願望
◯◯◯には全て同じ言葉が入ります。
私は◯◯◯が5個欲しい。切にそう思う。毎日毎晩織姫と彦星にお願いをしているのだが、一向に叶う気配がない。なぜだろう。毎朝足の間を確認するのだが、あった試しがない。なんて悲劇だ。◯◯◯が5個あれば、私を取り巻く諸問題が一挙に解決するのに。あぁ、5個の◯◯◯があればこんなことにならなかった。願わくば返してくれたまへ。
「いやいやそんなはずはない。何もそこまでじゃないだろう。言い過ぎだろ。◯◯◯はそこまで万能じゃない」
「そんなはずはない。◯◯◯は何にでも有効に働く。考えてみたまえ。この世の中の問題の9割9分は◯◯◯の問題だ。◯◯◯があるかそうでないか。それも5個の◯◯◯が。たった5個だけで良い。本当にそれだけで良いんだ。何も一際贅沢なことを言っているわけではないだろう? 」
「贅沢だよ。とんでもなく贅沢だ。誰がそんなことを認めるだろう。いや、誰も認めやしない。勘違いも甚だしい。いいか、耳の穴をかっぽじってよく聞いてくれ。◯◯◯が5個あって解決するのは、◯◯◯が5個あって解決する類の問題だけだ。それが有効なのはごく限られた範囲までだ」
「……嘘だろ。◯◯◯は万能だって誰も彼もが口々に言っていたのに。そんなはずない。そんなはずないよ。おかしい。絶対におかしいよ。もう一回考え直してくれ。本当にそうなのかどうかを。5個の◯◯◯があれば必ず空は飛べるはずだ。歌も上手く歌えるようになるし、足も早くなる。お金も稼げるようになるし、食いっぱぐれることもない。飢えで命を落とすこともないし、戦争もなくなる。誰もいない河原で1人寂しく川を眺めることもなくなるし、橋の下のオレンジ色の街灯に照らされた自身の影に目を落とすこともなくなる。そうだろう? 」
「……それらは全て夢物語だ。大体何だ。◯◯◯、◯◯◯って。そんなに◯◯◯が万能なら世の中◯◯◯まみれだろう。残念なことに◯◯◯にそこまでの力能はない。◯◯◯はあくまでも◯◯◯だ。◯◯◯は◯◯◯である限りのものであり、◯◯◯でなかったものが◯◯◯になったり、◯◯◯が◯◯◯以外の別物に変化したりすることはない。◯◯◯の幻想に溺れて良いのは◯◯◯か◯◯◯に溺れてあるものだけだ。◯◯◯に◯◯◯以外のものを夢見るな。大事なことだからもう一度言うが、◯◯◯が解決できるのは◯◯◯に関する問題だけだ。」
「……」
「大体考えても見ろ。◯◯◯が5個あったところで、今度は6個欲しい、7個欲しいとなるのはもう火を見るよりも明らかじゃないか。その時になって要らなかったとなってももう遅いんだぞ。結局◯◯◯が0個だろうが、1個だろうが、2個だろうが、3個だろうが、5個だろうが、100個だろうがこれっぽっちも変わりやしないんだよ。問題の起点がずれるだけだ。そっくりそのまま問題の領域がスライドするだけなんだ。水の入ったグラスを移動させるだけ。机の上を滑らせているだけだよ。過剰に適応しようとすることが物事の道理をおかしくするんだ。餅は餅屋だよ。◯◯◯が◯◯◯らしくあればそれで良いじゃないか」
「じゃあ何だ? ◯◯◯が増えようが増えまいが同じだって言いたいのか」
「そうだ。もちろん、◯◯◯が増えれば増えた分だけ欲望は膨張し、減れば減っただけ縮小するように見えるかもしれない。ただ総量は同じだ。それが変形し、見た目を全く別のものに変えるかもしれないが、現象の焼き増しにすぎない。そのうちに直面することになる。今覗いているのと全く同じ欲望に。だから好きにすると良い。問題は逃げも隠れもしないのだから。遅かれ早かれ相見えることになる」
「じゃあ問題を先送りしているだけだってことなのか」
「そうなのか? 」
「……分からない」
「そうか。少なくとも言えることは、幾許かの◯◯◯を所望するのならばそれに値するだけの欲望をできるだけ正確に計量するべきだ。さもなくば過剰な欲望まみれになる。誰の欲望かも分からないまま。国道109号線を端から端まで裸足でペタペタと練り歩く羽目になる」
「縁は? 」
「何の? 」
「道路の縁にぶつかったら? 」
「そんなものはない。無限に広い、もしくは球体の道路を想像したまえ。問題にはいつも縁がない。系が閉じているんだ」
「閉じている、ね。この際限のない欲望も閉じていればよかったのにね」
「閉じているさ。太平洋に浮かぶヤシの実のちょうど真ん中で」