道中にて―勝利―
この前見直してたら何箇所か誤字を見つけました
自分では気づきにくいんですよね・・・・・・
誰ぞ気づいたら教えてくんろ
――蛇のようにのたくる紫電が、肩に置かれた手から迸る。
それが、まるで寄生樹の蔓のようにシドに絡みついた。
シドの体躯との僅かな隙間に凄まじい放電現象が生じ、高温に晒された外皮が溶けていく。
「ひょっひょう! 人間が焼ける匂いというものは――」
いいものだ、――そう続けようとした老人の口が止まる。
匂いがいつもと違うことに気づいたからだ。何故かツンとくる刺激臭が漂っている。
老人は訝しげにシドを見た。煙が上がっているのはいつものことだ。皮膚が溶け、若しくは焼け焦げるのもいつもと同じだ。だが、捲れた皮膚の下から覗く筈のピンク色の肉が――
「――!? き、貴様まさかアンデ――」
ぬう、と突き出された手に反応することができなかった。
シドは右手で老人の顎を鷲掴んだ。ジュッっという音がして、高温になった手が触れた場所の皮膚を焼く。肉が焼ける匂いが立ち込めた。
「むごぉぉぉぉぉ!? ――むぐぅぅぅぅぅ!!」
目を飛び出さんばかりに見開き、言葉にならない喚きを発する老人。顔から汗が吹き出す。
顎を掴む腕を、自分の両手が焼けるのにも構わず掻き毟る。焦げてボロボロになった皮が木屑のようにこぼれ落ちた。
そして顕わになる皮の下。
命令通りの制御値に追従する為のサーボが分厚く防護されて膨れ上がった関節と、内に納められた気筒とワイヤで構成された可動部を守る体躯に見合った太さの骨格。
シドは顔の上半分を覆う仮面を外すと、溶けて両目のガラスにへばりついた外皮を引き剥がした。
間近にいる相手に焦点を合わせようと赤い探知光が面積を広げる。
その時まで火傷による痛みを感じていないかのようにシドの腕を掻き毟っていた老人だが、目が合った瞬間、おぞましいものに触れてしまったかのように両手を引き離した。
そして、しばし呆然となり――。
直後、鈍色をした指が自分の顎を掴んでいるのを思い出し、狂ったように暴れだす。
「むがぁぁぁぁぐむぅぅぅ!!!」
その様子にシドは苦笑した。まるで駄々をこねる幼児のようだ。老人が蹴ろうが殴ろうがビクともしない。杖も手放し、声も出せない目の前の人間はもはやシドの敵ではなかった。
シドが苦笑すると頭部の顎関節が多少動く。それにつられる様に焼け残った外皮が大きく位置を変えた。その様子の奇異さに思わず魅入る老人。
右手一本で顔の高さまで相手を持ち上げた。遮音材代わりの外皮がなくなったせいで、身動きする度に微かな駆動音が聞こえてくる。
「どうやら予想通りだったようだな」
『何がですか?』
「先手さ。どうやら魔法を使う奴等は先手を取るのが嫌いらしい。――少なくとも正面きっての戦闘で、相手が物理的な道具を使用している場合だが」
『それを試したんですか?』
「ああ。おそらく、刀剣や鈍器といった武器の攻撃の単調さに原因があるのだろう。どんな武器を使おうが所詮は質量と速度による運動エネルギーに分類されるからな。違うのは接触時の面積だけ。それが点なら刺突になり、線なら斬撃、面なら殴打というわけだ」
『でも、それだと物理弾頭の重火器でも同じになるのでは?』
「その通りだ。だが、だからといって銃が通じないとは限らん。魔法による防御に限界が存在しないとまだ決まったわけではない。その辺りは追々検証してみるしかないだろう」
『――つまり、魔法使いは防御に自信があるから先に攻撃させるわけですか』
「プラスαだ。それ以外にもう一つある。正面切って先手を取り、尚且つその後のことを考慮する必要性があるということは、魔法を完全に無効化する手段が存在している可能性を示唆している。それが道具によるものなのか種族的な特性によるものなのかは、これもまた要――検証だ」
