四
田植え実習当日。
大原女の格好の美翔ほたる。水のひかれて良く整えられたたんぼの畦道を走り、人を探す。
見つけた各務透は、かわいい女の子と二人で大原女姿で田植えをしていた。
あれは、同じ学年の、同じアイドル研究部の咲野みるくだ。
遠目にも話が弾んでいるのがわかる。
透は何かに噴き出して、咲野みるくを肘で小付いた。
ずきん、とほたるの心が痛んだ。
私と田植えすればいいじゃん。
稲刈りも屋根葺きも私としたんだから田植えも私とすればいいのに。
一緒にやろうって思って大原女の格好してきたのに。
透ちゃんのばか!浮気者!
手足を泥に濡らして、植えたばかりの早苗が、ほたるの涙を受けて、ツンと揺れた。
違う、ばかなのは私だ。
透ちゃんは私のものでもなんでもないのになんで思い上がってたんだ。
私は、最低だ。
こんなにいい天気なのになんで私の心はこんなんなんだ。
○
紫陽花が色づき、雨がてんてんと傘を打つ頃。
美綴綾子は美翔ほたるの教室にきて、みんなの前でほたるを夏至祭に誘った。
教室のざわめきは次第に大きくなり、最後は割れんばかりの歓声になった。
「どうしよう、千咲ちゃん。
わたし、美綴綾子のパートナーになっちゃった」
○
ミッドサマー(夏至祭)。快晴。
スウェーデン式に、茹でたザリガニを山盛りにして、馬鹿げた歌を歌う。
ハッピーな屋外のパーティー会場で、夏の盛りを楽しむ。
美綴綾子は美翔ほたるを伴って一番いい席に座った。
二人とも口髭をつけ、紙で作った王冠をかぶっている。
「美翔さん、今日は悪かったね。
もし先約が入ってたらごめんなさいね」
「いいいいいえそんなめっそうもありません!
こんな光栄に浴する機会など!
私のような凡夫の人生では後にも先にもこれっきりであります」
「私は立場上色々な人に気を遣われてしまう。
私の誘いは断りづらいだろうから」
「断りづらいのではなく!断る理由がないのです!
断るやつは地獄に落ちればいいんですよ」
「ははは。そうは言うがな。
あなたは前に映画に誘ってくれたから、こちらも勇気を出しやすかった」
「先の女学園防衛戦では、あなたにはお世話になった」
「こちらこそ、綾子様の麗しい指揮に従えたことは一生の誉れ、末代までの語り草」
「どうか、茶化さずに聞いてほしい。
バリスタの老朽化や鉄矢の残数を管理できなかった生徒会の落ち度があったのだ。
あなたのあの不思議な神通力がなければ、二、三人は死んでいたよ。
私のお父上の力があれば、私の不手際などいくらでも揉み消せるだろうが。
しかし私の心は汚れてしまっていただろう。
あなたに守っていただいたこの心、今日存分に使わせてもらうよ」
「あわわわわわわわ…」
「このように晴れやかに夏至祭を迎えられて幸せだ。
楽しもう」
泡を吹いている美翔ほたるは美綴綾子に介抱され、その後乾杯し、ザリガニを剥いてもらい、口に入れてもらい、一緒に歌を歌い、終曲のペアダンスまでして、たくさん写真を撮られて、それはそれは夢のような時間を過ごした。
美翔ほたるが踊っている時、芝生と楽団とガーランドと風船とクッションとスプリンクラーとごちそうの向こうに、各務透が見えた。
今日の透は、海に潜るときに使う足ヒレのような靴の鮮やかな水色を履き、白のデニムのオーバーオールを着て、焦茶のパーカーを羽織り、そのフードをかぶって、大きな水色のクチバシのお面をつけていた。時折そのお面を頭の上にトサカのようにあげて、飲み物を飲んでいた。
透を囲む人垣の中には、笑顔のかわいい咲野みるくもいた。
○
「ねえ、千咲ちゃん」
「なにー」
「咲野みるくって、シャー芯賭博やってる?」
「やってるよ。
恋敵か?」
「まあそんなとこだ。
……やつは強いのかね?」
「あれは鉄火場の女だね。
シャー芯賭博で利益を出せる十傑の一人だ」
「やっぱな!そんな気がしてたわ!」
「ほたるとは全然違うタイプよ」
「ムゥ…」
「まあ昨日のミッドサマー戦はがっぽり勝たせてもらったがな、ガハハ」
「さすが隊長!そのまますり潰せ!ガハハハ」
「鴨なら生かさず殺さずだけど。
アレとやるとどうもね、ついつい本気になっちまうんだよな、ガハハ」
あ、だめだ。
なんでだ。
涙が突然出て止まらなくなってしまった。
○
卒業式は毎年七夕に行われる。
今年の卒業生代表の言葉は、もちろん美綴綾子だ。
「みなさんとは特別な思い出がありますね。
まさか、あの忌まわしい赤き月が私たちの絆を深めることがあるなんて、人生何が起こるものかわかりません。
