――だから、
『――ッ! マスターーッ!!』
――油断していたのだろう。
いきなり背中が押された。バランスを崩す。視界に赤い警告表示が出、シドだけに知覚できる警告音が鳴る。
考える間もあらばこそ、横っ飛びに移動して転がり木の陰に隠れた。
表示を読み取ると、背中に瞬間的にトン単位の衝撃が加わっていたのがわかった。体殻は無傷だ。表面の流体ナノマシンで衝撃が分散していた。
幹から顔を出そうとすると風切り音を立て何か飛来した。次々と突き立つ。
矢である。
「(この星の生物はいったいどうなってる! 殺し合いしかしていないのか!?)」
シドは頭の中に向けて怒鳴った。
『そんなこと言ってる場合ですか! いったいどうするんです!?』
「(……目には目を。歯には歯を。そして矢には槍を、だ)」
『最後のちょっと違うような……』
シドは懐から閃光手榴弾を取り出す。オークやゴブリンの眼球構造でこれが効くのはわかっている。
視界にフィルターをかけると安全装置を外し敵がいるであろう方向に放り投げた。
一拍遅れて手榴弾が光と音を撒き散らした。
槍を構えて走り出す。光と音は一瞬で消えた。シドにとって世界はいつも通りだが、木の陰から顔を出していたであろう敵にとっては違うはずだ。
熱探知にチラチラと蠢く身体の一部が映っている。――三匹だ。
その内の一匹に狙いを定めて近づく。
『――嘘っ!? 人間!?』
――そう。ドリスの言葉通り、蹲って目を押さえているのは人間だった。
シドから見てもその姿は髪の色を除けば地球人と変わらないように見える。
外套の内側の鞘からヒートナイフを取り出し、スイッチを入れた。
「(ドリス! 音声を記録しろ!)」
『――っ! はい!』
シドは高温のあまり陽炎を立ち上らせるナイフで敵の足の腱を切断した。傷口が一瞬で炭化し、血は出ない。
「――!! ▼○×◇※□!!!」
『うっわぁ……。痛そ~』
短剣を抜き、振り回す敵。シドは精確に手首を掴み取り、足と同じように腱を切断した。力任せに押さえ込み両手両足共に使えないようにする。
実はシドは、ヒートナイフを生物に使うのは初めてである。その効果に目を見張った。
ヒートナイフは元々、生活雑貨として超振動による高い切れ味を求めて研究されていたが、分子振動による超高温という副次効果に目をつけた軍がそのまま商品化したものだ。生活雑貨仕様は三層構造で二層目に熱エネルギーを吸収変換する分子素材を挟み込み、そのエネルギーを再利用することによって持続性を高めている。軍仕様は二層構造、外側が熱伝導性と融点が高く粘り強い素材でできている。
『これって商品化した軍の人、絶対サディストだよ』
切られても血は出ないが、それはあくまで動かなければであり、知能が高い生き物は総じて痛がりである。結局傷口は広がり出血する。ただ出血量はやはり多くはない。死ぬことはないだろう。
『あっ! ――マスター! 耳を見てください!!』
何かに気づいたドリスが叫ぶが、シドは無視して生き残りを探した。
――間に合うか!?
近い方に走る。敵が顔を出した。回復が思ったより速い。弓を構えようとするがふらついている。弓を諦め、右手を向けてきた。
何をするかわからなかったシドは最短距離を突っ込んだ。
「▲◎§¶×†!」
いきなり虚空から炎が生まれる。敵の右手の先に現れた炎は五十センチ程の球に形を整え、シドに向かって飛んできた。
『――マスター!』
シドは炎の温度を察知するとそのまま走る。高温の膜を突き破り、敵の前に躍り出ると相手は目を見開いて固まっていた。容赦なく槍で殴り飛ばした。
『二時方向! もう一人が逃げます!』
シドは言われた方に顔を向け射撃槍を構えた。敵が見え隠れする。樹木があるから安心しているのかほぼ真っ直ぐ逃げている。
槍の威力を知っているシドは腰を落とし衝撃波に備えた。
――狙いを定め、引き金を引いた。
短針銃と同じ空気の抜ける音と共に筐体から分離された槍に高電圧が励起、直後、電磁加速される。
発射の反動は微々たるものであったが、ほぼ一瞬で最高速度に達した槍はマッハコーンを形成、音波をバラ撒きながら木々をぶち抜き、敵の胴体に着弾した。
身体が真っ二つに別れ、中身が撒き散らされる。
『うっわぁ~……』
「なにか対策せんといかんなこれは……」
シドは顔を顰めた。外皮の至る所に切り傷ができている。予測よりも衝撃が大きかった。大気のある場所で使ったことがなかったのだ。
炎による火傷も切り傷も暫くしたら再生するだろう。ひとまず頭の片隅に追いやる。
他に敵がいないことを確認し、ドリスに声をかけた。
「そういえば、先程なにかいっていたな?」
『ああっ! そうですよ、マスター! 耳です耳!!』
「……耳がどうした」
『さっき倒した相手の耳を見ればわかりますよ!』
「……そうか。それよりいい見本が手に入ったな」
『そうですね。幸い二人いますし、会話させれば言語データがかなり取れると思います』
「だな」
シドには一から相手の言葉を学ぼうという気は毛頭ない。発声を船体コンピューターに記録し、状況毎に分別、共通音を抽出し消去法で単語の意味を登録。後は脳が自動で変換するように設定すれば終わりだ。
その為には見本をしばらく連れ歩かなくてはならないだろう。
気絶させた敵の元に歩み寄ったシドはその髪を掴み、顔を向けさせる。今気づいたが髪が長い。輝くような金髪である。雌の個体だろうか……。
――長く尖った耳が目に入った。
「……地球人とは少し違うようだな。これがどうかしたのか、ドリス?」
『何を言っているんですか、マスター!!!』
何を言っているんですかはお前だよドリス、とシドは心の中で思った。
『輝くような髪! 上に尖った長い耳!! そして整った顔!!!』
「………」
『――その名は、エルフ、です!!!』
「………」
そういえば、槍を回収しないと……。シドは肩を落とした。