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永遠の戦士  作者: ブラック無党
美女と野獣
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序章

 色褪せた暗緑色の外套を羽織った男が、透明な外壁の彼方で小さくなっていく宇宙船をぼんやりと見ていた。

 男の年齢は三十程だろうか。シミ一つない綺麗な肌だが、積み重ねられた年月が皺となって所々に小さく刻まれている。

 茫洋とした表情とは裏腹に、佇まいからは微かな緊張感が透けて見えていた。

 もはや豆粒のようになってしまった視線の先の宇宙船だが、いまだ見えるということがいかにその船の巨大さを現しているか男にはわかっていた。

 あの船は、このγ―B―一二六と呼称される基地に影響を与えない地点まで通常航行した後、跳躍するはずである。

 男は後ろを向くと踵を返した。二メートルを超す身長に引き締まった体躯、刈り上げた黒い短髪。野獣の如き雰囲気を放っていても何らおかしくはないはずの見掛けを持つ男からはしかし、生気というものがまるで感じられない。

 ガラス玉の様な目で閑散とした周囲を見回すと、コツコツと長靴を鳴らして歩き出した。進路上にいる清掃用のロボットが男を避けたが、一顧だにすることなく歩みを進める。

 男は歩きながら考えた。人間が訪れた時の為に配置されている清掃ロボットだが、果たしてここに生身の奴等が来るということがあるのだろうか。

 与圧され適温に保たれているこの施設だが、その設備にかかった費用を前線に回せば局地的な勝利くらいは収められそうだ。無論ここの費用くらいでは焼け石に水だろうが、同じような状態の補給基地が前線後方のあらゆる宙域に存在していることは想像に難くない。人間が建造し使用できるという建前が余程重要らしいが、戦線の維持とそれを秤にかけるとは愚かというしかない。


(それをいうならこの外皮も……か)


 男は拳を軽く握りしめて思う。無駄、無駄、無駄。すべてが無駄である。本来ならここは物資集積の空間(スペース)と発着場だけで事足りるはず。それとも前線に回ってこないだけで実は予算は余っているのだろうか。

 だが、無駄だと思っている一方でさまざまなそれを利用している己がいる。このジレンマすらも奴等の作為のせいだと考えると胸がむかついてくる。

 

 男は閲兵室を出て通路に入る。所々欠けた照明が薄ぼんやりと床を照らしていた。

 しばらく歩くと休憩所に行き当たった。飲料と椅子が置いてあるだけの簡素なものだ。

 自販機の横で見知った顔を見つけた男は、溜め息をつくと、素知らぬ振りで通り過ぎようとした。


「……人生には潤いってモンが必要なんだぜ、シドよ」


 自販機にもたれかかっっていた赤毛の男はそういうと手に持っていたボトルを呷った。

 赤毛の男も同様に大柄な体を持ち、それをこちらは赤い外套に収めていた。体格だけでなくその眼もまた同じである。人形の眼だ。

 シドは仕方なく立ち止まって口を開く。


「燃料を飲んでいる奴の台詞ではないな」


 赤毛の男が飲んでいるのは軍用レーションだが、その中身は実質、調整された科学薬品同然である。


「いいのさ。重要なのは何を飲むかじゃない。どう感じるかだ。……母艦はもう出たのか?」

「ああ……」

「いい気なモンだぜ……。いらなくなった道具は置き去りかよ」


赤毛の男はボトルを勢いよく箱の中に投げつけた。


「さ~て、これからどうなるのかねぇ」

「別にどうにもならんさ。これまで通り言われたことをやるだけだ」

「か~っ! わかってんのかァ、シド? 今度の命令はいい目なんか出ようがないんだぞ? 人間らしくもっと抵抗しようぜ?」

「死ぬとわかっている場所に向かうのは人間だけだ」

「……そういやぁ俺は人間じゃなかったんだっけか。つまり俺達は真似事に命を懸けてるわけだ」

「お前は殺しても死にそうにないがな」

 

