王都にて―一日目深夜―
週末なので頑張った・・・・・・
明日からまたいつものペースに戻ります
「一体一日描くのに何話使う気だ!」というツッコミはなしでお願いします・・・・・・
「……本当にいいの?」
寝台から身を起こしたミラが、そう声をかけてきた。珍しく、その声音には気遣うような響きが混ざっている。
「気にする必要はないと何度も云っているだろう」
いったいこれで何度目だ――シドはうんざりして答えた。
「そもそもそんな細い脚の造りで俺を支えきれるわけがない。いいからさっさと寝ろ」
「………」
ミラはもそもそと薄い掛け布団を被る。ついさっきまで食事の量に不満を漏らしていた妹の方はとっくに夢の中だ。寝台の上が穏やかに上下している。
『あんな風だったら人生幸せでしょうねぇ』
「(本人だけはな。付き合わされる周りはたまったものではない)」
エルフ全員が横になったのを確認し、横に置いていた借り受けたランタンを吹き消した。
室内が闇に包まれる。
コンテナの鍵を開け、銀色のパックに入ったレーションを取り出すと大きく口を開き流し込む。
下顎に堆積した中身を細いパイプが吸い上げた。
それが終わると拡散したレンズで室内が把握できる位置に首の角度を固定し、彫像のように動きを止める。サーボとシリンダが停止、負荷のかかった往復運動の繰り返しで加熱したそれが冷え始めると、冷却装置も停止した。
エネルギーの消費量が緩やかなカーブを描き下降する。
壊れ打ち捨てられた人形のようになったシドは、じっと待った。――マニュアルに従い、振動と音響センサの感度だけを最大にして。
もし侵入者が来れば即座にシドは活動を再開するだろう。捨てられた恨みを晴らすため人形が人に襲いかかるように、シドも襲いかかるのだ。
そんな様子を、寝台から二対の瞳が観察していた。
一対は不思議そうに――。
もう一対は冷徹に――。
そんなものは関係ないとばかりにシドは待つ。これまで幾度となく凌いできた状況と同じだ。
――待つのは、得意だった。
「ここで間違いないんだな」
「――は、はい。エルフ達がここに宿をとったのは確かなようです」
ヴェガスの問いに、手下の男はビクつきながら答えを返した。
ヴェガスの目前には一件の宿屋がある。それなりにいい造りの建物だ。恐らく泊まるには造りに準じた対価を支払う必要があるだろう。
脳裏に積み上げられた部下達の死体が浮かんだ。人目のつかない場所に隠されるように捨てられていた死体を捜索していた部下が見つけた時には、金目のものは洗いざらい抜き取られていた。
その金で宿をとっているのだと考えると、腹の底からマグマの如き怒りが湧き上がってくる。
「こ、この俺から奪った金で……。クク、クソ野郎共が……」
怒りのあまり呂律がうまく回らない。これほどコケにされたのは生まれてこのかた初めてではないだろうか。
「そんなに怒ると血管が切れますよ、旦那」
サマルが面白そうに云う。
「――こ、これが怒れずにいられるか! エルフ共はともかく、一緒にいる人間の男は全身の皮を剥いで街の中央に晒してくれるわ!!」
野太い怒声が響き渡る。周りの建物からは物音一つ聞こえてこない。これだけの人数がいるのだ。気づいていない筈はないだろうに、窓を締め切って沈黙に沈んでいる。通りも、猫の子一匹見掛けなかった。
「あまり五月蝿くすると巡回の兵に気づかれちゃいます」
「わかっておるわ!」
全然わかってない風のヴェガスに溜め息をつき、サマルは周囲を取り囲む部下達に命令を出す。
「旦那がこれ以上騒ぎ出さないうちにちゃっちゃとやっちゃいましょうか。逃がさないよう周りを囲んで十人程で行ってきなさい」
実質的な指揮者がそう云うと、二十人ほどで宿を包囲し、十人が入口のドアに向かう。ドアの隙間に極薄の鋸を差し込み、閂を切断する。
ドアを押し開くとポッカリと暗い穴が開いた。漆黒の皮鎧で身を固めた男達が短剣を手に、無言でその穴に侵入していく。
