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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
15/125

王都にて―一日目昼―

「私はこれから王宮へ報告に行きます。事後処理と出立の準備に数日はかかるでしょう。貴方達は……そうですね、第三(くるわ)の街にある《良心と慈悲の刃》亭という宿に滞在していてください。準備が終わり次第使いを遣ります」

「それは構わんが、俺達のことはどう報告するつもりだ? 面倒事は嫌いなのでな……、一応聞いておきたい」

 

 シドはそう云って少し進んだ先にある城壁を見上げた。高さ七~八メートルはある壁がぐるりと横に伸びている。壁の上からは城の尖塔が垣間見えた。

 シド一行がいるのは王都の城を囲む城壁の前である。大きな城門の前には警備の兵士が四人。城壁の上にもさらに四人いる。ここへ来るまでに二つの門をくぐり抜けたが、伯爵であるミアータが一緒だった為か問題なく通過することができた。だが、ここの門番は警戒の目つきでシドを注視しているのがわかる。

 ミアータはわかっているという風に大きく頷いた。


「貴方達の事は旅の傭兵と報告するつもりです。オーガを雇う人間がいない訳ではありませんし、全くの嘘を報告するには騎士達の目がありますから」

「……問題は起こすなよ?」


 その言葉に心外だとばかりに顔を歪める。


「それはこっちの台詞です。私がどれだけ貴方を放置することに不安を感じているのかわかっているのですか?」


 ミアータはそう云ってエルフ達に顔を向けた。


「貴方達に頼むのも変なのですが、それしか方法がありません。くれぐれも彼が厄介事に首突っ込まないよう見張っていてください。ここで問題を起こされても私にはどうする事もできません」

「つーん」


 サラがそう口に出してそっぽを向く。ターシャとレントゥスは硬い表情で黙っている。唯一ミラが、


「……わかってる。シドの問題は私達の問題」

「お願いします。……それとアトキンスですが、気をつけてください。このまま黙っているとは思えません」


 最後までシドを睨みつけていたアトキンスは、第一郭――城の門――に辿り着くや姿を消した。あの性格からして負けた事を吹聴して回ることはないだろうが、恨みを晴らそうと何か仕掛けてくる可能性は高い。 

 

「俺達もそれとなく気をつけておくよ。何か見つけたらすぐに知らせる」


 アキムがそう云ってシドに右手を差し出す。


「シド、アンタがいなけりゃこうやってここへ戻って来ることはなかった。礼を云うぜ」

「正当な取引の結果だ。気にするな」


 云いつつ、シドも右手を出し、握る。


「時間がある時に俺の実家と領地に案内してやるよ。アンタを見た兄の反応を想像するとそれだけで笑いが止まらないぜ。――でも、妹はやらないからな」

「無用な心配だ。お前の妹なぞ、お前に似て煮ても焼いても食えない奴だろう」

「――バカをいうな! 妹はそりゃ凄い美人なんだぜ!! 結婚の申し込みを俺で止めるのにどれだけの苦労をしてるか……」

「ほう。それは是非一度会ってみなくてはな」


 しまった、という顔をするアキム。


『マスターも悪戯が好きですねえ。興味なんかない癖に』

「(この男はからかい甲斐がある) ――冗談だ。そう深く考えるな」


 アキムはそれでも微妙に納得できない様子で、


「ま、いいさ。俺達はそろそろ行くよ」


 キリイと目を合わせ、ほかの騎士達と共に三三五五に散っていった。


「――では私もこれで」


 そう云ってミアータも去ろうとする。


「少し待て。最後に一つだけ聞いておきたいことがある」

「……何でしょうか」

「金を稼ぐ手っ取り早い方法だ」

「……お金を持っていないのですか?」

「ビタ一文な」

「………」

「仕事の如何は問わん。まぁ、欲を云えば荒事だと助かるが」

「……宿のある地区に傭兵ギルドがあります。そこに登録すれば荒っぽい仕事は斡旋してくれると思いますが」

  

 溜め息を付きながらミアータ。


「了解した。――もう行っていいぞ」

「………」


 怒るか怒るまいか迷ったミアータだが、何も云わず背を向ける。

 それを見送り、シドはエルフ達に向き直った。


「――では行こうか。まずは金稼ぎだ。お前達の知っている情報も含めて最終的に稼ぐ方法を決めるとしよう」

 

 シドはこれまでと同じくコンテナと槍を持って歩き出す。


「ちょっと! 稼げなかったらどうすんのよ!?」

「そんなことはやってみなければわからんだろう。いいから役に立つ情報を吐き出せ」

「私は絶対ベッドで寝るんだからね!」

「……あのう」

「なんだ、ターシャ」

「お金を稼ぐ前に一ついいでしょうか」

 

