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永遠の戦士  作者: ブラック無党
神の国
123/125

ミルバニアにて―王とシド・肆―

ブラウザの挙動がやばいです


空き容量一%で使ってたのはさすがにまずかったと反省…

 何の断りもなく事後承諾で一日待たされる羽目になった相手方は怒り心頭に達しているようだった。胡床には座らず苛々と歩き回り、掌は確かめるように剣の柄を撫でていたことからもそれは間違いない。しかし一夜が明け、ついに集団の中からシド達が進み出た時、彼等の多くは動揺を隠せなかった。

 男達は最初子供を連れてきたのかと思ったに違いない。遠目には一緒に歩いているターシャの姿はそうとしか思えない。共にいるのはオーガだったがその一方人にしか見えないシドもいて、オーガに合わせた背丈の男が存在すると云われるより、オーガに似た人と同じくらいの背丈の魔物がいると云われたほうが信憑性がある。

 しかし距離が近づくにつれて実際の大きさが判別できたのだろう。彼等は驚きと、若干の怒りとともにシド達を迎え入れた。


「こ、このたびは我等が要請を受け入れていただき、まこと感謝の念に――」


 マントを羽織った頭頂部の薄い男が進み出て口を開くが、シドはいきなり手をあげてそれを遮る。その無礼に対し相手が口を開くより先にターシャが、


「礼には及びません。私達の神は寛大です」

「………」


 云われた男達はシドのペイントの塗られた顔に魅入った。黒く縁取りされた眼窩は落ち窪んだように見え、その底でマグマの如き不気味な光を発している。体躯には線対称な渦と直線で構成された幾何学模様が走り、鋲の打たれた革のベルトで締め付けられて稀代の芸術家が削りあげた彫刻のよう。毛皮が巻かれた腰からは細い鎖が何本も伸びて、それにぶら下がった哀れな犠牲者のデスマスクが冷たい風に揺れていた。

 ――しかし何よりも目を引いたのはその大きさだろう。シド達の平均身長の高さは、男達に巨人の国に迷い込んだかのような錯覚を与える。


「……神、だと?」

「そうです」


 もうすぐ初老の域に足を踏みれようかという薄毛の男が疑わしげに声を発すが、ターシャの声音はそれとは正反対であった。


「この苦しみに満ちた地上に舞い降りた一柱の神。悠久の重みに押し潰されぬ精神と決して朽ちぬ肉体を持ち、何者にも惑わされぬ強き意志の下、己が務めに邁進する。エルフに、とは申しません。この御方の慈愛は種族など関係なく、頭を垂れるもの全てに遍く降り注ぐ」

「………」


 白髪混じりの頭を持つ男が、ターシャの正気と事の真偽を見極めるため眼光を鋭くし、禿混じりの男は咳払いを一つして云った。


「ま、まずは自己紹介から始めるとしよう。お互い相手に失礼があってはいけないからな」

「私もそう思っていました。では――どちらから?」

「こちらからやろう」


 年嵩の男が溜め息をついて横から云い、ついで自己紹介を始める。


「デッカレント=ボーダー。身分は伯爵。ここから南東に少し行ったところにある小さな都市を預かっている。一応今回の席における此方側の責任者だ」


 云い終わると次は髪の薄い男の番だ。


「バードヴィック。子爵だ。他の六名は私と伯爵、二人の護衛だ。気にしないでいい」

「ターシャです」


 ターシャは長靴の踵を合わせると背筋を伸ばして顎をあげ、短く云う。


「神衛隊長官」

「……神衛隊?」


 ぼそりと呟かれた誰かの言葉にも反応しない。ターシャの顔には恥ずかしさなど欠片も見て取れず、云ったもの勝ち、恥ずかしいと思った瞬間恥となる、と自分に云い聞かせているかのように張り詰めた表情だ。


「ヴェガス=ヨークト。国家保安局長官」


 ヴェガスは、なにか文句があるか、と云わんばかりに唇を捲り上げて牙を剥き出しにした。それでも背筋を伸ばすことは忘れていない。大きく息を吸って胸を膨らませ、少しでも自分を大きく見せようと必死だ。非文明的な食生活が種族の時を遡らせたのか、野生の色が濃くなった瞳は濁った黄色をしており、これがかつては都市で人らしい生活ができていたとは誰にも想像できない。