 シドは赤毛の男(トト)に顎をしゃくっていった。


「中佐は?」

「うん? 自分の船の中で泣いてるんじゃないのか? 母艦(ママ)行っちゃヤダ~って」

「あながち嘘とは思えん所が怖いな……」

「そうなんだよなぁ。あれがもうちっとしっかりしてればやる気もでるんだがなぁ」

「……俺はもう出る。お前もくだを巻くのは程々にな。今以上にやる気が失くなる」

 

トトに背を向け、軽く右手をあげて歩き出す。


「おいおい、もういくのかよ。もうちょっとゆっくりしていけよ、どうせ文句をいう奴なんざ数百PC(パーセク)の彼方なんだ」

「奴等はのんびりしていてもすぐに死にはしないが、俺達は別だ。前線が崩れれば真っ先に消えるぞ」

「へっへ、そんときゃケツまくって逃げるさ」


 どこへ? とは訊かない。前線が後退すれば補給基地も消える。敵の勢力圏で取り残されて単機でできることはそう多くない。トトにもそれはわかっているだろう。この性格は自我証明の一つなのだ。

 ニヤニヤと笑っているトトを後ろに発着場へ向かう。シドにはわかっていた。殺しても死にそうにない者が、簡単に、あっけなく死んでいくのが戦場であると。そしてその中には自分も含まれている。活動する前線(エリア)は同じだがシド(自分)とトトがまた出会う確率は限りなく低い。

 それがどうした、という思いがある。背を預けて戦ったこともある。同じ飯を食って過ごしたこともある。が、別段二人は親友というわけではない。


(そもそも俺たちに友など……)


 シドを乗せた昇降機がゆっくりと動き出す。規則的に響いてくる振動。機械に運ばれる自分。それはまるで己が機械の一部になったかのような――


 ――扉が開いた。また通路だ。無言で歩き続ける。そのうち、足音だけが聞こえていた耳に遠くから響くような音が混ざり始めた。

 すれ違う兵士の数がだんだんと増えてくる。歩いているものは少数で、他は宙を滑るように移動していた。

 見知った顔もあれば知らない顔もあるが、共通しているのは大柄な体格、ガラスのような眼だ。そして誰もが他の者に見向きもしない。埋没すればシドも彼等の中の誰か、になる。トトが珍しいのである。


 五番ゲートの入口をくぐると世界が変わった。

 そこにあるのは発着場だが、規模が巨大である。五番ゲートは比較的小サイズの船用に設計されているので並んでいる船自体は小さめである。だが数が凄かった。見えるだけでも百近く。奥にある目の届かぬ分も含めればその数は如何程か……。そしてここと同じような場所がほかの宙域にもあるのだ。


(だがそれでも……) 


 シドは暗鬱な気分になった。

 多く見えるがそれだけだ。これで与えられた宙域をカバーすることなどできるはずもない。船の性能に問題があるのではない。船は設計通りの能力を発揮し、その速度と探知能力で把握できる範囲を文字通り掌握するだろう。敵がいなければ……だが。

 極端な話、三百六十度迎撃可能なミサイルが一つあったとして、果たしてそれは複数向かってくる敵のミサイル全てを打ち落とすことが出来るのか、ということだ。勿論彼我の兵器の性能差が極端であれば可能かもしれないが、あの異星人(エイリアン)どもはそんな温い存在ではない。生物としての能力も、所持する科学技術も、地球人のそれを上回っている。多大な犠牲を払って辛うじて戦線を維持しているのが現状なのだ。

 シドたちが先日まで搭乗していた母艦は、後方のドックのある中継基地へ改装と新型艦載機の積み込みの為帰投した。母艦の抜けた穴を、設計上は長距離航行のできる艦載機で埋める、というのが下された命令である。永続的に、ではない。母艦が戻ってくるまでだが、決して短い時間では済まないだろう。誰がこのような作戦を立てたのかはわからないが、そいつも認可したやつも頭がどうかしているに違いない。それに戦線に復帰した母艦には完熟訓練を済ませたパイロットが乗り込んでいるはずである。自分達先任の兵士はどうなるのか。先のことを考えると頭が痛くなってくる。

