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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
31/125

王都にて―再会―

お待たせしました。


読んでくれてる皆さん、いつもありがとうございます。

 壁に開けられたいくつもの小窓から暖かな午後の陽が優しく廊下に差し込む。

 歩いても音のしない敷物に、たまに見かける器や瓶、絵画などの装飾品。なければ寂しさを感じるが、多すぎても邪魔なそれが嫌味にならない程度に配置された廊下を、応接室に向かって歩く。

 目的の部屋の前まで来たシドは扉を開いた。


『どうやら昼寝中のようですね……』

「(………)」


 ヴェガス以外の全員が集まっているが、起きてる者は一人もいない。アキムとキリイ、エルフ姉妹にターシャ、そして驚くことにレントゥスまでもが舟を漕いでいた。

 警戒心のけの字も見られない。もしミアータに対する借款がなければエルフは解放してもよかったのだが、実際そうならなかったのは幸運だったのかもしれなかった。これで森で寝泊りなどしようものなら、目覚めのこない朝を永遠に待つ羽目になるのは間違いない。

 シドは敷物が破れないよう注意してコンテナと槍を置くと、


「起きろ、お前達」


 そう声をかけた。


「――んあ?」

「……眠い」


 アキムとミラが起き、続いて残りが順次目覚める。目をしょぼしょぼと擦りながら、惚けたように無防備な姿を晒す。

 シドは辛抱強く待った。レントゥスがバツが悪そうに目を逸らす。

 全員の意識がはっきりすると、コンテナを見える位置に動かし、鍵を開け蓋を開く。

 これまで中を見たことがなかった面々は興味を惹かれて集まる。

 

「こ、こいつぁ……」


 中を見たアキムが絶句した。

 入っていたのは硬質な輝きを持つ袋に半ば埋もれた娘だ。瞳は閉じられており、顔には苦悶の表情が刻まれている。棺桶に入った死体のように見える。

 

「――うそっ!? これって……」

「まさか……」


 姉妹が顔を見合わせ、全く同じタイミングでレントゥスを見た。

 見られたレントゥスは、 


「え……? レ、レティ……?」


 云いながらおぼつかない足取りでコンテナに近づく。目に入った物が何であるのか理解はできるが、何故ここにあるのか、何故こうなっているのかが皆目わからず混乱しているようだ。

 コンテナの傍らに膝をつき、恐る恐る顔を確認する。


「や、やっぱり……。なんで……こんなことに……」


 レティ、と小さく呟くレントゥスの瞳から涙が流れた。

 事情のわからないアキムは姉妹に近づき、


「おい、あの娘は一体誰なんだ?」

「……あれはレントゥスの妹」

「村に居る筈なんだけど、なんでこんなとこにいたのかしらね……」


 全員がレントゥスを注視した。

 当の本人は、 


「よ、よくもレティをっ!!」

「――お、おいっ!?」


 口走るや、周りに止める隙も与えずシドに掴みかかった。完全に理性を失っているらしく、詰め寄りながら手が腰に挿した短剣の柄に伸びる。

 シドはその横っ面を張り飛ばした。


「落ち着け」


 吹っ飛んだレントゥスに、そう声をかける。

 応えはなかった。レントゥスは椅子にぶつかり、上半身を預けたまま脱力している。

 首の骨が折れたんじゃないかと心配したアキムは、白目を剥いた彼の脈を測り、


「気絶しただけだな……」


 そう云うと、キリイと二人してシドとエルフの遣り取りを複雑そうな顔で見守る。

 エルフ達はここにきて発生した予想外の事態に、どうしていいのかわからずにいた。レティシアは村の仲間だが、復讐などと宣って攻撃を仕掛ければ軒並み返り討ちに合うことはわかりきっている。それにこれまでの行動から、シドがエルフに特別敵意を持っていないのもわかっている。この二つとシドが今まで敵を殺してきた理由を踏まえて考えると――


