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 季節は変わって12月。

「ほたる、これ」

 各務(かくむ)(とおる)は特急列車のチケットを美翔ほたるに渡す。

「この間はありがとう。それ、お礼」

「え?高いんじゃない?これ」

 ほたるは特急列車に乗ったことがないから、相場がわからない。

「全然。冬休みちょっと遊び行こう。行き先は秘密」

「おおおお」

「どうだ?」

「私の人生で今までになかったパターンだ。

 未来が楽しみだ」

「そうだろう」



 美翔ほたるは、チケットをブレザーの内ポケットに入れた。

 そこに手を置くと、嬉しいような、誇らしいような、小躍りしたくなるような不思議な気持ちになる。

 でも不安もある。

「お父さん、過保護だからな。許してくれるかな」



 美翔ほたるの家の居間。

「ならん、ならんぞ。ほたる」

「お父さんのばか!私もう高校生なんだよ!

 友達と遊びたいし一人で遠くにも行きたいんだよ!

 いつまでも子供扱いしないでよ!」

 美翔ほたるは居間を飛び出して自室に逃げ込む。



 「入るわよー」

 了承を取らずにふすまをスコーンと開けて入ってくるほたるの母。

 プライバシーを守りきれないのが、和風建築の悲しいところである。

 「あんたもう16だからいうけどね。

  実はこうこうこうで。こうこうこうで。

  こういうことらしいのよ」

 美翔家の秘密を知らされるほたるは暗い気持ちになった。


 どうしよう、言わなくちゃ。

 どうしよう、どうしよう。



 当日になってしまった、美翔(みしょう)ほたる。

 列車が到着し、客車に乗り込む各務(かくむ)(とおる)


「ごめん、透ちゃん。私、やっぱり行けない」

「え?なんで」

「言おう言おうと思ってたのに、言えなかった」

「どうした。具合悪い?」

「違うの。私、神社の子で」

「うん」

氏神(うじがみ)様の領域を出ちゃうと、化け物になっちゃうの」

「…」

「私の祖先は、昔に封印された荒御魂(あらみたま)なの。だから…」

 蒸気機関の汽笛が鳴る。

「透ちゃんだけで行って。言うの遅くてごめん」

「なんだそんなことか」


 各務(かくむ)(とおる)は特急を降りた。

「え?」

 そして、ほたるの肩を抱いて、列車から離れた。

「早く言え、馬鹿もの」

「だって、私が化け物だって知ったら、透ちゃんは…」

「……なんだよ」

「透ちゃんに避けられるかもって思ったら怖くて」

「アホ」

「1秒でも長く仲良い時間続いてほしくて言えなかった」


 特急列車は走り去る。

 そしてアッという間に遠くへ行ってしまう。

「それならもう少し遊ぼう。せっかくの降誕祭だ」

「うん」

「ほたるの全財産で遊ぼう。私を見くびった罰だ」

「いいよ」

「その前に爺ちゃんに電話かけるから、お前もでろよ」

「へ?」

「爺ちゃんは怖いし、礼儀にうるさい」

 透は番号を入力して電話を耳に当てた。

「今日は楽しみにしてたんだ。爺ちゃんは」



 美翔ほたるの家。居間にいる父と母。

「あの話、嘘」

「え?」

 長い沈黙の後で、ほたるの母は懸念を口にした。

「それは流石に口聞いてもらえなくなるのでは」

「じゃあ本当」

 (どっち…?)



 正月。神社。巫女姿の美翔ほたる。

 ほたるの両親は、美綴(みつづり)家をはじめ、荘園の偉い人たちの初詣の対応に追われる。


 女学園の生徒たちの対応はほたるに任せられた。

 各務(かくむ)(とおる)もその中にいた。

 「おみくじ凶だったんだけど」

 「大丈夫。うちの神社、全部凶だからね」

 「くそ、初見殺しか」

 「安心して!ちゃんと当たるから」

 「引き損じゃねーか」


 晴れ着を着ている人は多かったが、各務(かくむ)(とおる)は軽やかな洋装だった。

 白のタートルニットにふわふわの(ひわ)色のカーディガン。

 ベージュのフランネルのパンツ、キャメル色の革のブーツ。

「透ちゃんって色白いんだな」

「目の色も薄いよ、見てみ」

「本当だ。

 何色だ?これ」

「ハシバミ色だこの野郎。

 覚えとけよ」


 きれいだな、透ちゃん。

 なんか、こんなに寒いのに、もう春の光が透ちゃんに集まってるよ。



 竹ペンでノートを取る各務(かくむ)(とおる)