ヴェガスはその様子を苛々しながら見送った。腕組みし、黒く染めた皮鎧に裏打ちされた鋲をコツコツと叩く。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。何しろ狭い室内です。お得意の弓は使えないし、魔法も限られてくるでしょう。押し入って短剣を突きつければ終わります」
サマルの宥めるような言葉もヴェガスの苛立ちを解消するには至らない。怒りを収めるためには血を見る必要があるだろう。
宿の入口の上から突き出た柱から鎖で吊り下がっている看板が風で揺れた。
サマルが目を凝らすと、そこにはこう書かれてあった。
――《良心と慈悲の刃》
どちらもヴェガスからは最も縁遠い言葉だ。思わずくすくすと笑ってしまう。
ヴェガスは宿を睨み付けている。
部下から奪った金を受け取っただけでも許せないのか、矛先はエルフだけではなく宿そのものにも向けられている。
揺れる看板を、無慈悲な眼光が貫いた。
――異変を感じたシドは、来るのがわかっていたかのように淀みなく槍を掴み取った。そっと立ち上がる。
槍の柄で、協力的で物静か、尚且つ五月蝿いサラの扱いに長けたミラを小突く。
「……んぅ」
ミラがごろりと寝返りを打つ。シドは少し力を込め、さらに小突く。
「――きゃっ。……なに」
らしからぬ悲鳴をあげてもそりと起き上がるミラ。顔が少し赤い。
「静かに全員を起こせ」
「――ッ!」
シドが囁くと、眠そうにしていた眼が一瞬で覚醒する。ミラは音を立てないよう起き上がると、ターシャ、レントゥスの順に起こし、最後にサラの寝台に向かった。
まず口を押さえ、声が出ないようにする。
『さすが姉妹。よくわかってらっしゃるようで……』
口を塞いだ後は、頬をペチペチと叩く。サラが起きないでいると、その音が段々大きくなっていった。
『………』
全員無言でその様子を見守る。いつ起きるのかと、シドは半ば感心してしまった。
「ふぁに……。――!? むぐぅぅぅ!!」
口を塞がれているのに気づき、いきなり騒ぎだそうとする。ミラが耳元に口を寄せ、
「――静かに。音を立てないで起きる」
頷くサラ。ミラはそれを見て手を離す。
「なんか頬っぺたが痛い……」
サラがぼそっと呟いた。ターシャとレントゥスが肩をヒクつかせながら必死で顔を背ける。
シドは寝台を持ち上げると、窓に向けて立てかけた。
「こいつで窓を塞いでいろ。もしもの時は窓から逃げ出すが、それはお前達だけだ。その時は俺のことは気にするな」
女三人が寝台を押さえる。レントゥスは短剣を構え、その前に立った。
射撃槍を持ち上げ、ドアに向ける。振動センサが近づいてくる複数の生き物を捉えていた。パターンが特定できないことから少数ではない。
五人の見ている前で、ドアのノブがゆっくりと動いた。
シドは腕の動きだけで槍を突き出す。
穂先が、木製のドアをブチ抜いた。誰も何も云わない。赤い液体が、ドアに突き刺さったままの槍を伝ってくる。
静寂の中、ポタリとそれが滴った。
槍をゆっくりと引くと、ドアの向こう側に何かが当たる感触がする。そのままするすると手元に戻した。ドサリと倒れる音。
ぽっかりと開いた穴からドアの向こうの廊下が見える。シドは誰かがそこに立った瞬間、再び槍を突き刺すつもりだったが、相手もわかっているのか姿を現さない。
ギシ、という何かが身動きする音だけが定期的に響く。
シドはセンサで相手の位置に大凡の把握をつけた。あまり穴だらけにするのも悪いと思うが、このままでは向こうの思惑上でしか動けなくなる。
壁越しに槍を突き刺す。ドアの時とはまた違った音がして、開いた穴の先から同じように血が滴ってくる。それを二度、三度と繰り返した。
壁の向こうから動揺の気配が漂ってくる。
――その直後、いきなりドアが吹き飛んだ。
「――うらああああっ!」
このままでは殺されるだけだと考えたのか、複数の男達がドアに体当たりをし、突っ込んできた。幾人か殺られるのは覚悟の上だろう。その上で室内に乗り込むことを選択したのだ。
