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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
14/125

道中にて―出会い―

 シドは目の前で肩を怒らせてこちらを見ている騎士に注目した。

 何故だかわからないが、相当にお怒りのようだ。


『そりゃあ、あんなこと云われたら怒るにきまっているじゃないですか……』

「(だが、俺が来なければ失っていた命だ。恩人に水や食料を差し出すのはおかしなことではない)」

『限度ってものがありますよ。根こそぎ持って行かれたら誰だって怒ります』


 目でアキムに問いかける。ふるふると首を横に振り、どうしようもない、のジェスチャー。

 役に立たない奴だ。こうなれば自分で対処するしかない。


「水と、食料だ。さっさと出せ」

『ちょっと……』


  騎士の額に青筋が浮かび上がった。


「この山賊風情がっ! 舐めた口を利きおって――」


 そう云って手が腰に伸びる。しかしそこにある筈の剣はない。武装解除された時に取り上げられた武器は、離れた場所にまとめて放置してあった。

 そのことに気付きほっとするアキム。そしてシドの腕力を思い出し、青くなる。

 騎士は剣を諦め、腕に力を込めた。

 

「立場というものを分からせてくれるわ!!」

 

 手を伸ばしシドの襟首を引っ掴んだ。引き寄せようとするがビクとも動かない。それどころかむしろ反動で身体が持っていかれる。

 シドは黙ってそれを見ていた。騎士も大柄とはいえ、シドはさらにその上を行く。自然見下ろす形になる。騎士はそれが大層お気に召さないらしい。

 左手で襟首を保持すると、右手を大きく振りかぶる。周りにいる誰の目にも殴ろうとしているのが一目瞭然だった。 

 ――騎士の拳が、シドの頬に炸裂した。

 ゴキッという不思議な音に、アキムが首を傾げる。


「う――ぐおおおおおおおおおっ!!」


 激痛に右手を抑えようとする騎士。

 シドはその隙を与えず、今度は逆に騎士の襟首を掴んだ。左手で持ち上げる。

 騎士の足が地面から離れた。他に数人生き残っている周囲の騎士達がどよめく。


「ぐううっ――ぎ、ぎざま……」

「一発、だな」


 ニヤリと笑って右手を上げた。顔の高さまで持っていく。


「――ま、待て! 待て待て待て待て!!」


 アキムが体躯(カラダ)にしがみつく。


「そいつはマズい! アンタが殴ったら死んじまう!!」

「心配するな。ちゃんと手加減はするつもりだ」

『……ホントでしょうか』


 握り拳ではなく平手を作る。


「覚悟はいいか? しっかりと歯を食いしばれよ」

「――待ちなさい」


 騎士の頬を張ろうとしたシドに鈴の音のような声が掛かった。

 はっとした周りの騎士達が姿勢を正す。アキムも直立不動になった。

 一人の女性がシドに近づく。そして傍らまで来ると足を止め、


「貴方が誰で、何の目的があるのかは知りませんが、――もし私の立場を知り、それに対して思うところがあるのなら、それに免じてその者を離してやってくれませんか?」

 

 きびきびとそう云った。そして、シドの仮面と布に覆われた顔をじっと見る。

 伯爵という立場から、それなりに年を重ねた人物を想像していたシドは意表を突かれた。

 伯爵は若かった。若すぎるといってもいい。どう見繕っても二十代には見えない。ミラやサラと同じくらいか――。ターシャよりは確実に幼いだろう。最も、エルフの実年齢と容姿がどのような成長を遂げるかなどシドにはわからなかったが……。

 シドをして予想だにしなかったことに、伯爵はエルフだった。それだけではない。伯爵の背には――


『……翅がある』


 そう――翅があった。鳥のような羽ではなく、昆虫の背にあるそれである。二対四枚の翅はピンと後ろに伸び、時折ピクピクと跳ねている。

 シドは思わずまじまじと観察してしまう。腰まである薄い白金の髪に菫色の瞳で、顔は綺麗な卵型。白磁のような肌。桜色の唇――等々、使い古された形容詞がこれほど似合う顔もない。唯一の欠点を挙げるならば背が低いことか。これでスタイルが抜群なら地上に降りた女神や天使と云われても納得できたろう。……まぁ、その場合は昆虫の女神になるのだろうが。

 反応しないシドに伯爵の片眉がツイ、と上がった。そうすると驚く程我の強い表情になる。


「(こいつはまた……面倒そうな)」


 シドはげんなりした。どう見ても一筋縄ではいきそうにない。欠点は一つではなく二つだった。そして性格上の欠点は慣れるということがない分厄介である。

 

