王都にて―地下道の戦い・上―
読み直しての手直しを一回しかしておりません。
ないように心がけてはおりますが、誤字脱字はご容赦を
足元から、微かな振動が伝わってくる。
気づいたシドは足を止めると来た道を振り返った。
「地震かしら?」
と、サラ。不安そうだ。地下にいる時に地震が起きれば誰だって生きた心地はしない。
だが、シドは首を振って否定した。
「違うな。地震とは質が異なる。今のは土地全体の揺れじゃない。恐らく重量のあるものが落ちるかしたんだろう」
シドは闇に目を凝らす。ミラの魔法のおかげでかなり先まで見通せた。
「……何かいるの?」
「……いや、見える範囲にはいない」
「追っかけてきてる奴等が罠に嵌ったんじゃない?」
その線は十分に有り得る。この地下道に仕掛けられている罠はすこぶる凶悪な物ばかりで、対象が人間なのかと疑いたくなってくるレベルだ。もしシドがいなければとっくにエルフ達の命はなかったろう。
「そういえばシドさん、いつも持っていた箱は……?」
ターシャがそう訊いてきた。シドは歩みを再開しながら答える。
「さすがにあの時は拾えなかった。宿の部屋に置いたままだ」
シドにしてみれば痛恨のミスである。発信機が入れてあるので見失うことはないが、変な奴が持って行きでもしたら面倒な事になる。
「取りに戻らなくてもいいのですか?」
「ここから出たら、お前達をミアータに預ける。回収に戻るのはそれからだな」
「……中身を訊いても?」
訊ねたミラに顔を向ける。
「……殆どが食料だ」
「嘘おっしゃい! アンタが食べてるとこなんか見たことないわよ!!」
「それはお前がいつも寝ていたからだろう」
「ぐっ――。な、なんでわざわざ夜中に食べるのよ!?」
「夜中が、俺の食事時間だからだが?」
何か文句があるのか――と、シド。
「怪しい……。アンタ、やっぱり怪しすぎるわ……」
その言葉に、ピタリと足を止める。
無言で佇むシドに、機嫌を損ねたかと思ったエルフ達が身を固くした。
「な、なによ! 図星を指されたから怒ったワケ!?」
『……知っていますか? こういうのを逆ギレというらしいですよ』
「(………)」
後ろを振り向き、エルフ達と向き合うシド。四人が、ゴクリと唾を飲み込んだ。
一歩踏み出すと、一歩後退するエルフ達。
「……待って」
「そ、そうよ。ちょっと気になったから云っただけじゃない」
「落ち着いて話し合いましょう……」
「………」
レントゥスだけ短剣を構える。
シドはそれを見ても何も云わなかった。
「――な、なんとか云いなさいよっ!!」
「行き止まりだ」
「何が行き止まりよっ!? ――って、……へ?」
「だから、行き止まりだ」
呆気に取られたエルフ達がシドの背後に目をやると、少し進んだ先で道がなくなり壁になっているのが見えた。
『マスター、その性格直したほうがいいですよ』
「(生憎、直す程壊れてはいないんでな) ――と、いうわけだ。直前の分岐迄引き返すぞ」
云うや、エルフ達を押し退け、来た道を戻り始める。
エルフ達は呆然としながらも、本能で親に従う動物の仔のようにぞろぞろと後ろから従いて行く。その胸には隠せようもない安堵があった。
「なんで道がなくなってるのよ!? おかしいじゃない!!」
ほっとした自分を誤魔化すようにサラがまた騒ぎ始めた。
「城のせいだろうな。地下から侵入されないように通じる道を封鎖したんだろう」
シドはその予測を元に現在地に当たりをつける。
「つまり、今いる場所は二つ目の門の先の地区だ。どちらにせよ、城の中に出るわけにはいかんし、高い身分の者が住む区画なら奴等が待ち伏せている可能性は低い。このまま地上に出る道を探すぞ」
「はぁ……。こんなんだったら野宿の方がまだマシだったわ……」
「……私達のせい」
「洗脳されちゃ駄目よ、お姉ちゃん! そもそも私達をここに連れてきたのはコイツなんだからっ!」
ビシィッとシドの背中を指差すサラ。
シドはまたピタリと足を止めた。
「フフン。もう騙されないわよ。怒ってるふりなんかしたって無駄なんだから」
「――静かにしろ」
「なんですってぇっ!?」
「……黙らせろ、ミラ」
「……ハァ」
