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玉女守門と俺~この度、ひとめぼれした美少女を護る四天王の1人になりまして  作者: 青山 高峰
第3章

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13/22

3-3 空界へGO!

 空界(くうかい)への旅立ちの日は新月(しんげつ)の晩が選ばれた。


 23時四45分、鎮守(ちんじゅ)の森の木立(こだち)弁天池(べんてんいけ)の前で俺は“その時”を待っていた。


「動きやすい恰好(かっこう)で」って遠足の時みたいなことを言われていたから、とりあえずジーンズにパーカーそして()きなれたスニーカーを選んだ。(かたわら)にはジイさんと(かん)もいる。二人とも、(そろ)いもそろって歯を抜く前のような顔をしている。ああ、これからの危険を考えると、本当に緊張(きんちょう)する。斜めに背負った白虎炎陽剣(びゃっこえんようけん)(つか)感触(かんしょく)に、はっとした。また無意識(むいしき)に背中に手を回してしまったらしい。


その時、砂利(じゃり)の上を歩く音に振り返った。


「みっ、美住(みすみ)?」


 その姿に面食(めんく)らった。


不思議(ふしぎ)の国のアリス”


一瞬そう思った。それもセクシーな。

美住は薄青色(うすあおいろ)のノースリーブのワンピースに白いエプロン姿だった。足元こそスニーカーだが、これからピクニックにでも行くような(とう)()んだバスケットを腕に下げている。


俺の目の前で立ち止まると、美住(みすみ)が顔を赤らめた。


「私、あんまり料理が得意じゃないから恥ずかしいんだけど」


 モジモジしながら、バスケットの中から何かを取り出すと、俺の前に差し出した。それは細かいハート模様(もよう)()かれたセロハンでラッピングされたチョコレートカップケーキだった。


「もしかして手作り?」


「そう。ごめんね。でもこれを食べてもらってからじゃないと空界へは行けないの。だから……」


 美住(みすみ)節目(ふしめ)がちに言った。


「食べて」


 (つや)やかな(くちびる)()ずかしそうに動く。


 ああ、美住はかわいい。(はら)(そこ)から(さけ)びたくなるほどかわいい。


 急いでラッピングを外すと、一気にほおばった。瞬間、体中に(ふる)えがきた。生鮭(なまじゃけ)とニンニクを混ぜたような味、なのにチョコ。あっ、甘いのに(くさ)い。全身から汗が噴出(ふんしゅつ)し、鳥肌(とりはだ)が立った。思わず、えずきそうになった俺の(かた)(かん)()いた。


(ゆう)、コレは四天王(してんのう)であれば、一度は通る道だ。心してかかれ! そうですよね、師匠(ししょう)


 (かん)がジイさんを見やると、ジイさんは目を閉じたまま、何度もうなずいている。


もしかして俺が“アレを知らないから適任(てきにん)”の“アレ”って、これのことだったのかよ! 


(なみだ)ぐみながら、ジイさんと(かん)抗議(こうぎ)の目で見やった。その時、美住(みすみ)が顔を(のぞ)()んできた。


(ゆう)くん、やっぱり美味(おい)しくない?」


 まつ毛の上で(なみだ)がキラキラと光っている。


くうっ、かわいい。かわいすぎる。破壊力(はかいりょく)のあるかわいさに、俺は心の中で(ねん)じた。


飲める。飲める。俺は飲める! チョコレートケーキを飲み込める!!


息をつめ、一気に飲み込んだ。全身から新たな(あせ)()き出し、熱病(ねつびょう)にでもかかったように(ふる)えがきた。後味(あとあじ)悶絶(もんぜつ)していると、美住(みすみ)が、今度は金糸(きんし)で編んだ巾着(きんちゃく)を差し出した。巾着(きんちゃく)の赤い(ひも)の先には銀色の(すず)、がついている。


空界(くうかい)圏外(けんがい)だから、巾着(きんちゃく)(すず)は向こうでの連絡用(れんらくよう)よ。もし何かあったら()らして、私もそうするから。それからその巾着(きんちゃく)は……お(まも)り」


