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永遠の戦士  作者: ブラック無党
神の国
106/125

ミルバニアにて―会議二―

「よぉしいいぞぉ! そのまま引いてくれ!」

「よぉーし引けー!」


 監督役に抜擢された村人が声を張り上げると、大勢の男達やヴェガス、オーガ達がそれを合図に縄を引いた。縄の先には天を突かんばかりの高さに達している投石器(トレブシェット)の腕木があった。腕木からぶら下がる、縄で揺られた籠とその中に入っている石が重そうに揺れている。

 腕木の四分の一のところには旋回軸があり、その基底部には鉄の平衡錘が取り付けられていたが、男達が縄を引くと錘はあがっていった。


「放せぇっ!」


 監督役が叫び、引っ張っていた者達が云われたとおりに手を放すと分厚い腕木が不気味な唸りをあげながら旋回する。平衡錘が重力に従って下に落ち、反対側の籠に入った石弾は放物線を描いて飛んでいった。

 その、人間ほどの重さのある石の塊が遥か視線の先で土を跳ね飛ばしながら着弾したのを見た観衆は、おおお、と感嘆の声を漏らす。

 如何に過酷で意に沿わぬ労働であろうとも、城壁をも破壊する巨大な兵器を自らの手で造り上げたことに対する達成感は薄れるものではない。彼等だけではなく、試射を眺めていた他の者達の顔にも驚きとほんの少しの嬉しさが垣間見える。

 そして他の場所では投石器の他にも引っ張りとねじりの力を利用した投射機(カタパルト)弩砲(バリスタ)が試され、それら全ての射撃武器について弾の重さと射程距離についてのデータが集められた。

 だが可動楯(マントレ)攻城塔(ベルフリー)破城槌(バタリング・ラム)といった肉迫攻撃に用いられる兵器は製造されていない。シドが麾下の損害を嫌ったからだった。シドが今の段階で許可できる攻城戦は遠距離攻撃のラインまでで、近づいての攻撃は被害が増え過ぎ計画自体の変更を余儀なくされるのだ。

 しかも投石器の射程を決める平衡錘はシドやオーガ達の手によって据え付けられており、その重さゆえに原始的な攻城兵器としては目を見張る射程距離を達成している。数は一台しかないが、敵が痺れを切らして出てくるまで投石を続ければわざわざ壁に取り付く必要はないと思われた。

 シドは村人達同様満足げに試射を眺める。


「よくやったぞ、お前達。お前達が背信しない限り俺は必ずやこの働きに報いるであろう」


 シドはここでやっと捕まえた村人達にまとまった休息を与えた。そして作戦会議を開くため皆を集める。

 キリイ、ミラ、サラ、ターシャ、ベリリュース、ドリスの他に、ルオスを放棄して合流したヴェガス達、それに元村長ライルもいた。ライルはシドが言葉を尽くすことも、脅すこともなく頭を下げた最初の男である。シドはそれを忘れていなかった。

 騎士団から奪った一際大きい指揮官用天幕で車座に座らせ、シド以外に飲み物が配られる。


「お、珈琲じゃないか」


 キリイが珍しげに手にとった杯の中身を見て云うと、


「なによそれ」


 サラが初めて見る飲み物に眉を寄せて訊ねる。


「金持ちの飲み物だからな。知らないのも無理はないさ」

「バカにしてんの!?」

「違う! ただそれだけ珍しいってことだ!」

「静まれ」


 シドは声をかけた。


「サラ。キリイはただ、お前が貧しい暮らしをしていたことを哀れんでいるだけだ。怒るな」

「怒るに決まってるでしょ!」

「だから違うって!」

「では今から作戦会議を始める」


 一人立っているシドは皆に見える位置に木の板を掲げ、石墨で絵を描いていく。

 描いた拠点は四つ。そして戦力も四つだ。その内訳は王都、ガードル、ルオス、そして野営地であるこの場所であった。

 野営地を中心に、ガードルは目と鼻の先である北に、王都は遠いので距離を割愛しガードルの左側の離れたところに描いた。そして最後に下の方にルオスを描く。さらにその上から軍勢を四つ、それぞれの場所に被せて描き、


「これが現在の大まかな情勢だ。質問はあるか?」

「ハイ!」


 サラが手を勢いよく手をあげた。


「その左端の部隊は一体何よ?」

「どうやらないようだな」

「……えっ?」


 きょとんとした顔をしているサラを尻目に、シドは頷いてガードルを棒で指し示した。


 「俺達の目下の狙いはここであるが、それを攻めるにあたって邪魔になりそうな要因が二つ存在している。それがここと――」


 王都近辺の部隊とルオスの部隊を順に指し、


「ここだ。まずはどう動くかがわからない南に対する処置から説明する」

「…………」

「もしこの軍勢が北に――即ち俺達の方に――向かってきた場合だが」


 シドはライルに顔を向けた。


「ライル。もうじき俺達はここを発つが、お前達はその後どうしてもよい」

「――へ?」

「今何を云おうといなくなってからの保証にはなり得ないからな。例えここを維持しろと云われて了承しても、その時に実際どう動くかは俺にはわからん」

「………」

「しかし覚えておけ。もし俺が戦いに勝利を収めたなら逃げた奴等を決して許しはしないということを。そして本気でここに残る気があるのなら、南から軍勢がきた時に時間を稼ぐのだ」