「えっ? ちょ、ちょっとお姉ちゃ――ふぐむぅぅ!?」
ミラは、最近溜め息ばかりついてる、と思いながら妹の口を塞いだ。
そしてサラの代わりとばかりに口を開く。
「……どうしたの?」
「何か向かってくる」
「……何か?」
「お前達は下がっていろ」
シドのセンサが近づいてくる複数の足音らしきものを捉えていた。もしこれが本当に足音ならば、発生元は人間ではないだろう。
懐からヒートナイフを取り出して左手に持つ。その姿を見たエルフ達が黙った。シドが両手に武器を持つことはあまりない。大抵は右手の槍だけで、若しくは素手で戦うからだ。それが両手に持ったということは……。
四人の頭をイヤな予想がよぎる。
待つことしばし――エルフ達の耳にもシドが云った音が聞こえてくる。
ヒタヒタというあからさまに怪しいその音を聞いていたミラが、
「……多い」
と、漏らした。
成程、確かに多い――シドは思った。その目は既に相手の姿を捉えている。狼程の巨体だが、顔つきは寧ろ犬に似ている。異常に盛り上がった眼球に、テラテラと光る身体。腐ったような白い皮膚。それが道の向こうから押し寄せてくる。
後ろが行き止まりだったのは好都合だった。この数に挟撃されれば如何にシドといえど捌ききれるものではない。今なら背後からの敵を気にせず前に集中できるだろう。
遅れて相手を確認したエルフ達が息を呑む。
だが、エルフ達が言葉を発するよりも早く――
――襲いかかってきた。
シドは槍を先頭の一頭に突き出す。直後、理解した。
重く、硬い。表面的な硬さではない。硬いのは中身だ。突き刺した時の抵抗が人間の比ではなかった。
それが、見えるだけでも七~八匹。
(こいつは厄介だな)
突くから叩くへ。攻撃方法を変えるが、これも芳しくない。骨が折れる感触はするのだが、一向にこたえた様子がないのだ。肉が潰されようが骨が砕けようがお構いなしに襲いかかってくる。
シドを躱して奥へ抜けようとする個体にナイフを上から突き刺す。突き刺さったまま動こうとするのでナイフが肉を切り開いた。
蛇の威嚇音に似た唸り声を発しながら次々とシドに飛びかかる。
(ええい、邪魔だ!)
シドは足元でまだ動く敵を器用に後ろに蹴り飛ばした。
「きゃああっ!? ――ちょっとアンタ! こっちに飛ばさないでよ!!」
「傷を負わせてそっちに放る。止めを刺せ!」
「はあぁぁ!? ムリ! ムリよムリ!! こんなの触れない!!」
「魔法を使え!」
蹴り飛ばされた犬モドキは、前足だけでエルフの方へ這いずっている。
レントゥスがその目に短剣を突き刺す。大きく痙攣して動かなくなる相手。
ターシャも同じように貰っていた短剣を懐から出すと、レントゥスと並びミラとサラの前に出る。
「『器に満ちるマナよ、其は我が元を出で、我等が身を纏わん。身が纏いし其は、風となりて我等が力となる。力となりし其を、その源と繋ぎて連環と為す。――【風の約束】』」
ミラの魔法が四人の素早さを上げる。しかし、シドに纏わりついた緑色のもやは戸惑ったかのように停滞し、霧散した。
「……え」
『あらら……』
「――俺のことは気にするな」
シドは言葉少なにミラにフォローを入れる。ミラの魔法は初めて見たが、今のが顕現して敵にダメージを与えるものではなく、味方の肉体に作用するものだとは予想がつく。そして、元となる魔力とやらが呼吸で体内に取り入れられるのならば、身の内に作用する魔法も生体作用と密接に結びついているだろう。それは、シドの体躯とは縁がないものだ。
背骨を折り、足をへし折った敵を後ろに投げる。動きの鈍った敵をターシャとレントゥスが短剣で止めを刺す。
武器を持った両手が霞むような速さで振るわれ、次々と致命の一撃を与えていった。
「このまま前に進む。お前達は止めを刺しながら従いてこい」
待つのではなく手ずから襲う。手応えを感じたら次の敵へ。そうしてどんどん先へ進んでいった。指示通りまだ息のある犬モドキを始末しながら従いてくるエルフ達。
そうして、曲がる予定の分岐点へ差しかかる頃には犬モドキの波も途絶えていた。
前では道が二本交差している。シドはここに至る迄に通った全ての道をマッピングしてきた。来たのは正面。背後は行き止まり。となると、左右どちらかしか道はないわけだが――。