 ターシャはそう云って自分達を繋ぐ紐を指した。


「これがあると余計な問題を引き起こすと思うんですが……」

「どういう意味だ?」

「アンタここへ来るとき街中を通ったでしょ!? 視線を感じなかったの!?」

「……あれは貴族であるミアータが一緒だったからではないのか?」

「違うにきまってるでしょ! 私達が紐で繋がれて歩いてたからよ!!」


 シドはミラとターシャを見る。二人は頷いた。


「……思い返して欲しい。街中にエルフがいたかどうか」


 その言葉に街中を通った時のことを思い出す。毛の生えた耳を頭頂から生やした人間や、尻尾を揺らしながら歩いている人間、鱗のある奴もいれば、毛のない奴もいた。この世界の人間は雑多な動物を人と掛け合わせたような種族がかなりあるらしく、シドにしてみれば御伽噺の中に迷い込んだようであった。そして、云われてみればエルフの姿は見なかった。

 目でミラに問いかける。


「……エルフで人間の世界にいるのは極僅か。そしてその殆どが自分の身を守れるだけの力を持つ。……逆に云えば、自分の身を守れる力を持っていないエルフは表に出てこない」

 

 つまりそれは――


「狙われるのよ、私達は。力のないエルフが人間の造った国に入ったら二度と日の目を拝めないわ」


 サラが悔しそうに云った。


『うう……。すっごい現実的ですねえ。浪曼もへったくれもありません』

「(世界は変われど人間は人間ということか)」


 シドはエルフ達の拘束を解いてやる。


『いいのですか?』

「(構わん。既に八割方こいつらからの情報は得たといっていい。魔法についてもう少し知りたかったがそちらは書物からでもなんとかなるだろう)」


「……いいの?」


 ミラが心底不思議そうに云う。


「逃げたければ逃げても構わんぞ。その場合は次に見かけたら殺すがな」

「……逃げて何処へ行くというの? 人間の街から無事に帰れる保証なんてないのに。……それに貴方の邪魔をしなければいずれ解放してくれるんでしょう? なら傍にいた方が安全だわ」

「それは買い被りというものだ」

「……いいえ。前に云った筈よ、貴方の性格は大体わかったと。私達が貴方の支配下にある限り、貴方は貴方の責務を果たす。――例え相手が国であっても」


 そう云ってうすく微笑むミラ。


「……サラもそれでいい?」

「……しょうがないわね。ちゃんとベッドとおいしい食事を出すんなら逃げないでいてやるわ」

「(……一体何様のつもりだ、こいつは)」

『この娘、物凄い性格してますね……』


 シドはレントゥスにも一応声をかける。


「お前も、逃げたければ好きにするがいい。ただ、さっき云ったことを忘れるなよ」

「……逃げないさ。逃げる理由がない」


 レントゥスはギラついた瞳をして答える。

 機会を見て殺そうという腹積もりなのであろうが、どうあっても不可能に近いとわかっているシドにとっては考慮するに値しない。


「好きにしろ。――ターシャ、お前はどうする?」

「私も逃げたりしませんよ。人間達の奴隷にされるくらいなら今の方がマシです」


 これは思わぬ僥倖だ――シドは思う。人間という凶悪な種族のおかげで捕虜のシドに対する親近感が増す。オーガを街の外に置いてきたせいで、エルフ全ての面倒を見る事は厳しくなっていたのが現状だ。自主的に動いてくれるのならそれに越したことはない。

