第六話 U型怪魔
【前回のあらすじ】
かつての仲間達と久々の再会。楽しいはずの時間だったのに、突然の怪異に巻き込まれて仲間のうちの一人である夜野真奈子が意識不明に……
「結論だけ言う。この一件はU型怪魔の仕業だ。夜野真奈子はそいつに呪われて襲撃されたんだ」
サダの言葉に、五人の仲良し女子高生達の間に沈黙が走った。
充分に沈黙が走りきった後で、ようやくその中の一人である北裏怜がお世辞にもあまり良くない目付きを更に尖らせながらサダを睨み付けた。「あんた、こんな状況で何ふざけた事言ってんの? 意味分かんないんだけど」
「ちょ、ちょっと怜」
奥寺なごみが慌てて窘めようとするが、怜は止まらない。
「あのねえ、今は仲間が一人病院に運ばれたって事態なの! 唐突に呪いとか襲撃とか言い出して、あんた頭おかしいんじゃないの!?」
それはそうである。
「おい、ちょっとサダ」
眉間にしわを寄せながら水無口がサダを手招きした。
「もうちょい会話のキャッチボールを意識してくれ」
「けど、結論から先に話せっていつも言ってるじゃないですか」
「多分今回の場合は順を追って説明した方がいいと思うよ……みんな怪魔のことは知らないんだし」
小声で会話をしているようだが、なごみ達にはしっかり筒抜けである。一番背の高い深澤香弥が「なんだこのグダグダ感」とぼやいていたが、おそらく場にいた人間は同じ感想を抱いていただろう。
「えーと、まず彼女が倒れたという状況を聞いておきたいかな。場所はカラオケボックスだったよね」
水無口が優しい口調で問いかける。
五人は顔を見合わせながら、ありのまま説明して大丈夫なのか困惑していたようだが、結局なごみが全部説明する事になった。
「まなやんが倒れる直前、急にひどい耳鳴りに襲われて立ってられなくなって」
「それはここにいる全員か?」
サダが不機嫌そうに問いかけ、五人全員が肯定する。皆、口々に「ひどかった」「死ぬかと思った」と述べるのを見て、彼は納得したように頷いた。
「なら、その時に夜野真奈子の身体に異変が起きた事に気付いたのは?」
この問いには皆が首を振って「わからない」の意を示した。耳鳴りと気持ちの悪さで周囲の細かいところまで気を回す余裕などなかった。「ごめんなさい、見てなかった」と小動物のように震えながら謝る黒小路美涼に、水無口が「それが普通だから気に病まなくていいよ」とフォローを入れた。
「そんな事よりもまなやんは大丈夫なの?」
心配そうな表情で尋ねたのは、丸い眼鏡がトレードマークの狭陽奈だった。泣きそうな表情になっている。
「医師の話によると外傷はないが、体力が酷く落ちている状態だ。数日安静にしていれば問題はないそうだ。ただ」
そう言ってサダはどこからか箱形のケースを取り出して開け、中から理科の実験などでよく見かけるシャーレを取り出し、全員に見えるようにそれを持ってきた。中には赤茶色の小さな棘のようなものが入っている。
「何これ?」
「夜野真奈子のうなじにくっついていたのを医師が発見した。そしてこいつには怪異の成分が検出された。少なくともこの世の物質ではない」
怪異の成分というのも意味不明だが、この世の物質ではないというのはもっと不可解だった。この世の物質でないのなら、ここに存在している物は何なのかという話になる。
「これが夜野真奈子が怪魔に襲われたという根拠だ」
サダの言葉はしっかりとした断定系であった。場の空気が緊張でぴりついた。
……気がしただけだった。
「だから! あんたの言ってる事さっぱり分からんって言ってるの!」
怜が叫んだ。そして八つ当たりのように長机をバシッと叩く。
「怪異だか怪魔だか何だか知らないけど、意味不明な話で混乱させて何が楽しいわけ? 状況考えて物言ってる? 不謹慎にも程があるだろ!」
「だから今それを説明してるだろ……」
サダは面倒くさそうな顔でそっぽを向こうとするが、水無口が目線で「ちゃんとやれ」と圧をかけてきたので仕方なく向き直る。
「えーと、サダ君の話だと、まなやんはその怪魔? っていう物のせいでこうなったって言いたいんだよね?」
このまま怜とサダを問答させても話が進まない、と判断したなごみがそう言った。
「なごみ、なんでこんな奴の味方をするわけ?」
「味方がどうとかじゃなくて……ごめん、怜。実は私、こないだちょっと巻き込まれたの。意味不明な怪異現象ってやつに」
なごみはサダが転校する前日の夕方に起きた、何もない空から落下物が次々と降り注ぐという理不尽で奇妙な一件を話した。そこで出会ったのがサダである事も、サダがその怪異を止めたという事も。
「俺ら怪討人はそういった常識では説明のつかない怪異、そしてそういった怪異を引き起こす存在である怪魔を退治するのが仕事だ。ひとまずそこだけ理解してくれ」
「説明雑すぎだろ!?」
案の定、怜がツッコミを入れた。