「後ろのオーガは護衛です」


 ヴェガスにあまり話させないようにターシャが引き継いだ。

 そして最後にシドが残り、皆の視線は自然とそこに向かう。

 悠々と腕を組んでいたシドは顎を引いて伯爵を見下ろし、


「俺の名はシド。進化の介入者(オーバーロード)だ」


 次元を超越したもの(オーバーロード)であり、独り立ちした機械(オーバーロード)でもある――シドは胸の裡で呟き、


「俺の務めはこの地上に生きる全ての生き物を俺が知る未来へと導くことだ。例外は認めない」

「正気か貴様?」

「伯爵!」

「よい」


 シドは咎めようとした子爵に気にしていないと頷いてみせる。


「先駆者とは、何時の世も、どこの場所でも孤独なものだが、俺は共感や理解に固執する惰弱どもとは違う」

「ふっ。こいつは――」


 伯爵は困ったような、笑いを堪えているような、ぎこちない表情になった。


「本気で云っているのか牽制しているつもりなのかはしらんが、まさかこの歳になって対応にこんな風に頭を悩ませる羽目になるとは思わなかったぞ」

「別に信じろとは云わんよ」


 シドは肩を竦めた。


「明日になればどちらが愚かだったのかはっきりするだろう」

「……やけに自信たっぷりだな」

「神よ。ここは私が」


 ターシャがシドの腕に手を置き、脱線しかけた話を既定路線に戻そうとする。シドは口では悟りでも開いたようなことを云うが実際には開きすぎて子供のようになっているので、任せておいたらこれまでと同じことになるのは目に見えていた。


「お互い時間が余っているわけではありませんから、ここは単刀直入にいきましょう」


 その言葉に、伯爵と子爵は意味ありげに視線を交わし合い、


「一日待たせたものの台詞とは思えん。先に謝罪から始めたらどうだね?」

「なんだとてめぇ!」


 ターシャに対して皮肉げな台詞を発した伯爵にヴェガスが怒りの声をあげる。


「云い掛かりつけんじゃねえよ! 俺達が遅れたんじゃねえ! お前達が早過ぎたんだ!」

「そうですよ。せっかくこちらがあなた方の小細工を見て見ぬ振りをしてあげているというのに、自ら蒸し返すとは」


 その言葉にある者は眉を寄せ、ある者は鼻に皺を寄せるといったふうに、王側の八人はそれぞれのやり方で不愉快さを示した。

 はなから喧嘩腰のヴェガスと舐められまいと強気に出るターシャの態度もあって用意された胡床が寒々しく見える。誰も座ろうとしないし、勧めもしない。しかし引き下がれない理由のある相手は会談を打ち切ろうとはせずに食い下がる。


「まあまあ伯爵もそのへんで。こうやってきちんと集まっているのですから、過ぎたことについて咎めていても仕方ありません。私達はお互い友や仲間というわけではないのですから」

「確かに、魔物と同列に存在に礼儀を説いたところで無駄か」


 バードヴィックの言葉にボーダー伯は余計な感情を振り払うように頭を振った。掻き合わせたマントの縁を指でなぞりながら、


「そこのエルフの言葉通り、わだかまりの解消は意味が無いと見るべきだな。用件だけさっさと済ませてしまおうか。お互い感情に流されるほど幼稚ではないという前提で」

「――そこのエルフですって?」


 話を先に進めようとした伯爵の言葉に、今度はターシャが不愉快そうに眉を寄せる。


「私は実質ナンバー二ですよ? その私に対する口の利き方がそれですか? この会談はそちらの要請を受けて歩み寄った結果。にも関わらずこちらの立場を蔑ろにするとは――褒められた行為ではありませんね」


 ターシャが云い終わったとみるやシドはいきなり胡床の上に足を乗せた。強度を確かめるように静かに、それでいて誰の目にも留まるよう長靴を突き出す。そして店の主人に注文を頼む客の態度で云う。


