真紅
俺はその日の夜、カルリアに話があり彼女の部屋を訪ねた。
話の内容は彼女の能力についてだ。
しかし、彼女と同じ部屋の友人は、彼女の場所を知らないと答えた。
もうそろそろ生徒は寮に帰ってこなくてはいけない時間になろうとしている。
まぁ帰ってくるまで待つか。
俺はカルリア達の部屋の入り口付近で壁にもたれかかって待つことにした。
十数分の時間が過ぎ、2人の女子生徒が話しながら歩いている言葉が耳に入ってきた。
「カルリアちゃん大丈夫かな?」
「さぁどうだろう…
でも私たちが行ったところで何にもできないしね。」
「まぁそうだよねー。
Aクラス6人にDクラスが挑んでも勝てるわけないし。」
その言葉を聞いた瞬間、俺は廊下を蹴って外へ向かって走っていた。
Aクラス…そんな奴がカルリアにわざわざ用があるわけがない。
恐らく…標的は俺だ。
ってことは俺への復讐か?
いや、そんなことは今はどうでもいい。
いくらカルリアの能力を暴走させたとしても、Aクラスが6人もいたら勝てるわけがない。
とにかくカルリアがどこにいるのか探すしかない。
外の非常階段を駆け上がり、俺は寮の屋上に立って下を見渡す。
あそこか…
街の外れにある今は使われていない工場。
あそこ一帯は治安が良くないため生徒は近づいてはいけないと言われている。
人を連れていくならこれ以上ない最高の場所だろう。
そしてその工場の方角を見る。
迷っている時間は無いな…
ここじゃなかった場合、すぐに次の場所を探さないといけないのだ。
俺は足に力を入れ、刀に手をかける。
一足、距離数キロを一気に駆け抜ける。
そのためにはあの力を使わねばならないが、事態は急を要する。
誰もいない今ならこの力を使っても問題ないだろう。
そして俺はこの世界に来て二度目となる力の行使を行う。
誰かに見られたら、俺の瞳孔に真紅の紋様があることもわかるのだろう。
そんなことを頭の片隅に置きながらも、俺は力を解放する。
俺の周りでスパークが発生する。
刀を構え、床を蹴る。
それと同時に轟音が鳴り響き、俺の体はフェンスを突き破って一直線に廃工場に向かって飛んでいく。
数秒後、工場は目の前にあった。
刀を抜き、その側面の壁を斬りつける。
雷を纏ったその刃は工場の壁を一瞬でぶち抜いていく。
その壁の向こうには、驚愕の顔でこちらをみている6人の男の姿。
そして椅子に縛られ涙を流すカルリアの姿があった━━━
私は、たまたま聞いてしまった。
寮への帰り道、Aクラスの生徒が6人で集まっている横を通り過ぎた時。
会話の内容が聞こえてきた。
それは1日目の試合の時にシロ君に負けたAクラスの生徒が言い始めた。
「ゼロクラスの生徒如きが俺に勝つなんて許さねぇ!」
と怒鳴っていた。
そして、Aクラスの仲いい人を集めて報復するための計画を立てているようだった。
私の心は焦っていた。
シロ君が負けるところなんて想像できないけれど、相手はAクラス。
しかも6人も集まってきては、シロ君でもどうしようもないだろう。
それに、たかが一回の試合で負けただけで報復なんてものを考えるのか理解できなかった。
そして、一つ深呼吸をして、気迫に押されないようにその人たちに言い放った。
「そんなことをして何になるんですか!
負けたのが悔しいなら正々堂々戦って勝てばいいじゃないですか!
あなた達がやろうとしているのは意地汚いプライドを持ったただの自己満足じゃないですか!?」
言ってしまった…
今さっきの感情が一気に冷め、恐怖で体が震え始める。
そんなことを意識する時間が長く与えられることもなく、左の頬を殴られて私は後ろに倒れた。
私を囲い、6人のうちの1人が言う。
「こいつ確かゼロクラスと仲良かったな。
こいつを利用してゼロクラスの野郎を誘い出そうぜ。」
周りの男たちもそれに賛同し、このままでは駄目だと感じた。
こうなってはもう、能力を発動させる他ない。
今まで完璧にできたことが一回もない、自分の意思での能力解放。
祈るように、私は体に力を入れる。
しかし、能力は発動することもなく腹を蹴られ、後方の柱に背中を強打する。
「ウッ…!」
呼吸が一瞬止まり、声が漏れる。
能力が…使えない…?
荒い息を必死に整えようとしている時、金髪の男が言う。
「お前の能力は封じさせてもらった。
俺の能力は対象の能力を封じる能力。
まぁ格上や同格のやつには効果はないようなもんだがな。
お前みたいによわっちいやつには十分だ。」
「そんな…」
もう、どうしようもない…
私ではこの人たちをどうすることもできない。
自分の無力さに押し潰されそうになる。
それと同時に、私が不甲斐ないせいで不利な立場になってしまうシロくんに謝罪の気持ちでいっぱいになる。
いくらSクラスに勝つことができるシロ君と言っても、Aクラスを同時に6人なんて相手にできるのだろうか?
とにかくシロ君が来ないようにしないと…
どうすれば…考えている間に、私はロープで手足を拘束される。
「やめてっ!
