王都にて―依頼―
少し短めです。
誤字脱字あったら申し訳ないです
持ち物を放り投げ、慌てて避ける人々。親父共は悪態をつき、子供を持つ母親は、我が子を大事そうに抱きかかえ不快そうに眉を寄せた。
これと同じ瞳を向けられた事がある。殆どを辺境の宙域で過ごしていたシドだったが、極稀に、間違えたかのようにひょっこりとおかしな任務が迷い込んでくる時があった。
例えば――遊覧気分で辺境に来た高官家族の護衛だったり、
例えば――消息を絶った船の捜索だったり、
使い捨ての兵士にそういった任務を与える事に隠された意味があったのか、若しくは単なるミスなのかはわからないが、そういう任務をこなしていると戦いとはまるで縁のない普通の人間と会う時があるのだ。今、走るシドに向けられる王都の住人達の瞳は、そんな彼等がシドに向けた眼差しに似ている。
厄介者に向ける瞳だ。己の知らぬ世界の住人に向ける、排他的で無慈悲な――
「きゃああああ!」
そう、排他的で無慈悲な――
「と、止まって! お願いだから止まってぇ!!」
「………」
「止まってって云ってるのが聞こえないのっ!?」
「……黙れ」
「黙って欲しいなら止まってよ!!」
馬に匹敵する速度で駆けるシドにしがみつくエルフ。その喚き声は先程から止むということを知らない。
いい加減耳障りになったシドは、
「……後ろを見てみろ」
「へ?」
短く告げられた言葉に、怪訝そうに背後を振り返るエルフ。
「えっ!? 嘘っ、あれって――」
シドも同じように後ろを見る。馬に乗った男達が追いかけてきていた。恐らく先程の男達だ。あの中には一人だけ見覚えのある男がいた。狐目の、地下道で出会った高地エルフである。
あの男が宿からコンテナを盗み出したのだろう。目的が何かは知らないが、狙いがシドである可能性もある以上、追いかけてくる事は不思議なことではない。
ただ、馬まで持ち出してくるとは予想外だった。速度だけなら馬に負けるシドではないが、如何せん道が悪い。シドは通行人を避けねばならず、相手はこちらがが押し開いた道を辿るだけでいい。彼我の距離は段々と縮まっている筈だ。
「お、追いつかれます! もっと速くっ!!」
「………」
ドリスの手前助けたが、ここで放り出しても構わないだろうか――そんな思いがふつふつと湧き出してくる。
速度に反して、シドの上半身は揺れが殆どない。エルフはしばらくゴソゴソとやっていたが、どうにか背中によじ登ることに成功したようで、シドの首と胸を、それぞれ腕と脚でガッチリとホールドした。
「ハァ~」
登山に成功した達成感で、一段落ついたエルフが大きく息を吐く。シドに背負われた格好のまま、耳元に口を近づけると、
「どこまで逃げるんですか!?」
「ギルドだ」
「ええっ!? あんな所に逃げても囲まれちゃうんじゃないですか!?」
確かにその通りだ。だが、あそこに行けば大義名分ができる。シドは出発する前のミアータの痴態を思い出した。あれではまともに貴族としての職務を全う出来ないだろう。折角獲得した後ろ盾をこのまま失うのは勿体ない。
問題はあそこまで追いつかれずに辿り着けるかどうかである。
シドは周囲を見渡した。
投げる物を探す。人、馬、屋台、軒先の柱――投げれる物はたくさんあるが、どれも好ましくない。
形と大きさ、そして重さのバランスが取れた物は――
「きゃっ!」
いきなり方向を変え、しゃがみこんだシドにエルフが驚く。
杖は懐に、槍とコンテナは地面に。シドは電光のような速さで両手を空けると、近くを走っていた馬車の荷台にある酒樽を持ち上げた。
「何するだ!?」
御者台の親父がそんな声を上げる。
大男が荷物を抱えて疾走してきた直後で、その後方からは武装した男達が馬で駆けてくる。誰も射線上に入ろうとはしていない。
必中を確信したシドは大きく振りかぶると酒樽を投擲した。
「あーっ! オラの酒を!!」
親父の酒は放物線を描いて飛んでいった。それを見た先頭の男の顔が恐怖に染まるが、馬は急激な方向転換が不可能だ。
