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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
10/125

道中にて―奇襲―



「なんて暑さだ!」


 そう毒づいて、アキム=トーリアは面付き兜(ヘルム)顎当て(ラッパー)を勢いよく脱いだ。

 アキムはまだ二十を越えたばかりの青年である。精悍な顔にいつもなら悪戯っぽく輝いている茶色の瞳が、今ばかりは情けなく垂れ下がっている。

 兜を脱ぐと視界が大きく広がり、火照った頬に風が当たる。

 アキムが心地よい風を唯一剥き出しになった顔で享受していると、隣を並走するキリイが馬を寄せてきた。


「おい、アキム。ちゃんと兜を被れよ。隊長に見つかったらどやされるぞ」

「な~に、少し位構わんさ。王国を出てからこっち、ずっと被りっぱなしなんだ」


 頬を撫でる風が気持ちいい。アキムの顔から汗が引いていく。


「だいたいわざわざ完全武装した騎士を護衛につける必要があったのかね」


 アキムは自分含め列を為す集団を見た。板金鎧(プレートアーマー)を装着した騎士達が三十、不満も漏らさず黙々と馬を歩かせている。

 アキムが居るのは最後方だ。少し馬体をずらすだけで、炎天下にフライパンを着込んで馬に乗る馬鹿共を見渡すことができた。

 列の中央には、質素だが作りのしっかりとした四頭立ての馬車が見え、周囲の騎士は鎧に多少の装飾が入っている。

 

「どうせなら俺もあそこの場所が良かったよ。麗しき伯爵の傍なら暑さも忘れるというものさ」

「こっそり兜を脱ぐような奴がいけるものか。お前は腕はともかく礼儀がなってない。最後尾がお似合いだろうよ」

「お前も最後尾のくせによく云えたものだ」

「――俺が最後尾なのはお前のせいだろう!」


 思わず語気が強まるキリイ。慌てて前を見たが、兜のせいで思ったより響かなかったらしい。手前の数人が少し気にした素振りを見せただけだ。

 

「お前の素行が悪いせいで、俺まで同じ扱いだ。同部屋だからといって扱いもセットにするのは勘弁願いたいね」

「そんなつれない事云うなって。俺とお前の仲じゃあないか」


 アキムはニヤニヤと笑いながら云う。キリイは剣の腕前も、上へのおべっかもそれなりに(こな)す。本当なら最前列とまではいかないものの、もう少し前に並んでいてもおかしくない。

 はっきりいって最後尾は掃き溜めである。騎士が最も得意とする戦いでは手柄を立てにくく、取り回しの不利をつかれた奇襲では殿をやらねばならない。だから、アキムのような者が配されるのだ。騎士道を謳い文句にするのなら、殿くらい進んで引き受けても良さそうなのだが、悲しいかなこれが現状である。

 

「いい加減兜をつけろ。もう充分涼んだろう」

「涼むために外したんじゃないぞ。奇襲に備えて視界を確保したんだ。警戒を忘れないのは騎士たる者の務めだからな」


 ――は? といった感じでアキムを凝めるキリイ。アキムはそれを真面目な顔で凝め返す。

 ―――しばしの沈黙の後、


「「――プッ」」


 と二人揃って吹き出した。


「ハッ! いきなり何を云いだすかと思ったらお前。俺はまた暑さで頭がヤられたんじゃないかと――」

「酷い事を云うな。――プクク。人が頑張って真面目な騎士を演じたっていうのによ」

  

 馬上で笑い続ける二人。

 キリイはアキムより五つ年上であり常識も弁えているが、なんだかんだといいつつもアキムに付き合ってしまう。こういう所が原因で、二人一緒に最後尾に廻されたのだが、当の本人は気づいていなかった。