「レティシアがシドを殺そうとしたか、邪魔をしようとした……?」  


 そう結論が出る。

 ミラの出した答えに妹は、


「待ってよお姉ちゃん! どうしてこの娘がコイツと戦うの!?」

「……さぁ。私は現場にいたわけじゃないから」


 レティシアという娘と面識のなかったターシャ、アキム、キリイには先入観がない。姉妹の会話を聞いても違和感は感じず、成程と思うだけである。警戒心の強いエルフが人間に問答無用で襲いかかるのは珍しい話ではないからだ。

 しかしそれでは解けない疑問もある。わざわざ人間の都市まで来たエルフがそんなことをするだろうか。問題を起こせば不利なのは間違いなくエルフの方であるのに……。

 シドとレントゥスを除く全員の頭が、何故レティシアはここに来たのか、若しくは何故シドに敵対したのか――という疑問符で埋まった。

 シドはその様子に呆れたように、


「お前達は何か勘違いをしているようだな」


 その言葉に皆の耳目が集まる。


「俺はエルフを殺したと云った覚えはないし、そもそもそいつは死んでいない」

「嘘! じゃあなんでこんな苦しそうな顔してるのよ!?」

「……さあな。おそらく悪い夢でも見ているのだろう」

 

 つまり、この娘は寝ているだけなのか――まじまじとエルフの娘を観察するアキムとキリイ。

 黙って一連の流れを見ていたターシャが、気絶したレントゥスに近づき肩を揺する。


「――うっ、……う……ん」


 悩ましげに眉が寄せられ、ゆっくりと目を開くレントゥス。


「妹さんは生きているみたいですよ」

「――っ!! なんだって!?」


 中々意識がはっきりしなかったレントゥスだが、ターシャがそう教えるとガバッと半身を起こす。そして急いで駆け寄ろうとするが、


「ぐっ……」


 と呻き、頬を押さえながらよろめいた。這い蹲りながらもなんとか箱の縁に辿り着くと、


「レティ! レティ!!」


 声をかけながら妹の身体を揺すり、頬を叩く。


「起きてくれレティ!!」


 カッ――と、眠っていた少女の目が見開かれた。瞳が焦点を結び、覆いかぶさるように覗き込むレントゥスの姿を捉える。


「イヤァァァァッ!?」


 狂乱した少女の右手が跳ね上がり、レントゥスの顎を打ち抜いた。


「ぐぶぅっ!?」


 アキムの目の前で、再度レントゥスの眼球が裏返る。

 意識を失ったレントゥスの身体が箱の中の少女にのしかかる。

 暴漢に襲われた女性の如く暴れ回るエルフの少女。爪で引っ掻かれた綺麗な顔があっという間に傷だらけになっていく。


「なんてこった! キリイ手伝え!!」


 アキムとキリイが慌ててレントゥスの身体を引き剥がす。

 

「ひっでえ……」


 無残な横顔にぞっとした目を向けるアキム。

 自由になったエルフの娘は怯えた様相で周囲を見渡し、ミラとサラの所で顔を止めると、


「ミラさん!!」


 いきなり抱きつき、顔を埋めると泣き出した。


「……よしよし」

「くっ……。私のお姉ちゃんなのに……」


 ミラが慰めているうちに、段々と落ち着いてきたらしいレティシア。

 問題が解決したと見て取ったシドはコンテナの蓋を閉じ、  

 

「お前達に話がある。そこの卓に全員集まれ」


 コンテナを持ち上げ、卓の傍に移動させるとそこに腰を下ろした。

 アキムとキリイがレントゥスの身体を椅子まで引き摺って床に寝かせ、ターシャは傷の手当をする為なのか、部屋の外に出て行った。

 姉妹はレティシアと団子のようにかたまったまま窮屈そうに椅子に座る。

 外から戻ってきたターシャが、貰ってきた綺麗な布と水でレントゥスの顔を拭い始めると、それに気づいてまた騒ぎ出すレティシア。

 シドは膝に肘を置くと指を組み、その上に顎を載せると何も云わず黙って待った。

 きゃあきゃあと騒いでいたエルフ達もその姿にだんだんと静かになっていく。

 レントゥス以外の全員が椅子に座りシドの様子を窺う状態になってやっとシドは口を開く。


「まずは依頼の件だ。先程ギルドで仕事を請け負った。このままお前達がここにいるとミアータの精神にとって負担となる可能性がある。明日、装備を整え次第ここを発つつもりだ」