勿論、シドが今まで出会った者の中で、魔法を攻撃に使う者は二人しかいない。その二人が、単に臆病者だったという可能性もある。
だが、その線は低いだろう――、そうシドは思う。エルフと人間、種族の違う両者が、魔法で同じ戦い方をしているのだ。それを共通項と見るのは不思議なことではない。
『――それで、この人間も捕虜にするんですか?』
「――さて、どうしたものか……」
この老人の処遇と共に、外見の事もどうにかしなければならない。
全く予想していなかった訳ではない。だが、外皮がここまでのダメージを受けるとも考えていなかった。今の見てくれは非常に悪い印象を伯爵やエルフ、人間の騎士に与える可能性がある。特に伯爵にはいい印象を持たせるに如くはない。
顔と手を、何かで隠さねばならない。使えるものといえば――
右手の出力を僅かに上げて顎を砕く。
「ぐもおおおっ!!」
口を抑えのたうち回る老人のローブに手をかけ引き剥がす。足で踏みつけ、引っかかるのも気にせず強引に破いた。
『キャーーーッ!』
「……変態か、こいつは」
ローブの下は下着だった。
「裸でなかっただけマシか」
『そんなものつけたらウイルスが移ってしまいますよ!』
「生憎俺は抗菌仕様でな」
奪い取ったローブを細く裂き、顔と手に巻き付ける。骨格標本じみた頭部と手が隠れると、再び仮面を装着した。
「これで問題ないだろう」
『立派な不審人物の出来上がりですね……』
射撃槍を拾い、老人の真上に添える。これでうるさい呻き声も聞こえなくなる、そう思って突き下ろそうと――
「シドォーー! こっちだ!! こっちにきてくれ!!!」
『………』
「………」
声の出処を見る。
先程、威勢良く駆け出していったアキムが、地面に尻をついて窮地に陥っていた。
『あ~ぁ。だらしのない』
今の所、相手の剣撃をなんとか凌いでいるがいずれ力尽きるだろう。
助ける義理はない。だが、アキムは口がよく回る男だ。伯爵との交渉にはいたほうが都合が良い。
『助けるのですか?』
「……一応、な」
そう云って、アキムとの距離を試算する。あれくらいならば届くだろう。
槍を戻し、安堵の表情を浮かべた老人の足を無造作に掴んだ。包帯代わりのローブの下で薄く微笑む。
「んむっ!? んぐーーーっ!!」
爪で地面をひっかく相手を持ち上げる。そして大きく後ろに振りかぶった。
「そーら。――飛んでこいっ!」
腕を大きく振る。掴んだ部位の骨が折れる感触と共に老人の体が放物線を描いた。
(――なんてしぶとい奴だ!!)
キルスティン=ウィトランドは心中で罵った。目の前のミルバニア騎士はいつ己の剣で刺し貫かれてもおかしくない立場にいながら、今もまだ元気に剣を振るっている。
「――いい加減に諦めろ!!」
つい悪態が口をついて出る。もう何度目になるかわからない止めの一撃を振り下ろした。
「やなこった! 貴様の方こそ諦めやがれ!!」
そう返し、剣を受け止める騎士。強がってはいるが汗だくで、大きく肩で喘いでいる。
「周りをよく見やがれ! さっさと降参した方が身のためだぞ!!」
「何ぃ!?」
云われて周囲を見渡すキルスティン。もう数える程度しか立っている部下がいない。それ以外は皆倒れ伏している。残っている兵士達もオーガと戦闘中であり、生存の見込みは厳しいだろう。
オーガが生かして敵を残すとは考えられない。キルスティンは連れてきた全ての部下を失うことになるのだ。そのことに思い至ったキルスティンの頭に血が上る。
(お、のれ、おのれ、おのれおのれおのれぇーー!!)