 そして当然の事ながら、笑い続ける二人の姿は前を行く騎士達の注目を集めた。

 馬車の傍らにいた騎士が速度を落とし最後尾に近づいてくる。気づいたアキムがヘルムを被り直し、その中で舌打ちした。


「――ヤベェ。見つかっちまった」


 キリイはヘルムに隠れた顔を青くして云う。

 近づいてくるのは、この護衛隊の指揮官である百人長である。

 百人長は二人の前まで来ると兜を脱ぐ。大きな顔の周囲を頭髪と同じ癖のある赤い髭が覆っている。その髭が汗でぬらぬらと光っていた。


「――うへぇ。手前ェは一生兜を被ってろっての」  


 アキムがボソっと呟く。

 百人長は忌々しげな眼つきで二人を睨めつけた。


「――貴様ら、いい度胸だな。任務中に仲良くお喋りとは余程時間が余っていると見える」


 百人長アトキンスは大きな身体を上下させ、荒い息を吐く。だいぶ熱気にまいっているようだった。

 アキムは兜の中でほくそ笑んだ。ギョロリとした眼。大きな鼻。そして厚ぼったい唇。アトキンスの姿はオーガそっくりだ。

 アキムは、場末の酒場でくだを巻く兵士たちが彼のことをオーガ呼ばわりしていたことを思い出し――


「アトキンス隊長!」


 いきなり叫ぶとヘルムを脱ぐ。


「……なんだ」

「――いえ、今自分の目の前にオーガが現れたような気がしたのですが……どうやら暑さで幻覚を視てしまったようです」


 申し訳ありませんと頭を下げるアキム。アトキンスのこめかみに血管が浮き出た。

 隣からガチャリと音がする。キリイが篭手(ガントレット)を鞍の前弓(ボウ)にぶつけた音だ。

 アキムに向かって小さく首を振るキリイ。

 アキムは片眉を上げてそれに答え、


「――所で、何か御用でしょうか隊長殿。急ぎの用でなければ任務に集中したいのですが」


 アトキンスの腕がふるふると震え、兜の下に着込んだチェインメイルから除く顔が暑さとは別の理由で真っ赤に染まった。


「き、貴様、よくもこの俺に舐めた口を――」

「隊長殿、馬車の方で伯爵閣下がお呼びのようですよ」


 アキムはわざとらしく前方に視線をやる。アトキンスは後ろを振り向き事実なのを知ると吐こうとした言葉を飲み込み――


「――本国まで何事もないことを祈るんだな。戦場では何が起こるかわからんものだ」

「まったくであります。隊長も戦場ではお気をつけになりますよう」


 特に後ろにな――アキムは口の中で呟く。

 束の間の睨み合いの後、アトキンスは踵を返し馬車に戻る。去り間際、冷たい目でアキムを見ていった。

 アトキンスが去るとアキムは大きく息を吐いた。キリイも同じように溜息を吐き――


「馬鹿が。無駄に挑発してどうする。あいつは見掛けと違って小心者だ。そういう奴が人を憎んだら始末に負えんぞ」

「わかってはいるんだがなぁ。顔を見るとついつい言い返したくなるんだ」


 肩を竦めるアキムを見ながら、キリイは去り際のアトキンスの目を思い浮かべた。


「本当に気をつけろよ。あいつのさっきの目。あれは本気だったぞ」

「俺達は最後尾だぞ。どうやって後ろから刺すんだよ」

「何が俺達だ! どさくさで俺まで巻き込むんじゃない!!」

「シーッ! おいおいキリイ、勘弁してくれよ」


 アキムは唇に指を当ててそう云うと兜を被り直した。前方を見ると、配置に戻ったアトキンスが馬車から顔を出した人物に何やら説明している。

 馬車から出た顔が後ろを向いた。

 アキムは思わず姿勢を正す。

 麗しき毒花――ミアータ=ヘド=ヴィダレイン伯。

 三十人の騎士達が守るべき対象であり、ある意味この場でもっとも畏れるべき人物だ。

 アキムには今度のウェスタベリ行きの目的は知らされていないが、最近のキナ臭い噂話などから大凡の推測はつく。――そして、目的がうまく運ばなかったことも。

 伯爵は鑑賞する分にはもってこいなのだが、相手をしなければならないとなると別だ。機嫌の悪いヴィダレイン伯爵の相手をしなければいけない点についてだけは、あのオーガもどきに同情してやってもいいとさえ思っている。

 伯爵が馬車に顔を戻したのを確認し、肩から力を抜く。またしてもこちらを睨んでいるアトキンスはどうでもいい。

 キリイが居心地悪そうに身じろぎした。

 アキムは愛馬であるウズベキの首筋に手を置く。首を守るクリネットをコンコンと叩いてやる。今ならここで肉が焼けるだろう。馬もだいぶまいっているようだ。くそ重い馬鎧(バード)を着せることを強要した上層部に怒りが沸いてくる。