 云いつつ、懐から紙を取り出し卓に置く。

 アキムがさっとそれを手に取った。


「……こいつは国からの依頼だな。最低限の収入を保障する為の」


 目を通したアキムは眉を潜めてシドを見た。云いにくそうに、


「これの稼ぎは凄え低いんだが……」

「他に稼ぎのアテがあるなら聞こう」

 

 ぐっとアキムは言葉に詰まった。伯爵は仕事をくれそうにない。個別に何かやろうにも、装備が殆どないのだ。この状態で金を稼ごうとした場合、シドに任せっきりになってしまうだろう。さすがにそれは面と向かって云えるものではない。


「確かにそうだな……。安くても少しづつ稼いでいくしかないか……」


 ぺらぺらと紙をめくり、二枚目、三枚目と見ていく。


「これなら戦わなくて済むだろうし」

「でも、最低限の武器防具は揃えておいたほうがいいのではないでしょうか?」


 ターシャが不安そうに主張する。

 シドはそれに頷くと、懐からもう一つの物を取り出した。そっと卓に置く。

 置かれた物に皆の目が釘付けになった。

 杖である。

 

「あっ……」

「貸しなさいっ!!」


 レティシアが小さく声をあげ、サラが誰よりも早く身を乗り出して掴み取った。

 サラは手に取った杖を詳しく調べ始める。


「それ以外にある程度の金と装備もギルドに預けてある。これで問題はなくなった筈だ」


 言い放つシドに視線が集中する。


「まさか盗んだんじゃ……」


 キリイが青くなって云う。


「違う。この前ギルドで襲ってきた傭兵共を覚えているか? あいつらが懲りずに襲ってきたので返り討ちにした。金と装備はそいつらのものだ」 


 成程、と全員が気の毒そうに相槌を打った。


「アンタにしてはやるじゃない――と云いたい所だけど、この杖は駄目ね」


 杖に嵌った石を見ていたサラが、ポイっとそれを卓に投げ捨てる。


「何故だ?」

「何故も何も、この杖は容量が小さ過ぎるわ。たぶん使える魔法も初歩のやつよ、きっと。覚えたての奴が持ってそうな感じなんだもん。……まぁゴロツキ同然の奴等が持ってたんならしょうがないけどね」


 何かを早合点したサラがそう云う。

 シドは泣きそうな顔のエルフ――レティシア――に顔を向けた。口を開こうとするシドに、ぶんぶんと顔を横に振る。


「……そうか。しかし、ないよりはマシだろう」

「まぁね。明日、街を出る前に店に行ってどんなのが刻印されてるか調べてもらいましょ」

「……でもこれ、どこかで見たような」


 転がる杖に目をやったミラが呟いた。

  

「そそそ、そう云えば、皆さんはなんでこんなとこにいるんですか!? ナグダムさん達は一体どこにいるんでしょう!?」


 唐突に声を張り上げるレティシア。

 ミラとサラは気まずそうに顔を逸らした。


「……死んだ」

「ええっ!?」


 ミラから返ってきた答えにレティシアは目を見開いた。


「死んだって……。あのナグダムさんですよ!? そんな簡単に死ぬ筈が――」

「――うっさいわね! 死んだものは死んだのよ!!」

「で、でも……」


 サラに怒鳴られ、瞳に涙を滲ませる。小さく肩を縮こまらせると俯いて何も云わなくなった。


「そう云えば、ヴェガスはどこだ?」


 シドはアキムに訊ねた。


「ああ、あのオッサンなら外で身体を鍛えてるが……」


 苦笑しながらアキム。


『どんなに鍛えてもマスターには勝てないと思うのですが』

「(好きにさせておけ。個人の自由だ)」


 ヴェガスに説明は不要だろう。どうせシドについてくる筈なのでオーガと同じ扱いでいい。


「集まる金額次第だが、優先順位は荷車、水樽、杖、弓、そして防具の順だ。問題はないな?」


 全員の顔を見渡すが、反対意見はないようだ。

 アキムとキリイの武器は傭兵達から回収した中から選べばいい。弓も最悪は道中作ることが可能だが、時間をかけずに作った弓は使い捨ての域をでないだろう。できればきちんとした物を揃えたい。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 アキムが手をあげて、


