砦にて―巨人―
「ハーッハッハッハ――」
サマルは阿呆のように開けていた口を閉じると、眉を寄せてアンカーを握る手に力を込めた。事象に変換されない生の魔力が巨人族の頭部に流れ込む。
抵抗を押し切って脳内に到達した魔力が、巨人族本来の魔力に変わって各部に命令を伝達した。
沢山の人間が、眼下を川のように流れている。それを巨大な手が掬い取り乱杭歯の剥き出しになった口に運ぶ。
身動ぎするだけで腐って弾力を失った皮膚が剥がれ落ち、その下から蟲が食らいついているまだらに染まった肉が覗いた。
ぐちゃぐちゃと咀嚼する音を聞きながら、増すであろう抵抗の強さに意識を傾ける。
本拠地の倉庫とこの地に描いた召喚陣を同期させるのに、サマルは過半の魔力を使用した。見た目程の余裕はない。新鮮な肉を取り入れた巨人族の再生が進めば、サマルの魔力に抗しようとする力も増す。地上最大の生物の一つであった巨人族の抗魔力は竜に比肩し、一旦制御を離れ制限なしに食べ始めればサマルといえどその手綱を再び取り戻すことは適わない。今現在操ることが可能なのは意識を回復する段階まで再生が進んでいないからだ。いくら再生力が強かろうと、過半が崩壊し意識を失えばエネルギーの欠乏で土に還る。
重要なのは天秤である。再生と腐敗の均衡を維持し、生きているのに死んでいるという、矛盾ともとれる状態に保つことがこれを使役する唯一の方法だ。
先の方に建設段階の砦が見える。人の流れの行き着く先はそこだろう。列の一番前を一台の馬車が独走している。
予定では目標を砦で足止めし、その間に仲間から処理するという外に重きを置いた手順の筈だった。足止めに失敗するならともかく、まさか傭兵団の主戦力を当てがった方が失敗するとはつくづく使えない駒である。
しかしまだ破綻したわけではない。形は変われど修正の範囲内だ。都合の良い事に傭兵団は流れに混ざって砦へと一直線に向かっており、このまま追い込めば奴等は内外に敵を抱える事になる。
サマルはゆっくりと歩を進めた。抜き去っては元も子もない。それに戦闘に備えてサマルの魔力が抑制できる限界までエネルギーを摂取しておく必要があった。
砦から鐘の音が聞こえる。異変に気付いた兵士達が集まり始めている。
向かいながら時折逃げ遅れた人間を手で掬う。武器も鎧も持ってない、消化に良さそうな餌だ。
桃色の肉が盛り上がり、中の蟲達が押し出されて地上に落下する。
蟲の大きさは人間の子供程もある。本来はこれ程大きくはない種族なのだが、食べ物が良かったらしい。
落ちた蟲を巨大な足で踏み潰す。意識を刈り取り強制的に操るタイプの使役獣の最大の敵は、戦闘相手ではなく蟲である。かつて竜と覇を競った巨人族であってもそれは変わらない。
(それにしてもサンティも非道い)
サマルは溜め息をついた。サンティは手伝うと云っておきながら召喚が終わった途端そそくさと姿を消してしまった。状態が状態だけに、彼女には自分自身の護衛を頼みたかったのだが……。
サンティの護衛がないとなると戦い方を工夫せねばならなかった。サマルの位置的に下からの攻撃には強いが、上からの攻撃には弱い。通常ならば見下ろしながら戦うだけなので問題ないのだが、今回は造りかけとはいえ前方に砦がある。防壁はまだしも監視塔や指揮所等の高所に陣取られては万が一が発生するかもしれない。
(まずはそこから潰しておきましょうか……)
目ぼしい物を探して顔を左右に振る。投げやすく重量のある物がいい。天幕は駄目だし、荷車や馬車も駄目だ。
後ろを振り向くと、燃え盛る天幕とその側に立つ支柱が目に入った。
(あれならよさそうですね)
戦争ではよく丸太を組んだ衝車を利用する。金属で補強した物もあるが、使い捨てにする分にはそのままで構わないだろう。
