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永遠の戦士  作者: ブラック無党
神の国
118/125

ミルバニアにて―王子誘拐事件・終―

ブランクが長すぎて前と同じように書けてるかわかりません



 シドの言葉により絶好の機を逃したカドモスだったが、己が騙されたと悟るや生き残った二人の近衛が稼ぐであろう時間をアテにし、まるで火事から逃げ遅れた住人のように窓から身を乗り出そうとした。そして守るべき主の行動を受けた二人の男は死を覚悟した雄叫びをあげて向かってくる。

 シドは命の火が消えた身体を脇に押しやると大股に足を踏み出し部屋を横切った。鎧袖一触、行き掛けの駄賃とばかりに振るわれた豪腕が一人を吹き飛ばし、もう一人は蹴飛ばされて壁に叩きつけられる。

 落ちればただでは済まないだろうに、カドモスに躊躇いはない。捕まえようと腕を伸ばしたシドの目の前で、痛みを覚悟し歯を食いしばりながら下に消える。

 窓枠から顔を出したシドは直下に蹲る目標を発見すると壁を蹴り崩して後に続いた。背後に降り立つと這って逃げ始めたので、その足首を踏みつけ、じわりと体重をかける。

 乾いた小枝を踏みしだいたような音がした。


「――っ!? ぐぅああっ!」

「殿下っ!?」


 建物の周りに集まっていた兵士達が慌てて駆け寄るが、シドがカドモスの首根っこを掴んで掲げると悔しげに顔を歪め、足を止めた。


「卑しい賊め! 今すぐその手を離せ!」

「貴様等ァ! 生きて出られると思うな!」

「殿下、すぐにお助け致します!」


 集まってきた、二通りの装備に身を包んだ兵士達が口々に声を発す。

 それに対しシドは背後から首を締め上げながら王子の姿を見せつけた。


「動くなよ、お前達」

「殿下!」

「動くなと云っている。この人質が目に入らぬか」


 シドの要求を兵士達は突っぱねることができなかった。上の判断を仰ぐために遣いをやりつつ、扇状に包囲して隙を窺う。

 そうしているうちに、シドの背後の頭上からするするとロープが垂れてきて、キリイ、ミラ、サラが降りてくる。降りて周りを見渡せば、虎視眈々と弓や弩で兵士が狙っている。急いでシドと王子の影に身を隠した。


「――さて、この男の命が惜しくば道をあけてもらおうか」

「そのようなことが出来るか! むざむざ見逃したとあっては王に会わせる顔がないわ!」

「………」


 シドが云うと威勢よく返した兵士とそうでない兵士がいた。彼等の差はそのまま所属の違いである。元々この城塞にいた兵士達には王子に対する責任が近衛ほどない。下手に干渉して取り返しのつかぬ事態を招くよりは対応の一切を本来の責任者に丸投げしたほうがいいと考えるのは不思議ではなかった。


「お前達は既に任務を失敗している」


 陸続と集まってくる兵士達を前に、シドは言葉を尽くす。


「始めに宣言しておくが、俺はお前達のいかなる譲歩に対してもこの男(・・・)の身柄を引き換えにするつもりはない」

「なにを――」

「まあ聞け。ここで重要なのは例えお前達がどのような対応を取ろうとも、俺がこの男を連れて戻れると信じていることにある」


 実際に可能かどうかを敵と話しても平行線を辿るに決まっているが、シド自身がどう思っているかについてはシドの心中のみで帰結している。このことに対し敵は口出しできない。


「ここから人質を連れて逃げ出せると信じている者が取り引きに応じるわけがなかろう。つまりお前達は――俺が実際にどのような力を持った存在であろうとも――結局は王子の身柄を諦めねばならないというわけだ」

「ふん」


 しかしシドの言葉を、大層な鎧を着ている兵士は鼻で笑った。


「賊との取り引きには応じない。それに貴様が殿下を生かしておくことに固執しているなら俺達が何をしようとも手は出せまい。もし殿下が死ねばお前達は考えうる限り最も惨めで酷たらしい死に方をすることになるだろう。それが嫌なら殿下を大人しく解放することだ。恩情をかけてもらうにはそれしかないぞ」

「それはどうかな」


 シドは視線を城壁へと向けた。壁の向こう側は見えないが、そこには都市が――さらにその外周にも壁が――存在している筈であり、攻撃に身を晒しながらの脱出ではシド自身はともかく他は無事では済まないだろう。