『怒られないうちに手を離した方がいいですよ』


 ドリスの忠告を無視し、伯爵の目をじっと見返す。視線を感じるのか、伯爵も負けじと見る。

 こうなるとただの睨み合いだ。周囲の者は両者の間で散る火花を幻視した。

 誰も何も云えないまま時間だけが過ぎていった。

 痺れを切らしたのかアキムが、


「……な、なあ」


 と、シドに話かける。

 シドと伯爵の顔が無言でアキムの方へ向けられる。

 その無言の威圧に声を発した事を後悔したアキムだったが、ここは云わねばなるまい、と気を持ち直す。そして恐る恐る指先をシドに向け、


「あ、アトキンスの奴が、死にそうなんだが……」


 と云った。


「………」

「………」


 左手の先では、襟首を掴んだせいで窒息しかけているらしい騎士――アトキンスが、だらしなく口から涎を垂らしながら喘いでいる。

 シドはそれをつまらなそうに放り投げた。

 地面に叩きつけられたアトキンスを介抱に走る騎士達。鎧の重みで下手したら骨の一、二本は折れたかもしれない。


「――水と、食料が欲しいとのことでしたが」

「そうだ。俺の連れが必要としているのでな。お前達を助けたのはそのついでだ」


 平然と話し始めるシドと伯爵。先程の出来事はなかったことにすることで両者の意見が無言の一致をみた。

 シドの物言いに再び伯爵の眉が上がるが、埓があかないと思ったのか指摘することはなかった。

 別世界の住人であるシドは、この世界における地位や権力に対し敬意を払うつもりはない。もしあるとすればそれはシド自身が認めた場合だけである。


「――だが、俺も鬼ではない。条件によってはお前達が帰る分の水と食料を保証してやってもいい」


 アンタは充分鬼だよ、と傍でハラハラしながら見ていたアキムは思ったが、勿論口には出さない。


「条件とは?」

「……その前に、お前の領地が俺の必要とする要素を満たしているのかを知りたい。まず、位置と規模だ。ここからどれくらいかかるのか、それと最も大きい街の人口を教えろ」

「……距離は徒歩なら一巡り。私が向かっていた王都からならもっと短くて着けるわ。そして最も大きい街は人口が五万人程よ」

「王都の人口は?」

「二十五万は超えてる筈」

「………」


 シドは顔を歪めた。


『どうしましたか、マスター』

「(一巡りとは何日だ?)」

『さあ……。自転周期と公転周期は計算すればわかりますが、それをこの星の人間がどう区分してるかまでは……』  

「(やはりか……。とりあえず分かっている振りで話を進めるしかないな)」

「それで――私は貴方と交渉できるのかしら?」

 

 伯爵の問いにシドは頷く。


「問題あるまい。こちらの出す条件は、俺と俺の連れがお前の領地に滞在することに対し便宜を図ることだ」

「……アレ(・・)を?」


 伯爵はオーガを見て嫌そうな顔をした。


「そうだ。無論、こちらからは領民に対し危害を加えないことを約束しよう。もし破ればそいつは俺が始末をつける。ただ――向こうから先に手を出してきた場合にはその限りではないと思って貰おう」

「デメリットが大きすぎるわ」

「命が助かったというメリットに比べれば安いものだと思うがね」

「既に起こった出来事による損得を押し付けるつもり?」

「無理なら無理で構わん。こちらは予定通り水と食料を頂いて去るだけだ」

「………」


 先程のアトキンスの言葉は案外正鵠を得ていたのかもしれない――そう、伯爵は思った。命を助けたことを恩に着せ水と食料を奪う。そしてそれを材料に譲歩を引き出す。王都の貴族もやらないような非道さである。厄介なのはこの場に力で対抗できる者がいないという点だ。武力を前提とした交渉は交渉ではなく――


『これって交渉というより脅しなんじゃ――』

「(お前は黙っていろ)」

「……参考までに、貴方の連れの構成を訊いても?」

「オーガ三にエルフ四、そして俺だ」

「オーガとエルフ? 一体なんでそんなメンバーに……」

「森で襲われたから生け捕りにしただけだ。別にどうこうしようという気はない」

「なら、どうして連れ歩いているの?」

「それを説明する義務があるのか?」 


 (まなじり)を吊り上げ、シドを睨み付ける伯爵。


「――いいわ。その条件を飲みましょう。その代わり――」

「道中の水と食料は分け与えよう。ついでに護衛もしてやる。――サービスでな」


 その言葉を聞き、大きく息を吐くと肩から力を抜く伯爵。


「それと、私の名前はミアータよ。護衛ならお前呼ばわりはやめなさい」

「了解した。俺のことはシドでいい」


 シドは伯爵――ミアータ――に頷いた。

 