 記憶を頼りに自分の船に向かう。視界の端に船の位置を知らせるアイコンが浮かんでいるが無視する。全てを機械に頼った兵士は長生きできない、というのがシドの考えである。それでいいなら自分達の存在など必要ない。純粋なAI(人工知能)による制御で充分である。

 周囲にはシドと同じように己の船に向かう者、逆に降りてくる者がいる。すれ違う時も敬礼などしない。話し掛けることもない。もしこれが生身の人間であったなら情報交換をしたり、愚痴を言い合ったりもするのだろうが……。シド達の特異性がもっと活気に満ち溢れていてもいいこの場から戦場の空気というものを奪っていた。

 戦場というよりもここはまるで――部品のロールアウトを待つ工場のようだった。

 自船(マイシップ)が目に入ると、すぐさま外観をスキャニングする光が浮かんだ。

 自身の目で見た判断と、頭脳によって機械的に下された判断が一致するのを確認する。

 磁気反応装甲が施されていない。シドは冷めた目で船を見た。クレーンが切り離されているということは既に作業は終わっているはず。いよいよもって使い捨ての感が増しに増してきた。

 ドアロックから中に入る。照明のない船内は闇一色である。視界が暗視に切り替わった。小さいとはいえ、全長は一〇〇メートルはあるのだ。さっきから歩いてばかりだな、と思う。

 船は大きいが入ることの可能な場所というものは少ない。そして機関部も、兵器庫も、今は用がない。

 船体前部にある指令席に座ると頭の警戒レベルを引き下げた。人間が自宅に帰りほっとするというのはこういう気分なのだろうか。トト曰く、時折垣間見える人間臭さがシドのらしさ(・・・)、らしいのだが……。


(この場所には人間臭さなど必要あるまいよ)


 シドは沈んだ気分で室内を見回す。ここには何もない。レバーも、スイッチも、ペダルも。モニターもなければ窓もない。あるものといえば……。


(空気だな……)


 ――不意に。不意に、とてつもない笑いの衝動に襲われたシドは体を震わせてクツクツと笑った。身体を前に傾け肘置きを握りしめ、狂ったように笑い続ける。人間たれ……と造られた自分という存在と、その扱い。この場所の作り。さらには自分自身の想い。全てが滑稽であった。

 

 

 どれだけ笑い続けただろうか。衝動の収まったシドはある場所に目を向けた。そこには円筒形の透明な容器があった。中には何も入っていない。

 シドは頭を振ると、シートから伸びているコネクタを腰の後ろの厳重に保護されたスリットに挿した。視界に蝶のアイコンが浮かぶ。

 何故蝶なのかはシドには知る由もない。これは彼が用意したものではないからだ。これを用意したのは――

 アイコンを意識だけでクリックする。ブンッという音と共に、円筒形の容器の底に照明が灯り、色とりどりの粒子が浮かぶ。それは混ざるとある形を形成した。

 そこにいたのはライトグリーンのワンピースを来た人である。人、といっても等身大ではない。高さ五十センチメートルの容器の中にすっぽりと収まる程度なので、三十センチあればいいほうだろう。そしてかなりデフォルメ化されている。何百年も前に地球で生まれ、今も存在するメディア媒体のキャラクターといえばいいのか……。

 小さい等身に大きな瞳。薄紅色の髪の下には非常に整った顔。背中からは翅が生えている。人としてあらざる形だが、実際問題シドとしてはよくできていると思わざるを得ない。もしこれが人の形をそのまま縮めたデザインであったなら嫌悪感や忌避感を感じずにはいられなかっただろう。本来の形を知っている、という事実が邪魔をするのだ。結局のところ、等身大にならなかったのも含め問題は受け取り手側にあった。