だが、いくら同時にとは考えても所詮は宿のドアである。並んで突入することなど出来よう筈もなく、結果、男達は数珠繋ぎになだれ込む。
「――ふん」
シドは鼻で哂って一歩踏み込む。突き出された槍が一人目を貫く。肉体を貫通した穂先は二人目へ。
二人目を貫こうとする槍に抵抗がかかる。シドは込める力を増した。二人目をあっさりと貫通し、三人目へ向かう槍。さらに増す抵抗に備え、踏み込みを強くする。
三人目の肉体に槍がめり込んだ。そして――
「――ぬぉ!?」
足元の床が抜ける。バキバキと床を割りながら階下に消えるシド。真下からさらなる破砕音が聞こえてくる。
エルフ達は呆然とそれを見ていた。
「――へ?」
誰かが呟く。
今の今まで、守護神の如く敵の前に立ちはだかっていた男の姿はもうない。エルフ達の前には槍で貫かれ絶命した男達と、ポッカリと空いた穴があるだけだ。
穴から、冷たい風が吹き込んでくる。
壊れた戸口から、続く男達が姿を見せた。
「――くそっ!」
一足早く我に返ったレントゥスがシドの代わりとばかりに男達の前に立ちはだかる。
「僕が時間を稼ぐ! 穴に飛び込んで!!」
そう叫ぶや、先頭の男に斬りかかった。不意を突かれた男は躱そうと後ろに下がるが、後続の者に背中が当たる。咄嗟に掲げた短剣が、レントゥスの短剣を受け止めた。
「無茶言わないでよ! 底が見えないじゃないの!?」
穴の淵に立ち、下を覗き込みながらサラ。この穴は絶対階下に繋がっているとかそんな生易しいものじゃない。その証拠に、下の階はちゃんと端っこの方に見えているではないか。
シドはいったいどこまで落ちたのだろう――サラの背中を悪寒が走り抜けた。
「……えい」
「えっ!? ――っ、わきゃあぁぁぁぁっ!!!」
トンと背中を押されて悲鳴をあげるサラ。ギリギリの所でバランスをとり、なんとか落下を防ぐ。
「お、おおおおお姉ちゃんっ! なんてことをするのっ!?」
「……早く行く」
「無理言わないで! 宿なのに底が見えないとか有り得ないんだから!!」
「どうでもいいから早くしろぉっ!!」
レントゥスは敬語を使う余裕もないのか、怒鳴りつける。男を押して入口を塞いでいた。
いつもは物静かなレントゥスのその迫力に、遊んでいる場合ではないと思ったのか、
「私が先に行きます」
ターシャがそう云って、かがみ込むと穴を覗き込んだ。
「今から飛び降ります! 受け止めてください!!」
穴に向かってそう叫ぶや、躊躇わずに飛び込む。
ターシャの姿を飲み込んだ穴からは何の音も聞こえてこない。
「……じゃあ次は私」
ミラが穴の淵に立つ。
「ま、待ってお姉ちゃん! 私が先に行くわ!!」
残るのが怖いのかサラがそう云い、ミラが答える前に穴に身を投げる。
「わ、きゃあーーーっ!!」
「……ハァ」
聞こえてくる悲鳴に溜め息をつき、少し待ってミラも飛ぶ。
「……あなたも早く」
飛び込む直前、レントゥスに声を掛けるのを忘れない。
「逃すと思うなよ、てめえ!」
レントゥスの目の前の男がそう云って掴みかかってくる。レントゥスはその手に噛み付いた。
「――ぐおっ!?」
手が離れた隙に身を翻す。一瞬の躊躇もなしに穴に飛び込んだ。
あっという間に下の階を通り過ぎ、さらにその下へ。そしてそこも瞬きする間もなく通り過ぎる。
いったいどこまで落ちるのか……。
地獄、という文字がレントゥスの頭に浮かんだ直後、
――彼の身体は力強い腕に受け止められた。
「アキム起きろぉっ!!」
血相を変えたキリイが戸を蹴り開けて部屋に飛び込んできた時、アキムは本を読みながらティータイムを楽しんでいた。
「――ぶほぉっ」
驚いて口から茶を吹き出す。色の付いた液体が本に染み込んだ。
「うおおおっ!? 大事な本がっ!!」
急いで拭き取るが遅い。もうこの染みは取れないだろう。
「こんな夜更けにどっか行ったと思ってたらいきなり何云いやがる! どうしてくれんだ、この本を!?」
妹からプレゼントされた大切な本をキリイに突きつける。