「時間を……?」

「そうだ。武器を手に立て籠もってもいいし、嘘偽りを教え撹乱してもいい。手段は問わない。俺に伝令を送るとなおいい」


 ライルが裏切る可能性を視野にいれて残りは胸の内に仕舞っておいた。そして北側の敵への対処法は聞かせても構わない。南の敵がくる頃には既にシド達は行動に移っているからだ。

 シドは次に王都方面を指した。これはガードルに逃げた王子がいた場合の展開だ。王子がそこに駐留しているなら援軍が来る可能性は高い。


「これが存在した場合、狙いはわかっている。そこで対処法だが、これと城塞の戦力を合流させた後野戦で撃破して、その残りを城に逃げ込ませて攻城戦に移るのが理想である」


 正面からぶつかれば勝てる自信があるのなら、銃による影響力を増すために一度の戦いにおける敵数は多いほどいいというのがシドの考えだ。小分けにした敵を撃破しても他の地域では士気の高い敵とその都度戦わなくてはならなくなる。


「まず敵の城塞に対し、相手の射程外から昼夜問わず投石器による攻撃を仕掛けつつ敵の援軍に備える」

「先に攻め落とすのは駄目なのか?」


 ベリリュースが訊いた。各個撃破は戦術の基本だからだろう。


「守るにはこちらの数と知識が足りないし、野戦の方がこちらの長所を生かせる。ゴブリンやオーク達に城塞の地理と効果的な戦法を教え込むにはかなりの時間がかかるからな」

「落としてすぐ徴兵するのは?」

「それは敵の援軍がくる前に落とすという前提だろう。力攻めはこちらの被害が多くなる」


 シドは首を振って否定した。

 ――これは嘘だった。城を落とそうと思えばすぐにも落とせる。しかも被害なしにだ。だがそれにはシドが単身で乗り込む必要があり、そうするのは長い目で見た場合のデメリットが大きかった。

 シドは誰が相手でも負けない自信はあったが、それには条件があるのだ。それは、戦う相手がシドのことを人間か、最低でも生物と認識していることである。シドを無力化する最も簡単な方法は地形を利用した大規模な罠であり、普通は個人相手にそのような手間は掛けないものだ。

 シドがいくら強くても城の中で逃げ惑う敵を全て追尾して始末するのは不可能であるし、近衛相手に麾下の封鎖線が有効に働くとも思えない。つまり、直近の戦いまでは魔法に優れた戦士ならば可能な戦果だと判断しているが、城を単独で落とすのは個人の所業を逸脱すると考えており、その情報が拡散することに危惧を抱いているのだった。勿論銃を使って殺戮しても同じように見られる可能性はあるが、銃は所詮道具である。所持している武器がいくら強力だろうと、それは本人の存在に対する畏怖を高めるわけではない。恐れられるのはあくまで道具なのだ。

 こちらの世界の人間から見て、城に単独で潜入し、内部の戦力を根こそぎにできる存在と、平野で広範囲に渡って魔法を行使する存在のどちらがより人間離れしているかという問題であった。

 シドの判断では地力に優れているのは前者である。

 そしてもう一つ、理由があった。

 それは、シドが単独で城に潜入し、そこを支配する者達を殺しても、それは暗殺者でしかないということだ。暗殺者よりも軍隊を率いて正面から敵を打ち破り、入城した男にこそ人はより従順になる。それがシドの考えだ。

 シドは己が万能ではないと知っている。物事を得意分野に誘導するやり方は当然として、神を名乗ることについてもそうだった。

 シドが今後大々的に神を名乗ったとして、実際に敵は神であるなどと本当に信じたりはしない。神を詐称している男と思うだろう。そしてそれこそがシドの狙いなのだ。人間扱いしている限り、彼等はシドを滅ぼせない。シドを滅ぼせるのは、シドの云うことを――その一部であるにしろ――信じた者だけだ。神でも殺せるような準備をする者こそがシドを滅ぼせる。だが感情面でも兵士の士気の面においても、敵が神ではないにしろ、普通の存在ではないと信じるのは抵抗がある筈なのだ。