 最後の部分だけ、美住は小声で言った。


「さて、そろそろ0時になる。夕子、優、時計の時刻(じこく)を合わせるんだ」


 ジイさんに言われ、俺と美住(みすみ)(たが)いに腕時計(うでどけい)(はり)を合わせた。


 午前0時、美住(みすみ)(かみ)()かれ、俺はその(ゆた)かな黒髪(くろかみ)に吸い込まれた。


☆☆☆☆☆


明るい光に目を開けた。そこは緑の山に囲まれたのどかな田園(でんえん)だった。右の畑にも左の畑にも真っ赤なトマトやキュウリといった野菜がたわわになっている。近くに小川でもあるのか、せせらぎの音が聞こえる。()んだ空気、小鳥の美しいさえずり……思いっきり()びをして、新鮮(しんせん)な空気を(はい)いっぱいに吸い込んだ。ここがどこか、何で自分がここにいるのか、一瞬(いっしゅん)()かんだ疑問(ぎもん)を忘れ、気持ちのいい朝もやの田園地帯(でんえんちたい)を歩き出そうとした。


リンリンリン。


ポケットから鈴の音がかすかに聞こえ、はっとした。


そうだ、ここは空界(くうかい)だ。


そう思い出して首を(かし)げた。

ここって、本当にジイさんや(かん)が心配していた世界なんだろうか。戦地(せんち)やスラム(がい)とかそういうところを想像していたのに。見ろ、この平和な世界を、のどかな畑を。早朝から農家の人が丁寧(ていねい)畑仕事(はたけしごと)をしているじゃないか。

左の畑でせっせと動く人影(ひとかげ)を見やってギョッとした。


うっ、牛だ。牛がくわ持って、畑を(たがや)している!?


「ここ空界(くうかい)はね、人が生まれかわる前にいく世界なの。だからとても人間界(にんげんかい)に近いのよ」


 振り向くと、美住(みすみ)が立っていた。もう一度、農作業(のうさぎょう)をする牛を見た。向こうのほうの畑では豚が(こし)を曲げ、田植(たう)えをしている。


「農業にいそしむ動物がいる世界が? 人間界(にんげんかい)に近いのか?」


「あの人たちは元々人間よ。問題なければ、これから人として生まれ変わってくるはずよ」


 美住(みすみ)の話によると、何でも空界は人間界の輪廻転生のサイクルに戻る前の、いわば訓練施設(くんれんしせつ)みたいなところだという。ここで生まれ変わる目的を決め、過去生(かこせい)からの記憶(きおく)を消していく。そして一定期間(いっていきかん)()ごすと、人間界に生まれ変わってくる。牛や豚は、この世界のルールを守らなかったため、三日間“動物として()ごす”という(ばつ)を受けているというのだ。変わった(ばつ)だが、下手をするとそのまま動物として生まれ変わることになるというから(おそ)ろしい。


 その時、(くま)手押(てお)し車を押しながら、(わき)を通りかかった。


「じゃあ、この熊もこのまま熊ってこともあるわけなんだ」


 こっそり美住(みすみ)耳打(みみう)ちをした。すると、熊が立ち止まって憤然(ふんぜん)と俺を(にら)んだ。


「失礼ね! アンタこそ白虎(しろとら)のくせに! 一生そのままってこともあるんだからね」


「なっ、何言ってんだよ、俺は……」


 言いかけた俺の腕を美住(みすみ)が引っ張った。


「ごめんなさい。彼、気が立っているのよ。チョコレートケーキを食べすぎたせいで、こんなんなっちゃったから」


 熊は美住(みすみ)の全身に目を走らせると、短いため息をついた。


「じゃあ、あんたもかい、ウサギさん?」


 ウッ、ウサギさん!? 


驚いて美住(みすみ)を見た。しかしそこにいるのはウサギではなく、黒髪(くろかみ)をたなびかせている美住(みすみ)だ。蠱惑的(こわくてき)なワンピースにエプロンっていういで立ちも、この世界に来る前と変わらない。


美住(みすみ)、この熊おかし」


 “いんじゃないか?”と言おうとした口を美住(みすみ)がふさいだ。


「なんだい」


 熊の目の奥がギラっと光った。すると美住(みすみ)がとびっきりの笑顔を熊に向けた。


「この熊さんもおかしは好きなのかなって言ったんです。ほらっ、わたし達、チョコレートケーキが大好きだから」


 熊が納得(なっとく)したように大きくうなずき、


「ああ、そうだね。分かる、分かる。まあチョコレートケーキは美味しいからね。アイツに、はまると一日一個って法律(ほうりつ)はきついわよね、本当に。ビターとミルクチョコを混ぜた、ふわっふわっの生地(きじ)の中からトロッとしたチョコが流れ出して……」


