第二十六話 グローリー6の大罪
【前回のあらすじ】
人は、意外と独りではない。
怪異空間消滅後、黒小路美涼は救急車で病院へ搬送された。
容体はかなり衰弱しており、搬送後すぐに処置が行われたが、それからずっと彼女の意識は戻る気配はなかった。
◆
翌日 五月十日土曜日 夕方
奥寺なごみは病院裏で美涼を除くグローリー6のメンバーを集めると、全てを告白した。
サダ経由でもらった水無口が作成した資料も交え、自分の失言が原因で美涼を深く傷つけてしまったこと、学校生活を台無しにしてしまったことを包み隠さずに語った。
今更どうすることもできない事は分かっている。話したところで、仲間達から軽蔑されるかもしれない。それでも、なごみは全てを話すべきだと思った。
聞かされたメンバーは例外なくショックを受けていたようで、しばらく誰も口をきけずにいた。
そしてようやく北裏怜が、口を開いた。
「なんで、スズはそんな事黙ってたんだよ……せめて相談くらい……」
学校が同じ、と言う意味では物理的に距離が一番近い怜の声はとても悔しそうだった。
「一人じゃ何も出来ない、って言われたら誰にも頼れなくなるよ。スズはそういう子だよ」
美涼の幼馴染みであり、一番付き合いの長い夜野真奈子がぎゅっと拳を握りながら答えた。彼女は事件が解決した昨日、退院という名義で既に解放されている。
「それに、怜ちゃんは間違いなくなごみちゃんの肩を持つだろうし、ふーちゃんは話は聞いてくれそうだけどヒナちと仲がいいからどう転ぶか読めなかったんだろうし、私は……多分スズに信頼されてないから」
「なんで!? 一番仲良かったんじゃないの?」
怜の問いに、真奈子は曖昧に笑うしかなかった。見るからに言いたくなさげだったので、怜はそれ以上追求するのをやめた。
「てか、なごみに直接言えばよかったのに」
「そのパターンでも怜ちゃんはなごみちゃんに加勢するだろうし、言った言ってないの証拠なんて出しようがないし、そもそもスズが口でなごみちゃんに勝つのは難しいと思う」
そんなことは、となごみは言おうとして、やめた。
無自覚に作り上げられた仲間内での力関係というものは残酷で、それでいて自分は仲間に無条件に信頼されているという前提という甘えがどこかにあって、今の今まで自分の希望はほとんどまかり通っていたことがこの事態に繋がってしまったのかもしれない。
「……私、原因は中学での一件だと思ってた。あの場にはヒナちも居たし、それだったら恨まれても納得が出来たよ。でも現実はそうじゃなかった。もっともっと酷いことが起きてた」
「ごめん」
なごみが弱々しく謝った。
それを見ながら真奈子は「謝らないでよ」と悲しそうに返す。
「そ、そうだよ。なごみちゃんは何も悪くない」
狭陽奈が割り込んできた。彼女も事件解決と共に病院からは解放されたが、ギプスや松葉杖は取れないので今後は青森に戻って、現地の病院で治療が引き継がれることになる。
「そりゃああたしも悪かった点もあるけどさ……でも、あたしだってこんな事になるとは思わなかったし」
「ヒナち?」
「正直、あたしは中学時代からあの子のこと苦手だった。脳天気で誰に対しても馴れ馴れしいし、そそっかしい割には行動遅いし、大雑把で空気読めないし、察し悪いし。何かあるたびになごみちゃんが色々フォローしてたじゃん」
まるで居直ったかのように、声がどんどん大きく、早口になる。
「大体なごみちゃんに世話になってもらってるくせに、どの口が言えるわけ? 一人じゃ何も出来ないって言われても無理もないでしょ、こんなの」
陽奈の言葉に、なごみは唇を噛みしめた。
なごみの罪を告白する事は陽奈の罪も告発する事になるのは分かっていたし、しかし本人の了承は取らずにそれを説明したのだから、言い逃れされても不自然ではない。
だが、陽奈が見苦しく自分を正当化するのに走るのは想定外だった。見通しが甘かった。
「あたし、そんな子の世話をするなんてまっぴらだし、どうしてあたしが我慢しなきゃいけないわけ? 向こうはこっちの気持ちお構いなしでヘラヘラしながら友達だと思い込んじゃってさ」
「ちょっと、いくらなんでもそれは……!」
怜が慌てて止めようとするが、陽奈は完全に冷静さを失っている。止まらない。
「嫌いなものを嫌って何が悪いの? ネットでも嫌いな人とは縁を切れ、付き合うなって意見が大多数で正義じゃん! こっちばかりが我慢する不公平な人間関係なんてあるだけ不毛だよ」
それは、陽奈がずっと心の奥底にたまっていた不満と怒りだった。
もうすでにその不満からは解放されている環境に置かれているはずなのに、一度経験した不満は消えずにそのまま残っているようであった。
「だからあたし、ちゃんと黒小路さんに言ったよ? 「あたしはあなたと友達にはなりたくないから、クラスの他の子探して友達作るなりどっかのグループに入れてもらえ」って。でもそうしなかったのはあの子の責任でしょ!?」