「ピカピカに頼む」

「……なに?」

「――き、貴っ様ぁ!」


 云わんとするところを一拍遅れて理解し、怒ったのは伯爵その人ではない。側の護衛だった。今にも斬りかからん素振りで声を荒げる。


「ま、待ってください! 今のは違うんです!」


 間に入ったのはターシャだ。子を守る母のように両手を広げてシドの前を塞ぎながらも、め、という感じでシドに強い視線を送ったあと、


「今のはっ! あなた達がこちらの立場を蔑ろにするなら、こちらもまたあなた方の立場に留意しないという神のご意志! こちらに文句を云う前にまず自らの言動を振り返るべきです!」

「俺もそれが云いたかった」

「ふざけるな! エルフをエルフと云って何が悪い! ボーダー卿を靴磨き扱いすることと同列に扱うでないわ!」


 護衛の一人がターシャに云い返した。

 すると今度はヴェガスが、


「なんでえなんでえ。種族で呼ぶのは構わねえってか? なら今からこっちはお前ぇ等を人間って呼ぶけどそれでいいよな、人間」

「黙れ獣人が! 国への恩義を忘れおって! これだから獣の頭を持つ種族は迫害されるのだ! お前達を民と認めぬ国家ならばともかく、この近辺で唯一保護している我が国に弓を引くとは!」

「な、なぁにが保護でえ! 俺ぁテメエ等の世話になったことなんかねえ! そもそも見えるとこでやってねえだけで裏じゃ迫害されてんだろうが! 恥ずかしげもなくよく云えたもんだ!」

「貴様我が国を虚仮にするか!」

「さんざん殺し合っといて今頃気づくたぁ、よっぽど人材が不足してるらしい!」

「ボーダー卿! ご命令を! 今すぐこやつを黙らせろと命じてくだされば即座に実行いたします!」

「黙るのはそなただ」


 しかしボーダー伯は静かな声に若干の怒りを込めて云う。


「ついカッとなってしまい失言するのは誰にでもある。特に若いうちは。故に一度は許そう。そなたは今から会談が終わるまでの間、求められた時以外は発言を控えることだ。――いいかね?」

「……は。申し訳ありませんでした」


 云い返した護衛の兵士は神妙そうに返事をし、それきり口を閉ざした。ヴェガスもまたそれを見て毒気を抜かれたように黙ってしまう。


「さて、若い者が失礼をした。水に流して貰えると嬉しいのだが」

「もちろん許すさ」


 シドは迷わず答える。


「大気圏内ではクソは水に流すもの――」

「ああああああ!」


 シドに最後まで云わせずターシャが奇声を発した。


「神よ! ここはあなたが出るまでもありません! 私めにお任せを! 予定通りに!」

「わかっている。老婆心で口を出しただけだ」


 そう返事を貰ったターシャは安心して相手に向き直る。気を取り直して、


「――では話の続きを」

「うむ。それではこの度の会談の主旨だが――」

「待て」

「……なんでしょうか」


 シドに訊き返したのは敵ではない。ターシャだ。どうせまた――という声にならない声が空間を染め上げる。


「立場の話はどうなった」

「……そうでしたね。じゃ、そこからやり直しましょうか」

「………」


 しかしやり取りを聞いた伯爵と子爵は呆れたように首を振った。


「それには及ばない、長官。私達はそちらの立場を尊重しよう。なのでそちらも同じようにしてもらいたい」


 そうしないと話が進まない、と言外に匂わせる伯爵。これはつまり、シドは神を名乗っているが実際にそういう扱いをするのではなく、それぞれの立場における順位を重視するという答えだった。だがターシャに否やはない。