 照りつける日差しを反射して、愚者の列がきらきらと光っていた。

 ――今なら遥か遠くからでも視認できるだろう。アキムは列を眺めながらふと思った。

 

 視線の遥か先では、ミルバニアへの道が森の中に消えていた。






 突き出した森を断ち割るように道が造られている。一段高くなった森が、道の左右に崖となってそびえており、下から上まで鬱蒼と木々が生い茂っていた。

 ――その場所を見た瞬間、アキムは、自分の男のしるし(・・・)がキュッと縮み上がるのを感じた。

 戦術指南書に出てくる例えを引っ張り出してきたかのような地形だ。

 騎士を送り込んで安全を確認すべきだ――そう思うが、アキムの手はウズベキの手綱を握り締めたまま動かない。


(アトキンスが俺の云うことなど受け入れるわけがない)


 それどころか、もし何もなかったら、ここぞばかりにと責め立てるだろう。

 ――どうする? アキムは必死に頭を回転させた。前を行く騎士達が死ぬのは何とも思わないが、己が死ぬのは御免である。脳裏に父と母、兄、そして妹の顔が浮かぶ。

 隣にいるキリイに目をやる。

 面付き兜(ヘルム)がこっちを向いていた。細いスリット越しに視線が合う。

 キリイは軽く頷いた。


「――準備をしておけ」


 アキムは短く云う。

 ――何を? とは訊かないキリイ。普段の間抜けなやり取りの繰り返しがこういう時には役に立つ。

 最後尾の二人の思いなど知る由もないアトキンスは、何ら命令を下さないままに騎士の列を隘路に進入させた。


(あいつは頭の中身もオーガ並みだ)

 

 もし伯爵の身に何かあれば、それはアトキンスを護衛の指揮官にした者の罪である。アトキンスは百人長であり、戦術の専門的な訓練は受けていない。それが必要になるのは千人長からだ。百人長までは個人の武力で成れる。おそらく三十人という数から指揮官には百人長が選ばれたのだろうが、形式的なものに拘泥せず千人長を任命すべきだったのだ。

 列の先頭が見えなくなる。

 アキムの目にはそれが、そうとは知らずあの世への門を潜る愚者の列に見えた。

 道幅はそれほど狭くはないが、両側を圧迫するように森が生い茂っている地点に差し掛かる。

 襲撃するならここだろう――と、アキムは木々の中に人が潜んでいないか探す。

 瞬きもせず、一心不乱に敵の姿を探し求めるアキム。

 ――いた。

 迷彩を施した防具を纏い、弩を構えている。

 アキムの背を悪寒とは別のものが駆け抜けた。


「――森の中に伏兵だぁーーーっ!!」


 兜を跳ね上げ、大声で叫ぶ。

 騎士達が唖然として後方を振り向いた。


(――バカどもがっ!)


 アキムが罵るのと同時に、森から矢が飛んでくる。

 太く短く、かえし(・・・)がついていない弩の矢が、鎧を貫いて騎士や馬に突き刺さった。

 場が一気に騒然となる。

 アキムは兜を被り直すと長剣を抜き放ち、馬を駆けさせる。後ろからキリイがついてきた。

 弩は矢を番えるのに時間が掛かる。一斉射で終わりらしい。矢はもう飛んでこず、代わりに敵が森から湧き出す。

 馬の嘶きと騎士の悲鳴と怒号が交差する中、縫うように馬を走らせ、


「馬で円陣を組め! 内側に二段! 二:一(ニイイチ)だ!!」


 アキムの叫びに動ける騎士が馬を盾に陣形を組み始める。続けて、


「組み終わったら馬車の馬を入れ替えろ! 敵を突破する!!」

「――キッサマァ!!」


 いきなりアトキンスがアキムに殴りかかった。馬から転げ落ちるアキム。なんとか受身を取る。


「落ちこぼれが一体何を命令しとるか! 貴様は大人しく我々の盾になっておれ!!」


 周りには敵がいるというのに、アトキンスは仁王立ちになるとアキムに相対する。

 アキムはよろよろと立ち上がり、黙って剣を構えた。


「――ほう。とうとう頭がイカれたか。まさかこのようなタイミングで反乱を起こすとは。……案外この襲撃も貴様の手引きなのではないか」

「なんだとっ!」


 剣を握る手が白く染まる。怒りで頭にドッと血が上るのがわかった。

 周囲の喧騒が嘘のような沈黙が二人の間にわだかまった。

 アトキンスの姿越しに、騎士を突破しようとする敵兵の姿が見える。馬車にいる人物を人質に取られた時点で護衛隊の負けは確定する。アキムが無事なのは運のせいではない。キリイが迫る敵兵を打ち払っているのだ。

