第1話:ただいま! おっさん剣聖ラディウス、凱旋する
「剣聖ラディウスの凱旋だ!」
魔王討伐の旅から帰還したオレは、王都の民から大歓声をもって迎えられた。
大通りには大量の花吹雪が舞い、王族の結婚式さながらの大騒ぎだ。
女神の神託を受け、剣聖となってから約3年。
魔族から救った国々で、こうした歓迎を何度もされてきた。
「やっぱりこういうのは慣れないな」
大通りを歩きながら、オレは頬をかいた。
「何を言ってるんですか。英雄の凱旋なんだから、もっと堂々としてくださいよ」
そう言って笑顔で腕を絡めてきたのは、一緒に旅をした仲間の一人、大聖女のスティラだ。
真っ白な聖女服に身を包んだ金髪の美女が、オレの腕に大きな胸を押し当ててくる。
「お、おい……誤解される。故郷に妻がいると何度言えばわかるんだ」
「もう……旅の間、結局一度も手を出してくださらないんですもの。世界を救った英雄ですよ? 愛人の10人や20人大丈夫です。いずれ私が1番になってみせますけどね?」
スティラは10歳近く年下とは思えない妖艶さで、オレの瞳をじっと見上げてくる。
「30を超えたおっさんをからかわないでくれ」
旅の途中で何度も繰り返したそのやりとりは、群衆の歓声にかき消される。
「あーしもいるんだけどぉ?」
スティラの反対側からオレの手を握ってきたのは、もう一人の旅の仲間、大魔道士のキルケだ。
黒く大きな三角帽子から流れる黒髪を揺らしながら、ぷりぷりと頬を膨らませている。褐色の肌が魅力的な元気娘である。
若干15歳ながらあらゆる魔法を使いこなす彼女は、広範囲火力の要だった。
オレより頭2つは低い目線から、大きな瞳で睨みつけてくる。
「もちろんだ。お城の料理、楽しみだな」
いつものように頭をなでてやりたいところだが、あいにく彼女達によって両手が塞がっている。
キルケは「また子供扱いしようとして!」とむくれている。
オレの半分以下の年齢なのだからしょうがない。
とても頼りになる仲間だけど、彼女はまだ未来ある子供だからな。
「あれが大聖女スティラ様か! なんてお美しい!」
「キルケちゃんかわいー!」
「魔王を倒してくれてありがとう!」
スティラが笑顔で手を振ると、観衆達はさらに盛り上がった。
オレは照れ笑いを浮かべ、照れたキルケは口元をもにょもにょさせながら三角帽子のツバで顔を隠した。
「貴様が剣聖ラディウスだな」
そんな大騒ぎの中、大通りの真ん中に人影が現れた。
底冷えする静かで低い声が、辺りに響く。
魔力の乗ったその声に、観衆達の歓声がぴたりと止んだ。
頭に二本の角を生やした大柄の男だった。
真っ黒な全身鎧に身を包み、手には大きな斧をぶらさげている。
オレはキルケを庇うようにして立つ。
「よくも魔王様を……」
男は顔を怒りに染めた。
「魔族の残党……」
屋台の男がつぶやいたのを見て、隣にいた小さな子供が元気な声をあげた。
「ラディウスさまー! 魔族なんてやっちゃえー!」
魔族の視線が子供に向く。
その手の斧が禍々しく輝いた。
「ふんっ!」
魔族が斧を縦に振り抜くと、地面を走る衝撃波が石畳を巻き上げ、子供に迫る!
家の数軒は簡単に吹き飛びそうな一撃には目もくれず、オレは剣を抜き、魔族に肉迫した。
「なっ!?」
子供を無視したことに驚いた魔族は、斧を振り上げるももう遅い。
オレの剣は、鉄よりも硬いと言われる魔族の体を左右真っ二つに切り裂いていた。
――どがああああああ!
背後で衝撃波の着弾音がする。
その爆音を浴びながら、オレの高速剣が魔族の体を細切れにした。
だがまだだ。
高位魔族は肉片の一つからでも復活する。
オレはバックステップで肉片から距離を取る。
それと同時に、肉片は渦巻く炎の柱に飲み込まれ、塵となって消えた。
魔を滅する不滅の炎。
長い詠唱と莫大な魔力を要する、世界に数人しか使い手のいない極限魔法だ。
「まだけっこう残党がいるんだね」
それを涼しい顔で撃ったのはもちろんキルケである。
魔族が姿を表した時から既に詠唱に入っていた。
オレがキルケを庇うようにして立ったのは、彼女が詠唱する姿を見せないためだ。
「あらぁ、もう終わってる」
そして、煙の中から魔力障壁の光と共に現れたのはスティラだ。
むろん子どもは無事だし、周囲の建物にも傷一つない。
これが魔族のほとんどを滅した自慢のパーティである。
3年間をかけて培ったコンビネーションは伊達じゃない。
「「「す、すげええええええええ!」」」
今日一番の大歓声が大通りを包みこんだ。
◆ ◆ ◆
王都に帰還してから約一ヶ月。
魔族の残党狩りをあらかた終えたオレは、故郷の村に帰ってきていた。
オレが旅立ってから今日でちょうど丸3年になる。
村を旅立つ際、妻のリーズには3年だけ待っていて欲しいと約束をしてある。
こうして帰ってきたのは、もちろん彼女に会うためだ。
王都に呼び寄せることもできたが、オレはこの村に帰りたかった。
愛する妻と小さい頃から過ごしたこの場所へ。
「ずいぶん大きくなったな……」
故郷は村どころか町と呼んでも差し支えない規模に発展していた。
かつては木のアーチが申し訳程度に置かれていただけだった村の入口も、今では立派な門が建ち、町をぐるりと囲む高い壁まである。
狩りで自給自足をしていた人口100人程度の村が、まるで街道の要所かのような発展っぷりである。
人口2000人規模はあるんじゃないだろうか。
これも、旅の途中で救った国々で王様に褒美をもらう際、故郷においしい仕事を回してくれるよう頼んだおかげだろう。
王様達は「剣聖の故郷とあれば!」とか言って、なんか張り切っていたからな。
でもこれはやりすぎでは?
かつて貧乏道場主だったオレは、村長の娘である妻に苦労をかけた。
今はきっと、楽な生活をできているだろう。
オレはがらりと変わった故郷の風景を少しだけ寂しい想いをしつつ楽しみながら、我が家へと向かった。
「ここ……だよな?」
思わず呟いてしまうほど、我が家は様変わりしていた。
3部屋の木造平屋だったはずが、部屋数が20は超えそうな屋敷になっていたのだ。
我が家だというのに少し緊張しつつドアをあける。
そこには、見知らぬ男とキスをする妻――リーズの姿があった。
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