王都にて―三日目・傭兵―
遅くなりました。
一話のボリュームをあげたいのですが、そうすると数日更新が遅くなると思います。
どっちがいいでしょうかね……
午後、王都の二等街区の傭兵ギルドの前に七人の姿があった。
シドの後ろにエルフ達の姿があるのはいつものことだが、今日はそれにヴェガスとアキム、キリイの三人が追加されている。
金を稼ぐ為ギルドに登録する事に対し、エルフ達は最初嫌な顔をしたものの「丸腰で村に帰るつもりなの?」というミアータの鶴の一声で文句は云わなくなった。残りの三人に至っては端から選択肢などない。
「さっさと入ろうぜ。居心地悪ぃ」
アキムが急かす。店舗の前の通り行く人々は、遠巻きにこちらを眺めている。大男が二人にエルフが四人含まれた面子は嫌でも人の目を引いた。
シドは扉に手をかける。中に鉄でも仕込まれているのか見た目以上に重い。押し開き、中に入る。
一歩足を踏み入れた途端、ざわついていた室内が静まり返った。
真っ直ぐに進んだ場所にカウンターがあり、間隔を空けて三人の人間が座っている。
右側は背の低い木製の壁で仕切られており、その向こうでは傭兵だろうか、沢山の男女が卓を囲っていた。そちらにもカウンターがあることから、おそらくは食堂になっているのだろうと推察できる。
左側にはいくつかの卓と本が収められた棚が並んでいた。座っているのは数人で、何やら調べ物をしていたらしいが、今はこちらを見ている。
中央からも右からも視線を痛いほど感じる。後ろのエルフ達、アキム、キリイが身動ぎした。
「(スゲェ目立ってるな……)」
「(この面子じゃ仕方ない。誰もちょっかいを出してこない事を祈るぜ)」
自分達のせいではないと思っているアキムとキリイが囁き合う。そのまままっすぐ中央のギルド員の所へ向かうシドに従いて行った。
正面にいる若い女性が、自分の場所に来ようとしている事を悟り、表情を固くする。
「――こ、こんにちは。本日のご用件は何でしょうか?」
前まで来たシドを見上げて訊ねる。
「傭兵登録をしたい」
「はい。……それでは、こちらの用紙に記入をお願いします」
そう云って手渡された用紙をシドは眺めた。
「(……まったく読めん)」
『当たり前です。他の人に読んでもらったらどうですか?』
「(そうするか) ――キリイ、アキム。ちょっと来い」
後ろにいた二人が不思議そうな顔で集まる。
「これなんだが、俺は字がわからない。代筆を頼む」
「おう。任しときな」
用紙を覗き込む二人。
「ええっと、まずは個人か団か、だな。こいつは団登録でいいだろう」
キリイの言葉にシドは頷く。
「んじゃ、団で……。お次は団の名前だ」
さらさらとペンを走らせるキリイ。
「そんなものは決めてない」
「じゃあ、今すぐ決めるしかない。まさか空白のまま出すわけにもいかないだろうし」
キリイが受付嬢に目で訊ねると相手は首を縦に振る。
「団の名前か。はっきり云ってどうでもいいんだが……」
「変なのはよしてくれよ。目立つってわかってるんだから、後で笑い者になるのは勘弁だぜ」
「……では【剣と盾】傭兵団でいいだろう」
『だっさ!』
「………」
シド以外の八人の間に微妙な空気が流れた。顔を見合わせ、云っていいものかどうか迷う。
その場の空気に耐えられなくなったアキムが意を決して、
「……なぁ、シド。そいつは――」
「おいおい、聞いたかよ今の。【剣と盾】傭兵団だってよ! 手に持ってるご立派な槍は飾りかぁ?」
ぎゃははは、と笑う声がアキムの台詞を遮った。
