王都にて―地下道・四者―
主人公がでてこない!
すみません・・・・。
誤字脱字あったら申し訳ないです
「オラァッ!!」
子供の頭部程もあるヴェガスの拳が、兵士の頭を打ち抜く。首の骨が折れ、それでも勢いを殺しきれずに飛んでいく身体。
それを見た周りの手下達が歓声をあげた。嬉々として王都の兵士達に襲いかかる。
正面から殺り合えば兵士達が腕は上だ。しかし環境がそれを許さなかった。目的地迄あと一歩というところで兵士達に追いつかれたヴェガスは、そうと悟るやいなや、手下達に灯りを消すように命じた。自身が持つ灯りに覆いを被せ、亜人特有の優れた視力で微かな光りを頼りに都合のいい場所を探す。
闇に手下を伏せさせ、近づいてきた兵士達に奇襲をかけたのだ。
兵士達が持った松明やランタンは最高の目印となった。暗がりからいきなり現れた敵に、混乱に陥った兵士は抵抗する間もなく死に追いやられた。
ヴェガスの巨体が縫うように兵士達の間を駆け抜ける。小隊の指揮官らしき姿を見つけると一気に距離を詰め拳を送り込んだ。
当座の指揮官らしき存在を失った所へ、手下が襲いかかる。全体的な数としては兵士達が多いが、局所的にはヴェガスとその手勢が圧倒していた。
「深追いはするなよ! サマルの方へ向かいつつ殲滅する!!」
馬鹿でかい声でヴェガスが叫ぶ。相手どっている兵士達にも丸聞こえなのだが、近くにいる者は始末し、後から来る者には聞こえていないので問題はない。
鋲の打ち込まれた篭手を填めている拳からねっとりとした血が滴る。ヴェガスはそれを舌で舐めとった。
数を頼みに攻めてくる弱者を力で圧倒するのは最高の気分だ。さらに幸運なことに、この夜の最後にはエルフというメインディッシュも控えているのだ。
ヴェガスの興奮は増しに増した。
「――っ!? 見つけたぞっ、ヴェガス!!」
かけられた声に顔を向ける。そこには、
「はっ! 貴族様がこんなところへ何の用だ?」
兵士達に混ざった騎士がいる。ヴェガスはそれを嘲った。
「貴様の命も今日までだ!」
騎士は頭であるヴェガスに狙いを絞り、向かってくる。
ヴェガスは相手をしていた兵士を投げ飛ばすと騎士に向き直った。
「カビくせえ地下でおっ死ぬとは、貴様はなんてえ親不孝者だよ!」
その姿からは想像もできない軽やかさでステップを踏み、騎士の剣を躱す。左で腹部を抉るように打った。
丸盾で防ぐ騎士。盾は耐えたが、それを支える腕が耐え切れない。盾ごと、胸甲板に叩きつける。
ヴェガスの拳に、金属がひしゃげ、骨が砕ける感触がした。
「――がはっ」
と空気を漏らし、硬直する騎士。ヴェガスは一歩後ろに跳び退くと、左足を大きく前に出し、右腕を振りかぶった。
左足で身体を引っ張り、右足で身体を押す。腰を回転させ、背中を使って左腕は後ろ、右腕は前。
――渾身の右拳が、動きを止めた騎士に直撃した。
まるでカタパルトで射出されたように騎士が吹っ飛んだ。
壁に叩きつけられ、床に崩折れた騎士に兵士達が逃げ腰になる。
ヴェガスとその一党は仕上げとばかりに襲いかかった。
「――っと、そろそろ時間だな」
追いついてきた兵士達の大部分を片付けたヴェガスは、思い出したように云った。先行させたサマルがそろそろ着いてもいい時間だ。
凶悪な顔をさらに歪める。
探索を打ち切った国と違い、闇に生きるヴェガス達はこの地下道を常に意識していた。ここは最後の避難場所としては最高だからだ。
ヴェガス達とて全てを把握したわけではないが、国の連中が知らないようなことを幾つも知っているのは確かだ。
サマルが向かったのは、そんなヴェガス達しか知らない部屋の一つであり、おそらくはこの地下道の魔法的な装置を操る場所である。
