二
季節は変わって12月。
「ほたる、これ」
各務透は特急列車のチケットを美翔ほたるに渡す。
「この間はありがとう。それ、お礼」
「え?高いんじゃない?これ」
ほたるは特急列車に乗ったことがないから、相場がわからない。
「全然。冬休みちょっと遊び行こう。行き先は秘密」
「おおおお」
「どうだ?」
「私の人生で今までになかったパターンだ。
未来が楽しみだ」
「そうだろう」
○
美翔ほたるは、チケットをブレザーの内ポケットに入れた。
そこに手を置くと、嬉しいような、誇らしいような、小躍りしたくなるような不思議な気持ちになる。
でも不安もある。
「お父さん、過保護だからな。許してくれるかな」
○
美翔ほたるの家の居間。
「ならん、ならんぞ。ほたる」
「お父さんのばか!私もう高校生なんだよ!
友達と遊びたいし一人で遠くにも行きたいんだよ!
いつまでも子供扱いしないでよ!」
美翔ほたるは居間を飛び出して自室に逃げ込む。
○
「入るわよー」
了承を取らずにふすまをスコーンと開けて入ってくるほたるの母。
プライバシーを守りきれないのが、和風建築の悲しいところである。
「あんたもう16だからいうけどね。
実はこうこうこうで。こうこうこうで。
こういうことらしいのよ」
美翔家の秘密を知らされるほたるは暗い気持ちになった。
どうしよう、言わなくちゃ。
どうしよう、どうしよう。
○
当日になってしまった、美翔ほたる。
列車が到着し、客車に乗り込む各務透。
「ごめん、透ちゃん。私、やっぱり行けない」
「え?なんで」
「言おう言おうと思ってたのに、言えなかった」
「どうした。具合悪い?」
「違うの。私、神社の子で」
「うん」
「氏神様の領域を出ちゃうと、化け物になっちゃうの」
「…」
「私の祖先は、昔に封印された荒御魂なの。だから…」
蒸気機関の汽笛が鳴る。
「透ちゃんだけで行って。言うの遅くてごめん」
「なんだそんなことか」
各務透は特急を降りた。
「え?」
そして、ほたるの肩を抱いて、列車から離れた。
「早く言え、馬鹿もの」
「だって、私が化け物だって知ったら、透ちゃんは…」
「……なんだよ」
「透ちゃんに避けられるかもって思ったら怖くて」
「アホ」
「1秒でも長く仲良い時間続いてほしくて言えなかった」
特急列車は走り去る。
そしてアッという間に遠くへ行ってしまう。
「それならもう少し遊ぼう。せっかくの降誕祭だ」
「うん」
「ほたるの全財産で遊ぼう。私を見くびった罰だ」
「いいよ」
「その前に爺ちゃんに電話かけるから、お前もでろよ」
「へ?」
「爺ちゃんは怖いし、礼儀にうるさい」
透は番号を入力して電話を耳に当てた。
「今日は楽しみにしてたんだ。爺ちゃんは」
○
美翔ほたるの家。居間にいる父と母。
「あの話、嘘」
「え?」
長い沈黙の後で、ほたるの母は懸念を口にした。
「それは流石に口聞いてもらえなくなるのでは」
「じゃあ本当」
(どっち…?)
○
正月。神社。巫女姿の美翔ほたる。
ほたるの両親は、美綴家をはじめ、荘園の偉い人たちの初詣の対応に追われる。
女学園の生徒たちの対応はほたるに任せられた。
各務透もその中にいた。
「おみくじ凶だったんだけど」
「大丈夫。うちの神社、全部凶だからね」
「くそ、初見殺しか」
「安心して!ちゃんと当たるから」
「引き損じゃねーか」
晴れ着を着ている人は多かったが、各務透は軽やかな洋装だった。
白のタートルニットにふわふわの鶸色のカーディガン。
ベージュのフランネルのパンツ、キャメル色の革のブーツ。
「透ちゃんって色白いんだな」
「目の色も薄いよ、見てみ」
「本当だ。
何色だ?これ」
「ハシバミ色だこの野郎。
覚えとけよ」
きれいだな、透ちゃん。
なんか、こんなに寒いのに、もう春の光が透ちゃんに集まってるよ。
○
竹ペンでノートを取る各務透。
「あれ?小筆と硯は?」
「なんか没収された」
「え、校則的にいいんじゃ…」
「そうなんだけど、先生たちが気が散るらしく」
「なるほど」
「職員会議で多数派だったとかで、お願いされちゃった」
「もっと反抗するかと思った」
「してるぜ」
「それで竹ペンとインク瓶」
「そういうこと」
今日の透ちゃんは、男もののゆったりした黒ニットを着て、小さい丸首から少しだけ赤いシャツを見せている。
征夷大将軍スタイルらしい。
「そういえば千咲ちゃんが、透ちゃんもシャー芯賭博一緒にやろうって」
「やらんよ」
「なんでさ!楽しいのに」
「ほたるやってないじゃん」
「私は好きだけど、千咲ちゃんに止められちゃったの!」
「弱いから?」
「うん」
「楽しいよ。こう、クラスメイトと命のやり取りをする感覚っていうかね!
相手の心理の裏の裏を読み、勝った時はねもう血がたぎってたぎって」
「やめて正解だな、ほたる。
顔が恐い」
「透ちゃんはやればいいのに。みんなと仲良くなれるのに」
「いいよ、そういうの」
「透ちゃんは面白いしかっこいいのに。みんなが透ちゃんのこともっと知ればいいのに」
「お前うざい、あっちいけ」
その日、各務透は美翔ほたると話さなかった。
○
五寸釘千咲に泣きつく美翔ほたる。
「嫌われちゃった」
「そりゃ相手の嫌がることやるからよ」
「私ってなんでこうなんだろう。
仲良くなる前は下に見て、仲良くなったら自分を押し付けて、なんでこんな嫌なやつなんだろう」
「若者はみんなそうだろ」
「千咲ちゃん、今日だけシャー芯賭博していい?」
「なんで」
「嫌な自分を忘れたいの」
「ダメです」
「つらい」
「あんた、賭博だけじゃなくてさ。
将来酒も気をつけなさいよ」
○
アイドル研究部の研究発表を聞き流しながら、各務透について考えてみた美翔ほたる。
各務透ってどんなやつ?
・パンツ派(スカートNG)
・校則違反にならない色々な装いを知ってて実践してくる
・ノート取るのに硯と小筆使ってる
・それを没収されて今は竹ペン使ってる
・字がきれい
・シャー芯賭博をしない
・みんなと仲良くしない
・声が酒焼け
・手が大きい
・爪が大人っぽい
・色白
・瞳の色素が薄い(ハシバミ色)
・先生に反抗的…でもその反抗の仕方が、変わってる
・生徒手帳が友達
・ショートカットでふわふわ癖毛
・ピアス開けてる
・化粧はしない
・バイトをしてるらしい
・爺ちゃんっ子
・人の弱みに漬け込むのがうまい
・特急列車を降りてくれる、という項目を書いたり消したりしたあと、このノートの1ページは紙ヒコーキにして捨てた。
○
しかし捨てる神あれば拾う神あり。
信じられないことではあるが、世の中には、わざわざゴミ箱から紙飛行機を拾う人間もいるのだ。
「ふーん」
アイドル研究部一年の咲野みるくは、シワを伸ばした元紙ヒコーキを四つに畳んでポケットに入れた。