 敵が馬鹿でもなければいずれはバレる。そこで信じたくない、もしくは信じ難いであろう情報を敢えて提示することでそれを遅らせる。――そして、それを乗り越えて敵が真に信じた時、シドの求心力は敵の兵士や民にすら働くようになるだろう。

 シドがこの世界の国家間に神として名乗りをあげた時点で、敵は逃れようのない罠に掛かることになるのだ。

 この長期的な策はシドが己の力を過信していない証拠だった。謙虚なのだ、シドは。  

 

「我が軍は城壁を破壊しつつ来るかもしれない敵の援軍を待つ。敵には急がない理由がないので凡その時期は予測できる。それを過ぎても来ない場合は城を攻め、来れば援軍から叩く。城に篭った敵が援軍の到来とともに出撃した場合はそれを合流するよう仕向ける。これは難しくない筈だ。寡兵に対しわざわざ軍を分けるのは各個撃破の理由を作るからな。こちらが少数だとの情報を敵に与え、挟撃できない場所に陣取れば敵には数を頼みに責めない理由がなくなる」


 シドはそう云うと黙って皆の顔を見回した。


「何か質問はあるか?」


 そう云ったが、誰も手をあげなかったので次に進む。


「攻めるガードル城だが、二重の城壁に囲まれた一般的な造りだ。奥に主塔(キープ)があり、防御城塔と幕壁に囲まれている。その外側には都市が広がっているが、それを守る城壁は内側よりは低い。最外縁は空堀で、城門には前衛塔(バービカン)が備わっている」


 シドは言葉が浸透するのを待ってから、


「マリーディア」

「は、はい」

「お前は射撃兵器の平衡錘や石弾の重さによる射程をまとめ、実戦時には着弾箇所の修正だ。縄を引く距離は常に八割の長さで行い、弾の重量変化が小さい場合はその距離で対応し、大きい場合は平衡錘を付け替えろ。それと石弾は元となる石の大きさから数種類ある。全部を同じにしろとはいわんが、無駄がなるべく出ない、平衡錘の付け替えをしないで済むよう基本となる重さをいくつか決めて削らせておけ」

「……はい」


 マリーディアは元気がなかった。兄であるアキムが行方知れずなのだ。アキムがいなければ構ってくれるのはキリイくらいだが、その彼も自分の仕事を犠牲にしてまでそうしてくれるわけではない。


「何か云いたそうだな」

「……その」


 シドが訊くとマリーディアは意を決したように、


「あ、兄の捜索はいつやるんだ?」


 と訪ねた。ルオスで家を飛び出た後、騒ぎが起こって一緒に逃げ出したものの、そこに兄の姿はなかったのだ。


「………」

「兄の捜索はいつやるんだ?」

「何故二回も云うのだ」

「き、聞こえなかったと思ったからだ! 聞こえてるなら返事くらい――」

「マリーディア」

「うん?」

「お前はまだ子供の域を脱していないからわからんだろうが、大人の世界にはこういう言葉がある。返事がないのが返事――という言葉がな」

「それは無視してるだけだろ!?」

「違う。答える価値もない、ということだ」

「さ、探してくれないのか!?」

「そうだ」

「酷いじゃないか! アキムはお前のために――」

「勘違いするな。俺は別にアキムの生死がどうでもいいわけではない。できればまた生きて会えることを望んでいるさ」

「なら――」

「あいつには望んでいるだけで十分だろう」

「――も、もういい!」


 マリーディアは足を踏み鳴らして立ち上がった。


「ワタシ一人でも探しに行く!」

「それは無理な相談だ」

「ルオス方面に行けば生きてれば会える!」

「そういう問題ではないのだ。お前には投石器の管理という重大な仕事がある。それでは探しに行けまい?」

「そんな!」

「だいたいよく考えてみろ。アキムが生きていれば行き違いになる可能性のほうが高い。あの男の性格的に、生きていれば間違いなくお前のところへくる筈だからな。戻ってこなければ死んでいるということだ。あの男は一かゼロだ。行動を読むのが鼠より簡単だ」

「………」

「それにお前はアキムを探しにいくより夫でも探したほうがいいのではないかな。孕めば従軍しなくてもいいぞ? 機会は今しかない」

「そ、それは……」


 真面目な話、考えないでもなかったのだろう。マリーディアは云い返せなかった。


「だがアキムが生きて戻ってきた時、お前が結婚していたら夫は殺されるかもしれん。つまりお前は今まで通り大人しく計算していればいいということで結論が出たな」

「………」

「座っていろ」


 シドが冷たく云うとマリーディアは座り直す。


「心配するなって。あいつがそう簡単にくたばるわけがないさ」


 キリイは慰めるようにそう云い、杯を傾けて中身を口に含んだ。もしアキムが戻ってこなければ、シドが云ったようにするのが一番この少女のためだろうと思いながら――

 キリイの飲む、シドの珈琲は苦い。



 


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