近くにある天幕を薙ぎ払い、倒れた支柱からなるべく大きな物を選び次々と回収する。
幾本もの丸太を左脇に抱え、一本を右手で逆手に持たせた。
「さて、いきますよ」
腕に力を込め、身体を支えると命令を下す。
巨人は丸太を持った右手を大きく振りかぶった。左足を前に出し、右足で地面を蹴りながら捻った腰を戻す。
多量の体組織と蟲をバラ撒きながら投擲した。
大気を引き裂き、唸りをあげながら飛んでいった丸太は多少高度を下げつつも槍の如く防壁に突き刺さった。少しして、周辺の壁を巻き込み丸太諸共地に落ちる。
「これは……癖になりそうです」
次の丸太を準備しながら、サマルは嬉しそうにそう云った。
砦に詰めていた兵士が狂ったように鐘を打ち鳴らす。
一気に慌ただしくなった砦内で、シドは調べていた鉱石を後ろに投げ捨てると訝しげに顔をあげた。
造りかけの防壁の上に集まる兵士達。外を指差しながら口々に喚いている。
労働者達が行き交う兵士に疑問をぶつけるが、皆それを黙殺した。
シドは自身も防壁の上に向かう。共に仕事をしていた男達が後ろからぞろぞろとついてきた。
「お前達何をやっている! 仕事に戻れ!!」
階段に足をかけた所で上にいた兵士が怒鳴った。
背後の男達は顔を見合わせるが、シドが止まる気配を見せないので一緒になって登り出す。
「止まれ! ――お前、止まれと云っているのが聞こえないのか!!」
槍で威嚇してきたが、シドはそれをもぎ取ると遠くへ捨てた。
焦った兵士は腰の剣を抜き放ったが、素早く肉薄し、それも奪い取って真っ二つにへし折る。
「なっ――!?」
「邪魔だ」
肩を押してやると真っ逆さまに落下する。
邪魔者を排除し防壁の上に登ると遠くを凝視している兵士達に近づき、ついてきた男達と一緒になって視線の先を追った。
「なんだぁ、ありゃ!?」
「化けモンだ! こっちに向かってくるぞ!!」
巨人を見て悲鳴をあげる男達。
シドは大凡の大きさを把握すると、
「(驚いたな……)」
『私もです。一瞬有人型の機動兵器かと思ってしまいました』
「(それもだが、身体の状態を見ろ。明らかに手負いだ。まともな痛覚があれば動くだけで激痛が走るレベルだぞ。生体としてまともに機能しているとは思えん)」
離れた場所から見るだけでも色がおかしいのがわかる。青や赤や混じり合って元々の肌の色が何色だったのかも不明な位だ。
兵士や労働者達が固唾を飲んで見守る中、巨人は腕を伸ばすと何やら拾い始めた。
持ち上げた手に掴まれているのは人間だ。
『……何をするつもりでしょうか』
「(さあな。ところで、あそこを走っている奴等はもしかしてここを目指しているのか?)」
防壁の上から労働者達の住居を見下ろす。
天幕の間を大勢の人が走り回っているが、その中で、とても大きな集団が謀ったかのようにこちらへ向かっている。
『もしかしなくてもそれしか考えられないかと。ここには武器を持った兵士が大勢いますし、働いている男達は夫や父親でしょうから』
ドリスの答えに、シドは踵を返すと下に戻り始めた。
一緒に登ってきた労働者の男達も一部を除いて追ってくる。
下に降りるとたくさんの人間の中からキリイを探す。
向こうもシドを探していたようで、さほど時間をかけずに合流出来た。顔を見るなり、
「今すぐここを出る」
「へ?」
「すぐにここを出るんだ。天幕に戻るか、それが無理ならこの地を一旦離脱する」
「……調査は?」
「少し早いが切り上げる」
「なんでだよ? この騒ぎのせいか? 一体何が起こったんだ?」
「外に出ればわかる」
持ち帰る荷物はない。そのまま門へ向かう。
「お、おい。今日の稼ぎはどうするんだよ! このままじゃ半日タダ働き――」
