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第二十一話 棘の根が張る赤い世界で

【前回のあらすじ】

いざ、怪異空間へ!

「ここに、スズがいるの?」

 サダと共に赤い扉の中に広がる世界・怪異空間に入った奥寺おくでらなごみはキョロキョロと辺りを見回す。

 赤い地面に赤黒い木々、うっすらとしたモヤが漂うその光景は、森と言うより樹海と表現した方がふさわしい不気味さがあった。

 サダはその問いには答えず、先ほどの怪異空間固定コアを同じように地面に埋める。

 コアを中心に一メートルほどの円型の淡い光が広がった。

「帰還ポイントだ。この中心に立てば元の場所に戻れるようになってる。ヤバくなったらここに戻る事。まずはそれだけ覚えてくれ」

「手慣れてるんだね」

 その言葉にもサダは反応しない。

 怪異空間は、被怪者の精神を元にユカイ魔が構築した世界だ。そんな不確定要素しかなさそうな場所を、まだ一人前とは言えない怪討人と勢いだけで無理矢理ついてきたような一般人が攻略するのだ。

 サダは緊張に飲まれそうになるのを「人の命がかかってる」と己を奮い立たせるかのように呟く。

 道具の使用マニュアルはタクシーに乗っている間にスマホで確認したし、万が一の手はすでに打っているつもりだった。


 絶対に、この仕事は成功させてみせる。


 木々の根に足を取られないよう、二人は慎重にかつ早足で進む。幸い、歩ける部分は一本道だったので迷子になる心配はなさそうだった。

 十分ほど歩いたところで岩場のような場所に辿り着いた。壁や地面に棘のついた根が張り付いているのが見えた。

 サダはそれを注意深く観察しながら根の続く先を追うように早足で進んでいくと、少し広い空間に出た。

「あ、あれ!」

 追いついたなごみが隅の方を指す。

 そこには棘付きの根でぐるぐる巻きにされている、三つの大きな塊が見えた。

 サダはそのままそれに近付くと、何故か塊の中から呼吸音が聞こえてくるのに気付いた。

「え、何これ生きてるの!? 謎のモンスターってやつ?」

「落ち着け。こいつは違う」

 サダは手の平を怪我しないようにハンカチでガードしながら根の部分を握って引っ張ると、それは簡単に引きちぎれた。

 そして、棘の部分を注意深く観察する。根に生えている無数の棘はほとんどは白かったが、先端部にある棘だけは他のものより小さく、赤茶色をしていた。

 サダが赤茶色の棘にそっと触れると、痺れるような感覚と共に身体の力が一気に抜ける感覚が襲いかかってきた。

「ちょ、ちょっとサダ君!?」

 なごみが慌ててサダを心配する。

「問題ない」

 サダは根を放り捨てると、先端を踏み潰した。

「赤茶色の部分には触るな。おそらく夜野やの真奈子まなこを意識不明にさせたのはこいつが原因だ」

「う、うん」

 それから二人は手分けして棘の根を引き千切りながら塊を解いていった。

「えっ!?」

 中から出てきたのは月ノ宮(つきのみや)女子高の制服を着た女子であった。

「この子、ヒナちの友達だよ! 去年の年末に会った!」

「ということは残りの二つもか」 

 案の定残り二つの茨の塊も、同じ制服を着た女子。最初の通報で扉に飲まれたという三人だった。

 黒小路くろこうじ美涼みすずの姿はない。

 彼女たちを完全に解放すると、サダは支給された治癒術用の札を取り出して、それを彼女たちの身体にかざして術を発動させる。

 ほどなくして三人は意識を取り戻して起き上がった。目覚めた場所が場所なだけに少々パニックになっていたが、救助に来たと説明するとどうにか落ち着いてくれた。

「ね、ねえ、スズを見なかった?」

 なごみは三人の一人にくってかかった。

「スズ……? 誰それ?」

「黒小路美涼のことだよ! 同じクラスのはずでしょ?」

「あー……黒小路さんのことか。なんで黒小路さんが?」

 話を聞くと、三人とも扉に飲まれた瞬間のことは覚えているが、その後のことは記憶が曖昧で、気付けばこの状態だったとのことだった。当然のことながら、美涼がこの空間に落ちたことは知らないし、気付いてもいないようだった。