 誰が死のうと計画が停滞することはないが、兵を戦場に送り出す時には武器を持たせるように、できること、やっておいたほうがいいことはやっておくのは死ねと命じる指揮官の責務である。

 シドは首を掴んでいる腕を振り払おうと無駄な努力をしているカドモスの手首を握って折った。


「――貴様っ!」

「この男は生きていたほうが都合がいいが、死んでもやりようはある。俺がこの男の利用価値にどれだけの重きを置いているか試すのは利口とは云えんぞ」


 背後から顔に手をかけ、手探りで眼窩に指を立てる。内眼角に突き入れると押し出される形で眼球が飛び出す。

 カドモスの身体が弓なりに反った。


「次は耳だ」


 シドは右の耳朶を指で摘んで云った。


「さあ、道をあけろ。それとも自分達の主が指で解体される光景を見てみたいかね」

「………」

「この男を生かすには道を空けるしかない。王族には利用価値があるので殺さないというのはお前達にも理解できる筈だ。この場を見逃しても王子が死ぬことはないと約束しよう。仮に力づくで奪還を試みた場合、俺はお前達を殺して正門から歩いて帰る。お前達にはそれを邪魔できぬし、殺せるとしてもせいぜいが背後の三人だけだろう。それでよしとし、王子と後ろの三人の命を引き換えにするか? もしそうなったら俺はお前達をなるべく殺さずに脱出しようか。お前達が後で王からなんと叱責を受けるか楽しみだ」


 シドは囁くように続けた。


「今なら王子の身を案じて引いたと云い訳が成り立つぞ? 責任は傍にいながら守れなかったお前達の同僚に被せることができる。だが一旦手を出してしまえば、王子の身を守れなかった責はお前達にいくだろう。それによく考えてみろ。この俺の力がお前達でどうにかなる程度のものでしかないのなら、そもそもこうやってこの男の身柄を手中にしていない。――違うか? 王子を守るお前達の同僚は稼ぐ意味すらない僅かな時間しか稼げなかった」

「……黙れ。このまま見過ごしてどうやって王の元に帰れようか。戦って殺された方がマシなくらいだ」

「やれやれ、死んで責任回避か。この国は余程人材に不足していると見える」

「なんだと!?」

「今優先させるべきは任務に失敗したお前達の外聞などではなく、王子の安全ではないのかね。ここは恥を忍んで生き長らえ、好機を待つのが正しい。――ああ、もちろん王はお前達を責めるかもしれん。死を命じる可能性だってある。だがそれとここでの死とは決定的な違いがあろう」


 シドは一旦言葉を切り、相手を責める口調で云う。


「お前達は何故自らの処遇を自身で決めようとしているのだ。それはお前達に与えられた職権を逸脱してはいまいか。なるほどお前達の失敗は死をもって償わねばならぬほどのものかもしれない。だがそれを決めるのはあくまでも王であってお前達ではあるまい。――どうだ? 俺の云っていることにおかしなところがあるか?」

「………」


 シドの言葉が浸透してすぐは、兵士達は肯定的な雰囲気であった。シドの背後にいるエルフ姉妹は自らの指揮官の口の上手さを心の中で大いに讃え、このまま大手を振って城門を歩いて出られるのか、と喜んだ。しかししばらくすると、


「――騙されるな! そいつの言葉は俺達が敗北することを前提にしたものだ! 皆、目を開いて見ろ! 殿下は目の前なんだ! 俺達はまだ挽回できる!」

「……馬鹿共が」


 手前にいる敵からあがった声に、シドの眼が内心を表すかの如く赤く輝く。


「まだ立場の違いをわかっていないようだな。俺はお前達の弱みを握っているが、お前達は俺の弱みを握っていない。これは取り引きでもなければ懇願でもない。お前達には選択の余地など残されていないのだ」