比較的浅い地域では普通の罠は取り除かれてしまっている。先に入ったであろうエルフ達を足止めする為に未稼働の罠を作動させ足止めし、その隙に捕捉する。ヴェガス達はエルフが作動させた後の罠を素通りし、追跡するだけでいいという素晴らしい計画であった。
「おい、てめぇら! そろそろ時間だ! さっさと片付けてサマルと合流するぞ!!」
「了解しやした!」
少し数を減らしたものの、戦力的には不安はない。
己の計画通りに事が運ぶ事を信じて疑わないヴェガスの耳に、遠くで重いものが動く音が振動を伴って響いてきた。
「始まったようだな」
と、ニヤリとするヴェガス。
その、人間よりも優れた聴覚に、
――何故か、生き物の鳴き声が聞こえた気がした。
「……今、何か聞こえなかったか?」
そう云って、唐突にキリイが立ち止まった。
「……何かってなんだよ?」
アキムも立ち止まり、小声で聞き返す。
顔を見合わせた二人は耳を澄ました。
ついさっきまではどこからともなく兵士達の怒声や悲鳴が聞こえていたが、今はそれも絶えている。
人の声が聞こえてくる度、二人は身体を緊張させていたが、結局誰とも会うことはなかった。予想通りかなり複雑に入り組んでいるらしい。
「というか、こっちで合ってるんだろうな。人の声から段々遠ざかってるみたいだぞ」
「アトキンスに先行しなきゃ、奴がシドと殺り合う時に居合わせられないだろが」
「いや……普通に考えて、それ以前にヴェガスを素通りしてシドに合流するなんて無理だろ……」
「無理なもんか。奴の手下と出会ったら、始末して先に進めばいい。まさか全員まとまって行動してるわけがないだろうしな」
「画に書いた餅っていうんだぜ、お前の云ってることはよ……。――ああっ、くそ! また分かれ道だ」
キリイが足を止める。目の前には斜め左右に道が分かれていた。
「……今度はどっちだ?」
「右だ」
即答するアキム。キリイはそれを胡散臭そうに見た。
「……さっきから思ってたが、お前ホントに道がわかって云ってるんだろうな」
「……いいから右へ行け」
「おい――」
「――シィッ!」
いきなり、アキムが人差し指を口に当ててキリイの言葉を遮った。
「誤魔化そうたってそうはいかんぞ!」
「いいから黙れ! 何か聞こえたんだよ!!」
アキムのただならぬ様子に、キリイも追求の手を止めて、
「……くそっ」
そう云って自身も耳を傾けた。
「………」
「…………」
「……何も聞こえないぞ」
また騙されたか、と、キリイが爆発しようとしたとき、微かな音が聞こえてきた。
――ヒタ
「……え」
勘違いかと耳を澄ます。
――ヒタ
「……何の音だ?」
眉を寄せてキリイが訊ねた。
「……足音?」
疑わしそうにアキム。自分でも信じていなさそうな話し方だ。
―――ヒタ
確かに聞こえてくる音。何か湿った者が地面に落ちるような音である。
二人が考え込んでいる間もその音は聞こえ続ける。少しずつ大きくなっている気がした。
「どっちからだ?」
「左……いや、右か?」
キリイはまず左、そしてその後に右に耳を向ける。そして頭を振って、
「……右だな、間違いない」
キリイの言葉に、アキムはランタンを右の道へ差し出す。ボウッとした灯りに、少し先までが浮かび上がった。
―――ヒタ
間違いない。こちらから聞こえてくる。確信したアキムはじっと目を凝らした。
――ヒタ
やはり足音のようだ。
――ヒタ
しかし、足音とはこんな濡れたような音がするのであろうか……。
――ベチョッ
アキムの眉がピクリと引き攣った。そして、音の発声元が灯りの下に姿を現す。
「――っ! げえぇっ!?」
キリイが悲鳴をあげた。
そこにいたのは、成人男性程の大きさの犬のような生き物だった。病的な白さの、ヌラリとした粘膜に覆われた肌は一本の毛もなく、瞳は白く濁っている。その、瞼のない眼球がギロリと二人を見た。
「屍猟犬っ!?」
「SHAAAAAA!!]