 チョコレートケーキがどれ程、甘美(かんび)な食べ物なのか熱く語り始めた。


 熱弁(んつべん)をふるう熊に気づかれないよう、俺はそっと美住(みすみ)耳打(みみう)ちした。


「俺が虎で、美住(みすみ)がウサギってどういうことだ? 姿(すがた)が動物になると、視界(しかい)まで変になっちゃうのか?」


「そんなことないわ」


 美住(みすみ)がくすぐったそうに笑った。


「この世界に来る前にチョコレートケーキを食べたでしょ。あれを食べると、ここの世界では自分たちと同じ生き物に見えてしまうの」


「そっ、そうなの!」


「ええ。それからこの世界の人達に、まだ生きている人間だってバレないように気をつけてね。もしバレたら……」


その時、


「ところで、さっきから気になってたんだけど」


 熊の目がギラっとした。


「ウサギさん、あんた(にお)うね。ひょっとしてあんた……」


 美住(みすみ)の顔がさっと緊張(きんちょう)した。


「その手にしているバスケット、もしかして中にチョコレートケーキが入ってるんじゃないのかい?」


 熊が鼻をヒクつかせながら、美住のバスケットを指差した。美住(みすみ)がホッとしたようにうなずくと、突然熊が(おが)むように手を合わせた。


「ねえ、お願いだから、チョコレートケーキを私に分けてくれない? 一個でいいからさ。代わりに私の(もも)をあげるから」


 熊は手押し車の中からピンク色の大きな桃を一つ取り出した。甘い香りがふんわりと(ただよ)い、その匂いだけで口中(くちじゅう)唾液(だえき)でいっぱいになる。俺が桃に手を伸ばそうとすると、美住(みすみ)がその手を(つか)んだ。


「桃はいらないわ」


 美住(みすみ)がきっぱりと言い、俺は(熊も)がっくりと肩を落とした。


「でもチョコレートケーキはあげる。その代わりに連れて行って欲しいところがあるの」


 美住(みすみ)がバスケットからチョコレートケーキを取り出すのを見て、熊がパアアっと顔を(かがや)かせた。


「どこだい、どこへ行きたいんだい? どこへでも連れて行ってあげるよ」


本丸城(ほんまるじょう)よ」


本丸城(ほんまるじょう)だって!」


 熊が()っとん(きょう)な声を上げた。


「なんだってアンタ、あんな変わり者の統治者様(とうちしゃさま)がいるところに行きたいんだい? あそこに連れて行くなら、チョコレートケーキは3個にしてもらわないと」


「2個」


「いや3個!」


「そう。なら、いいわ。別の人に(たの)むから」


 美住(みすみ)はチョコレートケーキをバスケットにしまうと、背を向けて、歩き始めた。すると、(あわ)てて熊が美住の前に回りこんだ。


「待っておくれよ。2個でいいから。ねっ」


 熊は美住(みすみ)の返事も待たずに指笛(ゆびぶえ)を吹いた。轟音(ごうおん)をたてながら、山の向こうから何かがこちらに向かってくる。それが大きな白い鳥だって分かるのに数秒もかからなかった。あっという間に爆風(ばくふう)を起こしながら、俺達の目の前、細いあぜ道の上に着地(ちゃくち)した。


本丸城(ほんまるじょう)までは遠いから。これで行くよ」


 熊は手押し車の中からリモコンをとり出し、鳥の眉間(みけん)に向けた。すると、ぷっくり(ふく)らんだ鳥のお(なか)の一部に扉型(とびらがた)の筋が入ったかと思うと、前方(ぜんぽう)にパカリと開いた。鳥じゃなくて、鳥型(とりがた)機械(きかい)? 


「ほら、席に座って」


 熊が俺の(かた)(つか)んで、(とびら)の開いた鳥の腹めがけて投げつけた。


「うわあ」


 無機質(むきしつ)な灰色の床にぶつかるっと思った瞬間(しゅんかん)、ベージュ色のソファがさっと動き、俺の身体を受け止めた。そこは電車の個室コンパートメントのようで案外(あんがい)広々としている。びっくりしつつ座り直していると、美住(みすみ)も同じようにして中に飛び込んできた。


「ふたりともシートベルトはちゃんとしておくれよ。最近は法律(ほうりつ)(きび)しくなったから」


 熊はそう言うと、ソファから立ち上がり、背後(はいご)の階段を上って行った。俺と美住(みすみ)がシートベルトを()めた途端(とたん)、全身を押さえつけるような強い重力(じゅうりょく)がかかり、耳の(おく)()まった。10秒ほどすると、電子レンジの“チン”という音がした途端、体にかかる圧力(あつりょく)が一気になくなった。ソファの上でぐったりとしていると、熊が上から降りてきた。