 返事はなかった。最早言葉を交わす必要はないとばかりに、武器を手に殺気をぶつける兵士達。


「ちょっと! どうにかしなさいよ!」

「心配するな。水が高いところから低いところへ流れるように、玉を握っている俺は自陣へと帰還を果たせるだろう」

「あたし達が入ってないじゃない!」

「それはこいつ次第だ」


 シドはサラにそう答え、手をカドモスの首から離す。するとカドモスは一人では立てずに尻をついた。

 地べたで咳き込むカドモスに云う。


「お前が説得するんだ」

「……はっ、ふざけたことを」


 右の眼窩から赤い涙を流すカドモスは呼気とともにそう吐き、残った眼でシドを睨みつける。


「人質として利用されるくらいならここで死ぬ」

「まったくどいつもこいつも――」


 シドはさもおかしそうに笑いを漏らし、


「どうして理詰めで考えん。まともな思考力を有しているならここは人質を取った俺を頭を下げて見送るよう勧めるところだとわかるだろうに」

「………」

「別に死にたければ死んでも構わんよ。王族としての義務を放棄して自殺するがいい」


 まともに務めも果たせぬ王族――とシドは小馬鹿にしたように呟き、


「お前が死を選ぶのは代わりがいるからだろう。なあ、王子よ、兄弟がいるから死んでも問題無いと考えているのだろう? だがそれは逃げだとは思わんかね」

「………」

「不慮の事態に対し、血を残すための予備はあるに越したことはない。――違うか?」

「……その血によって国に不利益をもたらすわけにはいかない。俺を人質にとっても無意味だ。弟がいる以上、王は譲歩しない」

「父親を信じているのだな」


 聞きたかった台詞を聞けたシドは上機嫌に応じる。


「ならばこそ、お前は死を選ぶまい。自身の存在が王の判断に悪影響を与えないと信じているのなら、後は血を残すための道具として生に執着するのみ。それこそが王族としての正しい在り方だ。お前がここで自ら命を断つということは、王であるお前の父親が息子の命を助けるために判断を誤ると云っているようなものだからな」

「それとこれとは話が別だ! 我が身可愛さの行動を選ぶなど上に立つ者のすることでは――」

「もちろん我が身可愛さではないさ。お前はここで命を断った後のことを考えないのか? 果たして、その時死ぬのはお前だけだろうか?」

「………」

「お前が矜持を満たすために死を選ぶことによって、この近辺にいる兵士達は死ぬことになるだろう。生き残ってもお前の死の責任を取らされるかもしれん。そうならないとは云わせんぞ。お前にはちゃんと分かっている筈だ。ここにいる兵士達と俺、戦えば勝つのはどちらかということが」


 シドは己の言葉を噛み砕こうとするカドモスを辛抱強く待った。待ってさらに続ける。


「お前が武器を収めろと命令すればこれ以上誰も傷つかずに済む。お前を守れなかった生き残りの兵士達は王の叱責を受けるかもしれんが、お前を取り戻すための機会を与えられるかもしれん。戦力を整え、勝てると思える戦場、作戦に命をかけることができる。お前が大人しく俺に同行しさえすれば」

「ま、待て。待ってくれ。何かおかしい。お前の云っていることは間違っていない……と、思うが、賊のやり方などに――」

「お前の抱く違和感は敵である俺の言葉が真実である筈がないという先入観によるものだ。今から、何故敵である俺がお前達の利をもって説くのか、答えをやろう」


 シドは先程発言した一人の兵士を指差した。


「さっきあの男が云った通りだ。俺はお前達が俺に抗しえないという前提で話を進めている。戦場では基本敵の利は味方の損失であるが、それも前提次第。つまりお前がまずやるべきことはこの前提が成り立つのか否かを考えることで、俺とお前達に共通する利益の求め方についてはそれからでいい。俺がその手伝いをしてやる」


 まず第一に――と、シドは惚けたような表情を晒すカドモスに云う。


「王族であるお前は自殺などしない。何故なら、王であるお前の父親は息子の命惜しさに判断を見誤るような愚かな男ではないからだ。お前を助けるために尽力はするが、秤の反対側に載せられたもの次第では切り捨てる選択もできる王である。――そうだな?」

「そ、そうだ……」


 もしここで首を横に振られていたら、シドはカドモスに猿轡を噛ませ強行突破する羽目になっていただろう。

 シドにはどちらでもよかった。そうなれば敵の首魁が愚かな男だと判明するからだ。しかし幸か不幸かカドモスは肯定した。これが息子の贔屓目でなければ人質としての価値は薄れる。だが――

 シドはじっとカドモスを見下ろす。この王子はシドに捕まった時点で死ぬのが決まっていた。シドは王子の身柄を何かと引き換えにするつもりはない。王子は人質であって人質ではないのだ。


「お前は生きて王の判断を待たねばならん。跡継ぎの予備にいくらベットするかは王の考えることだからな。お前の仕事はなにがなんでも生き残ること、ということになる。生死は王が決めるのだ」