「あ~。寿命が縮むかと思ったぜ……」


 ここで、アキムが迂闊にも声を発した。

 ミアータが冷たい目でアキムを見る。


「――ところで、貴方は私の護衛の騎士よね? どうして(シド)と一緒にいたのか訊いてもいいかしら?」


 みるみる青くなるアキム。

 シドはバカめ、と思った。目立たぬようにしていればいいものを、自分から切っ掛けを作るとは……。戦闘時も含め、存外抜けた男である。


「そういえば大して役にたたなかったな、おまえも」

『泣きそうな顔になってますよ、彼』


 アキムに追い討ちをかけるシド。だが、思わぬところで助け舟が現れた。

 

「あーーっ! なんで高地(ハイ)エルフがこんなところにいるのよ!?」


 使いにやらせたオーガが、キリイとエルフ達を連れて戻ってきたのだ。

 サラの叫びにシドは疑問を抱く。


「(高地(ハイ)エルフとは何だ?)」

『いえ……そこで私に訊かれても……』

「(お前お得意の物語にはなかったのか?)」

『物語では、王族とかエルフの上位種として出るには出るんですが……。なんかこっちのはニュアンスが違うような……』

「(とても王族に向けるような言葉遣いではなかったな)」

『しかも翅が生えてますしね……』

「(迂闊な質問はしない方が良さそうだな。うっかり常識的な事を訊いて怪しまれるのも厄介だ)」

『……言葉を知らなかった時点でもう手遅れですよ』


 エルフ達はそうかもしれないが、ミアータに余計な情報を与える愚を犯す必要はない。地位のある者は何かと人を利用しようとするものだ。理解できない事柄はひとまず棚上げする方向でいくと決める。

 

「こりゃあ……何がどうなったんだ……?」


 倒れているアトキンスを見、ミアータを見、シドを見、最後に青くなったアキムを見てキリイが呟く。

 こいつもバカだ――シドはまたしてもそう思った。ミアータは擦り寄ってきた家畜を屠殺しようとする料理人の目でキリイを眺めている。この件に関してはシドに出来ることはない。最終的にそれが命を救ったということで情状酌量を願うしかないだろう。

 

「――ちょっとっ! 聞いてんの、シド!?」

「どうした」

「なんで高地(ハイ)エルフがここにいるかって訊いてるのよ!」

「なんでもクソもあるか。こいつが伯爵なんだと」

「なんですってぇ!!」


 そう叫ぶや、親の敵でも見るかのようにミアータを睨むサラ。見れば他のエルフ達もあまりいい顔をしていない。

 

「……話はどうなったの?」


 ミラが訊ねた。


「そっちはうまく進んだ。俺は伯爵領に向かい、そこで目的を果たす。お前達も頃合を見計らって解放してやろう」

「……逃がしてくれるの?」

「このままならな。だが、もし俺の邪魔になると判断すれば――」

「始末するのよね。さすがに貴方の考え方もわかってきたわ」

『マスターの思考回路は黒と白しかありませんからね』

「(茶々を入れるな) ――それは上々。尤も、解っていない奴もいるみたいだがな」


 暗に仄めかす。ミラはすぐに誰を指しているのか悟った。


「……私とサラは彼のやることに関知しないわ」

「お前がそれでいいなら云う事はない。それと伯爵に関しても俺と同様問題は起こすなよ」


 エルフ達の伯爵に対する態度を思い浮かべ釘を刺しておく。


「……わかった」


 そう云って背を向けるミラに声をかけるか迷う。伯爵の種族との関係を聞き出しておくべきだろうか……。

 ――結局、問い質すことはしなかった。他者の事情に余計な嘴を突っ込むつもりはない。今後、もしそれが必要になったならその時改めて訊ねればいい。


「ミアータ、取り込み中悪いがこれからの事を話しておきたい」


 今だ続くアキムとキリイへの問答を断ち切る。助けるつもりはなかったが、結果そうなり安堵する二人が目で感謝を伝えてくる。

 

「まずは報告に王都へ向かいます。私の領地へはその後向かうことになるでしょう」

「王都へは問題なく入れるのか?」

「……無理でしょうね。貴方やエルフ達は入れても、さすがにオーガは」


 ミアータが溜め息をつく。


「近くに森があればそこで待機させるしかないか」

「それしかないわ。……彼等が大人しく待っていてくれればいいのだけれど」

「何か起こせば捨てていけばよかろう。悩むような問題ではない」

「……さっきから思っていたのだけれど、貴方よく本人を前にしてずけずけと云えるわね」

「性分でな」

「経験談から忠告しておくけど……、それがいつか貴方の足元を掬うことになるかもしれないわよ」


 そのミアータの言葉にシドは嗤った。 


 ――俺の足元を掬った奴は、俺の重さに潰されることになるだろう、と。

  

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