 アキムの頭に冷静な思考が戻ってくる。


「――アキム! 遊んでいる場合か!? 何とかしろ!!」


 キリイの叫びに、ふっと力が抜ける。

 油断はせぬままにアトキンスに背を向け、キリイの加勢に行く。


「――ふん。帰ったら査問会議にかけてやるわ。せいぜい首を洗って待っておれ」


 そう云って厭らしく笑みを浮かべるアトキンス。

 アキムはそれを無視し、戦線に加わった。

 キリイと二人で向かってくる敵兵を蹴散らす。敵は革鎧を着ている。動きを妨げず擦過音もほとんどしない革鎧は奇襲などにはうってつけだが、正面からの戦いでは板金鎧を着た騎士には不利となる。

 時間が経てば経つほど騎士たちは態勢を整える。初撃で目的を達成できなかった敵に勝ち目は薄い。

 

「これならなんとかなりそうだな」


 キリイも同じように思ったようだ。危なげなく敵をあしらいながら同意を求めてくる。

 緊張が解け、暑さがぶり返してきた。激しく動いたせいで頭が朦朧とする。敵の剣ではなく自分の鎧のせいで倒れてしまいそうである。

 兜を脱ぎ捨てようと手を掛けたと同時に――


 ――後方で爆発音が聞こえた。


「アキムッ!!」

「――わかっている!」


 決して振り向かず、気付かないふりを装う。目の前の敵に集中しているように見せかけ、その実、耳を後方にそばだてた。


「まったくだらしのない。この程度のゴミ共に私が出張らねばならんとは……」

  

 聞こえてきたのは老人の声だ。この時点でアキムとキリイの頭にイヤな想像がよぎった。

 

「剣を振るしか能のない馬鹿にはもったいないが、私の魔法で死ねたことをあの世への土産とするがいい。――【穿つ風(ヴォイド)】」


 老人が唱えると、奇妙な音が聞こえ、騎士の悲鳴が後に続いた。


「やばいぞ。魔法士だ」


 キリイが焦った声で云う。

 

「位置はわかるか?」

「――馬車を挟んで反対側だ。でもいずれこっちに来る」

「わかってる」


 アキムはさっき考えていたことを思い浮かべる。命が助かるにはこれしかない。


「キリイ、馬を確保して逃げるぞ」


 アキムはキリイにだけ聞こえるよう呟いた。


「……しょうがないか。背に腹は代えられん」


 無念そうに云うキリイ。

 キリイも名誉の為に命を捨てるほど騎士道精神に毒されているわけではない。抵抗はないとはいえないが、理由があるなら別だった。

 ――そもそもこれはアトキンスと彼を任命した者のミスである。

 そう自分を納得させたキリイは、自分の馬を呼び寄せた。

 アキムと二人、タイミングを図る。

 

「そぉ~れ【焦熱壁(ヒートウォール)】」


 背甲(バックプレート)に凄まじい熱波を感じる。生きたまま焼かれる騎士が絶叫を上げた。


「――今だっ!!」


 アキムの号令と共に馬に跳び乗る二人。


「――ぬっ! そこのお前達――」

「――ハイヤッ!!」


 気づいた老人が何か云いかけるのを無視して馬に拍車を掛ける。味方の騎士を敵ごと薙ぎ倒して円陣から飛び出た。

 駆けながら重しとなる鎧を最低限必要な箇所を残し脱ぎ捨てる。


「後ろを振り向くなよ!」

「わかっている!!」


 後方から味方の怒号が聞こえてくるが、これから死にゆく者になんと思われようとも痛くも痒くもない。伯爵は死ぬことはないだろうが、五体無事にミルバニアの土を踏む事はないだろう。

 幸い兜を被ったままだった。顔が見られていなければなんとでも言い訳できる。ただ一つ残念な事があるとすれば、アトキンスの死ぬ場を目に出来なかった事くらいだ。

 

「あの世で査問会議でも開くんだな、くそオーガめ」


 来た道を引き返しながらアキムは楽しそうに呟くのだった。

  


  




 