「ここにはいない、か」

 サダはもう一度周辺を見回す。ぐるりと歩いて回ると、岩肌の陰になって分かりづらかったが、そこに細い下り坂を見つけた。どうやらこの先に進む道はこれしかないようだ。

「おい、奥寺なごみ」

「何、その不躾な呼びかけは」

「俺の指示には従う約束だったぞ」

 それを言われてしまうと、なごみは反論しづらい。

「あの三人を連れて入り口に戻れ。俺はさらに奥へ捜索に行く」

「え、ちょっと私に帰れって事!? スズ見つけてないのに!?」

「あの三人の安全を確保するのが先だ。黒小路美涼は俺が責任持って探し出す」

 合理的な役割分担だ、とサダは言う。

 なごみは自分の力で美涼を助けたかったが、どう考えてもサダの指示に従うのがベストだと判断した。

「絶対スズを助けてよね、サダ君!」

 サダは、なごみの方を見ることなくそのまま下り坂をおりていった。



「ねえ、あなたって陽奈はるなの友達のなごみさんだったよね? これ一体どういうことなの?」

 来た道をひきかあえしながら、月ノ宮女子の一人がなごみに疑問をぶつけた。

「……正直色々ありすぎて簡単に説明するのは難しいんだけど、私とサダ君は扉に飲まれた人たちを助けに来たと言うことだけは信じてほしいの」

 なごみは先導しながら、彼女たちに無理をさせない程度の速度で歩いている。

 そしてクラスで美涼が孤立しているというのを思い出して、それとなくきいてみることにした。

「……陽奈が転校してからスズと何かあった?」

「え? 何もないけど?」

 ものすごく軽い感じて返ってきた答えに、なごみは「え?」と思わず聞き返す。

「というかあの子、陽奈の送別会の時も居てビックリだよ」

「ねー、むしろなんで居たのって感じ」

「どうせなら陽奈の言ってたイケメン女子に会ってみたかったよね」

 三人はこんな不気味な世界の中に似つかわしくないような好き勝手な会話を始めている。

 どうにもグローリー6内で情報交換したものとズレている気がする。

 仲間達との話では、陽奈の転校後に何かしらトラブルがあって美涼はクラスで孤立したと言うことになっていたが、この三人の話を聞くと違和感だらけだ。

 まるで陽奈が居ても居なくても美涼は最初から一人だったかのように聞こえる。

「まって、そもそもスズも陽奈もついでに私もだけどみんな中学時代から仲の良い友達で」

「え?」

 今度は向こうが不思議そうに聞き返してきた。いやこの人何言ってんのと言わんばかりに。

「ありえないでしょ、それ」

 三人のうちの一人が答えた。


「だって陽奈、黒小路さんのこと嫌ってたし。問題児なんでしょ、あの子」


「え……」

 ついになごみは足を止めた。そんな話、初耳だ。

 いや、よく考えたら去年のゴールデンウィークに陽奈から美涼との付き合い方が分からない、と相談が受けたことがある。

 だがあの時陽奈は「付き合い方が分からない」と言っただけで、嫌いだとかは言っていなかったはずだし、そもそも一件は解決したはずだ。


 もしかして、自分は何か大きな勘違いをしている……?


 その時、唸る低音と共に地響きが起き、背後から無数の棘の付いた根がこちらに向かって伸びてきた。

「ああ! 思い出した! 私達ここに閉じ込められた時にあんなトゲトゲに襲われたんだった!」

「ええっ!?」

 それが本当ならば根に捕まるのはまずい。四人は悲鳴を上げながら走った。根の伸びるスピードがそれほど速くないのが幸いだった。

 息が切れ切れになってフラフラになったところで、ようやく元の世界を繋ぐ光の円が見えてきた。

「あの光の中に向かって走って! そしたら戻れるから!」

 先導していたなごみは三人を先に行かせ、自分は殿しんがりに回る。

 走ってきた道を振り返ると、棘付きの根はもうこちらには向かってこなかった。なごみのいる位置から四、五メートルほど先でバリケードのように絡まって道を封鎖している。

 なごみは光の円の方を見る。三人は既に怪異空間から脱出したようだった。

 このまま自分も脱出すれば作戦は完了だろう。美涼はサダがきっと助けてくれる。だが、だけど。


 この突然伸びてきた根には何の意味があるのだろう?


 侵入者を排除するならサダと一緒の時に襲撃するだろうし、脱走者を捕まえる目的があるのならやはり既に襲撃してくるだろう。

「もしかして、スズに何か……?」

 ものすごく嫌な予感。いや、それよりも。

「道、塞がれたらサダ君がスズを助けても帰れないじゃん!」

 ああ、まったくもう! と叫びながらなごみはのしのしと大股で来た道を戻る。

 やはり、自分が何とかしなくては。



 時間は、五分ほど戻る。

 三人を保護した場所から延びている下り坂をサダは進んでいった。

 全てを賭けて、自分の失態を帳消しにするため、そして怪討人としての自分であるため絶対にこの任務は成功させる。そんな気持ちでいっぱいだが、胃はキリキリ痛むし、寒くないのに手足の末端の震えが止まらない。

 

 おかしい。こんな緊張している場合じゃないのに。


 人目を気にしなくていい単独任務で、支部長も危険を察したら戻っていいと言ってくれているのに、心が全く落ち着かない。先日失敗した合同任務でもこんなには緊張していなかった。

 初めての、しかも単独での怪異空間内の救出活動だからかと思ったが、あの三人を助けた時点ではこんな緊張はなかったはずだ。


“でもサダくんは同い年なのに立派に仕事してて偉いよ。きっとその頑張りはみんなに必要とされてるよ。誰にでもできる仕事じゃないみたいだし”


 脳裏に美涼とのチャットアプリのやり取りで出てきたメッセージが浮かぶ。

 あの時、彼女は自分のことを気遣ってくれた。自分の任務の成功を信じてくれていた。

 そもそも怪討人やユカイ魔なんて一般人からしてみればフィクションだと鼻で笑われても仕方がないような存在なのに、彼女はサダの話を最初から信じてくれていた。

 それから、サダの趣味である音楽の話でも盛り上がった。サダにとっては、初めて同世代の人間にそんな会話が出来たという体験だった。

 そんな人間が被怪者であり、今やユカイ魔によって怪異空間に引きずり込まれて危機にさらされている。


 “自分を好きになるって難しいよね”


 あのメッセージは、どんな気持ちで打ったのだろう。

 それを受けとった時は、美涼も自分と同じく孤立している状況だとは想像もしなかった。

 だから、ユカイ魔によって精神を破壊されるのは寝覚めが悪いなんてものじゃないし、正直一番被怪者になってほしくなかった。こんな目に遭っていいような人間じゃない。


 助けなければ。絶対に失敗することなく彼女を助けなければ。


 サダは震えを殺すかのように、拳を握りしめると歩く速度をどんどん上げていった。

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