アキムが名を叫ぶのと、屍猟犬が奇妙な鳴き声と共に襲いかかってくるのは同時だった。
剣で斬ろうとしたが、距離が近すぎるせいで向こうの方が早い。牙が鑢のようにビッシリと生えた口が、首を喰い千切ろうと迫る。
間に合わないと悟ったアキムは咄嗟に剣を間に挿し入れた。身体がぶつかり合い、後ろに倒れ込む。そこへ馬乗りになる屍猟犬。
「うおおおおおおっ! ななな、なんとかしろキリイぃぃぃぃ!!」
アキムが顔を背けながら叫ぶ。
顔の真上でガチガチと噛み合う口から、大量の涎が降ってきた。凄まじい臭いだ。
「なんてこった! じっとして動くなよ!!」
キリイは剣を向けると慎重に狙いを定める。
剣先を相手の胴体に重ねると、一気に体重をかけて貫いた。
硬い感触をものともせず、肉を割り裂く。
「へっ、ざまあみろこの化物め!」
貫通した剣の柄を持ち、せせら笑うキリイ。
しかし屍猟犬は変わらずアキムの上に興奮した牡牛の如く載しかかっていた。
粘膜で滑る手で必死にその顔を押し退けているアキム。
「――へ? ……あれ?」
「バカ野郎っ! そんなんで死ぬわけないだろうが!! 首を切り落とせ!!」
「そんなバカな」
キリイは慌てて剣を引き抜くと、云われた通り首に振り下ろした。
ザクッと小指一本分ほど刀身が埋まる。
「硬ってぇ!?」
「落ちるまで斬り続けろ!!」
「くそったれが!!」
無我夢中で剣を振り続けるキリイ。
十回を越えたあたりで、屍猟犬の身体から力が抜け始めた。
キリイはさらに剣を振る。
余裕を取り戻したアキムは、相手の身体の下に足をいれると力を込めて蹴り飛ばした。
飛んでいった屍猟犬が起き上がらないことを確認して、大きく息を吐く。
「死ぬかと思ったぜ……」
床に腰を下ろし項垂れる。
疲労困憊のキリイも隣に座り込み、息を整える。横に転がっているランタンを拾い上げた。
「割れてない。良かった」
ほっと安堵する。二つしかないランタンは、ここではある意味剣よりも重要だった。もし失えば、逃げることすら出来ずに死ぬことになるだろう。
「……それにしたって、なんてえ臭いだ」
アキムが臭そうに鼻を摘んだ。顔も涎でベトベトである。
「しかし、あの犬は一体何なんだ? あんなの初めて見たぞ?」
「……あれは、たぶん屍猟犬だ」
「屍猟犬? 魔物なのか?」
「わからん。本に載っているのを見たことがあるだけだからな」
「……何の本だ?」
「聞かない方がいいと思うぞ」
「もったいぶらずに教えろ。気になるだろうが」
アキムはハッと笑った。
「後悔するなよ? ……あれが載っていたのは、使役獣図鑑だ」
「使役獣図鑑? 別に珍しくないだろう、それなら」
「載ってたカテゴリが問題なんだよ」
「……凄い遠くの生物の覧とかか?」
「――違う。もう地上からいなくなって使われなくなった使役獣って覧だ」
アキムは大きな溜め息をついて続けた。
「使役していたのは高地エルフだ」