 「――というわけで、亜人の権利を認めているミルバニアとそれを認めないウェスタベリでは現在不穏な空気が漂っている訳です」


 隣を歩く金髪のエルフ――ターシャ――の言葉に、シドは軽く頷いた。

 ターシャは最初に拘束したエルフである。捕虜にしたエルフ四人の中では最も年長であり、幸運なことに協力的な三人の内の一人だ。

 残りの二人は姉妹であり、魔法や魔物にはそれなりに詳しいが、こと人間社会のことになると余り役にたたない。

 シドはエルフの言により、この星に人間が勢力を伸ばしていることを知った。魔法的な知識はともかく、それ以外の技術は人間が他の種族よりも一歩先じていると聞き、人間の住む都市に向かう道中情報を仕入れているのだが、エルフ自体がそもそも閉鎖的な種族らしくあまりはかどっていないというのが現状であった。


「――だから、この道を人が通っていない訳か」


 そうして結論を出す。

 先だって水を奪うと宣言したはいいものの、そこで問題が生じた。

 ――人が、まったく通らないのである。

 どんな決意を決めようとも、人が通らなければ襲いようがなく、水も奪えない。宣言の甲斐もあって今は大人しく歩いている姉妹だが、いつまた妹の方がキャンキャンと喚き出すか知れたものではない。

 シドの言葉にターシャが申し訳なさそうにする。


『だいぶ連帯感が生まれてきてるようですねぇ』 

「(一人を除いて、な)」


 男のエルフ――レントゥスは相変わらずである。今もこうやってターシャと話すシドを振り返っては視線で刺す。


『さすがにここまでくるとウザったくなってきます』


 ドリスの言葉にシドも迷う。理由があれば殺してもいいのだが、面倒だからと始末しては折角協力的になった残りのエルフの敵意がまたぞろぶり返すかもしれない。


「(いっそのこと襲いかかってくれば楽なのだが)」


 逆立ちしても自分を殺せないとわかっているエルフの怒りなど、シドにとっては小鳥の囀り同然であった。いくら睨まれようとも殺意が湧いてこないのである。

 人間の都市に着いたらうまい処理方法を考えねばならない。シドにとってメリットのある処分方法を、である。

 シドはターシャをエルフの列に戻し、紐で繋ぎ直す。

 その時、妹の方のエルフ――サラ――が何か云いたげにシドを見てきた。


「どうした」

「……こないじゃない」

「――なに?」


 ボソリと云われた言葉に訊き返す。


「全っ然人なんかこないじゃない! 私はもう限界なのよおっ!!」


 そう叫んで足を踏み鳴らすサラ。とうとう我慢の緒が切れたようである。


「――バカかお前は」

「なっ! ――だ、誰がバカですってぇ!? アンタこそ早く約束守りなさいよっ!!」


 ここまで態度が大きいと、不愉快を通り越して感心してしまう。それにこのエルフはこれが素なのだろう。レントゥスの時とは違いドリスも何も云ってこない。

 云い返そうとしたシドの目に面白いものが飛び込んできた。


「前を見てみろ」


 鼻を鳴らし、顎で指し示す。


「なによ……」


 前方に視線を移したサラの目に、道の先から砂塵を巻き上げて走り来る人馬の姿が映る。


「――ああっ! 水だわ! 水がきたわよ、お姉ちゃん!!」


 目を輝かせるサラにミラとターシャは苦笑気味だ。

 馬が近づいてくると、それが武装した軍馬だとわかる。乗っている人間も武器と鎧を装備している。鎧の方は馬と並べると完全武装というわけではなく、ちぐはぐな印象を受けた。

 シドはオーガを道の左右に配置する。

 目の前で二匹の馬が立ち止まった。まだ若い。どちらも三十は超えていないだろう。一人は茶色の髪で、もう一人はくすんだ金髪である。茶色の髪をした人間がより若いようだ。

 返り血だろうか、鎧に血が付着している。エルフ達は警戒して後ろに下がり、オーガ共はいきり立った。

 二人の人間は武器に手をかけ、用心深い眼差しでこちらを見ている。

 シドは早速用件を伝えることにした。


「水を寄越せば命は助けてやろう」


 シドが口を開くのと同時に若い方の人間が素っ頓狂な声を上げる。


「――なんてこった! 前門のオーガ! 後門のオーガもどきとは!」


「「――なに?」」


 ――二人の声が、重なった。   

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