いや、この場合は怠慢とか甘えの方が合ってそうかな、と陽奈は補足を入れる。
「なごみちゃんの言う通りだったよ。あの子、結局一人じゃ何も出来ない子だったよ。自力で友達も作れないし、そのせいでまわりに気を遣われて、腫れ物みたいな厄介者状態になってるのも何も出来ない証拠で……」
その言葉は、最後まで続かなかった。
派手に松葉杖の倒れる音がしたと思ったら、いつの間にか陽奈は胸ぐらを掴まれ、病棟の壁に押しつけられていた。
「黙って聞いてりゃ……いい加減にしろよ」
ドスの効いたハスキーな声。
陽奈は信じられないといった顔で、自分を乱暴に拘束している相手を凝視していた。
「ダー、リン、なんで……」
より強い力で襟がキリキリと締め上げられていく。
「なんでじゃねえよ! 自分のやったことが分かってんのか!?」
怒りの声の主は、深澤香弥だった。
彼女は、これ以上ないくらいに怒っていた。
陽奈からの返事はない。想定外の恐怖と胸ぐらをつかまれている物理的な苦しみで震えている。
「分かってんのかってきいているんだよ!」
香弥が胸ぐらを掴んだまま、陽奈を数回壁に打ち付ける。
「香弥! やめろ!」
さすがに危険だと察した怜が制止に入る。香弥はそれを見て渋々といった表情で陽奈を解放した。
陽奈はそのままへたり込み、ケホケホとむせている。
「……そっか、ふーちゃんも学校じゃ一人だって言ってたから……」
真奈子が納得したように呟く。
「けど香弥は自分の意志で一人でいるんだからスズとは違うんじゃ」
「そんな意志なんてない」
怜の言葉に香弥はそっぽを向いたまま吐き捨てる。おそらくまだ怒りはおさまっていない。
「……好きで独りでいることなんて、一度もない。いつも気付いたら独りになってるだけ」
「え」
場が凍り付いた。
「笑いたきゃ笑えよ! そこでへたり込んでる奴みたいに!」
ビシッと、それでいて忌避対象のように陽奈を指差す香弥。
陽奈は、美涼を批判したつもりの言葉が同じく孤立している香弥までも馬鹿にしてしまっている事にようやく気付いて慌てて弁解の言葉を探そうとするが、冷静さを失っている状態では何も見つからないようだった。
「どうせ私は友達作ったり人と親しくするのも苦手だし、そもそも仲良くするためにどうしたらいいのかも分からない。そのくせ哀れまれるのが嫌だから平気なフリしてるだけのバカだよ。こいつの言う通り何も出来ない人間なんだろうな」
場にいた者は、突然のカミングアウトにただただ驚くしかなかった。
「で、でもダーリンも前に黒小路さんの事、空気読めないって批判してたじゃない。話しかけられてる時も鬱陶しそうな顔しながら対応してたし」
「そんな事言ってたわけ?」
怜が呆れながら香弥の顔を見る。香弥は人の悪口を裏で言うタイプではないと思い込んでいたから意外だった。
「別に陰口のつもりはない。ただ、私が学校でいつも一人でいるって知った辺りから「一人で本当に寂しくないの?」とか「全然動じないのすごい」とかやたら絡んできて、それも会うたび会うたび訊いてくる。正直、あの無神経さにはうんざりしてたよ、その時は」
「ふーちゃん……」
真奈子が何か言いたげに彼女の方を見た。が、次の言葉で何かを言うのをやめた。
「……今思えば、あれはスズなりにSOSを出してたんじゃないかって。それで私が大丈夫と言ったら、きっと自分も大丈夫じゃないといけないと思い込んで……」
香弥は肩をふるわせていた。自分の無知さに悔しさを噛みしめながら、顔がくしゃくしゃになるくらいに歪めている。
「そ、そんな! それはダーリンのせいじゃ」
「うるさい」
香弥に切り捨てられ、陽奈はびくりと震えながら身体を引きずって後ずさった。もう何を取り入っても駄目なようであった。
「というか、さっき嫌いな人とは縁を切れって言ったよな?」
追い打ちをかけるように香弥の鋭い目が、陽奈を捉える。
「別に嫌いな奴と無理して付き合えとは言わない。どうやっても相容れない奴はいる。ただ」
香弥の目がさらに鋭くなる。
「なんで他の友達を巻き込んでスズを仲間外れにしたんだ? 個人的にスズが嫌いなら自分がグループを抜けるのが筋だろ。なんでそれをしなかった?」
「そ、それは……だって、せっかくできた友達だし、それに……」
陽奈の返答は最後まで続かなかった。
香弥が地面に転がっている松葉杖を蹴り上げ、再び陽奈に掴みかかろうとするところを、怜が身体を張って止めに入る。
「落ち着け、香弥!」
「落ち着いてられるか! 自分の都合のいいように唆しておいて、どの口が言ってるんだこの女は!」
「この女」という言い方があまりにも冷たすぎて、陽奈は狼狽えながら震えている。が、それでも香弥の怒りは止まらない。
「そんなくだらない理由で仲間外れにする奴なんか要らない! お前なんかもう仲間でも何でもない! 二度とその面見せんな!!」