「荷車って云ったが、一体誰が牽くんだ?」


 シドは当然のようにアキムを見た。


「勿論お前の馬だ」

「……ああ、やっぱそういう流れなんだよな」


 アキムは肩を落とした。


「馬ならないぞ……。実家に没収されてしまった……」

「なんだと?」


 アキムはシドに説明する。あの馬は騎士就任の祝いに祖父から貰った馬であること。先日の件で騎士団を追い出されたが、それを理由に馬を取り上げられたこと。

 理由を聞いたシドはキリイに顔を向け、


「お前の馬はどうだ?」  

「俺のも駄目だ」

 

 キリイも残念そうに答える。


「そもそも俺が乗っていた馬は俺個人のものじゃない。騎士団から与えられた馬だからとっくに返してるよ」


 シドは考え込んだ。馬がないとなると武器防具の優先順位を引き下げて、それを馬の購入資金に当てねばならない。全ては傭兵の懐具合になるが……。


「……アキム、お前の実家は王都にあると前に云っていたな。馬はそこにいるのか?」

「あ、ああ。まだ数日前のことだからな。たぶんまだ家にいると思う。そのうち兄貴のいる領地に移されるかもしれないが……」

「実家はそちらではないのか?」

「いや、元々王都に住んでたんだよ、俺の家族は。領地を下賜されたのはつい最近だ。落ち着いたら引越しするかもしれないが、なんせ田舎だからな。ここに住んでた方が便利だし……」

「既に兄が跡を継いでいるのか?」

「まだだ。一応名目は俺の親父になってる。でも、代替わりするのも時間の問題だ。領地を預かってる兄貴は何の問題も起こしてないから……」

「つまり、王都にある家には現当主がいるわけだな」


 シドは一人頷いた。これなら話が早い。

 キリイの馬はどうにもならない。手に入れるには国を敵に回す覚悟が必要だ。しかしアキムの馬ならばやり方次第で手元に戻るだろう。家に乗り込んで相手を納得させればいいのだ。しかも大義名分はこちらにある。


「なんかイヤな予感がしてきたぜ……」


 アキムが渋面で誰にともなく云った。


「明日、お前の家に行き馬を回収する」

「……冗談だろ」


 明日世界が滅びる、と云われた人間の顔になるアキム。


「そもそも一度渡したものを再度取り上げるなどそんな都合のいい話は通じん。所有権はお前の手にあるのだから、お前が嫌だといえばそれで終わる筈だ」

「た、確かに俺もそう思ったけどさ……」

「お前は愛馬に再び跨りたくはないのか?」


 そ、それは……と言葉を濁すアキム。葛藤に頭を悩ませる。確かにウズベキは手元に戻したいが、シドを実家に連れて行くと致命的な何かが起こりそうな気がする。


「心配はするな。俺は部下の家族に手を出すほど外道ではない。多少の無礼は笑って許す度量はあるつもりだ」

「そ、そうなのか……?」


 云われてみて気づいたが、シドがこれまで手を出したのは全くの無関係か敵対した者だけだ。顔見知りの家族に出くわした際の態度をその前例で決め付けるのも失礼な話だろう。

 

「よ、よし。じゃあ明日の朝にいっちょ行ってみるか!」


 自分に活を入れる意味もあり、声を張り上げる。

 シドの言葉をそのまま鵜呑みすることは危険だ。それはわかっている。だが、同時にもう一つわかっていることもある。

 それは、この男が馬を手に入れると云ったなら絶対に手に入れるだろうという事だ。

 愛馬の為に多少の被害には目をつぶろう。

 得られる物だけを考え、失う物には目をつぶる事で不安を払拭する。

 

 悪魔を家に招き入れる決断をした哀れな男の姿に、この場にいる全員が黙って目を伏せた。

 

 

  

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