酒樽にぶつかった男が盛大に吹っ飛び、割れた樽から大量の酒が飛び散る。ある者は落馬した男に巻き込まれ、ある者は顔に浴びた酒に目をやられ建物に突っ込んだ。
「よし」
先頭の数人は片付いた。後続は少し距離がある。
シドは地面に置いた荷物を全て拾い上げ、喚くオヤジに、
「金は後ろの奴等が払う。ちゃんと請求しておけよ」
そう云い残し、走り出す。
「ほ、本当に彼等が払うのでしょうか!?」
背中のエルフが訊いてくる。
「払うかどうかは奴等の良心次第だろう。だが、まともな神経をしているのなら、酒を飲んでおいて金を出さないということはない筈だ」
「彼等、飲みましたっけ……?」
「何を云っている。お前も見ただろう。奴等が浴びるように酒を飲む姿を」
「………」
エルフは戦慄の表情でシドを見る。その顔にはシドの正気を疑う色が見え隠れしていた。
「どうやら俺達の勝ちのようだな」
傭兵ギルドの入口が見えた。後はあそこに入るだけで全てが解決する。
シドは入口で止まり、乱れた服装を整える。そして扉を開けようとして気付いた。
両手が塞がっている。
「おい、降りて扉を開けるんだ」
肩ごしに前を見ているエルフに云う。
エルフはさっと手を伸ばすと扉を開いた。背中にしがみついたままである事に文句を云おうとしたが、ここで問答するよりさっさと中に入った方がいいだろうと判断し、ギルドの中に入る。背後でバタンと扉の閉まる音がした。
赤茶けた染みの上を悠然と歩く。真上を通る時、しがみつくエルフの身体に力が入った。
顔見知りの受付の方が話がスムーズにいくだろうと考え、真ん中の受付嬢の元へ。
「げっ!」
と、受付で会話していた傭兵が一言発し慌てて姿を消す。
受付嬢の目の前に立ち、じっと凝める。表情が固い。
「何の御用でしょうか?」
感情を一切感じさせない声で、そう訊ねてくる。
「何か依頼がないか訊きにきた」
エルフの身体がピクリと動いた。
「国から団に出される依頼は報酬が安いですが……」
「構わん」
「わかりました」
受付嬢はカウンターの内側から数枚の紙を取り出す。
「こちらになります」
そう云って差し出す。
シドは左手のコンテナを下に下ろし、紙を受け取る。目を通すが、勿論まだ読めない。
『今度、ミラかターシャに頼んで字を教えてもらいましょう』
「(そうだな。このままでは住民の中に溶け込もうにも無理というものだ)」
背中のエルフに紙を見せ、
「これの内容がどのようなものか端的に説明できるか?」
「……ちょっと見せてください」
母猿の肩から顔を出す子猿のように身を乗り出すエルフ。表の概要にざっと目を通すと、
「これは――どうやら偵察任務のようですね。国軍の報告を補填する意味での。場所は……東の国境線沿いで、隣国が建造している砦が対象みたいです」
偵察か。シドは顎に手を添え考える。今の傭兵団の現状には、いざとなれば逃げても任務遂行が可能な偵察は都合がいい。本格的な戦闘行動は装備を整えてからにすべきだ。それに、最悪シドが単独で砦を直視すれば事足りる。
アキムの馬に荷台を引かせ水を詰めた樽を積み込めば、エルフ達やアキム、キリイを干涸らびさせることもない。
「これを受ける事にす――」
シドが受付に受けると伝えようとした時、入口の扉が凄まじい勢いで開いた。
男が一人現れ、シドを目にすると外に向かって、
「――居たぞぉーっ!! こっちだぁーっ!!」
と声を張り上げる。
首を締め付ける力が強くなる。シドは半身を開き、受付嬢と入口の両方を視界内に収めた。
「――あっ」
エルフの全身を目にした受付嬢が驚いた声を上げる。それに対し、エルフは目を合わせると小さく会釈した。
シドはニヤリと唇を歪めた。入口の男の顔が面白いように変化したのだ。してやったり、という表情から何かに気付いた表情へ。そして今は蒼白になっている。追跡に夢中になって自分が突入する場所の確認を怠ったらしい。
「ま、待てお前等! ここへ来るんじゃ――」
慌てて叫ぶがもう遅い。次から次へと武装した男達が入ってくる。最初にここへ来た男はそれに押される形で中に押し込まれた。