「結構です」

「では本題に入ろう」


 シドを置き去りにして二人は話を再開した。


「そちらの要求はわかっていますよ。王子でしょう」

「身も蓋もない。だが事実だ。考える頭があれば誰にでもわかることだが、先日奪われた殿下を取り戻すのが私達に与えられた任務。だがまずはその前に――」


 ボーダー伯は感情の乗っていない、単なる事実確認といった感じで、


「殿下がまだ生きているのか。そこからだろうな」

「もちろん生きています。死体を使っての取り引きなどすぐにバレてしまいますから」

「そうは云っても目で見たものと敵の口から聞いたものではやはり違う。確認はさせてもらわねば」

「そんなことはできませんわ。ここへ連れてきたらあなた方が力づくで取り戻そうとしないとも限りません。口約束以上のものはできないでしょう?」

「それはそちらとて同じこと。実は死んでいましたでは話にならない」

「しかしこちらには嘘をつくメリットがありません。何かと引き換えにするとして、死体とわかったそれをそのまま交換するんですか? 生者と死者の区別もつかないと?」

「しかし――」

「そちらが先に云い出したことですよ。ここは譲歩願います。お互いに相手を信用できないのなら、あとは立場や力の上下優劣、要求の順番や難易度で決めて進めるしかありません」

「………」


 バードヴィックが肩を竦めてボーダーを見る。二者間で声のない意思疎通が行われ、伯爵はターシャに頷いてみせた。


「わかった。ならばそこはこちらが譲ろう。必ずバレる取り引きなど――思いつく理由とすれば時間稼ぎだが、そちらには援軍のアテなどないし稼げる時間はせいぜいが一日。こちらとしては例え嘘だったとしても減るのは兵に食わせている食糧くらいだ」

「ありがとうございます。それで、王子の身柄と引き合えにそちらが出せるものは?」

「ほう。解放する気があるのか」


 話が早い、と伯爵は口元を綻ばせる。ターシャもまた同じようにニヤリと笑った。


「ええ、ありますよ。唯一の跡継ぎではないので価値は低いですしね。もっともそちらが出せるもの次第ですが。食糧や武具では話になりません」

「まあ、それは当然だろうな」


 明日にでも戦端が開かれる状況を忘れてはいけない。出さねばならないのはそれを踏まえたうえでなお価値のあるものだ。


「そちらが勝った場合に手に入るものは引き換えの条件にはできないだろう。……ならば逆に負けた時の対応、措置ではどうだろう?」

「と、いいますと?」

「賊軍の指揮官は裁判なしにその場での縛り首や打ち首による処刑が慣例だ。だが今回に限っては生き残りの首謀者は全員強制労働に従事してもらう――というのでは?」

「そんなことが――」

「私は王から全権を委任されている。その私が云った言葉だ。一連の騒ぎが収束し、王は無事息子を取り戻す。いったい誰が文句を云うというのだね」


 誰と問われれば、もちろん被害を受けた者達やその家族である。しかしそこに言及するものはいなかった。無力な輩の発言など封殺するのは容易いとわかっている。


「ですがそれでは後で心変わりされた時にどうしようもありませんが……」

「そこは信用してもらうしかない。――いや、信用出来ないのであれば譲歩か。さっきはこちらがそれをしたのだから今度はそちらの番だと思うのだが。生死不明な王子と引き換えをする材料として釣り合うとは思わないか?」

「……話になりませんね」


 シドの顔色を窺ったターシャは物怖じせずに答えた。これでは王や侯爵を引っ張り出せない。


「自分達の勝利を信じている相手に負けた時のみにしか用いられぬ条件を突きつけるなど。それに戦う前から指揮官が保身に走ろう筈がないではありませんか。ついてきている兵達に示しがつかないでしょう」


 だいたいそんな姿はシドには似合わない。そうターシャは思った。上の揺らぎは簡単に下に伝播する。自分のなかで対処法を温めておくこととそれを敵に頼むのとではわけが違う。どんなに残酷で、どんなに残虐なことでも迷わず肯定し続ける姿勢はシドの数少ない褒められるところで、ゴブリンも、オークも、オーガも、これまでずっと背中しか見せてこなかったものの蹲る姿など目にしたくはあるまい。そしてシドを信じているならターシャの出す条件は決まっていた。


