第3話:剣聖の証明書なんてものはないんだよなあ
「うそだ!」
オレは思わず腰に下げていた剣の柄に手をかけた。
ガイが剣聖の知り合いであるはずがない。
なにせ、オレは会ったこともないからだ。
「ウソじゃありませんよ。僕の故郷で開かれた剣士祭でとてもお世話になりましたからね。剣聖様が凄腕の傭兵達をバッタバッタとなぎ倒していく様は痛快でしたよ。それに比べてあなたときたら……剣聖様のようなオーラが全くありませんね」
たしかに旅の途中、剣士祭と呼ばれる祭りに出たことはある。
現地特有の熱病にかかったスティラの薬を手に入れるため、その祭りで開かれる大会に優勝する必要があったからだ。
だがその祭りは、春になって活発化したモンスターを剣だけで駆除するというものだった。
決して傭兵と戦ったりはしない。
「僕は剣術なんてできません。僕を倒したところで何の証明にもなりませんよ」
ガイは剣の柄にかけたオレの手にちらりと目をやった。
「ラディウス、もうやめて。仮にも元夫なのだからこれ以上みっともないところを見せないでちょうだい」
リーズの中では既に離婚が成立してるのか……。
「私達、週末には王都に呼ばれているの。魔族討伐完了のセレモニーが開かれるんですって。そこで剣聖様は大剣聖の称号を王から賜るようよ。そのセレモニーで私達に特別な席を用意してくれているそうなの」
うきうきのリーズだが、それを用意するよう王に頼んだのはオレだ。
「もちろんガイが用意してくれたのよ」
「キミのためだ。それくらいするさ」
ガイがリーズの頬にキスをした。
なんなんだこいつは。
既に自分の女だとでも言いたげな目を向けてくる。
実際にそうなのだろう……。
だがガイというこの男、リーズの気を引くためにいくつもウソをついている。
剣聖と知り合いだとウソをつき、王都への招待も自分の手柄にしている。
こんなヤツと再婚して、リーズが幸せになんてなれるだろうか?
今はただ、眼の前の裕福な暮らしに目がくらんでいるだけじゃないだろうか?
「なあ聞いてくれリーズ。オレが剣聖なんだ。旅立つ時は女神様の制約で神託を受けたことを言えなかったけど、本当なんだ!」
「はあ? そんなわけないでしょ? ウソをつくならもっとマシなウソをついたらどう?」
「王都に行けば証人になってくれる人もたくさんいる!」
「そんなこと言って、私達の王都行きの邪魔をする気でしょ!」
リーズがオレにこんなゴミを見るような目を向ける日が来るなんて、考えたくもなかった。
そりゃあ昔からちょっとわがままで、少し気に入らないことがあるとすぐ不機嫌になる気の短いところもあった。
村長の娘ということで、村の中では大事にされてきたからだ。
若い頃はそんなところもかわいいと思った。
でもこれはないだろう……。
オレの話を全く聞く気がない。
ガイを信じ切っているのもあるだろう。
それにもしオレの言うことが本当だったら、自分がひどい人間になってしまうということを無意識に考えているのかもしれない。
いずれにせよ、もうだめなのだ……。
「もう一度言うわ。離婚して、ここから出ていって。あなたの荷物はここを建て替える時に全部捨てたから、すぐに出ていけるでしょ?」
「そこまでするか……」
「私に未練を残さずにすむでしょう? 優しさよ。や・さ・し・さ」
「この町への援助を打ち切ることになるぞ……」
今まではオレの妻という理由があったから、各国の王も気をきかせてくれたのだ。
それがなくなるどころか、追い出したとあればこんな辺鄙な場所に援助をする理由などなくなる。
それでもオレは、彼女に不幸にはなってほしくない。
だからこれは最後のチャンスだ。
「援助ぉ? あなたの助けなんていらないわ。ガイがいればね」
「僕はあなたと違って彼女に貧乏な思いなど絶対にさせない。安心して別れてください」
「手に入れたものを失うのは、最初から得られないより辛い。キミを不幸にしたくない。後悔させたくないんだ」
「あなたごときが脅迫するつもりぃ?」
「それはよくないですよ、ラディウスさん」
二人そろってニヤついている。
もうオレから言えることは何もない。
「だいたい、これだって本物のわけがない」
ガイはエリクサーのビンを手に取ると、床に叩きつけた。
パリンと音を立て、ビンは割れ、中の液体が床に染みる。
なんてことをするんだ!
「わかった。離婚しよう……」
オレは喉の奥から声を絞り出した。
最後に義理の両親に挨拶だけしておこう。
少し高圧的ではあったが、リーズと身寄りのいないオレとの結婚を認めてくれた恩はある。
涙が出そうになるのをぐっとこらえ、オレは二人に背を向けた。
そこに義父……いや、元義父がやってきた。
「おや? ラディウス君じゃないか」
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