「あれ?小筆と硯は?」

「なんか没収された」

「え、校則的にいいんじゃ…」

「そうなんだけど、先生たちが気が散るらしく」

「なるほど」

「職員会議で多数派だったとかで、お願いされちゃった」

「もっと反抗するかと思った」

「してるぜ」

「それで竹ペンとインク瓶」

「そういうこと」


 今日の透ちゃんは、男もののゆったりした黒ニットを着て、小さい丸首から少しだけ赤いシャツを見せている。

 征夷大将軍スタイルらしい。


「そういえば千咲(ちさき)ちゃんが、(とおる)ちゃんもシャー芯賭博一緒にやろうって」

「やらんよ」

「なんでさ!楽しいのに」

「ほたるやってないじゃん」

「私は好きだけど、千咲ちゃんに止められちゃったの!」

「弱いから?」

「うん」


「楽しいよ。こう、クラスメイトと命のやり取りをする感覚っていうかね!

 相手の心理の裏の裏を読み、勝った時はねもう血がたぎってたぎって」

「やめて正解だな、ほたる。

 顔が恐い」

「透ちゃんはやればいいのに。みんなと仲良くなれるのに」

「いいよ、そういうの」

「透ちゃんは面白いしかっこいいのに。みんなが透ちゃんのこともっと知ればいいのに」

「お前うざい、あっちいけ」


 その日、各務(かくむ)(とおる)は美翔ほたると話さなかった。



 五寸釘(ごすんくぎ)千咲(ちさき)に泣きつく美翔ほたる。

「嫌われちゃった」

「そりゃ相手の嫌がることやるからよ」

「私ってなんでこうなんだろう。

 仲良くなる前は下に見て、仲良くなったら自分を押し付けて、なんでこんな嫌なやつなんだろう」

「若者はみんなそうだろ」

「千咲ちゃん、今日だけシャー芯賭博していい?」

「なんで」

「嫌な自分を忘れたいの」

「ダメです」

「つらい」

「あんた、賭博だけじゃなくてさ。

 将来酒も気をつけなさいよ」



 アイドル研究部の研究発表を聞き流しながら、各務(かくむ)(とおる)について考えてみた美翔ほたる。


 各務透ってどんなやつ?

 ・パンツ派(スカートNG)

 ・校則違反にならない色々な装いを知ってて実践してくる

 ・ノート取るのに硯と小筆使ってる

 ・それを没収されて今は竹ペン使ってる

 ・字がきれい

 ・シャー芯賭博をしない

 ・みんなと仲良くしない

 ・声が酒焼け

 ・手が大きい

 ・爪が大人っぽい

 ・色白

 ・瞳の色素が薄い(ハシバミ色)

 ・先生に反抗的…でもその反抗の仕方が、変わってる

 ・生徒手帳が友達

 ・ショートカットでふわふわ癖毛

 ・ピアス開けてる

 ・化粧はしない

 ・バイトをしてるらしい

 ・爺ちゃんっ子

 ・人の弱みに漬け込むのがうまい


 ・特急列車を降りてくれる、という項目を書いたり消したりしたあと、このノートの1ページは紙ヒコーキにして捨てた。



 しかし捨てる神あれば拾う神あり。

 信じられないことではあるが、世の中には、わざわざゴミ箱から紙飛行機を拾う人間もいるのだ。

「ふーん」

 アイドル研究部一年の咲野(さくの)みるくは、シワを伸ばした元紙ヒコーキを四つに畳んでポケットに入れた。



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