げ――、と青くなるアキムとキリイ。エルフ達は不快そうに眉を寄せる。
シドが後ろを振り向くと、そこにはスケイルアーマーを身につけた二人の男がいた。シドやヴェガス程ではないが背が高く鍛えられた体つきをしている。二人ともまだ若く、見た目通りなら二十代だろう。
シドが振り向いたのに合わせヴェガスも後ろを向く。二人の大男の視線を浴びた男達は一瞬怯む様子を見せたものの、
「いるんだよなぁ、こういう勘違いしちゃってる奴。碌な装備も持ってねえ癖に登録だとぉ? 舐めてんじゃねえぞ」
「全くだぜ。槍一本とか英雄にでもなったつもりかよ」
シドは背こそ飛び抜けているものの横周りはヴェガスのようにあるわけではない。勿論均整は取れているが、荒事を専門にしている傭兵達から見れば特に鍛えているようには見えないだろう。
男達はそう判断し、尚も続ける。
「こんな勘違い野郎と一緒の団に入って早死にするよりも俺達の団に入ったほうがいい目見られるぜ、嬢ちゃん達よぉ」
「そうそう。何だったら戦わなくてもいいんだぜ。ちゃんと俺達の世話してくれればよ」
そう云って矛先をエルフへ向けた。一応、きちんと鎧を着用し警戒に値する身体をしているヴェガスにだけは用心しているようだ。何かあれば真っ先に二人で掛かろうという考えが透けて見える動きをしている。
自分達に向けられるイヤらしい視線に、ミラがシドの後ろに身を隠す。それを見たサラが同じように隠れ、場所がないと見て取ったターシャはレントゥスの背中に隠れた。
「――チッ」
男が露骨に舌打ちをする。だが、さすがにたった二人で行動を起こす気はないのかそれ以上の行動に出ることはない。だが、
「おい、どうした?」
と、さらに同じような格好をした男達が三人近づいてくる。
「いや、な。俺達が親切で云ってやってんのに、こいつらがひでぇんだよ」
男達は五人に増えて強気になったのか、まだ続ける気のようだ。後から来た者達はすぐに状況を悟り、先に居た二人の横に並ぶとじろじろと後ろに隠れたエルフを凝め始めた。
「なんだ、こいつら」
「先輩に向かってこいつはないんじゃないか、ボウズ」
アキムの言葉に年嵩の男が敏感に反応した。
「若輩者であるお前達に助言してやってるんだ。感謝して頭を下げるべきだろうが」
切っ掛けを待っているのだろうか。恐ろしく喧嘩腰だ。
「――なんだとぉ!」
「よせ、アキム」
前に出ようとするアキムをキリイが腕で止める。そしてシドを見た。
見られたシドはどうしたものか迷う。
「殺してもいいのか?」
受付嬢に訊ねる。アキムはにやりとし、キリイは顔を覆った。そして男達は色めき立つ。
訊かれた本人は、目の前で行われようとしている事を予想しオロオロとしながら、
「だ、駄目です! ギルド内での喧嘩は規則に違反します!」
「……だが、相手が先に手を出してきた場合は反撃しても良いのだろう?」
「そ、そうですね……。その場合、違反したのは先に手を出した者になりますので……」
「つまり、相手に先に手を出させ、その後なら殺しても構わんという事だな?」
「え? た、多分大丈夫じゃないかと……」
「多分では困る」
後々面倒事に発展するのは御免なので念を押しておく。
「相手が剣で斬りかかってきたとしよう。それで身体に傷を負わされ、身を守るために相手を殺した場合罪にはならないんだな? ――はい、か、いいえ、で答えろ」
カウンターに身を乗り出して迫るシドに受付嬢は涙目になる。
「……は、はい」
言質を取ったシドは男達に向き直った。
「――と、いうわけだ。誰でもいいぞ。死にたい奴からかかってこい」