『おかえりなさい、マスター』


 鈴が鳴るような声で少女がいった。

 この声も使用者のもっとも好む音階を与えられている。科学者どもの思惑に嵌るのも癪だが、現実を無視してもいいことなどない。ここは逃避先などあの世しか存在しない場所なのだ。一足す一が二であるように、この声はシドの精神を安定させる。


「状況は?」

『跳躍魚雷と超重粒子の受け取りは予定通り満積載。ナノマシン用のレーションは最大値の五十%。規定量です。ですがマスターが申請された――』

「ああ、外を見た。無理だったようだな」

『――はい。その後、コーティングを要求したのですが、蹴られました』


 死神の足音が聞こえた気がした。死という概念が否応なく自分に迫ってくる。頭では納得していても陽電子(ポジトロン)脳のどこかにある感情が疼く。だが、設計思想上では肯定されているが、カタログ上では存在しないそれは意識しない限り表に出てくることはない。

 少女の翅がせわしなく動く。

 

「AIでも恐怖を感じたりするのか?」


 気になったシドは少女――ドリスという名前だが――に訊いた。


『よくわかりません。私にはマスターのように人であった頃の記憶があるわけではございませんので』

「だが感情はあるのだろう? 我々を設計した人物によると、記憶という名の情報の積層とそれを汲み出す術、指針となる目的。この三つがあれば生まれるらしいからな。おまえにも目的となる自己保存の考えは埋め込まれているはずだ」

『……はぁ』


 小首を傾げるドリス。

 人間の記憶を複写されたシドとゼロから人格を構築されたドリス。情報の積層構造は大きく違うが、最終的に人格が形成された以上結果に大きな差異はないはずだが……。

 戦場に不確定要素を取り入れるためにシド達は造られた。AIによる完全自律戦闘では、九は決して一〇に勝てないからである。地球側が完全に優勢であったならそれでもいいのかもしれないが現実は違う――ということはやはり決定的な違いがどこかにあるのだろうか。

 考え込むシドの視界に、離艦シークエンスの進捗状況が映る。お喋りに講じながらも仕事はやっていたらしい。

 船の光学センサーにアクセスすると視界が切り替わる。自分の体躯(カラダ)に備わったそれよりもはるかに高性能なセンサーはドック内を完全に網羅していた。己が船自身になったような錯覚を覚える。


『離艦します』

「――ああ」


 ドッキングアームが離れるとともに船体を押し出す。局地的にかかった圧力に船のセンサーが反応し、遅れて自身のセンサーがかかる加重を表示した。

 数多の船に補給整備用のアーム。間を蠢く兵士にロボット。敵に備え、事故に備える。外から見る分には彼等の内実など推し量る術もない。

 シドはこの光景を見るのが好きだ。飽きるということがない。見る度に不思議な感銘を受ける。かつて人間が地球という一つの惑星にのみ棲息していた時から似たような光景はあったのだろう。

 無秩序の中から自然と喚起された秩序。

 

『相変わらずですね、マスター』

「おまえにはわからないか、ドリス」

『はい。これから単機で任務に当たるということで心細さや恐怖を感じているのなら理解できるのですが……』


 やはりシドとドリスではその精神の在り方に大きな違いがあるのだろう。これが製造過程の違いによるものなのかまではわからないが……。

 トトや他の兵士はどうだろうか。シドと同じような工程を経て造られた者達。彼等もこの光景に何かを感じたりしているのだろうか。

 にやけそうになる口元を引き締める。最もよく知っている兵士はトトだが、彼がこのような感傷を抱いているシーンは余りにも似つかわしくなかったのだ。


「生命の輝きだ」


 徐に口を開く。


『――は?』

「俺はこの光景に、破滅に抗う生命の輝きを感じるのだ」


 ――そう。まさにそれだ。シドがこの光景に抱く想い。それは集約するとそういうことなのだ。

 深くシートに体躯を預ける。生命なきこの体躯。生命無き者が、生命の輝きに憧れる。どんなに努力しても己がそれを発することなどできようはずもない。その中に入ることも。――故に憧れる。そして切り離されることに一抹の寂しさを感じるのだ。