 そして第二に――と、シドは周囲を指し示すように左から右へ腕を払った。


「周りにいる兵士達は俺からお前を取り戻せると思うかね? 今回の襲撃だけではない、それ以前のお前との戦いの経緯をも含めて判断してみろ。俺は数さえ揃えれば勝てる相手だったか? 魔法を使える戦力をただぶつければ勝てる相手だったか? お前の護衛は待ち構えていてすら俺から眼帯を奪うことしかできなかったぞ」

「………」

「ここまで云えばあとはわかるな? ――お前のやるべきことが」 


 云い終わると、シドはカドモスの腕を掴んで立たせ、兵士達に向かって顎をしゃくった。

 俯いていたカドモスはのろのろと顔を正面に戻し、絞るように言葉を発する。


「……皆、道をあけるんだ」

「――殿下ッ!?」


 周囲から悲鳴のような声があがった。


「お止めください殿下! ご命令くだされば必ずや――」

「止せ! 道を空けてやれ!」

「し、しかし――」

「王には俺が命令したと伝えろ。それと……俺のことは気にするなと……。全てが終わった後に運良く命があれば、王族としての務めも果たせよう」 

「で、殿下……」


 兵士達は顔を歪めてカドモスを見る。それは裏切り者に対するというよりは殉教者を見る目に近かった。シドの従える兵士の構成やカドモスへの対応から、ついて行けば無事には戻ってこれないぞ、と暗に訴えている。

 一方シドはカドモスが兵士を説得している隙に後ろの姉妹に手を挿し出し、


「なによ?」

「ロープを寄越せ」

「ロープ? 何に使うの?」


 訊ねたサラと違い、ミラが黙って背後に垂れ下がるロープを切り取って手渡す。

 シドはそれを受け取ると、手持ちのナイフでカドモスの右手首から先を斬り落とした。


「――え?」


 いきなり振るわれた凶刃に、カドモスがきょとんと落ちた手に視線を落とす。その手に、零れ落ちた血が雨のように降りかかった。


「な、何故……?」

「で、殿下ッ!」

「全員動くな!」


 怒りの形相で斬りかかろうとした兵士に、シドはカドモスの首にナイフをそえつつ叫ぶ。

 あまりの大声に篝火の炎さえ揺らいだ気がした。


「貴様ぁ、舌の根も乾かぬうちから……!」

「心配せずとも止血してやる」


 シドは兵士に答え、敵の動きが止まったのを見計らってカドモスの右腕をきつくロープで縛る。


「あああ、あんた何考えてんのよ! せっかく話がまとまりかけてたのに!」

「な、何の真似だっ……」


 サラの言葉に合わせるように蹲ったカドモスも問いかけてくるが、それには応えず、シドは近くにいた兵士に話しかけた。


「馬を持ってこい」

「なんだと!?」

「馬だ。先導するお前の分も含めてな。早くしないと出血で王子が死ぬかもしれんぞ」


 そう云うや止血帯を緩め、再び出血が増すのを眺めるシド。


「馬鹿な! 正気か!? 殿下に何かあればお前達を生かして帰す理由が失くなるのだぞ!?」

「ならば急がないとな。お前がこうやって話している間にも血はどんどん失われていく」

「くそぉっ! 馬だ! 馬を持ってこい!」


 自棄になったように兵士が叫ぶ。

 馬を求める怒鳴り声が木霊するなか止血帯代わりのロープを締め直すと、痛みを堪えるカドモスが早くも後悔混じりの顔を向けてきていた。

 









 城塞の奥深くで深夜に発生したと思しき火災は夜明け頃にはわからなくなった。空が白んだせいなのか鎮火したのか、離れた場所にいるベリリュースには判断がつかなかったが、シドが失敗したとは思わなかった。

 だいぶ中身を減らした、被服や予備の装備、矢弾や飼い葉、穀物に水で薄めた酒、干し肉、パン、塩、屑野菜を積んだ荷馬車が街道とその周辺を塞ぎ、出発の時を待っている。戦闘人員そのものに匹敵するほどの体積を占めるこれらはいようがいまいがベリリュースの悩みの種であった。