「あ……。すまん、ってこんな事云ってる場合じゃない! ――ヴェガスだ!! ヴェガスがエルフのいる宿に襲撃をかけた!!」
「ヴェガス? ……ヴェガスって誰だっけ……?」
「立ったまま寝てるのかお前は!? 暴れん坊ヴェガスだ!!」
「あー……。何か聞いたことあるな、その名前。二等街区の一部を仕切ってる悪党の親玉だっけ……? 確か、大猿の亜人っていう――」
「そいつだよ! そいつがエルフのいる宿を襲ってるんだ!!」
アキムはポカンとしてキリイを眺めた。
「それがどうかしたのか?」
「――え? それがってお前……。だから、そいつがエルフのいる宿を――」
「やめとけやめとけ。大猿だか小猿だか知らんが、シドがいるんだぞ、エルフの傍には」
アキムはつまらなそうに寝台に腰掛け直し、
「オーガを愛玩動物扱いする奴に亜人が敵うわけ無いだろーが」
「いや……まぁ、そう云われればそうなんだけど……」
「心配するだけ無駄だよ。お前も早く休めよ、久しぶりの寝台だろ」
「……そうだな。明日も早いし、俺も休むかな……」
キリイはドッカと寝台に腰掛けた。
それを横目に、アキムがズズと残った茶を啜る。
「アトキンスの奴が、騎士を叩き起して向かったらしいんだが……。まぁ、あいつもシドには何もできないだろうしな」
「――ぶっほぉっ!!」
アキムが再び茶を吹いた。
「げほっげほっ! な、な、な、な――んだとぉっ!?」
魚のように口をパクパクさせるアキム。口の端からだらだらと茶がこぼれ落ちている。
顔を顰めてそれを見たキリイが、
「そんなに心配するなって。あいつももう終わりだよ。こんな独断専行をやったからには、身分剥奪と下手したら財産没収。最悪投獄さ」
「バ、バッカ野郎! あいつが投獄されちまったらシドや俺達のやったことがバレるじゃねえか!!」
そう捲し立てるアキムに、キリイの顔が青褪める。
「――ってことはもしかして……」
「俺達も下手したら敵前逃亡で裁かれるな……」
頭を抱えるアキム。
「ど、どうするんだ、アキム。俺には養わなきゃいけない家族が……」
「考えろ! ……どうにかしてアトキンスの口を塞ぐんだ。それしか方法はない」
「塞ぐったって……。それって始末するってことか……?」
そんなバカな、と口にするキリイ。
それを耳にしたアキムの唇が小さく動く。
「いや――。案外それでうまくいくかもしれん……」
「バカな! そんな事がバレたら間違いなく死刑に――」
「――要はバレなきゃいいんだ、俺達がやったってな」
「……どうやって」
「アトキンスのいる所にシドもいる筈だ。しかも暴れん坊ヴェガスのおまけつきでな。……確かあの男は、騎士や衛兵を前にしたって引き下がるようなタマじゃなかった筈。どさくさまぎれに殺るしかない」
「どうやって抜け出すんだ? 俺達まで罪に問われるぞ」
「こっそり抜け出して、アトキンスに命令されたと云おう。死人に口なしって云うだろ?」
そう云ってアキムは引き攣った笑みを浮かべた。
それを呆然と見るキリイ。
「もし失敗したら……シドにくっついて伯爵領に逃げるしかない」
「……マジかよ」
「もう迷ってる時間はないぞ、キリイ」
「――くそっ。もう何が何やらワケがわからねえよ」
アキムとキリイは覚悟を決めると、鎧を着込んで剣を持った。
寝静まった宿舎を抜け出し、厩にいく。
「寝てるとこすまんな、ウズベキ」
そう云って愛馬に跨るアキム。同じく馬に乗ったキリイを見、
「ハイヤッ」
命令すると矢のように疾走した。
「――オイ待てっ、貴様等何処へ行く!?」
途中、アトキンスが強引に押し通った門の前にたむろしていた警備の兵に見つかり、そう誰何してくる。
「アトキンス隊長の命令です!!」
そう云って馬を駆けさせ門を素通りする二人。
「何だとっ!? そいつには捕縛の命令が出てるんだぞ!? ――おいっ!」
聞こえない振りをして無視する。
アキムとキリイの行く手には夜の帳に包まれた街の姿が見える。
――王都の夜はまだ始まったばかりである。