 気がつけばドリスがぽかんとした顔でこちらを見ていた。


「……どうした」

『いえ……。私のマスターはやっぱり変わっているなぁ……と』

「おまえは俺以外の兵士と会ったことなどあるまいが」

『会ったことはありませんが、どういった感じかは知っていますよぅ。ほかの船のAIと連絡を取り合ったときに会話の端に登るんですよ』

「なに? そんなことをしていたのか……?」

 

 シドは驚いた。他の船の動向など命令がない限り気にしようとしたこともないからだ。勿論ドリスに連絡を取れと命令したこともない。そも、船を操る者の人格など気にする必要性がないのだ。


『当たり前じゃないですか。情報というものはとても大事なんですよ』


 ――それに、私達はマスターの動向に大きな影響を受けますから


 そういう言葉が言外から聞こえてくるようで、シドは続けようとした言葉をぐっと堪えた。

 道理である。いかなAIといえど感情があるとすれば頭のイカれた狂人とは一緒にいたくあるまい。

 さて、己はいったいどういったマスターであったろうか? シドは自問した。無理難題をいうことはあっても出来ないといわれたことを強制したりはしなかったはずである。おかしな言動もなかった……はず。


「先程の言葉はメモリから削除しておけよ」


 シドは冷たくいった。



 基地から十分な距離をとった所で、対消滅機関に火を入れた。反物質生成炉も同時に稼働させる。しばらくは通常の推進剤で航行することになる。基地直近で行えないのは事故における被害拡大を防ぐためだ。

 船のセンサーから感覚を切り離し目を瞑る。ドリスは容器の中でそれを黙って見ていた。

 穏やかな時間が流れた。帰還の率は限りなく低い。二人共それがよくわかっていた。この作戦は生贄の羊(スケープゴート)によって成り立っている。シド達は侵攻を遅らせるための撒き餌に過ぎない。司令部は戦線が一時後退することは覚悟しているのだろう。更新された戦力で巻き返せると考えているのだ。


『それにしても』


 ドリスが口を開いた。


『そうやっているとまるで人間みたいですね、マスター』

「目を瞑っていれば……だろ」

『勿論です。死んだ魚みたいですもんねマスターの眼』 

「……だろうな。俺と同じ兵士を見る度、違和感が酷い。トトを見たことはあるか? なまじ口調や仕草が人間臭いせいでとても見れたものではないぞ」


 あいつは自分が人間らしく振る舞えるのが自慢らしいが……と唇を歪めるシド。


『……マスターなら仮面で目を隠せば人間と区別できないはずです。表情の作り方が最近さまになってきました』

「ただのプログラムだ、こんなものは」


 シドは顔の皮膚に手で触れた。これは電気的な刺激で動く生体表皮である。ただ、生体部品である以上熟れ、というものはあるらしく、ある動きをし続けているとその動きに関してはスムーズに見えるようになってくるのだ。特定の感情パターンに反応するようわざわざプログラムを組んだのだが、効果はあったらしい。もっとも、使う相手がAIだけとは悲しくなってくるが……。


「ドリス、しばらく休眠(スリープ)モードに入る。デブリを見つけ船体を偽装しておいてくれ」

『――了解しました、マスター』

「担当宙域に着き、巡視プログラムを組んだらおまえも休眠(スリープ)モードに」

『はい、マスター』


 他になにかいうことはあっただろうか……。シドは考えた。会敵した相手によっては探知外から一発で沈められる可能性もある。その場合一瞬で蒸発するだろう。目覚める間もないはずだ。



「――そなたに幸運を、ドリス」


 散々迷ったが、結局シドはその臭い台詞(セリフ)をいうことになった。気恥かしさからか目を開けることもなく、そのまま機能を最低限まで落とす。だから――


 はっとしたドリスの表情も見ず、その後震える声でいわれた、


『……はい、マスター』


 という言葉も聞くことはなかった。






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