自棄糞気味に滅多打つ。
「――うおっ! 八つ当たりはみっともないぜ!!」
殺せるようでいて殺せない。目の前の騎士は鼠のようにしぶとかった。
「それにこっちはもうじき助けが来る。今謝れば命だけは助けるよう口添えしてやってもいいんだぜ?」
不敵に嗤う騎士に目の前が真っ赤に染まる。怒りのあまりどうにかなりそうだった。
「例えこの身がどうなろうとも――」
剣を力一杯握り締める。
「――貴様だけはぁーー!!」
大上段から振り下ろした渾身の一撃を、これまでと同じように弾こうとする敵。刀身同士がぶつかり合い、刃を削る。
「――しまっ」
汗で手が滑ったのか、剣を取り落とす騎士。急いで拾おうと前屈みになる。
後頭部がガラ空きだ――キルスティンは壮絶な笑みを浮かべた。
「――くたばれぇっ!!」
脳天をカチ割らんと再度振り下ろす。
酷使され欠けた刃が肉を引き裂きめり込んだ。吹き上がる血潮。確かな手応えに溜飲を下げるキルスティン。だが――
「――え?」
「――なにぃ!?」
――そこに合ったのは騎士の死体ではなく、背中を一刀に斬られた小柄な老人であった。何故か下着姿である。
「な、なんだこれは……」
意味が分からず立ち尽くすキルスティン。
何が起こったのかはわかる。目の前で瀕死になっている人物が剣を振り下ろした瞬間横から飛び込んできたのだ。その結果目の前の人間は死ぬことになるだろうが、それ自体は当然の帰結である。キルスティンがわからないのは――
「お、お前何を考えて――」
呆然と呟く。
今まさに斬り捨てた老人は、不愉快な監視役として上からねじ込まれた魔法士だ。気に喰わないとは感じていたが、まさか自らの手で殺すことになろうとは……。
「へっ。よくわからんが天は俺に味方したようだな」
戦っていた騎士が隙をついて立ちあがるも、それには目もくれないキルスティン。老人をよく見ると、顎がグシャグシャになっており、口周りの皮膚が剥がれている。
飛んできたと思われる先に目を向けた。
男が一人歩いてくる。見上げんばかりの巨躯に、槍を携え、この戦場は己の物だといわんばかりの態度で――。
キルスティンの感じる戦場の空気全てが男に凝縮されているかのような錯覚を覚えた。
表情を読もうとして、仮面と布で顔が隠されていることに気づく。あの布には見覚えがある。
足元の魔法士を見やり、再び男に視線を戻す。
キルスティンは悟った。魔法士を痛めつけ、服を奪い、自分の元へ投げたのだろう――と。一体どれほどの力があれば人一人をこの距離まで投げ飛ばせるのかわからないが、起こったことの説明はそれでつく。
男がキルスティンの前で足を止めた。
目の前の男からは何も感じ取れない。怒りも、高揚も、焦りも、歓喜も。――そして、殺意も。
ただ無感動な暴力の気配だけがそこに在った。
キルスティンの脳裏に、馬車の車輪が、そうとは知らず無慈悲に地面を這う虫けらをひき潰す光景が浮かぶ。
「――お前で最後のようだな」
男が声をかける。逃げ出すことはできない。死んでいった兵達の手前、命乞いをすることもできない。できるのは、ただ挑み殺されることだけだろう。
苦痛なのはそこに意味がないことだ。祖国を守る為に死ぬのなら納得できる。家族を守る為に死ぬのも納得できる。国の利益の為に死ぬのも――まぁ納得はしよう。だがこれは――
キルスティンは名誉の為に死ねるほど、世界に悲嘆してはいなかった。そもそも使節として訪れた他国の貴族を拐かすことのどこに名誉があるというのか。
事ここに至っては、できることなど一つしかない。そしてそれは――
「――キルスティン=ウィトランドだ。許されるなら貴方に頼みたい事がある」
ドサリ――と、腹部を貫かれ絶命した身体が転がる。
射撃槍を払い、血を飛ばしたシドはオーガを呼び集めた。
「エルフ達とキリイを連れて来い」
オーガ一体が云われた通り向かうのを確認し、アキムに声をかける。
「さて、アキムよ。約束は覚えているな」
「あ、ああ。そりゃもちろん覚えているが……。それより敵の頼み事なんてホントにきく気かよ?」
「ウェスタベリとかいう国に行くことがあればな。行く機会がなければ諦めてもらう」
「諦めてもらうって……。もう死んでんじゃん……」
「今のうちに伯爵とやらの拘束を解いておけ。他の奴等はお前の好きにして構わんぞ。ただ――水と食料はお前とキリイの分を除いて全て俺が貰う」
「ちょ――、待ってくれよ! 本気か!? そんなことしたら生き残りの騎士が黙っちゃいないぞ!?」
「ならば拘束はそのままにしておけ。後でオーガに処分させよう」
「……オイオイ」
生き残りの騎士達に同情を禁じえないアキム。だが、自分が一役買うのもアレなので、とりあえず拘束は外しておく。
周囲の騎士や伯爵に、今の会話はバッチリ聞かれた筈だ。アキムは後のことは知らぬ存ぜぬを決め込むつもりである。
騎士達の縄を順次解いていく。アトキンスの番が回ってきたとき、非常に嫌な予感がした。
アトキンスは歯を食いしばっている。今は大人しくしているが、縄を解いたらどうなるのだろう。
アキムは剣を縄にそっと差し込んだ。
縄が完全に切れる前に力任せに引きちぎるアトキンス。そして憤怒の形相で仁王立ちになると、シドに向かって口を開いた。
「き、き、きさ、貴様――」
「――ふむ」
シドはそれを傲然と見下ろす。
その光景を前に、アキムはこう思った。
――アトキンスがどんなに乱暴者でも、この男の前ではカタなしだ。