離してください!」
金髪の男に持ち上げられるが、なんとか抜け出そうと力のかぎり暴れる。
すると、唐突に私の体は地面に投げつけられる。
胸から腹にかけて痛みが走る。
どうにか逃げないと…
その一心だけで地面に体を擦り付けながらも少しずつ前に進む。
しかし、再度腹部を蹴られ、私の意識は飛んでしまった。
目が覚めると私は椅子に縛り付けられていた。
ここは…どこ?
一瞬戸惑ったけど、自分がいる場所がどこかすぐに理解する。
恐らくここは町外れにある廃工場だ。
「お、やっと起きやがったか。」
相変わらずそこには6人の男がいた。
声を出そうとするも、腹部に痛みが走り、出すことができない。
必死に声を絞り出す。
「シロくんに…手を出さないでください…お願いします……」
1人の男がニヤニヤしながら言ってくる。
「もっと声を出して言わねぇとわかんねぇなー?」
痛みを抑えながら私は声を出す。
「シロくんを…巻き込まないでください…お願いします……!」
私の目から涙が流れているのがわかる。
何への涙なのだろうか。
でも、私は今シロくんを守らなければいけない。
巻き込んではいけない…
声を振り絞って訴える。
「もう…これ以上シロくんを巻き込まないでください…!」
息を整えることができない。
彼らの顔を見る。
全員がこの状況を楽しむような顔をしている。
目の前にいた男が後ろにたち、髪を引っ張られる。
「うっ…」
息が詰まる。
呼吸が…途切れる…
「よく言えました〜!
でも残念、あいつは一回解らせないといけないんだわ。
だから君のその申し出はお断り。」
息がどんどん苦しくなっていく。
口から一筋の涎が垂れる。
髪を離され、私は前に椅子ごと倒れ込む。
私のせいだ…私があの時止めようとしないでシロくんに言っていれば…
これじゃあ私は人質と同じだ。
私のことなんて見捨てていいから…
気づかなくていいから…
それだけを祈った。
だんだんと意識が薄れていく…
このまま…死んじゃうのかな…
彼の顔が思い浮かぶ。
でも…あなたが無事なら私はそれで…
視界が真っ暗になろうとしていた。その刹那、今まで聞いたことがない轟音が聞こえる。
私はうっすらとしか開けない目を開く。
少しだけ、周りが見えるようになる。
そして轟音から数秒も経たないうちに、工場の壁が粉々になった。
目を見張った。
その壁を壊したのが誰なのか一目でわかった。
今、ここにいてはいけない人。
もっともきてほしくなかった人の姿がそこにはあった。
絶対にきてほしくなかったのに、いざ彼を前にするとなんとかしてくれるのではないかと思ってしまう。
でもだめだ…
相手が悪すぎる。
逃げて…!!
しかし、その言葉は声にならない。
彼は、こちらを向いた。
私はハッと息をのむ。
ぼやけている視界の中で、彼の眼が赤く光っているように見えた。
それを見た直後、“パチン“という音と共に私の意識は深い眠りにつくように落ちてしまった。
俺はカルリアを眠らせ、そいつらに向き直る。
「それで?
俺の友達を随分いたぶってくれたみたいだな。
その代償を払う準備はできているか?」
そいつらに淡々と告げる。
そのうちの1人が答える。
「お前に払う代償?
そんなもんがあるわけねぇだろ!」
そいつはAクラスの生徒、1日目に試合をした相手だ。
俺への妬みによってカルリアを…なるほどな。
「そうか。
お前達は妬みのためなら何をやってもいいと思っているのか?」
「それがこの学校のルールだからな!
強けりゃ何したっていいんだよ!」
そう言ってそいつは拳銃を取り出し、他の5人も俺に向かって引き金を引く。
それと同時に金髪の男が叫ぶ。
「俺の能力によってお前は能力を使えない!
つまり、お前の負けは決定ってことだ!」
そもそも俺には能力というものがないのだがな…
とはいえ理屈はわかった。
その能力があるからカルリアを相手にして全員傷一つすらないのだ。
そんなことを考えている間に目の前まで迫った弾丸を一発、つまんで指で弾き返す。
計3発の弾丸を飛ばし返し、残りの3発に当てて軌道をずらす。
「は?」
すっとんきょうな声をあげるそいつらに対し俺は言う。
「お前たちはさっき言ったよな?
強ければ何をしてもいいと。
せいぜい後悔することだ。
自分たちの愚かさとそのバカな頭を。」
俺の足元に円形と四角形の二つの陣が描かれる。
その2つが回転していく。
四角形が高速で回転し、円形の陣となって重なる。
「な、なんだ?
能力か!?
俺の能力で使えないはずなのに…!」
「も、もう一回仕掛けろ!」
俺に向かって雷やら炎やらが飛来する。
それを超える速度で、描かれた円は工場全体を中に入れる大きさまで拡大される。
「俺の友達を傷つけた代償だ。
お前たちに拒否権はないが、払ってもらおう。
そうそう。
このことは誰にも言うなよ?
言ったら必ずこの世からおさらばしちまうからな。」
そして俺はその言葉を言う。
「アヴェル・ジオレズン!」
その瞬間、描かれた円が赤く光り、この街一帯を震わせるような音と共に工場を丸ごと燃やし尽くした。




