第14話:復讐完了! 新しい人生、始まるよ!
■13話
「わしが祝うと言ったのは、ラディウスが良い女を娶る機会を得たということだ。貴様のように欲にかられて男を乗り換えるような者ではなくな」
王は世間話でもするかのように、しかし底冷えするような冷たい目でリーズに向かってそう言った。
「この者、いくらでも側室を持てる立場になったというのに、故郷においてきた妻に操を立てると言って聞かなかったのだ。それを貴様は目先の欲にかられて捨てた。違うか?」
「え……しかし……え……? なぜ王がラディウスのことをそんなに……え……?」
リーズは混乱し、王とオレ、そしてガイの顔を順番に見ている。
「まだわからぬか。ラディウスこそ魔王を倒せし大剣聖なるぞ」
「そんなバカな! 王よ! あなたは騙されているのです! ラディウスにそんな力があるはずがない!」
声をあげたのはガイだ。
「そ、そうですよ! しがない田舎剣術道場の師範ですよ!」
ここぞとばかりにリーズもそれに乗る。
「バカなのは貴様達の方だ。この場にラディウスの実力を疑う者などおらん! この王都だけではない。彼の剣には、数多の国の者達が救われておる! ここに並ぶ他国の貴族達もな!」
たしかによく見ると、謁見の間にずらりと並んだ貴族達の多くは見覚えがある。
「「そ、そんな……」」
リーズとガイは愕然としている。
「それにワシが招待したのは、『剣聖とその嫁』だ。どこぞの田舎娘とその夫ではない」
「そ、そんな……じゃあ私がここに招待されたのって……」
「ラディウスのおかげだ」
「ぼ、僕は……」
「夫婦そろっての招待を勝手に勘違いした阿呆ということだな」
今度こそガイとリーズは言葉を失った。
そんな二人を貴族達は冷たい目で見ている。
「さて、めでたく独り身となったラディウスを祝ってやらねばな。我が孫娘をくれてやろう。どうだ? あの娘も貴様を気に入っているようだぞ」
王の孫といえば、やっと10歳になったかどうかだ。
何度かお会いしたことはあるが、たしかに聡明でかわいいお嬢さんだった。
ともて懐かれてはいるが、さすがに年の差がきつくないか?
「あら王様、ラディウス様の隣はもう埋まっておりますわ」
スティラがオレの隣で王に向かって跪いた。
反対側にはキルケも黙って跪く。
こうして王族の前に三人で並ぶと、魔王討伐の旅で各国の王に謁見した時を思い出すな。
「はっはっは! 大聖女にそこまで言われては覚悟を決めるしかないな、ラディウスよ」
楽しそうにするけどさあ。
……たしかにもう断る理由はないんだよな。
「ねえ待って! こ、この子はラディウスの子なの! ね、やり直しましょう!」
リーズがお腹をさすりながら、オレの前に膝をつき、手を握ってきた。
あれほど愛おしかったその手も、今では嫌悪の対象でしかない。
オレはすぐにその手を振り払う。
「そんなわけないだろ。妊娠した時、オレは魔王討伐の真っ最中だ」
そう考えると、よりムカついてきた。
「で、でも! 愛してるの! お願い! やりなおしましょう!」
「リーズ! 僕を見捨てるのかい!?」
慌てたガイがみじめに叫ぶ。
「うるさいわね! 大剣聖よ! 大剣聖!」
「何を言っているんだリーズ! 僕がいれば今よりずっと贅沢をさせてあげられる! いくら大剣聖でもラディウスが僕ほどお金を稼げると思うのか!?」
「お金なんて大剣聖の称号があればどうとでもなるわ!」
「く……僕とは金だけのつながりだったというのか!?」
「あなただって村長の血筋が欲しかっただけでしょ!」
「ぐ……」
「あ……やっぱりそうなんだ!」
「キミだって金に目がくらんだだけじゃないか!」
二人は王の御前だというのにぎゃいぎゃいと騒ぎ続けている。
「み、みぐるしい……」
はるか年下のキルケにすらこう言われる始末だ。
「お前とやり直すつもりはない」
「そんな! どうして!?」
どうしてもこうしてもあるか。
なぜ寄りを戻せると思うんだ。
「ねえスティラ、この人ちょっと……」
「さすがによねえ、キルケ……」
ほらあ、スティラとキルケの二人も……どころか周囲の貴族達も完全に呆れている。
「これからはまともに働くんだな」
「ふ、ふん! あんたなんかいなくても、ガイが稼いでくれるもの!」
「お、お前……」
ガイすらリーズの勝手な物言いに不満げだ。
「別れるなんて言わないわよねえ。村長が発行する手形がないとお貴族様達とのやりとりに困るものね?」
「ぐ……くそっ……」
政略結婚なんて珍しくもないのでどうでも良い話だが、これは伝えておかねばフェアじゃないだろう。
「ガイが受けていた仕事だがな、オレが各国の王に頼んで斡旋してもらったものだぞ」
「「は?」」
ガイとリーズの目が点になった。
「まだしょうもないウソで私達に嫌がらせする気!?」
「そうだ! 商売だけは僕の実力だ!」
オレは一度もウソは言ってないんだよなあ。
「わかった。じゃあ、オレがお願いしてきた仕事の斡旋は全部とりやめていいんだな?」
「もちろんだ! これからもリートネ村は僕が発展させるさ!」
