王太子に婚約破棄されたのでぶん殴った。だけど、滅んだのは私ではなく王太子でした。
「アリアンナ! 貴様との婚約を、この場をもって破棄する!」
各地の貴族、王族が参加するパーティーにて。
もっとも注目を集める壇上で、王国の第二王子であるジェラルド殿下が声高らかに宣言した。その隣には、彼に寄り添うように震える、小動物のような愛らしい少女——伯爵令嬢のシャリーが立っている。
会場中の視線が、私に集まっているのが背中からすぐに感じ取った。
ひそひそと周囲の人間から声が聞こえてくる。
「可哀想ね、こんなところで」「哀れだな。アリアンナはもうダメだろう」と明らかに私が悪いような空気になっていた。
私は可能な限り冷静にジェラルド殿下の話を聞いているような素振りを取っているが……内心は本当にムカついていた。
彼には色々と不満があったのだが、まあ一度冷静になろう。
「……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
婚約破棄の理由は聞いておくべきだ。もしかすると本当に私が悪いことをしたのかもしれない。まずないだろうが、事実は知っておく必要がある。
ジェラルド殿下は意地の悪い笑みを浮かべる。
「白々しいぞ! シャリーへの陰湿な嫌がらせの数々は把握しているんだ! 階段から突き落とし、怪我をさせただけでなく、あまつさえ彼女の悪評を言いふらしていただろ!」
はぁ〜……全く心辺りがない。恐ろしいほどに心辺りがない。
しかも、そのセリフを言い終えた後、シャリーと視線を合わせてにっこりと笑っているのが更に苛立ちを覚える。
人の人生を台無しにしようとしているのに、どういう神経でそんな態度が取れるのだろうか。
こんな冤罪を、よくも堂々と……。
私の拳に、ぐっと力が入るのが分かる。
だけど周囲の空気は、明らかに「アリアンナの断罪」を求められているのが分かる。周囲の人間にとっては、軽く笑えるイベントでしかないのだ。
「そもそもだ。お前のような可愛げのない女は姫として相応しくないんだ! 見ろ、このシャリーの愛らしさを!」
……プツンと私の中で何かが切れる音がした。
どうせ私は投獄されるんだ。どうせこのまま死ぬんだ。
なら最後に一つくらい、自分への褒美があってもいいじゃないか。
「……殿下」
「なんだ? 今更命ごいでもしようとしているのか?」
優雅に、淑女の礼をするように膝を折る——と見せかけて、重たいドレスの裾をガバリとたくし上げる。
「な、なにを——」
ジェラルド殿下のマヌケな声がする。だが、私は一切の躊躇なく床を強く踏み込み——自分が出せる最大の威力で右ストレートを放った。
「このクズがぁぁぁぁぁ!!!」
「ぶべっ!?」
私の拳が殿下の頬に直撃——同時にすごい勢いで階段から転がり落ちていった。
ジェラルド殿下は白目を剥き、ぴくぴくと震えながら泡を吹いて気絶している。
しんと会場が凍り付いたのが分かる。誰も動かないし、呼吸の音すら聞こえない。
私は拳についた汚れをドレスではらうと、ふうと前髪をかき上げた。
「あ〜すっきりした!」
まさに爽快であった。彼と婚約を結んで十年。ずっと不満が溜まっていたのだから。
いや〜もう鬱憤が晴れた。最高に気分がいい。
私は倒れているジェラルド殿下を一瞥し、わらわらと集まってきている衛兵たちに向かって両手を挙げた。
「さぁ、ご自由に捕らえてください。不敬罪でも、傷害罪でも好きにすればいいわ」
どうせ私の人生は終わりなのだ。ここでスッキリすることができただけで、もう後悔はない。
その時だった。
パチ、パチ、パチ。
静寂の中に、ゆっくりとした拍手の音が響いた。
「……良いものを見せてもらった」
低く、甘い声が聞こえてくる。
私は驚いてしまって、すぐに声がした方向を見た。
そこに現れたのは、夜空のような黒い礼服に身を包んだ、長身の青年だった。
銀色の髪に、凍てつくようなアイスブルーの瞳。隣国、ガルディア帝国の皇太子、ウィリス殿下だ。
冷徹……その言葉で恐れられている彼が、何故か私を見て楽しそうに笑っていた。
私はその様子を見て、半ば呆けてしまう。こんな状況で拍手をしているのもそうだが、捕らえられようとしている私の方に近づいてきているからだ。
咄嗟に、私は頭を下げる。
「ウィリス殿下。……大変お見苦しいところを」
最低限の礼儀として、私はそういう。
ジェラルド殿下には心底ムカついていたが、彼は全くの無関係で、せっかくのパーティーを台無しにした事実があるからだ。
「顔を上げていい。私はお前を褒めているんだ。あの愚か者を、自らの拳で鉄槌を下したのだからな」
「え……?」
ウィリス殿下はくつくつと笑う。
「いや、実に素晴らしい右ストレートだった。腰の入りといい、インパクトといい……なかなかに芸術性が高かった。いい絵だったぞ」
彼が並べる言葉に、更に私は困惑してしまう。重い叱責を喰らうのではないか……そう思っていたのだが、どうやら全く違うようだ。
しかし……周囲の衛兵も貴族たちも。ウィリス殿下の言葉にかなり動揺を呈しているようである。
まあそれも当然ではあるのだが。
ウィリス殿下はおもむろに膝を付き、私の右手に触れる。
「汚らわしい男を殴って随分と汚れてしまったな。だが、いい手をしている」
そして、私の顔を見上げる。
「どうだ、私と一緒に来るというのは。婚約破棄をされてしまったのだから、問題はないだろう?」
……え?