防壁の外を見たキリイは目を見開いた。
団の物と思わしき馬車が猛然とこちらに走ってくる。御者台に座っているのはヴェガスだ。それともう一つ――
「……なんだ、あれ」
馬車のずっと後ろに変な色をした人影が見えた。立ち並ぶ天幕の上から上半身が覗いている。
シドは心中で唸った。最悪の場合は砦に逃げ込めと云ってあったが、今の状況でそれをやるのは下策もいいところだ。あの巨人はかなりの確率で人の集中しているここに来る。防壁が完成しており備品が完備されている状態ならここで戦うことにも意味はあっただろうが……。
このまま手をこまねいていれば、戦う能力を持たない多数の人間と共にここに押し込められてしまう。
「行くぞ、キリイ」
「待たないのか? ここに立て篭った方がいいんじゃ……?」
「立て篭ってどうする。一度押し込められてしまえば抜け出すのは難しくなる。が、今ならば散らばって逃げている人間に紛れることが出来よう」
「ここに来ないで追いかけてきたら……?」
「その時は戦うしかあるまい」
「ならここに立て篭ってれば、もしあいつがやって来たとしても兵士達と協力して戦えるじゃないか」
「――協力だと。兵士達がこちらの指示に大人しく従うわけがないだろう。俺としても奴等の指示の下で動くつもりはない。どうせ単独で戦うのならここに固執する意味がなかろう」
「そんな――」
「残りたければお前は残れ」
「ちょっと待ってくれ!!」
ずっと後ろから従いてきていた労働者の男達の一人が、シドの行く手を遮った。
「お、俺達はどうすればいいんだ!?」
シドは思わず笑いを漏らしそうになったが、男の真剣な表情を見て堪えると、
「好きにしろ。逃げたければ逃げ、残って戦いたいならばそうすればいい」
「……アンタは逃げるのか?」
「そうだ。戦う理由がないからな。理解したならそこをどけ」
男を押し退け、外に出ようとするシド。そこに、
「ちょっと待ちな!!」
「………」
またもや男がシドの前に立ちはだかった。
わざわざ台詞まで似せて同じような真似をするとは。シドはどうしてくれようかと観察したが、おや、と眉を寄せた。
明らかに先程の男とは毛色が違う。
「悪いがここから先へは行かせねえ」
男はそう云うと懐から短剣を取り出した。
「お前達、何を――」
キリイは自分とシドを丸く囲む男達に気づき声を発するが、様子を見て動きを止めた。相手は全員武器を持っている。
助けを求めて兵士を探すが、皆何故かこちらには目もくれない。
シドとキリイは男達としばし睨み合う。
「……いいのか?」
唐突にシドは口を開いた。
「あん? ……勿論いいに決まってるだろうが。悪いがここから先へは行かせねえぜ」
正面にいた男が怪訝そうに眉を上げて云い返す。
「……そういう事ではないのだがな。まぁ、お前がいいと云うのなら構わんのだが」
「訳のわからねぇ事を云って誤魔化そうったって無駄だぜ。こうしている間にもお前達の仲間は……」
言葉を切ってクックックと嗤う男。
「――あ」
キリイが驚いた顔をするが、男はそれを見るとより嬉しげに、
「ガーッハッハッハ――」
「邪魔だどけぇっ!!」
「――ごぼあっ!?」
男は突っ込んできた馬に弾き飛ばされた。
馬車から獲物を持ったエルフがぞろぞろと降りてくる。
レントゥスがキリイに剣を投げた。
「ありがたい!」
そう云って剣を抜き放つキリイ。
シドは馬車まで行くと己の槍を取り出した。
「感謝しなさいよね! すっごく重かったんだから!」
「運んだのは俺だろうが!!」
サラに怒鳴ったヴェガスは武器を持った男達に囲まれている状況を見て、
「どうやら同時に襲撃をかけられたようだな」
「……アキムとオーガ達はどうした」
「うん? あいつらならほれ」