 ――この時、シドの頭にある考えが閃いた。


「……お前達の言葉が本当なら、例え拘束を解いても襲われる可能性は高いな」

「アンタ、今更怖気づいたんじゃないでしょうね?」

「いや……うまくいけば金が向こうからやってくる」


 ニヤリと笑みを浮かべるシド。既に隠蔽の為の布は外しており、再生を終えた端正な顔を表に出している。ミラが不安そうにそれを見た。


「……何をするつもり?」

「なぁに、短い期間とはいえこれから世話になるんだ。この街の治安に貢献してやろうと思ってな」


 そう云うシドに、ミラは己の不安が的中したことを知った。 






「――ちょっと待ちな。そこの嬢ちゃん達よぅ」


 そう云って前に立ち塞がったのは、なめし皮で要所を覆っただけの簡素な防具を身につけた中年の男だった。無精髭を生やし、碌に体も洗っていないような様相だ。

 腕も脚も太いが、筋肉のせいではなく脂肪のせいだろう。弛んでいるのがひと目でわかる。手に持った短剣をチラつかせながらニヤニヤと哂っている。

 男のいる角の向こうから同じような格好をした者達がさらに二人現れた。


「逃げようなんて思うなよ。どうせ無理なんだからな」


 男の視線が後ろにいく。ミラが後ろを見ると、今通ってきた路地の向こうからさらに三人近づいてきていた。

 ミラ、サラ、ターシャの三人はわざとらしく身を寄せ合う。レントゥスはシドから受け取った護身用の短剣を構えた。


「まったくバカな奴等だぜ。人間様の街でてめえらエルフがどうなるかなんて、子供でも知ってるってぇのによ」 

「できれば抵抗するのもやめてもらいたいんだがなぁ。傷がついたら値が下がっちまうだろ」


 男は後ろの仲間に目配せする。前に三人、後ろに三人。タイミングを合わせ距離を詰めてくる。

 エルフ達四人はレントゥスを前に路地の隅に小さく固まった。

 前後で挟んでいた男達は、追い詰められたエルフ達に合わせ半円で囲むような位置取りになる。

 いつ襲いかかってきてもおかしくない。矢面に立たされたレントゥスの額から汗が流れた。

 男はそれを冷めた目で眺めている。頭の中では売り払う際の算段が浮かんでいた。幸い武器を構えて抵抗の素振りを見せているのは一人で、しかも男だ。そっちの趣味を持つ金持ちもいるし、傷はないに越したことはないが、女エルフ三人に傷をつけることに比べると値落ちの幅は小さい。ここは無理をせずに三人に的を絞るべきだろう。男の方は命があれば売りに出せばいい――そう、結論を出し、


「――やるぞ」


 男が短く告げて足を踏み出そうとした時、ミラと視線が合った。

 恐怖、絶望、怒り、憎しみ――そういった感情を予測していただろう男の期待は裏切られる。ミラの目に浮かんでいるのはそのどれでもなかった。

 その正体を理解できなかったのか、襲おうとする身体が躊躇する。そしてその背に――


「狩人が最も無防備になるのは獲物に手をかけるまさにその瞬間、だというのは本当だったらしい」


 ――そう、声がかかった。 


「――っ!?」


 男達が一斉に振り向く。合計十二の瞳がシドに向けられた。

 それを見ていたエルフ達は違和感を抱く。六つの頭が後ろを向いており、エルフ達からはその後頭部が見えるのだが、一人だけ身体がこちらを向いたままの男がいるのだ。

 その男の首の皮は百八十度捻られて伸びており、それにサラが、


「うわ……えっぐぅ」


 と呟いた。

 シドは光を失った瞳から視線を外し、掴んでいた頭から手を離す。脱力した男の体が地面に転がった。


「なっ――!? て、てめえ!!」


 男達が短剣を手に襲いかかる。シドはそれに悠然と対処した。森で戦ったエルフの剣士に比べれば赤子の如き容易さだ。目的を考え、無傷で勝利するのではなく時間をかけない事を優先する。突きかかってきた者から順に首の骨をヘシ折った。何度か短剣が体躯にぶつかったが、刺さらなかった事に男達が呆然としている隙を利用して淡々と作業をこなす。

 

「う――わあぁぁぁぁぁ!!」


 六人目が逃げ出そうとする。


「――チッ」


 舌打ちし追おうとするシド。短剣を構えたレントゥスが視界に入った。目が合うと無言で頷く。

 レントゥスが短剣を投擲した。


「――ぐっ!? あ、ああああっ!!」


 短剣は、男の背中の下辺りに見事突き刺さった。

 シドはレントゥスに、


「いい腕だ」


 そう云って首肯し、倒れ込みながら背中に刺さった短剣を抜こうともがく男の首を足で潰した。

 短剣を回収しレントゥスに返す。この短剣は先だっての襲撃の際、敵が持っていた物だ。今回の件での万一の為渡しておいたが、持たせておいたままのほうが無難だろう。常にシドがどうにかしてやれるとは限らないのだ。

 地面には骸となった六人の男達が転がっている。目論見は成功したといっていい。

 シドはミアータと共に二つの門を潜ったわけだが、その際、門を抜けるたびに住民の生活が一変しているのに気づいた。三つ目は潜っていないが、その先にいるのは王族だというのはわかっている。そのことから、この街の住人は城に近ければ近いほど身分や生活水準の高い者になると目星をつけたのだ。

 それがわかれば後は簡単だ。富める者がいるならば貧しい者がいる。高貴な身分が存在するならば低俗な輩が存在するのが人間社会というものだ。街の外縁部で予め決めておいたルートでエルフ達を歩かせれば、鴨がネギを背負ってやってくる。シドはそれをおいしく頂くだけである。


「金目のものを回収しろ。お前達の寝床と食事はそれ次第だ」


 エルフ達に命令を下す。寝床がかかっていると聞いたためか、イヤそうな顔をしながらも文句は云わずに死体の懐を漁るサラ。

 いくら集まるかわからないが、足りないようならこれを繰り返せばいいだろう。

 

 ――指輪や財布などを見つけ出し、持ち寄ってくるエルフ達を眺めながらシドは奇妙な満足感を覚えた。 

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