私の思考がまとまるよりも先に、ウィリス殿下は立ち上がって衛兵たちを睨む。
「私が責任を持って、彼女を引き取ろう。どうせ投獄される運命なのだ。問題ないだろう?」
衛兵たちは固まりながらも、「そ、それは……」と言い淀んだ。だがウィリス殿下は気にもとめず、私の手を引いて歩き始める。
「パーティーに出るのをギリギリまで迷っていたが、今は心底良かったと思っている。アリアンナ……お前はいい女だ」
私はそこまで言われて、やっと理解する。多分、私は求婚されているんだ。
理解すると同時に、らしくもない赤面をしてしまう。
だけど……つまりこれは投獄を回避できたということだろうか。それなら……私は牢屋で孤独死をする……そうなる未来は回避できたということである。
「お前のことがもっと知りたい。帝国へ移動する馬車で、色々と話を聞かせてくれるな?」
彼の言葉に、私はどうにか頷く。
「も、もちろんです!」
「ふん。良い返事だ」
そういって、ウィリス殿下はくつくつと笑った。
◆
数週間後、私は帝国内の城にて、ウィリス殿下とともに談笑をしていた。どうなるかと思っていたが、冷徹と言われるほどの人物ではなく、とても愛に満ちたいい殿方だなと理解することになった。
それはもう……色々と恥ずかしくて言えないこともあったけれど。
だけど一つ言えることは、ジェラルドなんて比較にすらならないということである。
後日譚として、ジェラルドについてだが……。
私がジェラルド殿下を殴ったシーンは絵画として本当に描かれてしまったらしく、裏社会で高値で取引され、王家の権威は失墜してしまったようだ。
しかも、ウィリス殿下が突きつけた証拠により、ジェラルドの嘘がバレるだけでなく、組織的な横領や伯爵令嬢、シャリーが行っていた不貞行為が全て露見され、二人は牢獄に捕らえられてしまったらしい。
もちろん私は可哀想だなんて思わない。
本当にスッキリした。
「アリアンナ、口を開けてみろ」
殿下が笑みを浮かべながら、自分で切り取ったケーキを私に食べさせようとしている。
「あ、あの……自分で食べられます」
「今更恥ずかしがることなんてないだろう?」
「まあそれもそうですが……」
私は少し悩んだ後、パクリとケーキを食べる。うん、とても美味しい。
もぐもぐと咀嚼している間、ウィリス殿下はにやりと笑いながら言う。
「なぁ、アリアンナ。もし私が浮気なんてしたら、君はどうする?」
不意に彼がそんなことを聞いてきた。
私は笑顔を浮かべて、右手の拳を握りしめる。
「もちろん、右ストレートをお見舞いします。加減はしないですよ?」
「ははは! それは怖いな!」
彼は嬉しそうに目を細め、私の拳を包み込んでキスをした。
「誓おう、一生君だけを愛すると。……だから、その拳は私を守るために使ってくれ」
全く……本当に愛情深い人なんだから。
本来であれば、王太子を殴るなんて極刑ものだった……だけど、滅んだのは私ではなく王太子だったようです。
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新作短編も投稿しました
私、忠告はしましたよね?〜欲しがり妹に婚約者を奪われたので、そのまま譲ったら妹と元婚約者の一族もろとも勝手に滅びそうになってました。助けを求められても、私は絶対に戻りません〜
下記に添付してあるURLか、下の方にリンクを作っておりますのでそちらから飛べます。もしよければ読んでいただけると嬉しいです。
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