「舐めた口を利きやがって! 望み通り痛い目見せてやるよ!」
「――待て!!」
飛びかかろうとした若い男を後から来た年嵩の男が鋭く止める。
「挑発に乗るな。先に手を出した方が罰を受けるんだぞ」
そう云うとシドに向かって、
「若いの、賭けをしないか?」
「……どのような賭けだ?」
「なぁに、簡単な賭けさ。さっきお前が云ってた事をそのままやるだけよ。俺がまず斬りかかり、傷を受けたお前が身を守るために俺を殺すってやつだ。お互い一撃ずつ殺すつもりでやる。簡単だろ? そして、勝った方が団にエルフを入れる。エルフ共も弱い奴らと居るよりも強い奴らと居たいだろうからな」
「勝手な事を! そんなもん呑めるワケないだろうが!」
ニヤニヤと笑う男に食ってかかるアキム。
「何云ってんだ。この男が先に云い出した事じゃねえか。自信があるんだろ? なら、別に問題ねぇわなぁ」
「……いいだろう」
「ほらな。こいつもそう云って――あ?」
云われた事が理解できなかったのか、間抜け面を晒す男に、
「その条件でいいと云っているんだ。まずはお前からだな」
一歩前に出るシドに、アキムとキリイ、エルフだけじゃなくヴェガスまでもが心配そうな顔を向ける。
「ちょっとアンタ、大丈夫なんでしょうね? これで死んじゃったりしたら笑い話にもならないわよ?」
「……無謀過ぎる」
「シド、そりゃちょっと無理があると思うんだが……」
姉妹とアキムが同時に云ってくる。
「問題ない」
「……吐いた言葉は飲み込めねぇぞ?」
「ごちゃごちゃ云ってないでさっさとしろ。それとも貴様の腰に下げている物は股にぶら下げている物と同じで飾りか?」
「若造が! ――おい、姉ちゃん!!」
男は受付嬢に声をかける。
「話は聞いてたな? 今からやるのは殺し合いや喧嘩じゃねえ、賭けだ。もし死人が出ても問題にはするなよ。不幸な事故、だからな」
「そんなぁ……」
後ろの広い空間迄さがると剣を抜いた。
「そんな狭いトコじゃなんだ。こっちへ来な」
シドと年嵩の男が相対すると周りから好奇の視線が集まる。食堂のような場所に居る者達は手を止めてこちらを凝視している。本を読んでいた者達からも、そうあからさまではないがチラチラとした視線を感じた。
「んじゃ行くぜぇ? 用意はいいな?」
無言で人差し指を曲げるシド。
男は顔つきを真面目な物にし、
「あの世で後悔しなぁっ!!」
大きく踏み込むと右なりの斬撃を首に放った。まるで吸い込まれるように狙った通りの箇所へ刀身が滑り込む。傍で見ていた者たちは、ある者は頚動脈から吹き出す血潮を想像し、ある者はザックリ切られ垂れ下がるシドの頭を想像した。
「……え?」
鈍い音と共に首筋の外皮に切れ目を入れて止まる刃。呆気にとられる周囲の者達。
次はシドの番だ。同じように踏み込み、板状の金属片が鱗のように並ぶ胴体へ掌底を打ち込む。
「――ぽげぇ!」
時が停止したかのように硬直していた男の身体が宙に浮き飛んでいく。男は食堂の仕切りをぶち破ると、先にあった卓と座っていた不運な客達を巻き込んで着地した。食器の割れる音と飲み物が零れる音が響き渡る。次いで男達の怨嗟の声と気遣う声が飛び交った。
「ふ、副長ーーっ!?」
「――っ手前ぇ等、一体何のつもりだ!?」
「こんな事してタダで済むと思うなよ!?」
次々と立ち上がり、喚きながらこちらへ向かってくる。元から居た男達四人は飛ばされた年嵩の男を介抱しに離れていく。
丁度入れ替わるような形になり、シドを別の男達が集団となって取り囲んだ。