ヴェガスは後ろを指差す。
遠くからアキムが走ってくる。まるで親の死に目に間に合わないと悟った息子のように全力で。
「おまけつきか」
「そう云うなよ。対処できる数じゃなかったぞ」
「あの煙は?」
問うたシドはヴェガスの視線の先を追った。
ミラがコクコクと頷いている。
「……とりあえずこいつらを始末するか」
「任せときな。最近暴れてないんでストレスが溜まっていたんだ」
シドとヴェガスに見られた男達は蒼白になった。
「ま、待てお前達。ここは冷静になって話し合おう! こういう時こそ人は協力すべき――」
「オラァッ!!」
「――ぶっ!!」
殴られた男は一発で意識を失う。
「くそっ! エルフを狙え!!」
一斉に残りの男達が襲いかかって来る。
シドはエルフの傍まで一足飛びに辿りつき、
「しゃがみこんで姿勢を低く保て」
そう云って槍を振り回した。
云われるがまましゃがんだエルフ達の頭上を、重たげな槍が風を切って通過する。
三人がまとめて吹っ飛び、その様子に男の一人が、
「あいつだ! あいつを狙え!!」
今度はキリイを指差してそう指示を飛ばした。
「え……。俺?」
「死ねえっ!!」
「わわっ!? 来るな!! あっち行け!!」
複数から同時に襲いかかられたキリイはぶんぶんと剣を振り回す。
技もへったくれもない子供の遊びのような動きだったが、リーチの差で攻めあぐねる男達。
「おい、お前達」
シドはその隙を見逃さずターシャ、レティシアの顔を順に見た後、
「射殺せ」
そう命じて顎でキリイと対峙する男達を差した。
意を受けた二人は低い姿勢のまま弓を構え、次々と矢を放つ。
援護を受けたキリイは猛然と反撃に出た。
見る見るうちに数を減らす男達。矢を放つエルフをどうにかしようとするも、脇に立つシドを目にすると悲壮な顔つきになって諦める。
最後の二人は門から逃げ出そうとしたが、矢で射られ倒れ伏した。
敵対する男達がいなくなると、シドは門の外を見て状況を確認する。
もうアキムがここへ到着しそうだ。だが問題は後ろから従いてくるおまけだろう。あれほどの集団に巻き込まれたら、潜む敵全てに対処するのは不可能に近い。
「止むを得ん。門を封鎖するぞ」
「ええっ!?」
全員が驚愕した。
「あれに巻き込まれたら対処のしようがない。お前達も後ろからいきなり刺されたくはあるまい。それに、あのでかい奴はおそらくここへ来る。外にいた方が安全だ」
最後の言葉は周りにいる労働者の男達に対してだ。全員外に出しても良かったが、生憎もう時間がない。
云われた皆は、確かに……と納得する。それと団員達には、口には出さないが外に取り残されるのはどうせアキムとオーガだという思いもあった。オーガはどう考えても死にそうにないし、何だかんだいってアキムもしぶとく生き残るだろう。
タイミングの良い事に、その時防壁に凄まじい衝撃が走った。
「おいおい、なんだよあれは……」
今頃気づいたのかヴェガスが呟く。
巨人は手に持った棒を槍のように砦に向かって投げつけている。シドの言葉は最早疑う余地がない。誰もが口を噤んだ。
シドは素早く門の脇の階段を駆け上がった。巻き上げ機までいくと、槍を突きたて鎖を躊躇なく断ち切る。
下にいる皆の前で門が落ち始める。
エルフ達は見た。目を剥いたアキムの口が大きく開かれるのを。届きそうもないというのに何故か目一杯腕を伸ばしている。
残る力を振り絞るアキムの目の前で、太い格子状に組まれた丸太の先が地面に突き立つ。
ようよう辿りついたアキムは走ってきた勢いのまま門に縋り付いた。両手で門にかじりつき、全身から湯気を立ち上らせながら血走った目玉をギョロギョロと動かす。
「馬鹿な……」
アキムがそう云うと、誰かが小さく吹き出した。