今ここでこうして、澄み渡った気持ちで過去を語り合えるのも、あの夜のみなさんの、ひとりひとりの機転と行動のおかげです。
私は、この学園と、ここにいる皆さんのことを、決して忘れません」
この言葉に誰も彼もが心を震わせて、続けての校歌斉唱に突入した。
荘立悪党女学園校歌
(一)
荘園広がる、学び舎に
悠久の血を、受け継ぎし
花の乙女の、舞ひ踊る
荘立悪党女学園
(二)
米と刀を、握りしめ
悪を斬る刃を、研ぎ澄ませ
世の不条理を、打ち砕く
荘立悪党女学園
(三)
税がほしけりゃ、礼よこせ
土地がほしけりゃ、滅びゆけ
我ら悪党、永遠に
荘立悪党女学園
○
終業式の日、各務透は美翔ほたるの前に立った。
「これなんだと思う?」
透がヒラヒラ見せてきたのは、海上天体観測会のチケット2枚だ。
「知らん」
ほたるは嘘をついた。
「海軍の測量船が、海岸沖に停泊する。
その甲板の上でさ、星の解説をしてくれるんだよ」
「うん」
「一晩中」
「うん」
「今日なんだ。これるか?」
「うん」
「よし、じゃあ家に迎えに行くわ。
19時」
「家知ってるの?」
「神社だろ、わかるよ」
○
各務透はチャリできて、美翔ほたるは自転車が漕げないとを知って脱力した。
海岸沿いの道を、測量船が停まる埠頭まで、てくてくとぼとぼ歩いて移動した。
ほたるは二人乗りしたがったが、尻が痛くてすぐやめた。
○
測量船の甲板の上。
各務透と美翔ほたるは寝そべって空を見ている。
どこかのプラネタリウムの館長だったとかいう男の、夏の大三角形の解説を聞いていた。
その説明が終わり、今は朝まで自由時間だ。
寝袋を並べて甲板に寝てもいいし、ランタンを置いてお喋りしてもいい。
「すごいよな。
この船が沖ノ鳥島まで行くなんてさ」
「透ちゃんならどこかに隠れたら、島まで行けるかもね」
「一回くらいやってみっかな。
水兵に混じってカレー食べるのは得意なんだ」
「ねえ、透ちゃん。
お盆の花火大会も一緒に見よう。
この海でやるんだ」
「…」
「私は透ちゃんのおじいちゃんのうちに行けないけど。
うちに透ちゃんが来たらいいよ。
それで透ちゃんのおじいちゃんも呼べばいいよ。
スイカを食べたり、天ぷら食べたり、蚊帳で寝たりしようよ」
「いいね」
「じゃあ決まり」
「でも、ダメなんだ」
「……」
「私、引っ越すんだ」
「いつ」
「明日」
「どこに」
「北海道の焼尻島」
「そんな近いと、咲野みるくがいけちゃうじゃねーかよ」
「近くねえよ、来ねえよ」
「私なら行くのに。
でも私は行けないんだ」
「……」
「……」
なあにが織姫と彦星だ。
一年に一回会えて何が悲劇だ。
私はデネブだ。
もっとずっとひとりぼっちなんだ。
ほたるは、1400光年向こうの地面をガンガン叩いてる気持ちになった。
「ほたる、一緒に想像しようぜ」
「焼尻島は、羊がたくさんいるんだって。
隣の島ではウニがいっぱい取れるんだって。
船は一日二便だって。
あまりに人が来ないんで、島の博物館は展示物に触り放題だって。
木で作った道具なのにだって。
海は透き通ってて。
夏はクソ暑くて、晴れるか霧かの二択だって。
冬は恐ろしいって。
この世のものとは思えないほど辛くて、美しいって。
灯油が切れたら死ぬって。
津波が来ても死ぬって」
「Youは何しにそんなところへ…」
「まあ、とにかく私は連絡しないから。
ほたるに」
「………」
「………」
「望むところだぜ」
「想像で楽しんでくれや。
透のほのぼの焼尻ライフを」
「すぐに忘れてやるわ。
透ちゃんのことなんか」
「透ちゃん、そういや」
「うん」
「夏至祭のあの衣装イメージは」
「アオアシカツオドリだ」
「聞いたことがない」
「田植え一緒にやりたかったのに」
「私の左は空いていたのにな」
「ショックで気づかなかった」
「咲野みるくは」
「お?」
「悪いやつではない」
「おお」
「二人で私を偲べ」
「絶対話しかけないわ」
(完)
春チャレンジ2025「学校」参加作品。
構成要素。書籍:長野まゆみ『天球儀文庫』永原慶二『荘園』。漫画:町でうわさの天狗の子、ダンダダン、破壊神マグちゃん、映像研には手を出すな。ゲーム:キングダムニューランド、黒髪ロングJKサバイバルシミュレーション2nd。制服イメージ:セントメリーズ・インターナショナルスクール。竹ペン:時代屋「阿波の名工の筆」和歌山産黒竹使用、19cm。冒頭訓示:澤田繁二。AI使用箇所:戦闘描写原案、校歌原案。