「リーズもいいな? これが最後だぞ?」
「当たり前でしょ? いくら剣の腕がいいからって、私達の幸せを潰すことなんてあなたにできるはずないわ」
「わかった」
助け舟を出すのは本当にこれで最後だ。
もう二度と彼らの面倒はみない。
「皆さんお聞きになられましたね? オレがこれまでお願いしてきたリートネ村への仕事の斡旋は全て中止してください。遠回りさせてしまっていた物資の運搬も、直接王都へ運んでいただいて結構です」
オレがそう言うと、貴族達が一様に頷いた。
「わかりました。ゴデッサ家傘下のカンデナ商会はリートネ村への取引を中止します」
「え? ちょっと……うちの最大顧客じゃ……」
とある貴族の宣言に、ガイが慌てる。
「リスゲイル家も中止します」
「え? え?」
「フリアニス国も全ての取引を中止します」
「そんな!?」
「我が国が主幹をしているロイクリ商業連合にも取引を中止するよう通達しておこう」
この後も続々と来賓の貴族達が取引の中止を申し出た。
「お、終わりだ……」
ガイががっくりと地面に手をつき、うなだれだ。
「な、なに? 取引先なんてまた見つけてくればいいだけでしょ?」
リーズがぽかんとした顔で言う。
「バカを言うな! この国と隣国全て……大陸中ほとんどの商会からの取引中止だぞ! もうどこにも商売相手なんて残っていない!」
「そ、そんな……ラディウス! これはあんまりよ!」
「チャンスは何度も与えたはずだ。それをキミ達は無碍にするだけでなく、バカにした。同然の報いじゃないか」
「そ、それは……でも……」
「ラディウスはな、各国を救った見返りとして、自分への褒美ではなく故郷の発展を願ったのだ。それを貴様達はどうした?」
王の一言で、リーズの目から涙がぼろぼろとこぼれる。
「ねえ、私達長い付き合いだったでしょ? お願いよ!」
最後は泣き落としか。
「降って湧いたものがなくなるだけだ。真面目に生きるんだな」
「らでぃうすぅううううううう!」
「許さねえからな! 絶対ゆるさねえええええ!」
鬼のような形相で叫ぶ二人は衛兵に取り押さえられ、謁見の間から連れ出されて行った。
「ラディウス、大丈夫?」
キルケがオレを気遣うように、優しい目で見上げてくる。
「ああ大丈夫だ。ありがとな」
その頭をくしゃりと撫でてやる。
「ここに剣聖ラディウスに大剣聖の称号を与える!!」
王の宣言とともに、謁見の間は拍手に包まれた。
「それでは始めましょうか」
立ち上がったオレの腕をスティラが取る。
「何をだ?」
「もちろん結婚式ですよ。二人共身寄りがいないのですから、今すぐ始めても問題ありませんよね?」
「いやいやいや! そんな流れにはならないだろ!」
「かまわんよ」
「王様!?」
フレキシブルすぎん?
「なんだ、スティラとの結婚に文句でもあるのか?」
「あ、ありません……」
ほんとにないんだよなあ……。困ったことに。
「スティラ、こんなおじさんでいいのか?」
「ラディウス様以外の男性なんて、目に入りません」
スティラがまっすぐにオレの瞳を見つめてくる。
いつものからかう感じではなく、わずかに照れた、真剣な表情だ。
「わかった。結婚しよう」
オレの返事にスティラはぶるりと身体を震わせると、涙を一粒だけこぼした。
「はい……はい!」
スティラはこれまでで一番の笑顔を見せた。
「じゃああーしは第二夫人ってことで」
キルケがしれっとそんなことを言っている。
「ふふ、三人で仲良くしましょ」
「おいおい、オレを抜きで話を進めないでくれよ」
「あーしは仲間はずれってことぉ?」
キルケがぷくっと頬を膨らませた。
「そんなこと言ってないだろ。わかったよ。三人でずっとやっていこう」
半分ヤケ……というのは、ちょっと照れくさい自分への言い訳かもしれない。
「いやあめでたい! 今日の宴は盛大なものにしようぞ!」
王の宣言で謁見の間は大きな拍手に包まれた。
――半年後。
王宮での騒ぎの後、暴れたガイとリーズは北の強制労働所送りになったらしい。
大人しくしていれば故郷で慎ましく暮らせたはずなのにバカなやつらだ。
一方、故郷のリートネ村には、村人達が生活に困らない程度の援助をこっそりしておいた。
急に仕事が減ってかなり混乱したようだが、今ではかつてののどかな雰囲気を取り戻しつつあるようだ。
そしてオレ達三人は、魔王討伐の報酬として王都から少し離れた場所にある山と浜をもらった。
山で狩りをし、海で魚を捕り、たまに町に遊びに行く。
そんな贅沢な暮らしをしていた。
「ねえラディウス。今日はキルケが王都に泊まりですって」
薄い寝間着一枚のスティラが、そっとベッドにこしかけた。
キルケはたまに魔法の研究に協力するため、王都に泊まり込むことがある。
もしかすると、気を使っているのかもしれない。
オレはスティラの隣に座ると彼女を抱き寄せ、唇にそっと口づけた。
おわり。
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