「ギルド内で喧嘩しやがって! 俺達が礼儀ってやつを叩き込んでやるよ!!」
拳を握り込む男に、鼻を鳴らす。
「俺に触れたら怪我では済まんぞ」
「上等だオラァ!」
我慢の限界を越えた男が殴りかかろうとした時、
「――し、死んでるぞ!?」
「嘘だろ……副長!」
背後からそんな悲鳴混じりの声が聞こえてくる。
拳を振りかぶった男は動きを止めると後ろを振り返った。そこでは、シドに吹き飛ばされた男の周りに四人がしゃがみ込んでいる。
「……死んだ、だと? ここで殺しを?」
呟くと、素早く退がり剣を引き抜く。それを見た受付嬢が、
「ちょ、ちょっと待って下さい! 今のは喧嘩じゃありません! お互い合意の――」
「――うるせえ! 関係ねぇ奴はすっこんでろ!!」
「か、関係ないって……。ここはギルド内で、私はギルド員なんですが……」
「ここで好き勝手して五体満足で帰れると思うな」
最早受付嬢は視界にないのか、シドに話し掛ける男。
そこに、背後から四人が戻ってきてそれぞれ武器を抜いた。
十人近い数に膨れ上がった男達を前にし、
「どうやらここの傭兵には碌な人員がいないらしいな。相手の力量もわからんとは」
不敵に笑うシド。
『当たり前ですよ。だってマスター、機械なんだもの』
「副長の敵討ちだ。ぶっ殺してやる!!」
「……黙れ」
「んっだとぉぉぉ!?」
『あ~あ、火に油を注ぐような真似を……』
「(お前が話しかけるからだ)」
一触即発のシドと男達。
シドが首で剣を受け止めた時から呆然としていたアキムとキリイはここにきてやっと我に返った。が、既に状況は一人歩きし、手に負えなくなっている。
「(おい、短剣を寄越せ)」
アキムはミラに囁きかける。
「(キリイの分もだ。そしたらお前達は安全な距離まで離れていろ)」
「(……戦うの?)」
「(こっちが嫌と云っても相手が許しちゃくれないさ。向こうはもう一人死んでるようだからな)」
「(……わかった)」
ミラが自分の短剣とサラの分をアキムに手渡す。
「(キリイ、受け取れ。流石に丸腰じゃ分が悪い)」
「(……またかよ。もう勘弁して欲しいぜ)」
二人が武器を手に入れた直後、男の一人が、
「エルフは殺さないようにしろよ」
そう周りに注意する。
言葉の内容にシドは失望した。勝てるかどうかもわからない戦闘の直前に戦利品の心配をしているようでは腕の方もたかが知れている。ここはむしろエルフのような弱い立ち位置にいる者を人質に取る位の気概でいくべきだろう。
「兵士としてはオーガに比べるべくもない。畑でも耕せ」
「――殺っちまえっ!!」
その一言が止めになったのか、一斉にシドにかかってくる。
槍を構えたシドと正面の一人がぶつかり合う。
「今だ! 殺れ!!」
別の者が右と左から斬りかかってくる。
「ケッ。仕方ねえ」
ヴェガスが右の一人を殴り飛ばす。そしてすぐに別の男に向かっていった。
シドは左から来る男は無視し、槍を横に寝かせると相手集団を突破する。後方に突き抜けくるりと後ろを向くと、男達も同じように旋回した。
「――殺れ」
同じ言葉を返す。
「任しとけ!」
「またこのパターンか!!」
アキムとキリイが飛び出して男二人の背中に短剣を突き立てた。
これで三人脱落だ。
「一人頭大体二だな」
そうは云ったが、実際にはシドが撹乱すれば戦闘と呼べるようなものにもならないだろう。
「怯むな! 数で押せ!!」
気合を入れ、再び向かってくる男達。
「己を知らぬ弱者は長生きできん。その身を以て知れ」
シドはそう云うと槍の柄を握り締めた。