中に入った他の男達も順次自分達がどこに入ったのかを悟るが、既に武器を抜いてしまっている者もいる。言い訳はできないだろう。
ギルド内が一気に騒がしくなった。食堂で休憩している者達が面白そうにシド達を観察する。
あと一押しだ。
「お前達――」
そう男達に話しかけ、シドは悲しそうに顔を伏せた。
「お前達は、この前の傭兵達の仲間だな。あれはお互い合意の上での事だったというのに……。逆恨みで俺を殺そうと云うのか……」
エルフが目をパチクリさせた。いきなり訳のわからないことを云いだしたシドを不思議そうに見る。
だが、この前の事件の顛末を知っている者は違った。武器を抜いて侵入した男達に非難の眼差しを向ける。
「は、謀りやがったな、てめぇ!?」
「謀るも何も。お前達はここがギルドだと知って襲ってきたのだろう? いや、勿論そうに決まっている。俺はここの看板や入口の形を変えた覚えはないのだから」
「ぐっ……」
シドは受付嬢に顔を向け、
「この前と同じだ。構わないな?」
「……はい」
受付嬢は渋々頷いた。男達の慌てようから薄々感づいてはいるのだろう。彼等に憐れみの視線を向けている。
「俺とて無闇な殺しは好まんが、降りかかる火の粉は払わねばならん」
ざっと数を目算する。
八人だ。
シドは槍を前面に押し出しながら突撃した。
不意を突かれた男達はしかし、単純なその攻撃を危なげなく回避する。構図的には前の時の同じだ。シドは敵集団の真後ろに位置どった。違うとすればこの前はヴェガスやアキム、キリイがいたが今日はいないことか。
最適な場所を確保したシドは嬉しそうに微笑んだ。すぐ横に入口の扉があるのを確認し――
逆に、男達は眉をひそめる。シドの狙いが入口を塞ぐことだとわかったが、何故今それをやるのかがわからない。入口を塞いでしまえば戦うしか道がなくなる。そうなると数で圧倒的に不利な筈なのに……。
戸惑いながらも戦闘の覚悟を決める男達。殺伐としてきた空気に、周りの者達が息を呑んだ。
「おいっ! ここに奴がいるってのは――」
扉が開き、そんな台詞と共に入ってくる男。
シドは男の襟首を引っ掴むと前に放り投げた。
「うおおおおおおっ!?」
仲間が避けたせいでカウンターに激突する男。
これで九人だ。投げた後はきちんと扉を閉め直す。
シドはなんとなく気分が昂揚しているのに気が付いた。何故だろうと考え、すぐに思い至る。
今日は誰も気にかける必要がないのだ。敢えて云うならば背中のエルフが邪魔だが、それは防御面に対してであり、槍を振るう際には全く問題にならない。背中に張り付いている分にはどんなに大きく振り回そうとも、どんなに吹き飛ばそうとも巻き込む心配がない。そして、背後を取らせないよう戦うのはさして難しい課題ではなかった。
「待たせたなっ! ――あ? うああああっ!?」
懲りずに入ってくる男を引っ張り込む。
十人目だ。最早ここがギルドであることなど忌避の理由にはならない。十人の仲間が既に侵入しているという事実が男達の躊躇を打ち消す。
男達はここにきて漸くシドの狙いを悟った。このままでは団の誰かが異常に気づくまで数が増え続けるだろう。だが先に手を出したという既成事実を作ることに抵抗があるし、どうせ戦うなら数が最も増えた時点で戦闘を開始すべきだという思いもある。
十一人。十二人。十三人――
どんどん増える。脇で見守っていた無関係の傭兵達が食堂で固まり、もしもに備え始めた。その中の一人が三人の受付嬢を連れ出す。本を閲覧していた者も男達の後ろを迂回しそれに合流した。
十四人。十五人――
シドが背負っているエルフの身体が震えだした。
「お、降ります……。私は無関係なので!!」
「バカを云うな。既にお前は奴等に敵視されている。俺の背にいろ。目を瞑っていれば何も問題はない」
「そ、そんなぁ……」
十六人。十七人――
これだけの数ならばある程度の装備を揃えることが出来るかもしれない。
「クックック」
笑うのは久しぶりだ。シドの喉から機嫌の良い声が漏れた。
次回更新は金曜夜か、土曜の0時~2時予定です