「ここは当然右よね!」
「ですね。私もそう思います」
サラとターシャの言葉にミラも頷く。レントゥスは一任するつもりなのか何も云わないが、視線は右へ向いている。
エルフ達がこう云うのも当然で、左の道には数え切れない程の足跡が残っているのだ。さっきの犬モドキ共は左の方からやってきたらしい。
シドは安直に右を選んだりはしなかった。さっきの奴等が左から来たのなら、それを殲滅した今、寧ろ左こそが安全だと考えることもできる。
絶対の情報がない現状、シドにとってはどちらの道でも同じことだ。例えどのような生き物が出てこようと負けることはないという自信があった。
そうなると、後は敵が出るかどうかが命に関わってくるエルフ達の問題となる。
「……本当にそれでいいんだな?」
一応、確認を取っておく。敵がいるかどうかわからないシドに出来るアドバイスはない。
四人とも首肯したのを確認し、右へ進路を取る。
「ところで、さっきの奴は魔物か?」
「……わからない。見たことも聞いたこともない」
「私も見たことありませんね」
「……僕もない」
「私もないわね……」
「……誰も知らない生き物がいる地下道か」
話が急にキナ臭くなってきた。ここの造りと合わせて考えると、避難場所というよりは敵を待ち構え殲滅する意図が窺える。
「お前達、疲れは大丈夫か?」
シドがそう訊ねると、エルフが四人とも目を丸くする。
「……アンタ、何か企んでるんじゃないでしょうね?」
「……何故?」
姉妹に答えず、黙って四人の姿を観察する。緊張と興奮のせいか表に出てきてはいない。だが、確実に疲労している筈だ。ろくに睡眠を取れなかった上ずっと歩き通しであり、緊張と興奮はそのどちらも極端に肉体と精神からエネルギーを奪う。
「地上は既に日が昇っている」
「――ハァ!?」
光が差し込まないここにいると時間の感覚が狂うが、生物と違い計測機器で周囲を捉えているシドは現在の時間を精確に把握している。ここに落ちてから八時間は経過しているのだ。
「そういえば、喉が渇きました」
「云われてみれば私もすっごい渇いてるわ」
「……同じく」
また、水か――シドは顔を顰めた。人が喉の渇きを覚えた時には体内の水分はかなりの危険域に達しているという。それが本当なら、エルフ達が動けなくなるのも時間の問題である。
そして、この地下道で確実に水を所持しているのは――
「――止まれ」
「……え?」
「……何でよ?」
「今から俺が云う事をよく聞け。――まず一つ目、いつここから出られるかわからない。二つ目、仮に途中で水を見つけても恐らく飲むことはできない。腐っているだろうからな……。三つ目、確実に飲める水が引き返せば動ける内に手に入る。――以上の三点を踏まえた上で、地上に出れると予想して進むか、引き返すか選べ。ちなみに引き返した場合、生命の危機と共に地上への案内人が手に入る可能性がある」
四人は顔を見合わせた。云ってる事はわかるのだが、何故そうなるのかがよくわからないといった風だ。
「……どうして引き返したら水が手に入るのよ?」
「いるだろうが、準備万端で俺達を追って来ている奴等が」
「……奪うの?」
「そうだ。そして奴等が迷っていないようなら地上迄案内させる。だがこの場合、お前達は死ぬ可能性がある。はっきり云って俺にも出来ることと出来ないことがあるんでな。お前達を挟んで前と後ろから同時に来る敵を相手取ることは、瞬間的には出来ても永続的には無理だ」
きっぱりと告げるシドに、さしものサラも噛み付かない。真面目な顔で考え込むエルフ達。
「……どっちにする、お姉ちゃん?」
「……私は――」
「僕は引き返す方で」
レントゥスの選択にターシャが頷く。
「私はお姉ちゃんと同じでいいわ」
サラの一票を委任されたミラは、シドをじっと凝めた。無愛想だが、シドが四人のことを気にかけているのはミラにはよくわかっていた。シドは、肉体的にも精神的にも底が知れない。本来なら立ち塞がる障害全てを薙ぎ倒して目的に邁進できる筈だ。それがこうやって敵に背中を見せ、自分達に選ばせている。その事実が全てを物語っていた。自分達に選択させることを無責任とは思わない。どのような事態になろうとも、シドは全力で四人を守ろうとするだろうから。この、足りなければ奪うという即物的な思考さえなければ最高なのだが……。