 ルオスを脱出してきたエルフ本隊が合流した今、日毎の消費量は前よりも増し、早急に補給のために動きたいものの、それは略奪によってしか成されないという事実。現地調達に頼る軍隊がよくそうなるように、この集団も目的のために維持されるのではなく、維持のために目的を設置する必要に迫られている。敵ではなく、まず町や村を襲撃するのだ。

 このような状況から、ベリリュースは空いた時間を使って一部のエルフとヴェガスを呼び、粗雑な地図で東に向かって進軍経路を模索した。組織的掠奪によって成り立つ軍隊の利点は進軍速度を度外視し、後方からの補給線を無視できることにある。

 この戦闘集団に課せられた制約は二つだった。方角が東であることと将来の決戦場たるべき平野から離れすぎていないこと。たったそれだけだ。荷馬車のせいで街道を外れることはできないが、これはどうせ町家や村に付随するものである。

 おおまかな方向を決定した後は襲うべき集落を見定めるために斥候を放つ。千近い規模の兵隊を食わせるにはそれなりの人口が必要で、なにより馬の問題がある。広い農地や倉庫を有する集落は必然それなりの規模にならざるを得ない。

 そこまで動いたところで見張りから報告があった。

 表に出たベリリュースは馬二頭とそれに乗ったエルフ姉妹、手が欠損した男が二人、徒歩で移動するシドの姿を遠く視界に捉える。

 失敗するとは思っていなかったが、実際に戻ってこられるとさすがに動揺した。よくぞ、といった感がある。

 率直な感想として、それが口から出た。


「よく戻ってこれたな……」

「当然だ」


 ベリリュースの目の前まで来たシドは答え、馬上から目と右手のない男の体を引き摺り下ろした。


「こいつの両足と左手も落としておけ」

「……了解」


 そっと耳打ちすると、頭に頭骨を被った男が棒鈎を足首の裏に突き刺して有無を云わせず引き摺っていく。

 ベリリュースは唖然としてそれを目で追い、


「……あれが王子?」

「そうだ」

「……あれはキリイ?」

「そうだ」

「………」

「………」


 ベリリュースは咳払いを一つした。


「王子は弱っているみたいだが、手足を落としたら死んでしまうのでは……?」

「云っても無駄よ! そいつは頭がおかしいのよ!」

「……む」


 サラだった。

 横から割り込んだ声にベリリュースは顔を顰める。そんなことは今更で、わざわざ答えてもらうまでもない。

 ぎゃあぎゃあと喚くサラとその姉が姿を消すとシドに再度訊ねる。


「王子の治療は?」

「手足を落としたら止血と消毒だけやっておけ」

「死ぬかもしれないが……」

「つまらんことを云うな。俺が敵から譲歩を引き出せたのは何故だと思っている」

「……というと?」

「俺は、王子は生きていたほうが都合がいいが、同時に死んでしまってもいいと考えているのだ。何を失っても構わないと考えている相手と同じ卓について勝てるわけがなかろう」


 重要なのは敵がどう思うかだ。そういう意味では、王子が生きている状態で敵の手を脱した時点でシドの目的は達成されているといってもよかった。


「はあ……。ところでゴブリン達がいないようだが……?」

「奴等なら戦死した」

「……船は?」

「さあな。どこかに落ちたのだろう。回収は必要ない」

「いいので?」

「戦争とは摩擦だ。消耗品をぶつけ合い、先に擦り切れた側が負ける。失ってはいけない消耗品などその時点で矛盾していよう。個の兵器に執着せねばならない軍とは哀れなものよ」

「……では予定通り東に向かいつつ掠奪を?」

「そうだ」

「兵の補充は? 近辺の集落の数と今の荷馬車の数なら、もう少し増やせると思うが……」

「止めておけ」


 シドの率いる集団は古いタイプの軍隊とその戦争形態を踏襲していた。即ち敵の犠牲によって生存することである。

 シドの知識によればこの形態によって維持される軍が消滅した理由に、肥大化によってその維持が物理的に不可能になったという事実があることから現時点での拡充には慎重になるべきだった。


「既にどの戦場にどれだけの兵力を集中し、いかなる運用をするのかという答えは出ている。お前は事務員(・・・)どもに仕事をさせて出た問題を解決するだけにしておくんだ」

「はっ」


 ベリリュースは踵を合わせてその場を後にする。

 その後、シドと合流した集団は空胃袋の命じるままに東進し、そのナイフとフォークは日が頂点に差し掛かる頃には最初の村落に対し振るわれることになった。


 

  


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