「聞いた話によれば王はかなりの腕だとか。ここはお互いの頂点同士による一騎打ちの申し出をのむ

――という条件ではいかがでしょう」

「――なんだと!」


 吠えたのは伯爵ではない。子爵だ。バードヴィックは背後の護衛にちらりと視線を向けた後、


「そんな条件は飲めないぞ! この状況で王を出す馬鹿がどこにいる!」

「そこまで云うほど荒唐無稽な話ではないと思いますよ。だって兵士達の犠牲が減るんですから」

「そ、それは確かにそうだが……。い、いや! ここで王に万が一があれば後々大きな負担が発生する! 長い目で見れば結論は変わってくる!」


 ターシャはどう云うべきか迷った。条件を緩和してゴリ押しすればこちらの目的がバレかねない。交渉を有利に進めたい時はこちらが何を欲しているか知られないことが肝要だ。戦い方にしろ身分にしろ、固執する何かを持っているものは弱点が服を着て歩いているようなもので操るのは容易である。


「正直な話、こちらが望むものを持っていないんですよね、あなた方は。私達が考えもつかないものを提供してくるか、それが無理ならできる限りの誠意を見せてくるかと思っていましたがそれも違いましたし。はっきり申しまして、犠牲を出して捕虜にした王子を返すまでの価値もないというか……」

「そこをなんとか!」

「なんとかと云われましても。実際そちらの提供できるものはこちらの予想を越えていませんし。云い難いことですが、ここはもう感情に訴えるしか残ってないのではありません?」


 ターシャは他人事のように云う。


「感情にだと?」

「そうですよ。単純ですが古来より使われてきた方法です。例えば、必ず返すとわかっている相手が頼んできても嫌いな者にはお金を貸したくないですよね。でもそれが好きな相手だったらどうです? 返せないかもしれないとわかっていても頼んできたら貸してしまうのでは? まあ、確かに完全に損得勘定で動くものが絶対にいないとは云いませんが、今のあなた達にはそちらを使うのは無理でしょうから」


 この場合、誠意を見せるとはすなわちシドに合わせて一番上――王自身――を連れてくることだ。


「私達はあなた方の要望に答えて席を設けました。それだけではありません。こちらが出せる最も身分の上の人物すらも敵の前にその身を晒しています。然るにあなた方は何です。王は命を惜しんで出てこない。それどころか二番手である筈の侯爵すらも安全な後方で高みの見物。そして当の担当者ときたらこちらが代替案を提示してもあれは駄目だこれは駄目だと、碌なものも出せないくせに喚くばかり」


 ターシャは馬鹿にしたように鼻で笑う。

 いつの間にか変わっていた話し相手のバードヴィックは自分が注目されていることに気づいたが、シドやヴェガス、オーガの視線が頭上からどこに注がれているか悟ると傷ついた表情になった。


「べ、別に誰を出席させろなどという決まり事はなかった筈だ。それにこちらは事前に通告していた。そちらが合わせるのが筋だろう。よしんばてっぺんを連れてきたとしてもそれはそちらが勝手にやったこと。ケチをつけられる謂れはない」

「まったくその通りです。誠意や礼儀などといったものは押し付けがましく口に出すものじゃありません。しかしそれを云える立場というものがあります」

「立場は対等な筈! お互い尊重すると――」

「――もういい」


 以外な人物から声がかかった。バードヴィックの後ろにいた背の高い護衛だ。マントから腕を出して子爵の肩を鷲掴みにしている。


「埒が明かん。諦めよう」


 バードヴィックはハッと瞳を見開いた。


「ま、待ってくれ! まだ救出の目は――」

「こんな奴等とごちゃごちゃ話し合うより力づくで救出したほうがまだ幾分かマシというもの。それに――」


 一歩踏み出し顔を上げた男は眉太く、口元には不敵な笑みが張り付いている。ふてぶてしく光るその目は決意を秘めた者のそれで、伯爵や子爵よりも余程手強そうな印象を受けた。


「何が誠意だ、愚か者が。のこのこと敵の前に姿を見せおって」


 護衛はシドに向かってそう云い放った。


「おいお前。いったい何の真似だこれは。陛下の命令なのか?」


 質問に走った伯爵と違い、バードヴィックの行動は速い。まるで予期していたかのように声をかける。


「なら後は任せたぞ! ――行くぞ、カイマン!」

「あ――おい! 待ってくれ!」


 伯爵は一切の躊躇なく背中を見せた二人を唖然と見送った。が、一人残ったバードヴィック達の護衛の様子を目にしているうちに考えが変わったのか右に倣えで撤収を命じる。


「その格好は――素手でやるつもりかよ? だったら俺が相手になってやるぜ」


 残ったのはシド達と護衛の男一人だけだった。ヴェガスがせせら嘲笑い、拳を鳴らしながら近づくが、護衛は虚空に視線を向けてガクガクと震え始める。


「あ……お……ぉウゥ……」

「なんだぁ?」


 眼球は裏返り、唇からは呻きと涎が漏れている。震えはそのうちに制御できない域に達し、噛み合った歯が折れて血が流れ始めると、下手糞な芝居小屋の操り人形のようなその姿にヴェガスは冷たい汗をかいて勢いを減じた。