「……最高? 何が最高なんだ?」
ブツブツと呟いていたミラはその言葉にはっと我に返った。頬に朱が差す。
「……何でもない。私も引き返す方で」
「決まりだな」
そう云うと、疲れを感じさせない所作で一歩踏み出すシド。
その背中をぼんやりと眺めていたミラだったが、
「お姉ちゃん、早く!」
というサラの言葉に、慌てて駆け出した。
「うおおおおおおおっ!!!」
暗い地下道にアキムの力のこもった叫びが木霊した。右手に剣を、左手に灯りを持ち、全力で足を踏み出す。
隣ではキリイが同じように疾走していた。
「まだついてきてるかっ!?」
「知るか! 自分で確かめろぉっ!!」
すげなく断られたキリイはさっと後ろを振り返る。
そこには、吠え声一つあげないで追尾してくる複数の屍猟犬の姿が――。
「――きてるっ! きてるぞぉっ!!」
「ンなことぁわかってんだよ!! アタマのイカれた修験者みたいな台詞を吐くな!!」
体力の限界が見え始め萎えそうな脚にさらに活力が注ぎ込まれる。こういうのを火事場の馬鹿力というのだったか。自分のどこにこのような体力が隠されていたのかアキムには不思議だった。
追われ始めてからどれくらい経つだろうか。最初はあんなに数が多くなかったのだが、ガチャガチャとうるさい音を立てて走り回っているうちに見る間に数が増えていったのだ。今ではもう立ち向かおうという気力すら湧かない数になってしまっている。
「一体どうすんだ!? このまんまじゃ喰われちまうっ!!」
「子供にっ! いい土産話がっできたじゃねえかっ!!」
「ふざ! けるなっ!」
「というかっ話しかけるなっ! 息が切れるっだろうがっ!!」
分かれ道でだけ言葉少なに意思疎通を図り、進路を共にする二人。
だが、火事場の馬鹿力にも、限界というのはあるらしかった。少しずつ速度が落ち始める。
「やべえっ! やべえよっ!!」
息遣いが聞こえてきそうなほど近くに存在を感じ、キリイが悲鳴をあげた。
「剣だ! 剣を投げろ!!」
「バカっ――云うなっ! 敵と戦えないっだろうがっ!!」
「逃げてる奴のっ台詞かよっ!!」
「――くそぉっ!!」
迷っている暇はない。キリイは後ろも見ずに剣を投げる。
――背後から、カランと剣が床に落ちる音がした。
「馬っっ鹿野郎ーーーっ!! ちゃんとっ見て投げろよ!!」
「ああああアキムっ! 次はお前の剣だ!! 早く投げろっ!!」
「あとでっ飯奢れよっ!!」
アキムはチラリと後ろを振り返り、一番近くまできていた屍猟犬の顔めがけ、後ろ手に剣を投げた。
うまく命中し、後退する。しかしすぐに立ち上がると再び追跡に混じった。
このままではジリ貧だ。どうにかしようにも手立てがない。くそったれ――と、アキムは心中で罵る。
しかし、運命は二人を見捨てなかったらしい。
二人の耳に、人の話し声らしきものが聞こえてきたのだ。
「――キリイ!!」
「わかってるっ!」
阿吽の呼吸で意見の一致を見る二人。これが最後だとばかりに全力で足を動かした。
道のずっと先に灯りが見える。そこを目指して一目散に遁走する。
「「うおおおおおおおっ!!!」」
と、二人で声を合わせて暗い道を抜け、灯りに照らされた空洞へ。
そして目に飛び込んできたのは、
「――何だ、貴様等は!?」
黒い鎧を着た大勢の男達と、毛むくじゃらの大男だった。いきなり暗がりから飛び出してきた二人に目を丸くしている。
暴れん坊ヴェガスだ。その姿を見たアキムとキリイは同時に思った。これで助かる――と。
「――邪魔だどけぇっ!!」
アキムは叫ぶとヴェガスの横を素通りして駆け抜けた。その無防備な姿に呆気にとられるヴェガス。
男達の横を一気に駆け抜けた二人は、反対側の壁際まで行くとついに立ち止まり、壁に手をついて大きく喘いだ。
「――チッ。まぁた懲りずに騎士様かよ。……おい、おまえら。相手は二人だ。さっさと殺っち――」
ヴェガスが手下に命令を下そうとアキム達のほうへ身体を向けた瞬間、
――部屋に、大量の屍猟犬がなだれ込んだ。




