番外編1 のちに語る。その一言が欲しかったと
※ 第二十話で真奈子が語った中学時代のエピソード直後に起きた出来事
「だから泣いてないってば」
スズこと黒小路美涼は両目をグシグシ拭いながらそう言った。
「ウソつけ。目ぇ真っ赤じゃん」
ついでに言うと、鼻の頭も真っ赤だった。
「これは、急に花粉症に目覚めたから!」
「無理あるだろ!!」
もうダメだこいつ。
最初はたまたまトイレにある洗面所で必死に顔を洗っているスズを見つけて、その様子がとても悲しそうと言うかどう見ても泣いていたので見かねて声をかけたら、これである。
無理に強がっているけど、どうにもスズは危なっかしい。
お人好しでどんくさいから性格の悪い連中からしょっちゅうからかわれるし、よく嫌がらせのような悪戯のターゲットにされていた。
おまけにスズは超がつくほど鈍感なので、嫌がらせを受けていたことにすら気付かないこともしばしばである。親切だと思っていたクラスメイトが実は自分を騙していたことを知って大泣きしたこともあった。
「だから、本当に何もないんだって」
ウチのしつこさにうんざりしたのか、スズは床に置いた荷物の上に被さっている賞状をクルクルとまとめると、ヘアゴムでそれを留める。
「それってもしかして写生大会で描いたやつの賞状?」
「え? 怜ちゃんなんで分かったの?」
「さっき職員室に行ったら廊下にスズの絵が飾ってあった。下に優秀賞って書いてあったな」
「そうなの!?」
素っ頓狂とも言える大ボリュームの声が廊下に響いた。
「声大きいっての」
なんかちょっとムカついたので、スズの脳天にチョップを入れる。もちろん力は入れていないが、スズは大袈裟に頭をさすった。
「それで、わたしの絵、どうだった?」
さっきとは正反対の小さな声でスズは妙に不安げに語りかけてきた。
「通りすがりの先生が褒めてた」
一瞬スズの顔が明るくなる。が、すぐにその顔は不安に戻る。
「……怜ちゃんは見た?」
「うん、まあ」
「どうだった?」
どうやらウチはスズに感想を求められているのらしい。
でも正直、ウチには絵の良し悪しは分からない。スズの絵はやたら目立つ色だった気がするが、それがいいのか分からないのか正しいのかどうかもさっぱりだし。
嘘をついてもしょうが無いので正直にそう言うと、スズは目に見えてガッカリしていた。
「だからそんな顔すんなっての。優秀賞って事はいい絵って事だし、すげーのは確かじゃん」
「わたし……すごい?」
「褒められることをしたんだろ?」
「そう、なのかな……あー! ふーちゃんだ、おーい!!」
「切り替え早すぎるだろ!!」
スズの見ている方向に目を向けると、確かにそっちから深澤香弥が歩いてくるのが見えた。
「怜にスズ……練習は?」
「これから行くとこ。香弥こそそっちは反対方向じゃん」
「ちょっと職員室に寄ってから行くつもり。遅れるってみんなに言っといて」
相変わらず香弥は表情も口調も淡々としている。なんかこいつのそういう態度、偉そうで気に食わないけどどうせ言ったところで直ることはない。
「わかった。……ついでに職員室行くなら廊下にあるスズの絵を見てやってよ」
「スズの? どんなの?」
「優秀賞って下に書いてあるやつ」
それは絵の説明じゃないよ怜ちゃん、とスズがツッコミを入れるも、スズは香弥の方を不安げにじっと見つめている。
これは絶対「見てきてちゃんと感想を言ってほしい」と言ってる顔だ。変な所で面倒くさいな、こいつ。
「分かった、ついでで見てくるよ」
香弥の言葉を聞いて、とたんに嬉しそうになるスズ。どんだけコロコロ変わるんだよ。
大股で去って行く香弥を見送ってから、スズはウチの方を見た。
「何?」
「わたし、ちゃんとすごい事した?」
本当に面倒くさい。
えーと、何て言ったっけ、こういうの。褒めてくれオーラ丸出しのやつ。
あ、そうだ、承認欲求ってやつだ。承認欲求。
「あー、もうめんどいな! 一生懸命やって結果出したんならよくやったって思っときなよ! ……それとも誰かに何か言われたのか?」
スズは数秒間考えている表情をしてから、首を横に振った。
「なら堂々としてなって! ウチだって友達が褒められたら嬉しいし」
まだとこか不安げに見えるスズの背中をバシバシ叩く。
変な悲鳴が上がった気がするが、まあ怪我はしてないだろう。
「入賞おめでとう、スズ」
「そこは叩かず普通に言ってよー……」
抗議しながらスズはこちらを睨み付ける。全然迫力が無いから怖くない。
「……でもありがと、怜ちゃん」
最後にそう呟いたスズの顔はこれ以上ないくらいに嬉しそうで、それでいてものすごく泣きそうだった。