「なんでラリってんだ、こいつ」

「あぉ――おぁがアアアアアアっ!」


 次の瞬間、男の穴という穴から真っ赤な炎が吹き出した。眼窩から飛び出した炎は円を描いて耳から出た炎と繋がり、次いでそれに口から出た炎が合流した。

 男の皮膚が赤熱し、まるで溶鉱炉に投げ込まれた鉄のような色合いになるが、それは不思議と燃え尽きず徐々に面積を広げていく。

 今や男は完全に宙に浮いていた。


「――クソ熱ぃ」

「……これは初めて見るな」


 あまりの熱気に瞳が乾燥するのか、顔に手を翳しているヴェガスにシドは訊いた。


「妖精はいないと云っていた筈だが」

「妖精じゃねえ。こいつは精霊憑きだぜ」

「精霊だと? どのような生物だ?」

「どのようなと云われてもな……精霊は精霊――」

「先天性の魔力障害者です」


 ヴェガスに代わって答えたのはターシャだ。橙色に照らされた顔を庇いながら、


「極稀に生まれる障害者の中から使える者――都合のいい壊れ方をしている者――を探し出したのでしょう。人の一生でいえば、運が良ければ死ぬまでに一人出会えるかどうかです」

「この変化は可逆的なものなのか?」

「と、いいますと?」

「肉体は燃やせるが、燃やしたものを肉体に戻すことはできるのかと訊いている」

「……無理でしょうね」


 ターシャは男の、人だった名残りが形しか残っていない身体を見上げた。煌々と輝く身体は既に生身の部分が一片も残っていない。溶けた鉄で作った人形のようだ。


「おそらく力を本気で解放するのは初めてだったと思います。賭けだったのでしょう」


 そしてそれに勝った。ターシャは小さく呟く。この男は魔力の出し入れはできるが流れを制御できないタイプだったに違いない。生まれながらに自分だけの魔法を持つタイプで、えてして破滅的で強力な能力を行使する。


「既に頭まで変わっているので思考力はない筈です。自分の魔力、肉体を消化したあとは本能に従い近くにあるものに襲いかかって、均衡が崩れて消えるかと」

「そうか」


 バランスの崩壊した縮退炉のようなやつである。シドはヴェガスを呼び、荷物を持ってくるよう云った。


「……それまで持ちますか?」

「持つさ」


 特性的には電場によって制御されたエネルギーに近いだろう。太陽帆や人工太陽を始め使い古された技術だ。


「考えてみれば、ある意味ではこの星で遭遇した初めての同族になるのか」


 シドはターシャのマントの内側で聞いている筈のドリスに向かって云った。昔、生物の定義とは自己複製による自己増殖、外部エネルギーによる自己修復、維持だと提唱した科学者がいたが、それに当て嵌めるなら目の前の男の成れの果ては生物を辞めている。高みへと昇ったのだ。


俺達(・・)と同じ周りを食い潰すだけの勝者へと至ったか。――しかし残念だ」


 かつて技術者達がエネルギー生命体を造ろうとしたことがある。その発端は中心核によって情報を処理し、自律稼働する不定形兵器で、自分達の種族をより強きものにするための研究だったが結局それは断念された。


「既に通った道なのだよ、そこは。そもそもそんなナリでは全球凍結や大噴火(スーパープルーム)といった環境変動にすら耐えられまい」


 いわんや破壊のための兵器など。シドは拳を握ると人差し指だけを伸ばし、それをくいと曲げつつ厳かに告げる。


「故に外骨格こそ至上だと――今からそれを教えてやる」



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