「んんー、でも怜ちゃん、そこ理解しないと話が全然進まないと思うんだけど」
美涼がアワアワしながら言うが、「スズ、あんたは普段空気読まないのにこういう時だけ空気読むなよ」と辛辣に返されたので、すぐにしょんぼりと肩を落とす。
とは言え美涼の言う通り、話が進まない状態で止まるのはこの場にいる誰も望んでいない事態なので、全員ひとまずはサダの話をちゃんと聞くことにした。
「で、怪異を引き起こす怪魔というのには色んな種類がいる。先日倒した「頭上から物を降らす怪魔」もその中の一つにすぎない」
「サダ君、あの意味不明な現象の時にはその怪魔っていうのは見なかったんだけど……」
「怪魔は普通の人間には見えない」
見えるのは素養のある怪討人くらいだ、とサダはなごみの問いに答える。
「そして、俺たち怪討人はある怪魔を追ってこの街に来た。人の精神に取り憑いて、災いを引き起こす怪魔。それがU型怪魔だ」
「愉快犯的な意味でもユカイ魔って呼ばれてるけどね」
水無口がおどけながら捕捉した。
「……真奈子は、そのせいでって事?」
いち早く状況をのみ込んだ香弥が呟く。その隣で陽奈が恐怖に耐えるようにきゅっと唇をかんだ。
「夜野真奈子が倒れたのは、ユカイ魔のかけた呪いのせいだ」
「じゃあ、まなやんにそのユカイ魔ってのが取り憑いたからってこと?」
「そういうわけではない。俺たちが追っているユカイ魔はかなり厄介な存在で、そいつは人の精神に取り憑いて記憶を読み取り、その人間が心の何処かで恨んでいたり好ましく思っていない相手に呪いをかけて災いを引き起こす」
「つまり?」
「ユカイ魔が取り憑いているのは、夜野真奈子に対して少なからずとも恨みを持っていたり、何かしらマイナスの感情を抱いたりしている人間という事になる。面識のない、赤の他人ではない」
そしてサダは一人一人の顔を見ながら話を続ける。
「そしてユカイ魔が人の精神に取り憑く際、取り憑く相手とその周囲にいる人間の体調に異変をきたす事が多い。過去の事例だと目眩、立ちくらみ、呼吸困難に耳鳴りなど……」
「ちょっと待った!」
そこで声を上げたのはまたしても怜であった。
「いや、話の途中なんだが」
「さすがに分かるわ! 流れ的にどう見てもうちらの中にいるって言いたいんだろ。まなやんに恨みを持っている犯人が!」
サダは気まずそうに言葉を失っていた。水無口も「おいおい」と言いたげに額を抑えて天を仰いだ。
一瞬の沈黙の後、女子高生達はハチの巣をつついたように騒ぎ出した。
「待ってよ!? あたしがまなやんを恨むわけないじゃん!?」
「わ、わたしだって!」
「大体急にそんな事言われても信じられないんだけど」
案の定、「自分は違う」という抗議の嵐である。
「ねえ、なごみちゃんもそう思うよね!?」
陽奈がなごみの方に話を振る。怜も同様になごみの意見を求めているような表情だった。
「私は……」
言いかけて十秒。そしてなごみは続きを話した。
「サダ君達がそのユカイ魔っていうのを倒しに来た、という話は信じていいと思う」
他の女子達の顔が驚きの表情になった。すぐさま陽奈がが「なんで!?」と詰め寄ろうとするところを香弥が手で制止する。
「だけど、私たちの中に犯人がいるという話は信じない」
今度はサダの方が「なんで!?」という表情になった。
なごみはそんなサダの顔を見ながらスマホを取り出して画像アルバムの中から一つの写真をタップして、彼の方に向ける。
「これ、こないだ見せた写真の画像。覚えているよね?」
中学時代の六人の集合写真。
「私にとってはみんな大切な仲間なの。そんな疑心暗鬼を煽るのは許せないし、私がそうさせない」
なごみの目には強い意志が宿っていた。
「そりゃ喧嘩もあったけど、何だかんだでみんなで乗り越えてきた。そんなみんなが誰かを恨んでるとか憎んでるとか私は考えたくない」
なごみのまっすぐな視線に、サダは額に手を当ててうなだれた。完全にこれは反論しても無駄だと悟っているようだった。
「あ、あの!」
やや躊躇いながら美涼がピシッと挙手をした。
「それはともかくとして、そのユカイ魔? っていうのはどうやって退治するの? それを倒したらまなやんは助かるの?」
「……いや、別に夜野真奈子の容体回復とユカイ魔退治は関係ないんだが」
「あ、そういう話じゃないんだ。呪いって言うからてっきり」
美涼がパタンと挙げた手を下ろす。
「退治の方法については全面的に僕らに任せておけばいいよ。具体的には被怪者……怪魔に取り憑かれた人の事を指すんだけど、被怪者に取り憑いた精神からユカイ魔を追いだしたところを仕留める。ユカイ魔は何かに取り憑いていないと無力な存在だからね」
水無口がサダに代わって説明する。
「ただ……」
「ただ?」
「僕もサダも、ユカイ魔を討伐する事は出来るんだけど、取り憑いたユカイ魔を引き剥がす術は持ってないんだよね」