「着いたわよ。さあ、約束のチョコレートケーキをちょうだい」


 美住(みすみ)がチョコレートケーキを渡すと、熊はダラダラとよだれをたらし、


「さあ、早くここから()りて」


地上へ降りるための階段(かいだん)を下ろしてくれた。入る時もこの階段(かいだん)を使えばよかったのでは? と思いつつ階段(かいだん)を降りた。地面に足がついた途端(とたん)、白い鳥は逃げるように青空へと飛び去って行った。


☆☆☆☆☆


太鼓型(たいこがた)の大きな石橋(いしばし)が見えてきた。その向こうには宝石(ほうせき)のような青い石を積み上げた城壁(じょうへき)と金色の門が見える。美住(みすみ)はきびきびとした足取(あしど)りで、石橋(いしばし)を渡りはじめた。


美住(みすみ)、四人目は、あの(かべ)の向こうにいるのか」


「ええ、お城、本丸城(ほんまるじょう)の中にいるはずよ。なにしろこの世界の統治者(とうちしゃ)だから」


 統治者(とうちしゃ)と聞いてビックリしてしまった。


「じゃあ四人目は、殿(との)さまかなんかなのか?」


「たぶん……でも本来(ほんらい)姿(すがた)は分からない」


「どういうこと?」


「わたしが玉女守門(ぎょくじょしゅもん)就任(しゅうにん)した時、挨拶(あいさつ)の際に一度だけ会ったことがあるの。でもその時は(かり)姿(すがた)だった」


「じゃあ本来の姿は? 顔が分からないってこと」


 美住(みすみ)が門を見上げ、目をしばたたかせた。つられて門を見上げていると首が(いた)くなった。

その時、重々(おもおも)しく閉じられていた門が、ギイイッと音を立てて開いた。再び歩き出そうとすると、美住(みすみ)が俺の(うで)(つか)んだ。()り向くと緊張(きんちょう)した眼にぶつかった。


美住(みすみ)?」


「さっきの話の続き」


 美住(みすみ)は、俺の(うで)を引っ張ると、つま先立ちになって俺の耳に(くちびる)()せた。花のような(みつ)のようないい(にお)いがふわりとした。


空界(くうかい)では生きている人間は“不死人(ふしんに)”って()ばれてて、空界(くうかい)の人達が“不死人(ふしんに)”の生き血を飲むと来世(らいせ)での幸福(こうふく)が得られるって信じられているの。だからもし“不死人(ふしんに)”だってバレたら、(おそ)らくこの世界に拘束(こうそく)され、血を()かれ(つづ)けるわ」


 何だって! 


 飛びすさんだ俺の(うで)(つか)んで、美住(みすみ)がまた耳に近づいた。


「だから絶対(ぜったい)にバレないように気をつけて。それから、この世界の食べ物や飲み物は絶対(ぜったい)に口にしないで。元の世界に(もど)れなくなるから」


 お(ほり)の水がギラっと太陽の光を反射(はんしゃ)した。まるで(あや)しい生物(いきもの)のようにたゆたっている。


この一見(いっけん)、なんでもなさそうな、というよりむしろ平和に見える世界がそんな(おそ)ろしいところだったなんて……ジイさんや(かん)美住(みすみ)一人をこの世界に行かせたがらなかったわけだ。


「チョコレートケーキが()いてて、この世界の人には自分たちと同じに見えているはずだから、大丈夫だと思うんだけど……もし何かあったら、さっき(わた)したお守りの中を開けて。中には私の(かみ)()一房(ひとふさ)入っているから」


 ドキッとした。


(かみ)()をお守りでくれるって、普通(ふつう)に考えたらちょっと(いやかなり)(こわ)い。でもこれが玉女守門(ぎょくじょしゅもん)美住(みすみ)からだと話は別だ。


「それでいざって時には頭から(かみ)()をふりかけて、そしたらすぐに、人間界へ飛べって、そう(いの)って、すぐによ。(かみ)()をふりかけると、途端(とたん)に色々な世界とつながっちゃうから気をつけて」


「なんでそんなこと言うんだよ」


「コツが必要(ひつよう)だからよ。(いの)るのが(おく)れると、別の世界に()ばされることだってあるから」


(ちが)う、どうして一人で帰れみたいな話をするんだよ。四人目と一緒(いっしょ)に帰るんだろ」


「……そうね……」


 美住(みすみ)(うなず)くと、


「何もなければね」


 門に向かって歩き始めた。

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